2-8 温泉に行きましょう
そして翌日、俺たちはともちゃんの運転する車で以前ドーナツちゃんを追い込んだタイヤ店の近くにある旅館に向かった。
旅館は駅の近くにあり立地的には最高だが、当然人が多い場所だったという事はゾンビも大勢いてそれが少し難点だ。
立派なホテルのような外観をしているが内部は和風で、天然温泉やキノコ料理が有名な人気旅館である事は知っていたが俺は特に用事はないので中に入った事はなかった。
ちなみに今天然温泉と言ったが星鳥市は地名に温泉とつく場所も多く、ここだけではなく市内にはそのへんに温泉があったりする。前の世界であれば温泉巡りを楽しむ事も出来ただろう。
だが今は過ぎ去った日々に想いを馳せるのは止めておこう。今後も浴場を使えるようになればサバイバルに直接関係ないとはいえ日々の生活を飛躍的に快適にする事が出来るはずだ。
「お風呂かあ、いいねー。ようやく入れるんだ」
「その前に室内のゾンビの撃破と安全の確保のためにバリケードの設置が必要になるがな」
入浴に恋焦がれるピーコにマルクスは一言付け加える。駐車場に停車すると俺たちは一斉に降りて、ライトドローンとともにぞろぞろと旅館の中に入っていった。
「じゃ、いつもどおり索敵してと」
俺は侵入してすぐ脳内マップを開く。思ったよりも1階のゾンビの数はそれほど多くはない。
「数十体ってところですか。これくらいならどうとでもなりますね」
「意外だね、少なくないかい? もうちょっと斬れると思ったんだけど残念だ」
「ショッピングモールと違って客の大半は部屋の中にいるか外出してたんじゃないでしょうか。イメージっすけど」
フロントの見える範囲にも雑魚ゾンビはうろついているがどれも歩くタイプだ。そのうちの一体は走るタイプで、浴衣を着たじいさんのゾンビが俺たちを認識すると駆け寄ってくるものの、銀二がすぐに一太刀浴びせ難なく撃破する。
「全部倒す必要はない。私は機械をいじってくるからそのあいだにゾンビ退治と連中の侵入経路の通路をふさいでくれ。キャシーは私の助手と護衛を頼む。ライトドローンはそっちに預けるぞ」
「うぃっす」
「ええ、お願いします。任せてください」
ともちゃんは重そうな工具箱を片手に携え懐中電灯を持ったキャシーを連れてどこかに歩いていった。機械の操作は専門外だし俺たちは俺たちに出来る事をしよう。
「そうだな、ピーコは椅子やテーブルでバリケードを作ってくれ」
「うん、わかったよ」
俺は彼女に指示を出すとピーコは素直に返事をする。
「ふむ、人数的には男二人、女三人……折角だ、功を立てたほうが先に風呂に入れるというのはどうだろう。風呂に入っているあいだは丸腰だ。おそらく見張り組と入浴組に分かれるだろうからな」
マルクスは不意にそんな事を言って俺はその発言に眉をひそめて忠告する。
「雑魚ゾンビがほとんどだろうが命懸けの作業で遊ぶってのは感心しないな」
「いいじゃないか。じゃあトオルと僕がペアを組むからそっちはマルクス、ゴン、一花だね。一花はバリケードを作るから実質2対2になるのかな。そっちのほうが戦力的に弱そうだしライトドローンは貸してあげるよ」
俺の忠告をよそに銀二はノリノリで俺ははぁ、とため息をついて言った。
「無茶はするなよ。こんな事で死んだら馬鹿みたいだからな」
「わかってるよ、背中は護ってね、トオル」
「へいへい」
「銀二、お前とは一度武を競い合ってみたかったのだ。では行くぞ!」
銀二は俺を見てクスリと笑い、マルクスはややフライング気味にゾンビの集団に向かって斬り込んでいった。
その様子を見た彼は少し慌てたが、楽しそうな顔で抜刀しフロントをうろつく浴衣を着たゾンビに斬りかかっていく。
「元気だねー。あたしは順番どっちでもいいけど。ま、銀ちゃんに負けるのは癪だし適当にがんばろっか」
「だねー。それじゃあ私はバリケード作っておくよ。怪我しないでね?」
「ああ、そっちもな」
一方、ゴンとピーコは競争に乗り気ではなさそうだ。俺は彼女たちにそう言って銀二のバックアップに向かう事にした。
「やッ! はッ!」
銀二は威勢のいい掛け声とともにゾンビを斬り伏せていく。相変わらず見ていて気持ちがいいほどの戦いぶりだ。ゾンビの黒い血しぶきすらも彼の美しさを引き立てる演出に見えてくる。
「刀なんてすぐに刃こぼれしてダメになりそうなもんだが。そのぶん鈍器はいいぞ。ただ殴るだけだ」
俺は金属バットを振り上げると男性スタッフのゾンビの頭部目掛けて叩きつける。銀二とは違い撲殺は泥臭くあまり見栄えのいい戦い方ではない。
「刀の品質が良くてそれを扱う人が達人ならそんな心配はないよ。それにきれいに斬れると気持ちいいよ? 美しい僕が美しく戦う、最高の組み合わせじゃないか」
にやり、と嫌な笑みを浮かべゾンビ狩りを楽しんで、自分に陶酔する彼に俺は多少なりとも嫌悪感を抱く。これではピーコが距離を置きたがるのも無理はない。
「へいへい」
俺は適当な相槌を打って彼に構わず視界に入るゾンビを片っ端から殴っていく。自分は競争なんてものに興味はないし安全第一でゾンビを片付けて行こう。
しかし元々数が少ないため視界に入る敵はすぐに全部倒してしまった。銀二は明かりも持たずに奥のほうに行きさすがに危険と判断した俺は制止する。
「おい、一人になるな、せめて明かりを」
「これくらいなら平気さ。目隠しをして剣で戦う訓練もしているから暗いところでも僕には関係ないのさ」
銀二はそんな事を言って彼に向かって走ってきたゾンビに斬りつける。俺の知る限り剣道ではそんなバトルマンガのような特訓はしないと思うのだが。
油断は禁物だが銀二は強いので放っておいてもいいだろう。マップを確認しても雑魚ゾンビが点在しているだけで特段脅威はない。思いのほか銀二もマルクスも張り切っているので猛烈な勢いで敵の数は減っている。
競争をするなら湧いてくるゾンビをひたすら倒して人数を稼げばいいがそんな不毛な事をするつもりはない。俺も連中の侵入経路をふさぐためのバリケードでも作ろうか。
バットをいったん地面に置き、そのへんにあった一人用のソファーをえっちらおっちらと運び狭い通路に配置する。もちろんマップで敵の確認は忘れない。
えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ。
俺が一生懸命運んでいるとマップにこちらに向かって歩く仲間のアイコンに気が付く。そのアイコン……ピーコは俺を追い越し何食わぬ顔で重いソファーを子供用の椅子でも運ぶように軽々と持ち顔をこちらに向ける。
「ここに置けばいいんだよね」
「ああ」
彼女は俺に確認を取りズシン、と通路に置いて俺もその隣にソファーを置く。護るべき幼馴染のほうが力持ちというのはやはりちょっと寂しいがいい加減その事実を受け入れよう。
「銀二先輩は?」
「一人で先走ったよ」
俺はピーコと会話しながら家具を運びバリケードの設置を続ける。通路は複数あるがどれも細く大きめの家具を置けばそれだけでふさぐ事が出来るのでそこは楽だ。
「本当に戦うの好きなんだね、銀二先輩。私もあんなふうになれたらなあ」
ピーコは若干の皮肉を込めてそう言った。その表情からは前の世界で彼に抱いていた漠然とした不信感とは違う明らかな嫌悪の感情が見て取れる。博愛主義な彼女に嫌われるとは銀二も相当なものだ。
「あいつも悪い奴じゃあないんだが。多分」
一応俺は友人ではあるがそんな歯切れの悪い事しか言えない。だって実際あいつはサイコパスだもの。
「ただあいつもちゃんと分別はある。俺たちに害をなす事はないだろう……なあ、ピーコ」
だがこの不和は出来れば早めになんとかしておきたい。コミュニケーションの問題はサバイバルでは命に関わる事もあるのだから。ゾンビ映画ではしばしば人間関係のいざこざで人が死ぬ事もあるのだし。
「世界はこんな事になった。ゾンビと対峙する人間には二種類ある。ゾンビを殺せる人間か、殺せない人間かだ。そして生き残る奴は当然殺せる人間だ。ここから先出会う人間にゾンビを殺すな、と訴える奴はいないだろう。いや、何人かは多分いるだろうがそいつらは生きている人間を無視する面倒くさい奴だ。どちらにしても面倒くさい連中と遭遇しやすくなるはずだ。だから慣れろ。あいつはまだマシな部類だ」
「わかってはいるけど……」
言い淀むピーコに俺はどうしても言いたかった事を伝える。
「銀二は確かに狂ってはいるが悪い奴ではない。少なくとも無抵抗の人間に害をなす事はないだろうさ」
「そう、なのかな」
彼女は手を止めて、しばらく悩んでから俺の眼を見て言った。
「でも、トオル君はどうしてそんなに銀二先輩の肩を持つの?」
「なんでだろうな」
よくよく考えれば俺もその明確な理由を考えた事がなかった。俺と銀二はそこそこ仲のいい友人ではあるかもしれないが親友とまではいかない関係だし。
「俺と似てるからじゃないか」
理由を考えた時、俺の口から自然とそんな言葉が出てきて、ピーコは目を丸くして言った。
「トオル君と銀二先輩が? どこが? 全然違うよ。も、もしかしてトオル君も女装の趣味があるの!?」
「それは違う」
あらぬ誤解を受けたので俺は即座に否定する。
「俺もそれなりに狂気を抱いている。お前も見ただろう、俺の狂気を。学校で殺戮マシンになっただろ」
「うん……で、でも、それは私を護ろうとして」
「お前が銀二の狂気を否定するなら俺はどうなる? ベクトルは違うとはいえ俺も狂気を秘めた人間だ」
その言葉でピーコはようやく気が付く。自分が銀二を否定する事で遠からず幼馴染の人格も否定していた事を。
「……ごめん」
ピーコはうつむいて謝罪をする。俺はそんな彼女の帽子の上に手を置きわしゃわしゃと撫でる。
「謝らなくていい。ただ慣れろ。あいつも根は悪い奴じゃない。秩序が正義とされた前の世界じゃ嫌われるタイプなのは否定しないがな」
「……うん」
ピーコはしぶしぶその言葉を受け入れる。とりあえずコミュニケーションのフォローはこれでよかったのだろうか。こればかりは正解がわからないので少々不安である。
彼女の頭を撫でていると建物の明かりがつく。その眩しさに一瞬目がくらむがどうやらともちゃんが上手くやってくれたようだ。




