大会の行方はと言うと・・・
ギブアップ宣言してからしばらくして、僕は元居た客席へと戻された。
「よう、おつかれ」
戻って来て早々、声をかけられる。
シンタロウさん達だ。
「いやー・・・負けました」
「かなり食らいついていたと思いますよ」
フォローしてくれるズワイガニさん。
「普通に見てて声出ちゃったよ!」
少し興奮気味にギャーテーさんが言った。
「仇は俺かズワイガニが討つからちゃんと見とけよ」
シンタロウさんは強気にそう言う。
「はい」
「シンタロウさんが当たる場合はトーナメント表だと決勝になりますね」
トーナメント表を自分と見に行っていたズワイガニさんが言う。
「ズワイガニは、いつ当たる?」
「準々決勝ですね。シンタロウさんとは反対側のグループです」
「じゃあズワイガニが討つって事だな」
「そうなるかもですね」
「ちゃんと見てやれよコハマル」
シンタロウさんがそう言って肩を叩いて今行われてる試合を見るために離れていく。
「・・・やはり優しいですね」
代わりに近づいてきたズワイガニさんが小声で呟いた。
シンタロウさんの事か・・・・・・確かにそうかもしれない。
仇は討つと言ってくれたこともそうだが、ちゃんと見とけと言ってくれた事も、優しさから出た発言な気がする。
「顔を上げろって言ってくれてるんですよね」
「やっぱりコハマル君もそう思いました?」
「今ズワイガニさんに言われて、なるほどなと思いました」
試合に負けて、僕はちょっとうつむき気味だったと思う。
その僕を見て「ちゃんと見てろ」と・・・・・・
「俯いてんじゃねーぞ、と励ましてくれてるんですかね」
「まあこっちがポジティブに考えすぎなだけかもしれませんが、そう考えるとシンタロウさんが可愛く見えてきますよねぇ」
「可愛くはともかく・・・優しさを伝わりました」
「くっそ遠回りな励ましですがね」
実際にそう思って言ってくれたかはわからないが、そう考えると負けたショックで重くなった体が幾分か軽くなった気がした。
「ズワイガニさん。仇討ち、よろしくお願いします」
「正直、さっきのコハマル君の試合を見ると、勝てるか微妙ですが頑張りますよ」
ズワイガニさんはぐっと握りこぶしを作って見せる。
「そういえば、ギャーテーさん。戻ってたんですね」
試合が始まるまでは見なかったギャーテーさんが戻ってきてる事に、今になって気が付いた。
自分とデデルマンさんの試合が始まるまで他の試合もあったので、数試合の間は外に行っていたはずだ。
外に銀々次郎さんとPVPしにいってたはずだけど・・・
「銀々次郎とのPVPは終わったんですか」
「僕は終わったよ。数回勝ってすっきりしたから他の人たちに渡してきた」
「あの後ろについて行ってた人たちにですね」
銀々次郎被害者の会とでも言う感じの人たちの事だろう。
「今でもPVPしてると思うよ。初心者大会終わっても続けてるんじゃないかなぁ」
「身から出た錆だから仕方ないね。悪口プレイなんかするから恨まれるんですよ」
頷きながらズワイガニさんも粛清を肯定する。
「まあ銀々次郎がいたから、ちょっとしたイベント感覚でPVP出来たし、僕は満足な一日だよ」
「これで懲りてくれればいいんですがね」
僕がそう言ったが二人は首を横に振る。
「それはないかなー」
「ないでしょうね」
「でしょうねぇ」
二人の意見がもっともなので僕も肯いておいた。
と、少し遠くから声をかけられる。
「おーいズワイガニ。お前さんが一回戦突破したら当たる相手が次、試合みたいだぞ」
そこに小走りでシンタロウさんが戻って来た。
「そうですか・・・・・・ではちょっと前の方で見てきますね・・・ふふっ」
言われてズワイガニさんが思わせぶりな視線をこちらに向けてから歩いて行く。
あー・・・・・・その視線で察せました。
「今のなに?」
ギャーテーさんが聞いてくる。
「えーとですね」
言っていいのかな?
「なんだ、どうかしたか?」
小声で話そうとした所で近づいてきたシンタロウさんに尋ねられてしまった。
「ちょっとした優しい人の話、ですね」
「優しい人の話?」
もう別に言っちゃっていいかな。
特に困る事でもないだろうし。
「シンタロウさんは今、見に行ってたんですか?」
「あ? まあな、他の奴の試合を一応な。面白いのはなかったな。コハマルのは面白かったぞ」
「それはデデルマンさんが面白かっただけだと・・・じゃなくてですね」
「なんだ」
「トーナメント表を見に行ってたんですか」
「ん、まあちょっと見てみたが」
「トーナメント表は別に見ないとか言ってましたよね」
「気になったんだよ、何となくな」
「それでズワイガニさんの対戦相手を確認したと」
「・・・・・・」
とまあ、そう言う話だ。
三人で話してる僕らの事を思って、トーナメント表で誰が誰に当たるかを確認してきてくれたのだ。
今試合をやってるのは誰かも確認して、次がズワイガニさんが一度勝てば当たるであろう二人の対戦だったので、小走りでこっちまで戻ってきてくれた訳だ。
「喋っていて気づかないかもしれないズワイガニさんに、それを教えに来てくれたんです。そういう優しい人の話です」
「なるほどー!」
何故か楽しそうに手をポンと叩くギャーテーさん。
「いい人だなって話は試合始まる前からしてたんですよね」
「喋り方も顔も怖いけど他人を気遣えるナイスガイっすなぁシンタロウさん」
「勘弁してくれ・・・・・・」
肩を落とすシンタロウさん。
その肩をギャーテーさんがポンと叩いた。
「シンタロウさん」
「なんだよ」
「・・・・・・耳真っ赤っ!」
シンタロウさんの耳を指さしながらギャーテーさんが指摘する。
「こんの!」
「あたっ!」
がしっと、ギャーテーさんは捕まった。
両耳をシンタロウさんに引っ張られて笑いながら悲鳴を上げる。
「いたたっ、ちょ、引っ張りすぎ! あはは、びりびりする~」
「お前さんの耳も真っ赤にしてやろうかコラァ!」
「千切れちゃうから~、やめて番長!」
「だれが番長だ!」
耳を放してシンタロウさんがそっぽを向いた。
「ええー・・・シンタロウさん番長って呼ばれ方、似合うと思うのにぃ」
耳を押さえながらギャーテーさんが蒸し返す。
「似合わねえよ」
「シンタロウさん、不良漫画とか好きそうに見えたんだけどなぁ。番長呼びとか憧れたりしないっすか」
「憧れは、ねえけど・・・不良漫画で好きなのはあるぞ」
あ、そうなんだ。そこは答えるのかシンタロウさん。
「何の漫画が好きなの?」
「いや・・・・・・アレとかアレとか」
なんかちょっとした漫画談議が始まった。
「やっぱそういう漫画の番長っていいよねぇ。憧れる」
「まあ、わからなくはない・・・・・・」
「漫画のキャラみたいにかっこいいから番長って呼びたいんだけど・・・ダメ?」
「はあ?・・・・・・好きにしろよもう」
「やった♪」
なんかシンタロウさんが折れる形であだ名が決まってしまった。
めちゃくちゃ押しが強いなギャーテーさん。
・・・・・・ふむ。
丁度、話も終わったみたいだし、僕も聞きたいこと聞いておこう。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「・・・・・・」
「あの・・・・・・番長」
「コハマル!」
シンタロウさんが大声を上げる。
「はい」
「そこは乗るな、シンタロウにしてくれ」
「えー」
「頼む。番長呼びは一人で十分だ」
「わかりました」
番長ダメなのか。似合ってるからちょっと呼んでみたかったけど・・・まあいいか。
「デデルマンさんの事なんですが、あんな技を持ってて初級大会優勝できないってのは、それだけ初級大会のレベルが高いとかなんですか」
「・・・・・・高いか低いかで言えば、高くはない」
シンタロウさんが断言する。
「上に中級と上級があるように、ここに出ている奴より実績が上な奴がまだまだいる。コハマルも籤運が良ければ、優勝できる位なのが初級大会だと俺は思ってるぞ」
「そうなんですか」
「ちなみに初級大会で三位以上の奴は、次からは中級に出る事になる」
「それは何故に?」
「参加費が値上がりするんだよ。三位以上になった奴が初級に出ようとすると千Cが五万Cに上がる。中級なら千Cだ」
一気に五十倍か。そりゃ次の位に出るようになるな。
「そんなシステムがあるんですね」
「まあ中級に出て一回戦敗退ばかりしてる奴は、また初級に千Cで出れるようになるみたいだがな」
「なるほど・・・・・・それでデデルマンさんは」
中級からの出戻り組なのか?
「三位に入ってないらしい」
「・・・・・・あれで?」
あんなめちゃくちゃな技持ってて?
「あれでだ。まあ、理由はあるんだが」
「理由というのは」
「・・・・・・デデルマンの次の試合が来たらわかるかもしれん」
それは一体どういう事だろうか・・・・・・
≪ああーっと、デデルマン選手吹っ飛んだー!≫
≪馬鹿めが! 調子乗ってスピード出すからだよ間抜けがあ!≫
≪試合のリング全体を使って加速し続けたデデルマン、コーナーを回り切れず、足を踏み外してリングアウトー! クラッシュしましたー≫
≪何でいつも調子に乗って吹っ飛んでんだよ! ここ一カ月見てなかったが相変わらずか! ちゃんと足回りセッティングしてから来やがれってんだ!≫
≪・・・ゼニキンさん。もうちょっと公平な実況をお願いできないでしょうか≫
≪やだね。ケンカ売ってきたのはあっちが先だろ≫
≪それじゃウンエー神からお給金貰えませんよ≫
≪いやー・・・残念でしたねコンソメさん。デデルマン選手、今回は行けるのではと私は思っていたのですが≫
≪変わり身はっやー・・・・・・お金大事ですかゼニキンさん?≫
≪お金大事です。ウンエー神さん、頑張りますのでお給金よろしくお願いいたします≫
≪さー、次の試合に参りましょう!≫
「とまあ、こんな感じだ」
「ええー・・・・・・」
何と言うか、絶句してしまった。
少しテンションが高くなっているように見えたデデルマンさんは、最初からフルスロットルで『低空飛翔』を発動して戦い始めた。
必死に逃げ回りながら防ぎ続ける対戦相手に対して、スピードを上げて追いかけ回すデデルマン。
そして、リング端を曲がりながら加速しようとした時にそれは起こった。
実況が言っているように、足を踏み外してリング外にダイブした。
ものすごいスピードのまま、頭から突き刺さるように飛んで行ったデデルマンは、地面に激突して動かなくなった。
直ぐにパリンと割れて、敗北判定も出されてしまった。
「えーと・・・・・・油断したって事ですか」
「油断というかあれだな。まだ技の制御が完全じゃないんだろうな」
「完全ではないですか」
「見た通り。使い続けると制御が不安定になって落っこちる。今回は二分持ってたから平気かと思ったんだが違ったみたいだな」
「ガス欠みたいな感じですか」
「そんな感じだったな。『刀気切れ』って奴だ」
刀気切れ。初めて聞いた用語だな。
「技覚えてないコハマルはまだ知らないかもしれないが、縮地も飛斬も心刀使いは『刀気』って奴を使って放つことが出来るんだ。刀気熟練度ってあるだろ」
「ステータスの奴ですね」
「あれを高めると技を撃つ回数が増やせるし、やり易くなる」
「そうなんですか」
「そうなんですよ。だからちゃんと鍛えないと撃ちたい時に撃てなくなるから気を付けるんだぞ」
「わかりました。それって何回技を撃てるかとか、どっかでわかるんですか?」
「自分で何回撃てるか技使って調べるか、wikiに頼れ。普通の技ならどのくらい熟練度を上げれば撃てるか載ってるから」
それは面倒だけど、そう言う仕様なら仕方がないか。
「覚えておきます」
今の僕にはまだ早い話だが、飛斬や縮地を覚える事になったら見てみる事にしよう。
そこで話をいったん区切り、僕は会場を見渡してみた。
・・・・・・いた。
会場の席に座っているデデルマンさんが見えた。
真っ白に燃え尽きた様に項垂れていた・・・・・・
声をかけるのは、大会が終わってからにしよう。
そして、初級大会の決勝が行われた。
優勝者はと言うと・・・
「しゃあああああああああああああああああああああっ!」
優勝したのはシンタロウさんだった。
雄たけびを上げている。
めちゃくちゃ嬉しそうだった。
そして準優勝はというと・・・
「あああああああああああああああああああああああっ!」
ズワイガニさんが準優勝だった。
雄たけびを上げている。
めちゃくちゃ悔しそうである。
「いやーズワイガニっ、グッドゲームだったなぁ!」
「くそがぁ」
会場の席に戻って来たシンタロウさんは、今まで見たことのないくらい満面の笑みでズワイガニさんの肩を叩いていた。
≪これにて初級大会を終えたいと思いまーす≫
≪お疲れ様でしたー≫
実況が労いの言葉を会場中に響かせた。
≪続きまして中級者大会を始めたいと思いまーす≫
≪初級大会参加者はいったん、外へとワープしまーす。よろしくお願いします≫
さて、外に出たらやる事がそこそこある。
デデルマンさんと会って同心組に入りたいギャーテーさんとズワイガニさんを紹介。
その後で出来れば一緒に訓練場にも行かないといけない。
あと、一応だけど師範にも挨拶しとくか。
その後は飯だ。
久しぶりの味噌汁を飲む。
よし、味噌汁を飲もう。
「とりあえずデデルマンさんに連絡入れてみますのでちょっと待っててください!」
「よろしくコハマル君」
「よろ~」
「さあ、いきますよ。チャットオープン!」
「テンション高いなおい」
そんなことをシンタロウさんに言われながらデデルマンさんへとチャットを打ち込むのだった。
ここまでお読みいただき有り難う御座います。
特に関係ない話。
不良漫画で自分が好きなのは『クローズ』や『エンジェル伝説』とかですね。
『ワースト』豆知識~
後半になるにつれてタバコの地面へのポイ捨て描写がなくなる・・・自分の記憶が確かならば。
もしかしたら初めの方から地面へのポイ捨て描写はなかったかもですが、そこまで覚えてないので。
不良漫画でも地面へのポイ捨てに厳しい漫画だった印象があります。
以上、特に関係ない話でしたー。
次回もよろしくお願いします。




