VSヤルゼと二日目の終わり
──ヤルゼ視点──
コハマル君がどたどたと走ってくる。
いかにも初心者丸だしな走り方だ。
そのまま近づいて上から斬りつけるんだろうけど、流石に当たらないよそれ?
やりたいことがばればれだぞコハマル君。
どうすっかなぁ・・・
飛斬で斬っちゃうのもありだけど俺の飛斬は居合切りの飛斬だけだしな。
刀抜いた後で鞘に戻したら流石に警戒されるよな・・・いや、しないかもしれないか。
あの走り方見たらなぁ。何があってもとりあえず近づいて斬るって考えてる気がする。
まあ、飛斬はやめとくか、距離も縮まってきたし。
縮地で一気に寄って斬りつけるか?
上段の構えで近づいて来てるからめっちゃ胴ががら空きなんだけど、わかってるのかねコハマル君?
道場の師範がやってたっしよ。縮地からの突き技。
忘れてるのかなぁ・・・一応あれは俺もやれるんだが、むずいけど。
うーん・・・考えすぎた。距離が近い。
そだな、普通にコハマル君の攻撃を避けて斬るか。
上段を横に避けて斬る。
返しの横なぎが来るだろうから後ろに飛んで躱す。
ダメージ次第だが、それでだいたい終わるだろう。
これでいいか。
舐めプと思われちゃうかなこれ。技使わない訳だし。
まあそう思われたら謝ろう。色々と考えて技を出せませんでしたーって。たぶん許してくれるだろう。優しそうだからなコハマル君。
コハマル君との距離、あと三歩か。
ダッ。
コハマル君が地面を強く蹴った。一気に距離が近づく。
「ちょっ」
早っ! 初心者の脚力じゃないぞこれ!?
そのまま刀を俺の頭に向けて振り下ろしてくる。
両手広げてて構えてねえよ! あと一歩近づいたら構えるつもりだったのですよ!
けど振りは速くねえ! 一歩踏み込んで受けてタックルだっ。
一歩踏み込み──
ギンッ。
受ける。あれ、割と軽い──
ドカッ。
腹に思い切り前蹴りを入れられた。
「ごっは」
マジか。上段の打ち込みがフェイクかよ。受け止められる前提で振り下ろしてきたってか。
たまらず距離を離すために後ろに飛んだ。腹がビリビリするわぁ。
「ふんっ」
ダメージを我慢するために『気合』を入れる。
コハマル君は再び距離を縮めようと突進してくる。今度はドタドタ走ってきていない。
あれか、ドタドタ走ってたのはわざとか。
隙だらけで走って飛斬や縮地をやらなくても勝てると思わせるためのわざとか。
怖いんですけど。テンション上がるねぇコハマル君。俺の事、良くわかってらっしゃる。
もう油断しないからなこんちくしょう!
少し腰を落とし、縮地の準備に入る。
コハマル君が止まった。お、いかん、迎え撃つ気だな。
だが、読みは外させて貰うぞコハマル君!
「縮地!」
「はっ!」
技を出すと同時にコハマル君が真っすぐ突きを放った。縮地の移動に合わせて突きを入れようと思ったのだろう。格ゲーでいう所の置き技だな。
だがそれは読めていたぞ!
「よこっ!?」
「です、ぞっ!」
真っすぐ行かずにコハマル君の左手側に縮地をした。
突きを放って隙だらけのコハマル君の脇腹に一閃。
「くっ」
呻きながらコハマル君が刀を振るう。
突きから横なぎで斬りつけてくるのはわかっている。
飛びのきながら回転し、空中で背を向ける。
背中を向けている空中で、刀を納刀する。刀を鞘に戻すのをコハマル君にわかりにくくするためだ。
コハマル君側を向くように着地し、同時に技を放つ。
「あ」
「飛斬!」
脇腹を斬られて片膝をついていたコハマル君に飛斬が直撃した。
そのまま後ろに倒れていき──
≪ヤルゼ WIN≫
俺の勝利を告げるアナウンスが流れた。
僕は倒れていた。
目の前には≪再戦しますか≫というウインドウが浮いている。
それには触れずに、僕は今の戦いを思い返していた。
やられたなぁ・・・
ドタドタ走り作戦は成功だったけど、その後は読まれてたなぁ。
縮地で真っすぐ来ると思ってたから、横に行かれて焦った。まあ焦ってなくてもダメだっただろうけど・・・
飛斬も道場で居合切りみたいなのとか見なかったから、それでしか発動できない技じゃないかと踏んでたんだけど・・・最後、空中で刀を鞘に戻してたのかな。気づかなかった。
まあ脇腹斬られて足が上手く動かなくなってたから、避けられなかっただろうけど・・・
やられたなぁ・・・
「いやー、びびったよコハマル君。負けるかと思ったわぁ」
倒れている僕にヤルゼさんが声をかける。
「思いっきり油断したわ。最初、舐めプみたいになっちゃったけど済まなかったな」
「それを狙って、でしたので謝らなくても大丈夫ですよ」
「やっぱそうか。しかしドタドタ走りからいきなり加速するとは思わなかったよ。コハマル君もしかしてチュートリアルの反復横跳び頑張った系かな?」
「反復横跳びですか? 結構やりましたけど」
「あれな。心刀使いは素振りと反復横跳びをがっちりやっておくと、この世界に来た時のステータスに反映されるんだよ」
「そうなんですか」
そういえばステータスとかまだ見てなかったな。
「ステータスってどうやってみるんです」
「え、あ、知らなかったか? 確かにまだ教えてなかったな。普通にステータスを見たいと思えば見れるぞ」
言われた通りやってみるとウインドウが出てきた。
≪ ステータス ≫
≪体 熟練度 三十 ≫
≪腕全体 熟練度 十八 ≫
≪足全体 熟練度 七十四≫
≪??? 熟練度 零 ≫
「なんか出てきました」
「なんて書いてある」
書いている内容を説明するヤルゼさんが驚いた。
「足全体が七十四かよっ。反復横跳びどんだけやったんだコハマル君」
「それって高いんですか」
「高いよコハマル君。俺は八十二だ。ちなみに三か月ほどこのゲームをやってる」
「なんか追いつきそうですね」
「ビビるよホント。もしかしたらチュートリアル空間だとステータスが上がりやすいとかあるのか?」
「チュートリアル空間はチート空間だった?」
「かもしれん。掲示板でそういう書き込みあったかな。ちょっと後で調べるかな」
「はあ・・・ステータスなんですけど、これってどういう意味なんですか」
「書かれてる内容か。体はバランス感覚。腕と足はどれだけ鍛えているかの目安だ」
「???とかいうのもあるんですが」
「それは・・・ああ、道場に通えば解禁される奴だな」
「へぇー」
「ステータスの項目をタップすると細かい部分を見る事も出来るぞ。腕全体だと腕力とか、体なら体幹とかな」
「なるほど」
「大体そんなところだ」
「わかりました」
ステータス画面を閉めて、僕は再戦ボタンをタップした。
「・・・再戦する?」
「もう少しお願いします」
「おけ、わかった」
ヤルゼさんも再戦を押して、PVPが始まった。
≪ヤルゼ WIN≫
「なるほど・・・・・・飛斬って避ける以外に防ぐ方法ってないんですか」
「あるぞ、飛斬を刀で止めれば止まる。飛斬って風の刃じゃなくて薄い鉄板を飛ばしてる感じなんだ。受けたり叩き落すように刀を当てたりすればそれで防げる。そういう仕様だ」
「そうなんですか」
「ただ受けすぎると腕が痺れる。腕のスタミナがなくなっちゃうのよ」
「え、スタミナなんてのもあるんですか」
「あるぞ・・・あー、教えてなかったっけ?」
「教えて貰ってないです」
「すまん・・・いやあれだよコハマル君、言う機会がなかったんだよ。クリスタル使ってワープしてるし、街中は歩いて回った方が面白いから走ってなかったしな。スタミナが切れると切れた部分の場所が重くなる。スタミナ切れてるのにそれ以上がんばると今度は痺れてくる。負傷したときみたいな感じだな。負傷はPPや回復アイテムとかで回復出来るが、スタミナは徐々に自然回復する感じだ」
「スタミナ切れは息切れする感じとかですか」
「息切れはこのゲームではないぞ。重さや痺れでそれを表現してる感じだな」
「なるほど・・・再戦いいですか」
「いいぞ」
・・・・・・
≪ヤルゼ WIN≫
「なるほど・・・・・・縮地って移動してる最中に斬りつけたりできないんですか。止まってから斬りかかる感じなので気になったのですが」
「縮地中はG(重力)がかかってるから振り抜くのは俺には無理だな。止まるときにもGがかかってるからその時に重力移動で振りぬくって使い方は出来るぞ。腕全体の熟練度を上げれば縮地中にも振れるらしいが、実戦レベルではないそうだ」
「じゃあ横に刀を出してる状態で突っ込んでそのまま縮地で駆け抜けて斬るというのは」
「出来るぞ。ただ、腕を伸ばしてやろうとするとGが腕に掛かりすぎて後ろに持ってかれちゃうから、腹の所で押さえつけるように構えないといけないがな。それだと構えた時点で相手にやることばれるから、わかってる人には避けられやすいやり方だな」
「なるほど・・・そんなにGがかかるって事は縮地からの突きって難しいのでは」
「むずいぞ。失敗すると重力に引っ張られて自分の顔面に峰打ちをすることになる。下の方向に刀が持ってかれると相手の前ででんぐり返しだ」
「なるほど」
「ただ、技の熟練度が上がれば緩和されるから、振りぬくのは無理でも留めるのは出来るようになるぞ」
「そうなんですか・・・再戦いいですか」
「いいぞ」
・・・・・・
≪ヤルゼ WIN≫
「なるほど・・・再戦お願いします」
≪ヤルゼ WIN≫
「なるほど・・・・・・再戦お願いします」
≪ヤルゼ WIN≫
「なるほど・・・・・・・・・再戦お願いします」
・・・・・・
≪ヤルゼ WIN≫
「なるほど・・・・・・再戦──」
「ちょっと待とうかコハマル君っ」
「はい?」
再戦ボタンを押そうとしたところでヤルゼさんに止められた。
「どうかしましたか」
「いや、結構やったからそろそろいいかなと思って」
「結構?」
「三時間はやってるはずだぞコハマル君。気づかなかったか?」
「えっ、三時間ですか」
空を見る。日中のままの変化のないPVP空間なので時間がわからない。
「今何時くらいなんですか」
「現実だと十一時だな。システムから見れるぞ」
システムの端っこにリアルの時間が載っていた。
確かに三時間経っているようだ。
全然気づかなかったな。
「ヤルゼさん強いんですね」
結局、一回も勝つことが出来なかった。
近距離での読み合いはともかく、縮地と飛斬でかき回された感じだ。
「まあ・・・まあね、まあね、まあまあね。自称中級者としても面目は保てたね、ホント良かった」
そんなでもないよ、といった感じに、にやけながらヤルゼさんが言う。
最後のセリフだけ実感がこもった感じがした。
・・・一つ目標が出来たな。
とりあえずヤルゼさんに勝つ。これを目指してキャラを育ててみよう。
「これで初心者講座は終了ですか」
「そうだなぁ・・・とりあえず元のフィールドに戻るか」
PVPを終了させて元のフィールド⑧に戻ってきた。
「ちょっと明るくなってきてますね」
「現実の六時くらいだからな。明るくもなるよ」
「確かに」
「あとなんか教える事あるかなぁ・・・・・・あ、街中での事だけど」
「はい」
「刀、抜いちゃだめね。捕まるから」
「捕まるんですか」
「すぐ捕まるぞ。文字通り飛んでくるしな」
「飛んでくるんですか」
「ワープしてくる。気づいたら囲まれてて、そのまま御用だ」
・・・・・・なんか捕まったことあるように聞こえるんですが。
「っというか街中で刀抜いて歩いてたりしたら物騒だろ流石に。やっちゃいけない当たり前な事はしちゃだめだぜ」
「わかりました。ヤルゼさんもしないんですね」
「もうしないぞ」
もうしないですか・・・
ジト目になってしまいますよヤルゼさん。
「・・・いやほらあれだよコハマル君。与力と同心がワープしてくるって掲示板で見たから、ちょっと気になって試してみただけだよ、一回だけ。見てみたくなるじゃないかぁ、ねぇ?」
「ねぇって、同意を求めないでください。それで人様に迷惑かけたらだめだと思いますよ」
「まったくもってその通り。コハマル君はしちゃダメだぞ」
「わかりました」
と言ってもちょっとワープしてくるのは見てみたい気もする・・・やらないけど。
「あと国の中で行けない場所とかもある。今日行った場所以外に行けるのは、中央のお城の城門付近とかだな」
「他の場所は行けないんですか」
「行こうとすると見えない壁に阻まれ進めないんよ。ただ、住人のNPCは普通に通行してたりするから造ってはあるんだと思うんだけどな。NPCの住んでる所とか行けないしな」
「住宅街的な所にプレイヤーは行けないと」
「アップデートとかで行けるようになるんじゃないかって言っている奴らもいるが、俺は別の考えだな」
「別の考えですか」
「何かしらイベントをクリアすると行けるようになるんじゃ、と、俺は思ってる。NPCの好感度上げたりな」
「なるほど」
そういうイベントはありそうな気がする。
「後は・・・小ネタとか」
「小ネタですか」
「PVPの小ネタなんだがな、ちょっと待っててくれ」
そういってヤルゼさんは森の方に向かって走っていった。
走って行ってスタミナとか平気なのだろうか。まあ、鍛えればスタミナが付きそうなゲームだし、大丈夫なのだろう。
ヤルゼさんが戻ってくる。手に何か持っているようだ。
「・・・えっ、ヤルゼさん?」
「ただいまコハマル君」
ヤルゼさんの手を見る。
オオカミのモンスターらしき生き物がヤルゼさんの腕を思いきり噛みついていた。
「大丈夫なんですかそれ。ガジガジ噛みついてますけど」
「こいつが一番小ネタ見せるのにわかりやすいから連れてきた」
「はあ」
「じゃあ行くぜ。モンスターに攻撃されている時に、PVPの対戦申し込みをすると──」
僕の前にPVPのウインドウが現れる、と同時に──
「キャイン」
ヤルゼさんの腕からオオカミが弾かれて吹っ飛んだ。
立ち上がったオオカミがこっちに向かって吠え立てている。
「ええー・・・」
しばらく吠え立てたのちにオオカミは走ってどっかへ行ってしまった。
「申し込みをしたと同時にモンスターは弾かれるという小技だ。申し込み中はモンスターが入れないバリアのような物が張られてるみたいでな。近づくことすらできないのよこれが」
「そうなんですか」
「俺が発見したヤルゼ印の小技だぜ!」
そういってポーズを取って見せるヤルゼさん。
・・・・・・よくよく考えてみると結構すごい技なのでは。
「モンスターに襲われてる時に、この小技を使えれば助かったりしそうですね」
感心している僕に、申し訳なさそうに頭をかきながらヤルゼさんが言う。
「あー、この技、国や町の近く限定なのよ。遠出をしてる時には使えないんだわ」
「なるほど・・・確かに小技ですね」
「他にも色々あるんだけどな」
そういってヤルゼさんは僕に、使いどころがありそうでない小技を色々と教えてくれた。
だいたいが運営によって修正された技だったけど・・・
「他の種族だと技と技をキャンセルして空中浮遊したりとか出来たんだがな。いつの間にか消されてたな」
「さっきの小技も消されるのでは」
「俺は運営に知らせない。からコハマル君も知らせないでね」
まあ、自分が発見したネタが消えちゃうのは悲しい気がする。
「自分はしませんよ、面倒ですし。運営も知っているけど消すほどじゃないから放置してるのでは」
「それだったらいいなぁ」
嬉しそうな顔をしてヤルゼさんが笑った。
「後はそうだなぁ・・・」
「まだ何かあるんですか」
「あ、そうだそうだ。お勧めだよお勧め」
「?」
「何本かお勧めの本を教えるって言ってただろコハマル君」
「そういえばそうでしたね」
「じゃあまずはねぇ──」
それからヤルゼさんお勧めの本を何冊か教えて貰って、城壁の中に戻ってきた。
ついでにフレンド登録というのも済ませておいた。
「今日はありがとうございました」
「気になったことなどあればチャットメッセージでも送ってくれ。ちゃんとヘルプで確認してからでね」
「はい」
「じゃあまたなー。さあ、次の現場が待ってるぜ!」
手を振るヤルゼさんに手を振り返して、僕は他にやる事があると言うヤルゼさんを見送った。
「さて」
時間も時間だし、そろそろお終いにしよう。
システムからログアウトを選ぶ。
すると、配信していた動画を『とーちゃんチャンネル』に載せるかの選択が出た。
迷わずイエス。とーちゃんが見れるようにしないとね。
「あ」
と、配信中の時にコメントが来ていたようで、一件コメントがありますと、書いてあった。
「・・・・・・」
正直、嬉しかった。
どうでもいいと思っていたけれど、ただ垂れ流しているだけの配信にコメントがついた。
動画タイトルは自動で今日の日時が書かれている。
そんな誰にも見せようと思っていない配信にコメントをしてくれた人がいた。
徐々に胸が熱くなる感覚があった。
「・・・嬉しいなこれ」
配信している人の気持ちがちょっとわかった気がした。
なんてコメントがついたのだろうか。
僕はコメントを見た。
短くこう書いてあった。
「『おとうさんなんですか?』・・・・・・あー・・・」
『とーちゃんチャンネル』での配信だったからか・・・
・・・・・・違います。
その後、疲れていたのか、あまり記憶が定かではない。
ただ眠るときに自分のチャンネルを作ろうかと、少し悩みながら眠りについたことは次の日まで覚えていた。
ここまでお読みいただき有り難う御座います。
≪ ステータス ≫
≪体 熟練度 三十 ≫
≪腕全体 熟練度 十八 ≫
≪足全体 熟練度 七十四≫
≪??? 熟練度 零 ≫
ステータス初登場。
今後、項目とか増えると思います。




