町方与力と同心の人たち
与力たちを追って走っていると、中を囲うように人だかりが出来ている所についた。
野次馬って奴かな、僕もそうだけど・・・
混乱に身を任せていると、人を搔き分けて中の様子を見ようと行動していた。
普段の僕なら外側から音だけ聞いて、中の様子を想像して終わりだっただろう。
見たかったし、このまま混乱状態の体に任せよう。
「お」
先頭の所までやって来た。
先ほどの与力の少年が、サムライの男と対峙していた。
・・・変なの持ってるな。
少年が構えているものは刀ではなかった。
刀くらいの長さのある十手、そんな物を構えていた。
「こんくらいのいざこざで捕まえに来るとか警備隊はよっぽど暇なんだな!」
「暇ならばいいのだがな。お前たちの様に街中で諍いを起こす輩がいるお陰で、そこまで暇ではない」
「ケンカくらい良いじゃねえか! 火事と喧嘩は江戸の華って言うだろ」
「ここはエドではなくジダイだ。ジダイにはジダイの法がある。その法には従ってもらう」
何というか舌戦的なやつかな?
今の話だと『こっち』の世界の事も知っているふうなんだが、どういう事だろ?
このジダイのモデルになってるとかで知っているって事なのだろうか・・・
「・・・ちっ」
言い合っている間にサムライの後ろからピンク法被の同心が数人、距離を詰めていた。
わかっているらしく、サムライが担ぐように刀を持って姿勢を低くした。
技使うのか。
それに合わせて少年は上段の構えに取った。
「だったら蹴散らして押し通るぜ──っ!」
縮地だ。
声に出さないで発動した。そういうのもあるんだ。
消えるようにサムライが少年に飛ぶ。
目を直ぐに少年に向ける──
どおおおん!
と、でかい音が同時になった。
「は・・・・・・?」
訳がわからないといった感じのサムライのつぶやきが聞こえた。
いつの間にか横を向いていた少年が、縮地で飛んできたサムライを地面に打ち据えている所だった。
縮地で少年の横に飛んだのか。
肩に担いだのはフェイクで、真っすぐ来るように見せかけて、横から斬りかかるつもりだったのだろう。
「い、意味がわからん。いつ横向いたんだよっ」
僕もその部分を見てない。
縮地で到達したときには横を向いていた、そんな感じか?
「ずっと正面に捉え続けただけだ。縮地で移動している時もずっとな」
ほう、それいいな。
相手がどこに来ようと真っすぐ相手の方向に構えられるというならかなり良い技だ。
「んなのチートだろ」
「ちぃと? 知らない言葉だが私が通っていた道場の連中は大体できたぞ」
おおマジか。いいじゃんそれ。
良さげな道場の情報だ。
道場に通ってその技が覚えられるなら、縮地の対処が格段にやり易くなりそうだ。
どこの道場なんだろうか。
「あ、また勝手に」
体が動いていた。
野次馬の中から抜けて、真っすぐ与力の少年に向かって歩みを進めている。
これはあれか、僕自身が聞きたいと思ったから、聞きに行くために進んでいる感じか。
まあ、混乱してなくても聞きに行こうとは思ったけど・・・・・・いや、それは興奮の影響かもな。テンション上がる状態異常らしいし。
「あのっ、すみませんっ!」
近づきながら声をかける。
少し声が大きくなってしまっているが、問題なし。
「うん?」
「ガンジョウ与力、少しお下がりを」
「何の用か貴様」
呼ばれて振り返る与力の少年を守るように二人の同心が道を塞いだ。
「ちょっと尋ねたいことがありまして、決して怪しいものではありません!」
自分で言っててなんだが、怪しんでくださいと言っているような物言いだったなこれは・・・
「それ以上近づくな」
「ちょっと尋ねるだけですのでっ」
「見たところビギナーみたいだが、俺たちみたいに同心になりたいのか?」
「いえ、そうじゃなくてですねっ」
「じゃあ何だというのだ」
道を塞いで退いてくれない。
どうも与力と喋らせたくないといった感じだ。ほんと少しで済むことなんだが・・・
「少しだけ話させてくださいよっ」
「くどいぞ」
「さっさと他所へ行けビギナー」
「まあ待て二人とも」
同心二人の背中をポンポンと叩いて少年が前に出てきた。
「ここまで頑なに聞きたいと言っているのだ。私にわかる事なら聞こうではないか。二人は捕らえた者を牢にほおりこんでおいてくれ」
「・・・・・・はっ、わかりました」
「背中、触られちゃったよおい、やべぇ~・・・」
「ちょっと来い」
「いだ、あだだだだっ、痛いっつの」
肯きながら、何やら呟いているもう一人の耳をつまんで後ろに下がり、捕まえたサムライたちを何処かへと連れていった。
他の同心たちも同行していくようだが、何人かは残っているようだ。
まあ、何にせよやっと質問が出来るようになった。さっそく聞こう。
「町方与力のガンジョウだ。聞きたいことはなんだ」
長い十手を持ったまま腕組みをして尋ねられる。
正面から面と向かって対峙する、かなりの圧を感じた。
少年に見えるけど迫力あるな。
与力やるくらいの実力者っぽいし当然か。
「えっと、プレイヤーのコハマルと申します。あのっ」
「うん」
「お味噌汁好きですかっ?」
「・・・味噌汁、か?・・・・・・好きだが?」
なに聞いてんだよ僕は!
キャラが勝手に喋るってこれかよっ。
変な顔されちゃったじゃん・・・頭が痛くなってきたよこれには・・・
「すみません。ちょっと変な状態異常に掛かってまして、言動がおかしいのはご容赦願います」
「そうか」
ステータスを開いてみたがまだ『味噌汁大好き』状態の様だ。早く治ってくれないものか・・・
「薬屋ならこの通りの中央の所にあるぞ。夜中には締まるから早めに行った方がいい」
「ありがとうございます。いえ、聞きたいことはそれではなくて、道場の事です」
「道場?」
「通っていた道場がどこにあるか教えて欲しいんです。通ってみたいので」
「・・・・・・」
きょとん、とした顔をされた。
何か変なことを聞いてしまったのだろうか。
「あの、なにか」
「ああ、いや。私が通っていた道場に通いたいと言ったプレイヤーは初めてだったのでな。少し面を食らっていた」
「そうなんですか。同心の人たちが聞いたりしてると思いましたが」
「聞かれてはいないな。与力や同心用の稽古場があるからか、他の道場には通っている者は・・・何故かいないな」
「そうなんですか」
技を覚えるために他の所行った方がいいと聞いているけど違うのかな。
「ちょっと待っていてくれるか」
そういうとガンジョウさんは目の前の空間を人差し指でポチポチし始めた。
システムを開いて何かしているようだ・・・ってちょっと待った。
「ガンジュウさん・・・与力さんはここの住人、NPCですよね」
「そうだぞ」
「NPCの人もシステムとか使えるんですか」
「そうだ。ウンエー神が出来るようにしてくれたからな」
「そうなんですか」
そういう祝福もしてるのねウンエーって。
「ここが・・・こうで・・・こうなって・・・」
何やら操作しているが、初めて触ったのか、スマホを始めて触った人みたいにワタワタしていた。
「こうで・・・こうっ・・・良し、コハマルと言ったな」
「あ、はい、そうです」
「こうだっ」
バシっと目の前の空間をガンジョウさんがタッチすると、視線の上の方に矢印が現れた。
「矢印が出ているはずだが見えるか」
「はい、見えます」
「よしっ出来たか・・・良かったぁ」
そう言ってガンジョウさんがほほ笑んだ。
「え、かわいい」
思わずそんな言葉が漏れた。僕の口から・・・
またかよっ。暴走がひどいよほんと・・・
「へ?」
「すみません。変なこと言っちゃいまして、状態異常のせいなんでご容赦を」
「ああ・・・そうだったな」
「怒らせてたら御免なさい。男の人に言っていいセリフではなかったですよね」
「・・・・・・気にしていないぞ」
「本当ですか?」
「本当さ、ふふ」
そういってガンジョウさんは笑った。
どこか嬉しそうな感じだ。
「・・・・・・お気遣いありがとうございます」
「気遣いではないがな。まあいい、矢印の話がまだだったな」
そういえば聞いていなかった。
なんとなく察しがつくけど・・・
「この矢印の方向に与力さんの通っていた道場があるって事ですよね」
「その通りだ。クリスタルで道場街に行ってから進めばわかりやすいはずだ」
「重ね重ねありがとうございます」
「こちらこそ」
・・・こちらこそ?
「いや、何でもない。さて、仕事に戻るぞ」
そう言って残っている同心たちを呼び寄せる。
「再び見回りを頼む。皆、持ち場に戻ってくれ」
「わかりました」
「ガンジョウ与力」
同心の一人がすっと前に来て頭を下げた。
「どうした」
「少し勧誘をしていこうかと思います」
「勧誘か・・・夜中に入る時間だ。迷惑にならないようにな」
「はっ」
「ではな」
最後にこっちに向かって手を上げたのでお辞儀をして返した。
直ぐに走って何処かへと向かっていく。
帰りは走って帰るのか。最初みたいにワープすればと思ったけど出来ないのかな?
「・・・・・・」
「おいこら」
走って行く後姿を見ていると、横から怖い声がした。
「え・・・」
気が付くと同心が自分の周りを取り囲んで立っていた。
さっき言ってた勧誘ってこれ?
「キョーコちゃんとナニ喋くり回しやがってんだこら」
キョーコちゃん?
「しかもなにキョーコちゃんの笑顔を近距離で独占してんだこら」
「独占はひどいわな。独占はあかんよ自分」
「パーフェクトコミュニケーションかましやがってこんにゃろがぁ・・・」
なんか、周囲を回りながら恨み言らしきことを言い出してるんですが、どういうことですかね・・・
「俺らを敵に回す覚悟はあるんだろうなぁ」
「容赦ってやつはないんだよなぁ、俺ら」
「マジでキレちまったよ、PVPすんぞこら」
あ、そこはPVPなのか。
なんか安心した。
「あの、これって」
「ああん?」
「通報するとどうなるんですかね」
警備たちの人たちが飛んでくるらしいけど、警備たちの人たちを通報する場合はどうなるのか?
検証好きな人が、やってみたいっ、とか言いそうな内容だ。
「ああ・・・」
「それは・・・」
「勘弁してくれ」
足を止めて頭を下げられた。
警備の任を解かれる──クビとかになるんだろうか。
「そろそろ自分眠いので、寝る前に道場の下見だけでも済ませときたいので、行きますけどいいですか」
「いやちょっとだけ待って欲しい」
そう言って肩に腕を回された。
「うえっ」
近づいてきた気配とかなかったのだか・・・縮地とかしたのか?
「びっくりした? 悪かったよ」
「デデルマンさん・・・」
同心の一人が名前をいった。
僕の肩に手を回してきたデデルマンと呼ばれた人の顔を見る。
オールバックでサングラスをした厳つい感じの人だった。
恰好からして心刀使いみたいだけど、いったい何がしたいの?
「時間もないみたいだし手短に済ませるから」
「勧誘ですか。今、お断りしてもいいですかね」
「勧誘もだけど、こっちの事情も話しとかなきゃと思ってね。歩きながら話そうよ」
「歩きながら?」
「俺はここらの巡回担当だから丁度いいしね。他のみんなは自分の持ち場に戻ってくれ。説明しとくから」
「・・・・・・わかりました」
何とも聞き訳がいい事だ。各自ちりぢりに散っていった。
プレイヤーの同心のリーダーみたいな人なのかな・・・デデルマンって名前だっけ。
「あの、道場街に行きたいんですが、デデルマンさん」
「まあ待ってくれよ。説明受けてくれたら給料だすよ」
「給料ですか」
「俺の説明を受ける、というバイトだと思ってくれればいいよ」
「別にお金は・・・・・・う」
めっちゃ欲しいです。
「給料はお幾らで」
「ビギナーみたいだから道場通うお金とかまだ稼げてなかったりする?」
「そうですが」
「んじゃ十万Cで。道場の入門代になるでしょ」
マジか。お味噌汁200回頼めるじゃん。
・・・・・・じゃなくて。
「お話聞きます。お給料よろしくお願いしますっ」
流石にこの条件で断るはないな。
「オーケィ。じゃあ行くよ」
そう言って歩き出したデデルマンさんの横に並んで、夜の商店街を進みながら、説明を僕は聞き始めた。
ここまでお読みいただき有り難う御座います。
ボツネタ
同心「なにキョーコちゃんの笑顔のご尊顔を拝謁奉りやがってんだこの野郎・・・」
作者「なんか日本語間違ってる気がするのでボツで」
同心「うっす」
あってるかもだけど・・・日本語ってほんと難しいっすねぇ。




