2-16 マンガ製作をしよう
カリカリカリ。カリカリカリ。
静かな部屋にペンの音だけが聞こえ、漫研部員とキャシー、マルクスのコンビは一心不乱に漫画を描いていた。
それで俺はというと先ほどから背後霊を呼び出せそうな謎のポーズをしている。俺は絵を見ていないが一体どういうマンガを描いているのだろう。そもそもどんなジャンルなのかすら俺は知らない。
「まだか、いい加減きついんだが」
普段は使わない筋肉を使うポーズに腰の筋肉がつりそうだった。が、絵を描くのに夢中になっていた松河原は失念していたようだった。
「あ、もうポーズしなくていいよー」
「ああ」
「じゃ、次はこのポーズで」
そう言われ俺はだらんとした姿勢に戻りその場に座ろうとするがすぐに次のポーズを指定された。
というか、そう言って見せた可動式の木の模型の人形がしているポーズは中国雑技団くらいしか出来ないのではなかろうか。
「うーん、でもなんか足りないな」
「松河原さんもそう思いますか」
漫研部員はなにやらうんうんと唸っていたが長谷はピン、と閃いたようだった。頼むから無茶ぶりをしないでくれよ……。
「よし、ここは実際にセリフを言ってもらおうか! そのほうがイメージが湧くからね!」
「はいストップ。大至急」
俺は予想どおりとんでもない発言をした長谷をくいくい、と手招きし即座に呼び止める。
「話が違う。契約していないことは承諾しかねる。モデルでも正直気乗りしないのにさすがにそれは無理だ」
それになにより……そんなことは素面では出来ない。俺はどうにかしてそれを断ろうとしたが、
「え、そう? あー、腕痛いッ! 千切れちゃうッ! どっかの誰かのせいでもう二度とマンガ描けないよーッ!」
と、長谷は負傷した腕を押さえてオーバーにリアクションをした。いやそう言われると反論は出来ないのだが。
「いいんじゃない? 面白そうだし」
スティックの粉末にお湯を注いだだけのコーヒーを持ってきたピーコはにこにこしながらそれぞれの絵描きの目の前にコップを置く。
「あ、どうも。って、もう電気が?」
電気が使えなければ現代社会では入手しづらいお湯を関金は少し感動しながら見つめていた。
「はい。ともちゃん先生、もう全部動きますよね?」
ピーコがそう言うと部屋の入口のほうから工具箱を持ったともちゃんが戻ってくる。
「ああ。荒木の一族謹製のそこそこ上等なソーラーパネルを屋上に取り付けて電線を引っ張ってきた。急だったから変換効率は80%ぐらいだが。しかしオール電化でラッキーだったよ。これでこの家の大抵のものは動かせるな」
「あんたは本当になんで学校の先生をしているんですか。ノーベル賞取れますよ」
ちなみに市販されているソーラーパネルの変換効率は20%くらいだ。名立たる企業が世界中の技術の粋を集めてちまちまと50%を目指していたというのに。
特許をとれば余裕で億万長者になれるだろうし、世界のエネルギー問題も容易く解決出来るだろう。
「ちなみに頑張ればどこまで行けますか?」
「どこまでも。100%でも、200%でも。永久燃料もその気になれば作れるぞ。まあ特殊な材料や道具が必要で今手元にはないがな」
簡単に彼女はそんな事を言ってのけてつくづく荒木の一族の技術力はすごいのだと俺は改めて思った。
「けど特許とかは取らなかったんですね。前の世界では金に困ってるみたいでしたけど」
「前にも言っただろ。科学技術は小出しにしないといけないって。そう簡単に一族の技術を世に出しちゃダメなんだよ。残念な事にな」
はあ、と深いため息をつくともちゃん先生は遠い目で言う。
「でもすごいですね、これで文化的で最低限度の生活が出来るよ!」
ただ、そのすごさが理解出来ていない長谷は無邪気に喜ぶだけだ。
「ほら、お前らもさっさとコーヒーを飲め。俺はゾンビ退治に行ってくる」
「どさくさに紛れて逃げようとしても駄目だよ?」
「空気読むっすよ」
「チッ」
話題がそれた隙に俺は逃げようとするがすぐに彼女とキャシーに呼び止められてしまう。
「そもそもお前たちはどんなマンガを描いているんだ? 設定もセリフもわからなければ演じようがないぞ」
「私たちが描いてるのは先代の部長の残してくれた作品の続編だよ。前作はそれなりに評判も良かったね。未完だけどプロットはあるからそれを完結させようとしてるんだ」
長谷は胸に手を当てふふん、と誇らしげに言った。
「一応聞くが、その部長さんは」
「うん、もういないよ」
彼女は寂しそうに笑って言った。前の世界でなにかしらの理由で亡くなったのか、世界がこうなってゾンビになってしまったのか。だが深く詮索するようなものではないだろう。
「ジャンルはオリジナルの作品で死後の世界に紛れ込んだ主人公がそこで出会ったヒロインと一緒に冒険をしながら元の世界に戻ろうって話だよ。で、君は実は主人公のポーズをしてたのさ。イメージが結構似ててね」
「そんな作品だったのか」
様々な作品でしばしば題材として扱われる死後の世界。今の時代ともなんとなく通じるものがありそうな作品だ。
しかし俺と似ている主人公か。そいつはどんな人間でどんな行動をしているのだろう。ちょっとは興味も出てきたな。
「あの……だからお願いします。私たちはどうにかして作品を完成させたいんです。手伝ってくれますよね?」
内向的な関金は勇気を出して言ったあと、俺はちらりとピーコのほうを見ると、
「トオル君。出来れば、その……」
彼女の懇願するような眼差しを見てしまったので断れるはずもなかった。
それに動画と静画、ジャンルこそ違えどエンターテインメントとしての本質は同じだ。以前の俺なら興味を示さなかっただろうが俺たちと同じく酔狂な人間の彼女たちを少しは応援したい気持ちもある。
「わかったよ、ケガをさせた手前もあるしな」
「おお、ありがとうッ!」
仕方ない、ここは出来る限り協力してやろう。思うところがないわけではないし。
「差し入れ持ってきたよー」
「戻ってきたら、面白い事になってるね」
俺が承諾したあと銀二とゴンが外から戻ってきて、ゴンはリュックサックをドスン、と床に置いた。外でなにを調達したかわからないが大収穫だったらしい。
「おお、サンクス! ちょうど面白い時に来たね!」
それを見た松河原は手を叩いて嬉しそうに言う。いつの間にかメンツが全員この場にそろっていた。
「それで、どんな演技をすればいいんだ?」
「……………」
俺はそう言うと不意に妙な気配を察知し、そこに視線をやるとマルクスの姿があった。彼女は手を止め、静止している。
そういえばさっきからずっと彼女は黙っていた気がするが……いつからだろうか?
だが俺の言葉を聞いた長谷はにやり、と悍ましい笑みをした。
「そうね。まずは次のシーン……悪霊の攻撃でTSしてからの触手責めを受けるシーンなんだけど」
「はいストップ、大至急」
とんでもない単語を羅列され俺は再度彼女を呼び止める。
「確認するのを忘れていたが年齢制限は?」
「18禁じゃないよ? ギリギリのラインを責めたけど」
「そうか。帰らせてくれ」
「そうはいかんなあ」
「トオルちゃーん?」
長谷の手が背後からぬっと伸びキャシーも立ち上がって、それぞれ俺の両肩に手を置く。
「お前の友人のマルクスはどう思っているんだ? なあマルクス、お前は俺がリョナっちゃうシーンを描きたいのか?」
この場から逃げ出すため、俺は風呂の一件でまだ険悪な状況ではあるが彼女の力を借りようとする。
「そ、ん、な、わ、け、なかろうッ! なにが悲しくて貴様を慰み者にする絵を描かねばならんのだ!」
マルクスは顔を真っ赤にして反対して立ち上がり俺と同様に逃げようとするが彼女の前にはゴンが立ちはだかる。
「へい! あたしのカバディの動きについてこられるかい!?」
「く、このッ!」
身体能力の高いマルクスをゴンは右へ左に移動して行先を防ぐ。突飛ばせば一瞬で突破出来るのにそれをしないあたり仲良くはなってきているのだろう。
「ああ、そうそう。さっき台所に行った時こんなものを見つけたんすけど」
「そ、それはッ!?」
キャシーはどこからともなく箱のようなものを取り出す。パッケージにはテントがある事からキャンプをしているのだろうか、萌え系の美少女たちが屋外でカレーを作っているイラストが描かれておりレトルトカレーの箱のようだった。
「って、アニメでカレー? もしかするとそれは」
「はい、トオルちゃんの想像どおり探してたちくわカレーっすよ。なんかたくさんありましたけど食べていいっすよね? ちくわが大好きなマルちゃんを買収するのに使うので」
キャシーは一応長谷に尋ねる。勝手に食糧を漁る行為自体好ましくはないのだが。
「うん。いいよ。おまけのコンプのためにたくさん買っちゃったからね。食べるだけなら全然いいよ。むしろ多すぎて食べきれなかったくらいだし」
彼女は快諾しマルクスはうむむ、と苦悶の唸り声を上げていたがキャシーが止めの一言を突き付ける。
「どっちなんすか。ちくわか、トオルちゃんの人としての尊厳か、どっちをとりますか?」
「……そうだな、我は迷わぬ! 決まってるだろう、ちくわだ!」
マルクスはすがすがしい顔でそんな事を言ってのける。俺の尊厳はちくわ以下らしい。
「な、なんか大変な事になったね。トオル君、頑張ってね?」
「仲間の遺志を継いで、作品を完成させるとかちょっと感動したんだけどな。あーやってやんぜコンチキショウ。トホホ」
投げやりになった俺は昭和のマンガのようなわかりやすい肩をすくめるリアクションをしたのだった。




