ジョーダン流道場のОBの人たち
次の日。
ログインして道場にやってくると、何人かの人たちが、道場の中に物を運んでいる所だった。
結婚式用の何かかな?
「こんにちわ」
「おう、こんにちわ」
挨拶をしながら、道場の中へと入る。
入って直ぐに、小走りに廊下を走っているタカサ師範に会えた。
「こんにちわタカサ師範」
「あーコハマル君、こんにちわ」
「結婚式の準備ですか?」
「だよー。やるのは夜だから今の内にね」
「なるほど・・・・・・」
こういう場合は手伝った方が良いかな。
「何かお手伝いしますか?」
「あ、いいよいいよ。準備は大人たちでやっちゃうからさ。コハマル君はいつも通り、道場で鍛錬なり遊ぶなりしてていいよ」
そう言うのなら遠慮なく。
「わかりました。じゃあ道場に居ますね」
「式の前には呼ぶから」
「了解です」
タカサ師範とはそこで別れて道場へと行く。
「・・・・・・いつも通りにやっとこう」
バルーンビスケットを取り出して、僕は鍛錬を始めた。
「なんとか行ったな・・・・・・」
バルーンビスケットのスコアが、やっと100を超えた。
出来る限り足幅を狭くして回る様にしたら早く回れるようになった気がする。
これがコツかな?
ステータスを確認すると前方対峙歩行術が5に上がっていた。
2も上がっている・・・・・・
もしかすると、20回ごとにスキルが1増える感じか。
次は120で熟練度6に上がる感じかな。
「やってるねぇ」
道場に入り口の方から声を掛けられて、僕はそちらを向いた。
知らない人だ。道場のОBの人かな。
「えっと・・・こんにちわ」
「こんちわ。今道場に通ってる人?」
「そうなります。コハマルと申します」
「フクローって者だ。前にここの道場に通ってたОBだよ」
やっぱりОBの人だった。
「フクローさんですか。結婚式の準備の手伝いに来たんですか?」
「まあ、そうなんだが、今はサボりだよ」
そうなのか・・・・・・
「いいんですか、サボってて」
「俺一人抜けた所で、他がやってるから問題はねぇよ」
「はあ・・・・・・」
面倒くさがりな人っぽいな。
タカサ師範タイプか・・・・・・
「ちょっとやらせて貰ってもいいか」
「これですか?」
バルーンビスケットを見せながら言うとフクローさんは頷きながら答える。
「それそれ。久しぶりにやりたくなっちまったし、いいか?」
「どうぞ」
僕はバルーンビスケットを手渡した。
ОBの人がやるバルーンビスケットか・・・・・・
正直、参考になりそうだから見てみたかった。
どんくらい出来るんだろうか。
「おっしゃ、行くぜ!」
≪バルーンビスケット! スタート!≫
バルーンビスケットの遊戯がスタートする。
結論から言って、あまり参考にならなかった。
足幅は僕よりはるかに広く取っている。
それでいて、ビタリと止まって斬っていた。
僕の場合、どうしても足裏が滑ってしまい、滑るのも計算して正面で止まる様にやっているのだが、フクローさんは滑らせる事なくピタリと止まるので、滑る分のロスがない。
そのお陰で、斬るのを速く出来ていた。
そして、玉が多くなって来た所で、戦法を変えた。
「おらーっ!」
「ええぇー・・・・・・」
その場で回転しながら、横からの斬撃でバルーンビスケットを斬り続けていた。
ぐるぐると小さな竜巻になった様に腰辺りまで降りて来たバルーンビスケットを正確に横から斬って行く。
ここの流派ではやらない斬撃方法だ。
多分、別の道場の技なんじゃないかと思う。
NPCの人たちも道場を変えたりして技を増やしたりするのかな?
そんな疑問を考えている所で遊戯終了となった。
≪ただいまの記録。368斬りバルーンです≫
「すご・・・」
思わず僕は感想を漏らした。
「あー、終わっちまったか。横から斬る時に弾き飛ばしすぎたな」
まだまだ記録が伸ばせそうだと言った感じにフクローさんは少し残念そうに呟く。
確かに、見ていた感じ、横から斬るようにしてから中心を斬れなかったバルーンビスケットが多く弾かれていた感じだった。
それでも横からの斬りつけて同時に何個のいっぺんに斬り続けていた所は圧巻の一言だった。
腰に刀を固定するように持ってやってたな。
多分腕を伸ばすと遠心力で腕を痛めたりするのだろう。
それほど回転する速さがあったのも印象的だった。
「いやー楽しかったー。ありがとな」
「いえ」
バルーンビスケットを返してもらった僕はフクローさんに質問をした。
「途中からの横から斬りつけるのは、別の道場の技ですか?」
「ん、ああ、そうだな。斬りつけると言うか、足運びがそうだ」
「足運びがですか」
確かに斬るのは足の動きに任せていただけで、使い方が特徴的だったかも。
「どこの道場なんですか?」
「道場・・・・・・と言っていいかわからないが、心刀滅殺流って流派の『転歩』って技だ」
「テンポ、ですか」
「転ずる歩みって書いて『転歩』だよ」
「なるほど」
しかし・・・・・・心刀滅殺流か。
上段最強流といい、名前がやばそうな道場だなぁ。
ここの技を覚えたら、面白そうだし次はそこに通うのもありか。
あ、なんか道場ではない感じに言ってたか・・・・・・どういう事なんだろう。
「その道場って──」
場所を聞いて見ようとした所で横から声がした。
「探したぞ、フクロー。コハマル君もここか」
「あ、どうもです」
「げっ、キョーコなんでいんの!?」
声をかけて来たのは僕が良く知っている与力のガンジョウさんだった。
どうやらフクローさんは顔見知りみたいだ。
「式の準備の為に決まっているだろう」
「お前、仕事あんだろうに」
「今日はオフにして貰った。タカサさんの結婚式だからな」
「はあ~・・・代わりに仕事してる人ご愁傷様。まあタカサ兄やんの式だしな。俺も仕事してたら休み貰っただろうしなぁ」
「お前、まだ仕事に就いてないのか?」
呆れた感じにガンジョウさんがそう言った。
「まだって言うな。自分の体を鍛える事に集中したいだけですぅ。時たま護衛の仕事してるから生きては行ける。心配すんな」
「・・・・・・心配はしてない、ちょっと気になっただけだ。お前は弟みたいなものだからな」
「姉面すんなっての。いっこ年が違うだけでほぼ同期だろ」
「昔から手のかかる奴なんだ。迷惑はかけてなかったか?」
「いえ、特には」
いきなり話を振られて、ちょっと焦りながら答える。
「だからよキョーコ、姉面すんなって」
「昔は私の事をキョー姉と呼んでいたと記憶しているのだがな」
「ガキの時の話を持ち出すなっての!」
言い合ってはいるが、なんだか、仲の良い兄弟って感じがあるな。
話聞くと同じ時期に道場に通っていたみたいだし、はたからもそういう風に見えていたんじゃないかと思う。
それより、ちょっと気になることが出来たな。
「あのー、ちょっといいですか」
「ん、どうした?」
「少し聞きたいことが出来まして」
色々と二人で話している所を見て、尋ねてみたいことが出来た。
「タカサ師範って慕われていたんですか?」
何というか、今のタカサ師範を見ると、そこまで慕われる要素がない訳で。
タカサさんの結婚式だったから休んだとか、タカサ兄やんと呼ばれていたりとか。
ここに居る二人は、それなりにタカサ師範の事を慕っているように見えたのだが、なんでだろうか。
「面倒見が良かったとか?」
「いや、そうじゃなかったかな。道場を抜け出してどっか行く事が多かったしな」
「確かに、そうだったな」
まあ、自分の事中心な人って感じだよね。
「けど、道場の鍛錬が終わった後くらいで良く遊んでくれたな。その時の印象が強かったからじゃね?」
「そうだったな、確かに」
「鍛錬が終わった後ですか」
「ああ、バルーンビスケットで遊ぶようになってから親しくなったって感じだ」
フクローさんの言ったことに、横でガンジョウさんが頷いている。
「そうだったんですか」
「懐かしいな。久しぶりにバルーンビスケットをやって見たくなって来たよ」
「やりますか?」
「いや、まて」
バルーンビスケットを手渡そうとしたが、ガンジョウさんは一度首を振って断りを入れた。
「三人いる訳だ。一つを回して使うより予備を出して貰った方が良いだろう。三人で出来るしな」
「お前もサボり組に加わる訳だな」
よくよく考えたらそうだな。
余りガンジョウさんらしい行動ではない気がする。
「・・・・・・少しの間だけ、だ。コハマル君、他のバルーンビスケットがどこにあるかわかるか」
「裏の物置にありましたよ」
「そうか、少し行ってくる」
そう言ってガンジョウさんは物置へと向かった。
しばらくして、ガンジョウさんが帰って来た。
「場所、わかりましたか?」
忘れていたが、ジョーダン流道場は場所を変えている。
昔の道場に通っていた人にとって、他の道場になっている訳だから場所を教えるために自分も行くべきだったな。
「場所は、わかったのだが・・・・・・」
「どうした?」
「バルーンビスケットは置いてなかった」
・・・・・・ん、どゆこと?
「別の場所を調べたんじゃないのか」
「いや、そうではなくてな。近くにタカサさんが居たから聞いて見たんだが、何でもお嫁さんが持って行ってしまったらしい」
「持って行った?」
魔女のテュコさんが持って行っちゃったと・・・・・・
「何でもメンテナンスをするために一度、今あるバルーンビスケットは回収するらしい」
「そうなんですか」
「ずっと放置してたわけだし、当然っちゃ当然か」
何年も閉まっていたって話だしね。不良品になっている物もありそうだ。
売るためにもメンテナンスして貰うのは必須ではあるね。
「となると、ここにあるのが最後のバルーンビスケットになる訳か」
「そうなるな」
じっと、僕の持っているバルーンビスケットを見つめる二人。
「・・・・・・俺は先に行くぜ」
フクローさんがそう言いながら道場の出入口へと向かって行った。
「やって行かないのか?」
「まあ、そろそろどっちかは戻って手伝った方が良いだろうしな。俺はさっきやったし」
「そうか」
「ちなみに、記録は368斬りバルーン」
「ファッ!?」
ガンジョウさんの口から悲鳴にも似た叫び声が出た。
ガンジョウさんでも驚きの記録だったらしい。
「馬鹿なっ。お前は二百台前半程度だったはず!」
「体鍛えてっからな~。じゃーなーキョー姉~」
そう言ってフクローさんは道場から出て行った。
「・・・・・・」
「あの、ガンジョウさん?」
「負けん」
「え?」
「姉として負ける訳にはいかん!」
「・・・・・・とりあえずどうぞ」
気合の入っているガンジョウさんにバルーンビスケットを渡し、僕はガンジョウさんの遊戯を見る事にした。
・・・・・・しばらくして。
「おーい・・・ってキョーちゃん何やってるの?」
「タカサさん・・・・・・」
道場にタカサ師範がやって来た。
いつもの服ではなく、結婚式用の正装って感じの服になっていた。
「そろそろ式始めるから遊ぶのは終わりでお願い」
「了解しました」
「じゃ、居間でやるからすぐ来てね」
タカサ師範はそれだけ言うと、行ってしまった。
「・・・・・・」
無言でたたずむガンジョウさん。
バルーンビスケットの記録は320ほどで止まってしまっていた。
ガンジョウさんでも368という記録は抜けなかった様だ。
「くっ」
残念そうにガックシと膝をつくガンジョウさん。
「・・・・・・そろそろ行かないと、ですよ」
何と声をかけていいか考えながら、僕はそう言う。
「・・・・・・そうだな」
立ち上がったガンジョウさんは、小さくこうつぶやいた。
「次は負けん・・・」
「・・・・・・」
「行こうか、コハマル君」
「はい」
僕の横を通り過ぎて歩いて行くガンジョウさんの後を追って、僕は結婚式をやる場所へと歩いて行った。
ここまでお読みいただき有り難う御座います。
おまけ
この日の放送は、ガンジョウさんが必死に頑張る姿がずっと映っていた事もあり、同心組によって再生数を稼ぐことになる。
それでも千再生くらい。
ちなみにダンジョンに行った日の再生数は一万再生越えである。
ゴブリンを仲間にしているプレイヤーが出ている事もあり、今までにない新情報だった事で掲示板に上げられていたのが切っ掛け。
ゲチェナキッズについて知っているプレイヤーが、コメントを書いてくれたりしているが、コメントを見ていないコハマル君はまだ気づいていない感じです。
誤字脱字報告ありがとうございます。
今回は多かった・・・・・・頑張って減らすようにします。
ではまた次回・・・・・・




