11-64 当主との口論と、深まるゴンとの絆
石の鳥居をくぐりウサギの像がある神社にたどり着く。神社でウサギというと因幡の白兎をイメージするがここも大国主系の神社なのだろうか。
おみくじを結ぶ場所はウサギのフォルムになっておりわずかに紙が結ばれている。地上にあったものを再現したのだろうが小綺麗な神社でどこか可愛らしい。
だがそんなファンシーな空気とは不釣り合いな禍々しい人物がいた。走って来た俺は神社の境内で拝殿を眺めている黒ローブの背中を見つけ、
「また会ったな、当主さん」
と、やや声を荒げてその名を呼ぶが荒木の当主は動じる様子はない。そしてゆっくりとこっちに振り向いた。
「そろそろ来る頃かと思っていました」
荒木の当主のペストマスクの瞳は見ていると魂を吸い込まれそうになる。向こうは攻撃してくる事はないがその気になれば俺なんか瞬殺出来るはずだ。
「まずはどうしてここにいる」
「修二さんにハッパをかけましたからその結末を見届けに。私も今回は特に関心を寄せているわけです。なんてったって今回は彼女たちが主役ですから」
「彼女たち……ゴンか?」
「と、因幡の白兎ですね」
俺は少ない情報から真意を探ろうとした。この世界の物語において二人は重要な役割を果たすはずだ。だが俺はあまりにもゴンと因幡の白兎について知らなさすぎる。
なら奴の口から聞きだせばいい。修二と違い理知的なこいつは機嫌を損ねてもすぐに殺す事はないはずだから。
「目的はわかった。ならもう一つ聞かせてくれ。ゴンの母親の不倫相手はお前が用意したものなのか?」
「あ、はい、そうです」
俺の覚悟を決めた質問に当主はあっさりと答えを提示する。
それはあまりにも軽すぎる返事だった。その事によりゴンは母親を奪われ、恋愛にトラウマを植え付けられたというのに。
「簡単に説明すると現人神として彼女をこの世界に産み落とすためには必要だったんです。それに金も権力も持っている名家のほうがなにかと便利でしょう。なのであの母親にとって理想の男性を作り提供したわけです。現実逃避したかった母親は夢が見れました。私も目的を達成出来ました。ウィンウィンだと思いますがね」
当主は鼻で笑いそんな血も涙もない事を言い放った。その発言で、俺の頭の中でなにかがプチン、と切れる音がした。
「全部お前のせいなのか……ゴンの不幸は! お前の論理は正しい。だがそれは神の論理だ、人間の論理じゃない! お前のせいでゴンは孤独になったんだッ!」
「あ、ゴメン」
彼はまたしても軽く心のこもっていない謝罪をする。俺は気が付くとバットで彼に殴りかかろうとしていたのだ。
「ッ!」
「悪いわね」
だが攻撃の間合いに入る直前、当主の影が伸びて俺に巻き付く。俺は空中に浮かびそのまま勢いよく放り投げられたのだ。
「ぐ、ああ……」
バットはカランカラン、と転がる。肉体が石の地面の境内に叩きつけられ全身の骨が何本かやられたようだ。
「やめときー。痛いでしょう?」
「生きてる?」
当主の気の抜けた声が聞こえる。痛い、痛すぎる。アドレナリンが出ていてこれだから冷静になったらもっと悲惨だろう。当主の影、いやノミコは少しやり過ぎたと思ったのかバツが悪そうに俺を眺めていた。
「ああ、だがゴンの痛みはこんなもんじゃない……お前を一発でも殴るまでやめるものかッ!」
俺は気合を入れて立ち上がるが息が出来ない。ただただ苦しいが俺はもう一度当主に素手で殴りかかった。
「ダメッ!」
だがその時背後から誰かが抱き着くように俺を捕まえ動く事が出来なかった。冷静さを取り戻した俺は、冷や汗が流れてしまう。
「ゴン……?」
俺が慌てて走った事を心配しあとを追いかけてきたのだろうか。いや、経緯よりもまず確認しないといけない事がある。
「どこまで聞いた」
「全部、お前のせいなのかって叫んだあたりから」
俺はそれを聞き少しだけ安心する。どうやら核心に迫る部分は聞いていなかったようだ。
「若人の逢引を邪魔するのもあれなのでお暇しますね」
当主はクク、と見下すような笑みをし黒い影に包まれ消失する。そして安心した事で俺の身体にじわじわと痛みが広がった。
「ごめんね。よくわかんないけど多分あたしのせいなんだよね……? あたしのせいでトオルは痛い思いをしたんだよね」
ゴンは俺を解放すると、泣くのを我慢してしょんぼりしてしまう。
「違う、お前のせいじゃない」
そんな彼女を俺は振り向いて優しく抱きしめた。そして彼女は静かに俺の胸で泣いてしまう。
「本当にごめん……でも、あたしのために怒ってくれてありがとう」
彼女はすべてを聞いてはいなかった。けれどもしかしたらある程度は察しているのかもしれない。それをあえて口にしないだけで。
俺はただ、そんな健気な彼女を護りたかった。
過酷な終末を一生懸命生きる、か弱い少女を。
どんな形でも構わない。俺はゴンの力になりたかった。




