バルーンビスケット計画
「単刀直入にお尋ねします」
バルーンビスケットについて、僕はストレートに尋ねる事にした。
「このバルーンビスケット、何か仕込んでませんか?」
「仕込むって、どういう事かしら?」
「何かしら魔女の魔法とかで、思考を誘導する様な事が出来るようになっていたりするかもと思いまして」
「・・・・・・」
「仕込んでる内容は『タカサ師範と仲良くなろうとする』効果と『バルーンビスケットを売る様に薦める』効果。そんな物を仕込んでたりしませんか?」
「・・・・・・なるほどね」
テュコさんは僕の考えを聞いて、一度頷いた。
「どうしてそう思ったのかしら」
「えーと・・・・・・あまりテュコさんに聞かせるような事ではないかもしれませんが、タカサ師範の慕われっぷりに違和感がありまして」
「あら、そうなの?」
「ええ。いつも弟子ほったらかしたり、弟子で賭け事したり、面倒な事は後回しにする人なんで、そこまで慕われているのは変かなぁと思ったんです」
「・・・・・・弟子をほったらかしている」
「あまり僕の鍛錬とか見てくれないんですよ。外でお金稼ぐために働いている見たいですが、仕事終わって帰って来ても、挨拶して直ぐ部屋に行って休んでるみたいですから」
「なるほど・・・・・・」
小さい声で、それは見てなかったわね、とテュコさんは呟く。
「それで、どうですか? 当たっているでしょうか」
ほぼ妄想と言ってもいい当てずっぽうではあるが、何かしら仕込んでいると僕は思っていた。
「まあ・・・半分は当たっているし、言っても問題ないか」
ふう、と一つため息を吐きだしてテュコさんはそう言った。
「半分ですか?」
「ええ。バルーンビスケットに思考を誘導するような魔法を仕込んでいるのは当たっているわ。ただ、コハマルの考えていた事の半分だけね」
「えっと・・・・・・半分と言うと」
「売る様に薦める方だけ、確かにバルーンビスケットに仕込んでいるわ」
やっぱりそういうの仕込んでいたんだ・・・・・・ん?
そっちだけだとすると、仲良くなるように誘導する魔法は仕込んでいなかったって訳か。
え・・・そうなの?
「そっちだけなんですか?」
「ええそうよ。仲良くなる様な誘導魔法は仕込んでいないわ」
「・・・・・・」
って事は、道場の若い人たちに慕われているのはタカサ師範の人望によって慕われているって事になるけど・・・・・・
「勘違いしているみたいだから訂正させて貰うけど、タカサは面倒見は良かったわよ」
「ええっ? そうなんですか?」
「そんなに驚く事? 少し腹立たしいんだけど」
「・・・すみません」
「自分の周りに居る人たちには親しく接していたわよ。タカサはそういう事出来る人なんだから」
馬鹿にしないでね、とテュコさんに窘められてしまった。
「周りに居る人たちには、ですか」
「道場終わりに一緒に遊んでいた子たちにはね。その場に居た子たちの中では一番の年長者だったし、そういうのちゃんと出来る人なんだけれど・・・」
バルーンビスケットで一緒に遊んでいた人たちの事か。
面倒見がいい・・・・・・今のタカサ師範からは考えられない話だと思った。
「今は、お金がなくて周りに気を使うほど余裕がないんだと思うわ」
「・・・・・・自分の事しか考えられない的な?」
「多分そうよ」
まあ、わかるような気もする、か。
お金がないと、周りに気を使えないって話は、映画の物語とかで見たことがあるし、タカサ師範もそう言う状態だって事か。
そう考えると、結構気を遣ってくれた気もしないでもない。
「なるほどです。何となくわかりました」
「そう」
「仕込んでいた方の事を聞いてもいいですか」
「どうぞ」
何だかんだ、聞かれた事に素直に喋ってくれるなぁ。
「売る様に薦める様に誘導する魔法が掛けられているんですよね。何故ですか」
「今のタカサの状況が見えたから」
「お金がない状況になる事がですか」
「そうよ。正確に言うと『タカサがお金がない状況になったらバルーンビスケットを売る様に強く勧める』ね。だけど、ちょっと失敗したわ」
「失敗・・・」
「タカサが貧乏になった時には、バルーンビスケットでの暗示が薄くなってたの。だから暗示が掛かっていた人たちも強くは薦めたりしなかった。売る話をしに道場に来た人も居たけど、場所が変わっていた事もあって、ここの道場に来れた人は少なかったし、雑談の一つの話題くらいの感覚で薦めた程度だった」
強く勧めない場合、タカサ師範はその話を断る訳か。
「大事な思い出として取っておいてもらったのは嬉しかったけれど、売って貰うために計画していたから、複雑な気持ちになったわね」
自分が思っていた通りには動いてもらえなかったという訳だ。
「テュコさんがここに尋ねて来れば良かったのでは?」
簡単に解決できそうな方法を僕は聞いて見た。
「それは、ちょっと・・・・・・来れなかったのよ」
どこか恥ずかしそうにテュコさんはそう言った。
「来れなかったんですか、もっと大事な用があったとか」
「そうじゃないけど・・・・・・来れなかったの、わかりなさい」
「あ、はい」
乙女心とかそういうのなのかな?
良くわからないけど、この質問はもう答えませんと言った空気をテュコさんが出しているので、違う事を聞くことにした。
「テュコさんの目的って何なんですか?」
「・・・・・・え? それは聞かなくてもわかる事でしょ?」
「一応、確認しときたいんで」
「そう」
テュコさんは少しタメを作ってから、質問に答えた。
「・・・・・・結婚する事よ、タカサとね」
「なるほど、まあ、ですよねぇ」
「こんなわかり切った事を聞かなくてもいいと思うけど」
「もしかしたら他に目的があるかもと思ったので聞いて見たかったんです」
「そう」
まだ、隠している事があるんじゃないかと思って聞いて見たんだけど、どうやら本当に結婚する事が目的だったみたいだなぁ。
答える時の幸せそうな顔を見て、そうなんだと僕にも確信できた。
「色々と答えてくれて、ありがとうございました」
「質問はもういいのね」
「はい」
「じゃあ・・・」
テュコさんが僕に向かって手を伸ばした。
バルーンビスケットを渡して欲しいみたいだ。
「メンテナンスですか」
「もうわかっているんでしょう。誘導の魔法を解いておくのよ。調べられると少し困るし」
「でしたね」
僕は直ぐにテュコさんにバルーンビスケットを手渡す。
「・・・・・・」
手渡されたテュコさんは、少し、きょとんとした顔をした。
「あなたね・・・・・・これ渡しちゃって良かったの?」
「と、言いますと」
あっけらかんと答える僕に、少し口元をとがらせて、テュコさんは言った。
「・・・・・・プレイヤーだから知らないかもしれないけれど、魔法による思考の誘導はこの国だと犯罪行為に当たる物なのよ」
「そうなんですか、それは知らなかったです」
僕は素直にそう答える。
まあ、確かに危ない行為なのは間違いないと思うけど・・・・・・
「けど、不幸になる人はいないじゃないですか」
「・・・・・・」
あれ、違うかな?
「え、不幸になる人が居たりします?」
「・・・・・・確かに、居ないかもね」
なんか変な間だな。
何かしら他にも仕込みが入ってたりするのだろうか?
「タカサ師範に惚れている人が他に居るとか?」
「私が見ている限りでは、いないはずよ」
「ですか。じゃあ問題ないのではないですかね。タカサ師範も幸せそうでしたし」
「そう・・・・・・」
「テュコさんも幸せなんですよね」
「幸せよ・・・・・・長年考えていた計画を完遂できた。タカサが私の物になった。幸せじゃない訳ないでしょう」
「そうですよね」
なんか、怖い言い回しに聞こえたんだけど・・・・・・まあいいかな。
「改めて、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう、コハマル。あなたには感謝しかないわ」
そう言って両手を握られた。
感謝されるのは嬉しいけど、女の子に手を握られるのは、少し恥ずかしいな。
「いえいえ・・・・・・そういえばお礼を貰えるって話でしたけど」
テュコさんが結婚式の最中に、言っていた事を僕は思い出す。
「ちょっと作って貰いたい物があるんですが、いいですか」
「あら、何かしら?」
「こういう物を作って貰いたいんですけど──」
・・・・・・
次の日。
ログインした僕は、商店街でおにぎりの補充をして道場へと向かった。
「こんにちわー」
「はーい」
玄関先で声をかけると中からテュコさんの声が聞こえて来た。
「あら、コハマル。鍛錬に来たのかしら」
「そうなります。タカサ師範は居ますか?」
「居るわよ。部屋で寝ているけれど、呼んでこようかしら」
こっちだと真昼間って感じなのだが寝ているのか。
まあ、僕のとーちゃんも休みの日はそんな感じだなぁ。
「いえ、起きて来てからでいいですので・・・そういえば仕事には行ってないんですね」
「お金の心配がなくなったから。もう外での仕事には行かないはずよ」
「ですか」
そう言えば聞いていなかったことがあったので尋ねてみた。
結婚式の出費の事だ。
タカサ師範が借金を増やしてやったのかを尋ねてみると、どうやらすべて、テュコさんのお財布から出費した式だったみたいだ。
「貯めていたからね。結婚資金」
「なるほどです。借金も返せたのですか?」
「それはバルーンビスケットが売れてからね」
「ですか。なるほど、わかりました」
「・・・そういえば、頼まれていたお礼、出来ているわよ。ちょっと待っていて」
そう言ってテュコさんは廊下の奥へと消えていき、すぐに帰って来た。
「はいこれ」
「どうもです」
渡されたそれは、何かの金属で加工された水筒だった。
「ちゃんと入れている物の温度が下がらない様に作ってあるわ。頑丈にもしてある。マグマを入れても平気なはずよ」
「マグマは入れませんけど、ありがとうございました」
「お礼なんだから、気にしなくていいわ」
「はい」
これ欲しかったんだよなぁ。
これでダンジョンに行った時でも味噌汁が飲める。
ヤブカラ族への品物として、温かいみそ汁も出せるようにもなった訳だ。
まあ、ダンジョンに行くのは当分先かもしれないけど・・・・・・
「マグマでも平気・・・・・・まさに魔法瓶ですね」
「魔法瓶ね。いいネーミングセンスじゃない」
「自分の世界にこういうのがあるんですよ」
「そうなの」
「・・・あ、これも売れるんじゃないですかね。僕以外にも欲しい人、いると思います」
「そう。じゃあ、少し作っておこうかしら」
売れる物が他にも出来たことで、嬉しそうにテュコさんはそう言った。
「・・・・・・あれー、コハマル君。来てたの?」
と、廊下の奥からタカサ師範の声がした。
「おはようございます、タカサ・・・・・・師範?」
「おはよーコハマル君。つっても昼だけどね」
笑いながら欠伸をするタカサ師範を見て、僕は固まった。
と、いうか、本当にタカサ師範か?
「あの・・・・・・なんか若返ってません?」
やってきたタカサ師範は、どうみても僕より年下の、子供の姿をしていた。
「いやー、まあ、ねえ。ちょっとあってねぇ」
「ちょっとあったって・・・・・・」
ちょっとでは済まされない事があったと思うのだが、タカサ師範はいつも通りの感じで答えた。
「なんか、テコちゃんに盛られたみたいでね。子供になっちゃったんだよねぇ」
「テュコさんに盛られた?」
「テコちゃんの作ったご飯を食べたらね。こうなっちゃった」
「ええぇ・・・・・・」
僕はテュコさんをみた。
にっこりと笑みを見せて、タカサ師範を見ているテュコさんがいた。
「このくらいの時のタカサが一番好き」
「・・・・・・そうなんですか」
「そうなのよ。本当に私のタカサ、可愛いわね」
言いながらテュコさんはタカサ師範に抱き着いた。
こう見ると、背も同じくらいだし、同じ年の子供に見える。
「・・・・・・あれ。会った時ってタカサ師範もっと歳が上だったのでは?」
聞いてた話だと、タカサ師範が二十代くらいの時にバルーンビスケットを渡されたとかだったはずだけど。
抱き着かれた事を気にせずに、タカサ師範はこう答えた。
「いやー、私はあまり覚えていないんだけど、バルーンビスケット渡すよりもっと前にテコちゃんとは会ってたらしいんだよね」
「覚えていないのも無理ないわ。本当にこの位の子供の頃だったから」
「何となく幼いころに、森で女の子と遊んでいた記憶はあるんだけれどねぇ」
「なるほど・・・・・・そうだったんですか」
という事は、テュコさんはタカサ師範が子供の頃から好きだったって話なのかな。
よくよく考えると、売れる物を作る研究とかしていた期間があったりしそうだし、前々から会っていたって話も間違ってはいなそうか。
そう考えると、何年越しの結婚計画だったのだろうか・・・・・・
まあ・・・・・・僕が考える事でもないか。
「タカサ師範、ちょっといいですか」
「ああいいよ。テコちゃん、ちょっと離れて貰ってもいい?」
「イヤ」
ほおずりしながら拒否をするテュコさん。
「じゃあこのままでいいや。なにかなコハマル君」
「えーと・・・・・・」
首に巻き付いたテュコさんをそのままにしてタカサ師範が聞いてくる。
・・・・・・僕も気にせずに話す事にした。
「お金の問題は、だいたい片付いたと思います」
「商人の人にバルーンビスケットを売るのを頼んだんだっけ」
「そうです。PVP大会の後に売る事になりますね」
「なるほど、了解したよ」
「それでですね」
「うん」
「奥義・・・教えてください」
お金の問題はもう大丈夫だろう。
タカサ師範の課題をクリアした目的は、それである。
奥義を教えて貰う事。
「いいよ。じゃあ道場に向かおうか」
テュコさんに抱き着かれた状態で、タカサ師範は歩き出す。
そのまま行くのか・・・・・・まあいいけど。
「テコちゃん、一応弟子の前だし、こういうのは二人の時じゃないと」
「そうかも知れないわね。けど、もう少しいいでしょ」
「そうだね。じゃあ道場の前までね~」
言いながら、テュコさんをお姫様抱っこに持ち替えて、タカサ師範はゆっくりと歩いて行った。
「幸せそうですね、ほんとに・・・・・・」
小さく僕はそうつぶやいた。
その日、僕はタカサ師範から奥義を教えて貰った。
ジョーダンサイキョー流奥義『滝斬り』。
これで、デデルマンさんとの戦いの準備が出来たことになる。
後は鍛錬を続けて、PVP大会でデデルマンさんと戦うだけだ。
まあ、籤運でどうなのかわからないけどね。
ここまでお読みいただき有り難う御座います。
前回の話、結構無理矢理感があった気もしますが、ご了承ください。
とりあえず、話しの流れだけわかればいいかな、といった感じに書いています。
次はPVP大会の導入回です。
ではまた次回・・・・・・




