11-55 想い出を奪うゴンの罪悪感
本戦の日が近付き俺は会場となる公園の下見をする。前の世界でも多くの人で賑わっていた公園には野外ステージが組まれ、飛島を中心に技術者集団が一生懸命作業をしていた。その中には恵さんとともちゃんもいてなにやら機材をセッティングしているようだ。
「オーライ、オーライ」
時間も資材も乏しい中みんなが協力して和気あいあいと祭りの準備を楽しんでいる。こっちは別に心配ないだろう。
「ここであたしたちは踊るんだね」
「ああ」
右方向から声が聞こえ俺はすぐにゴンと気が付き返事をする。彼女はどこか不安げで緊張しているようにも見えた。
「お前も下見か?」
「うん」
彼女はいつもの元気がなく会話が続かない。しばらく待ってから俺はポケットから缶コーヒーを取り出して彼女に手渡した。
「心配事があるなら話してくれ。俺はお前のマネージャーだからな」
「……うん」
彼女は少し悩んだ後、そう返事をした。
俺たちは公園の外れに移動しベンチに腰掛けて缶コーヒーを飲む。ゴンは両手で缶を持ちながら神妙な面持ちでこう言った。
「あたし、ピーちゃんとバトルするんだね」
「そうだな。歌とダンスで、だけど」
本番が近付き緊張している……それだけではないだろう。
「あたしね、苦しいの、どんどんトオルと思い出を共有して。白倉のたい焼きもそう。あずきのアイスもそう。なんだか二人の思い出を奪ってるみたいで嫌なんだ」
彼女はそんな事で悩んでいたらしい。これに対するフォローの言葉は俺でなくても出来る。彼女は恋愛の倫理観が強すぎるがゆえに悩んでいるだけなのだ。
「それは苦しむような事じゃない。お前は優しいんだな」
俺はそんな彼女を否定しない。だがどうやらずっとゴンが封印してきた心の傷と向き合う時が来たようだ。
「優しいわけじゃない。なんか嫌なの。お母さんと同じ事をしてるみたいでさ」
家庭より不倫相手を選び、家族を捨てたゴンの母親。人の心は法律で裁けないとはいえその事はゴンを悲しませてしまったのだ。同時に、彼女に人を愛する事への恐怖を植え付けて。
「お前は母親の事をどう思っているんだ?」
俺はそれとなく聞いてみる。あの身勝手な母親と和解させるつもりは毛頭ないが、複雑な乙女心を理解するためには多少傷口が開いたとしても踏み込まざるを得ないのだから。
「今となってはどうでもいい、が本音かな。ほとんど記憶がないからあたしにとってはほぼ見ず知らずの他人で恨む事も出来ないし」
「そっか」
好きの反対は無関心、か。そこに彼女の心の闇の深さを垣間見てしまった。
「今になって怖くなった。ピーちゃんに勝ちたくない。ピーちゃんに負けて今までどおりギャグ要員のままでいたいの。あたしは友達のままでいい。女になりたくない」
可愛い服も、女らしさも、彼女はすべてを拒絶した。そのすべては母親のようになりたくないがために。糸子さんは母親ではなく女である事を選び、そして家族を不幸にしたのだから。
ああ、なんて健気なんだ。彼女は優しくそして愛おしい。今こそ力になる時だろう。俺はベンチから立ち上がりこう告げた。
「なあゴン。四の五の言ってないで練習するぞ」
「え?」
俺の言葉に彼女は困惑してしまう。もっと優しい言葉をかけられるのかと思っていたのだろう。
「俺は全員分の振り付けを覚えている。チアダンスの時に振りつけの手本を見せただろう? 言っただろ、俺はお前のマネージャーだ。全力でお前を応援して最高のアイドルにしてやる」
「トオル……」
「迷わず突き進め。勇気を出して一歩前に踏み出せ。自分を許して愛するんだ」
彼女を励ますため俺はクサイ台詞を躊躇なく吐く。彼女は一瞬呆気にとられていたが、
「ブフー!」
と、思いっきり噴き出したのだ。
「よくそんな台詞言えたね。うん、笑えたよ。元気になった」
「笑わせるつもりはなかったんだが……」
どうやらあまりにもクサすぎたらしい。しかし彼女を勇気づける事には成功出来たので良しとしよう。
「よし、それじゃあ練習しよっか!」
「ああ」
本番まで時間がないので今は一分一秒が惜しい。目指すはテッペン、しかし最大の目的は楽しむ事だ。
さあ行くぞ、ゴン。俺は全身全霊でお前を応援する。マネージャーとして、親友として、そして男として!




