11-5 救われたつぎはぎの少女
眩しい。
強烈な光が、全身を包み込む。
(痛い……)
全身の痛みで俺は、いや彼女は目が覚めてしまう。最初は状況が理解出来なかったが全身に包帯が巻かれている事に気が付いた。
「ッ」
手の指を動かしてみたが激痛が走る。なので大人しく眠る事にした。
ここはきっと病院なのだろう。自分はあの火事で一命をとりとめたという事か。
自分が見た時、鳥取市の市街地全域の至る所で炎が燃え盛っていた。あの火事でいったい何人の人が死んだのだろう。
(鳥取市?)
俺はその時浮かんだ地名に眉をひそめる。そんな地名は俺の知る限り存在しない。
そういえばいつか見た夢でそんな場所があった気がする。俺たちのいた星鳥市は並行世界では鳥取市という名前に変わっていたはずだ。
だけどどうしてその名前が思い浮かんだんだ……?
そうか、これは少女の記憶。この少女は星鳥市ではなく鳥取市に住んでいたという事なのだろうか。
「おお縁、目を覚ましたか!」
けれど俺の思考は力強い声によって掻き消される。そこには彼女の父親がいて涙を流しながら喜んでいたのだ。
「お父、さん……私、生きてるの……?」
「ああ、生きてるよ! 友達のみんなが縁のために皮膚をくれて、お医者さんもすごい薬も使ってくれたんだ!」
「そっか……」
その時不安でいっぱいになっていた自分は思わずほおが緩んでしまった。笑っただけで痛みを感じてしまうが、どこか心地よい。
元気になったらみんなにありがとうって言って、たくさん遊ぼう。少女の幸せな思考が心の中に流れ込んだ。
病室のベッドで少女は窓から外を眺める。カーテンが晩春の温かなそよ風に揺れ、なにをするでもなくボーっとしていた。
違う、なにも出来ないのだ。元気になったのにずっとベッドの上にいる事しか出来ない。遊びたい子供にとって退屈はなによりも過酷である。
「ねえ、いつになったら退院出来るの? このままじゃ体がなまって強力も鬼殺しも出来なくなっちゃうよ」
「さあ、私にはなんとも。でもいつか外に出られるようになるからもうちょっと我慢しようね?」
看護師の女性に尋ねても毎回笑ってはぐらかされる。仕方がない、では別の質問をしよう。
「じゃあいつになったら包帯が取れるの? もう痛くないのに」
「……そうねぇ、いつになるのかな」
けれど、その問いかけに看護師さんは強張った笑みになってしまう。
自分は自分の身体がどうなっているのかずっと気になっていた。だがどういうわけかどこにも鏡が無く確認する事が出来なかったのだ。
その晩少女はある事に思い至った。確かに鏡はない。しかし夜の間なら窓ガラスは鏡の代わりになる。
そしておそるおそる、私は顔の包帯を取り自分の姿を確認してみた。
「え……」
けれど、その人ならざる容姿に言葉を失った。
つぎはぎだらけの、歪な顔に。
「いやああああああッ!」
理解出来ない恐怖に叫び医療スタッフがすぐに集まってくる。だが彼らに出来るのは鎮静剤を打つくらいだった。
魂の抜けた少女は念願叶って包帯が取れたものの外に出る事はなかった。病院の人には家族以外の面会を一切断るように伝え、ただ独りベッドの上でうずくまるだけの日々が過ぎていく。
(こんなバケモノみたいな姿見られたくない。みんなに気持ち悪いって思われちゃう……!)
縁は顔を抑え泣き崩れる。もう自分には普通の人生は送れないのだと、絶望して。
コンコン。
けれどその時ドアがノックされる。彼女がドアのほうに視線を向けると、
「お見舞いに来たよー」
「ッ!」
そこには一番会いたくなかった人たちがいた。友人たちは緊張した様子でぞろぞろと部屋に入ってくる。
「な、ん、で……来てほしくないって伝えたのに」
「その、ごめん」
友人の一人が謝罪する。やはりその変わり果てた姿にどう言葉をかけていいのか迷っているようだ。
彼女は肉体だけではなくその心に深い傷を負ってしまった。恩人である友人たちを拒絶するまでに。
「その、一緒にプロレスのDVD見よ!」
「え……?」
だけど友人たちはその容姿に一切触れる事無く以前と変わらない言葉をかけてくる。そしてあのトオルがプロデュースしたDVDを取り出してとてて、と近寄ったのだ。
「みんな……私が、気持ち悪くないの……?」
震える声で少女はそう尋ねる。少し迷って、俺にそっくりな少年が答えた。
「びっくりはしたけど縁ちゃんは縁ちゃんだし」
「それにちょっとかっこいいかな。闇医者の人みたいで」
少しずれている返しをしたのはマルクスそっくりな少女である。それは励ますための嘘ではなく割と本気のようだった。
「それを言えば僕はそもそも男の子なのに女の子の格好をするのが好きだし、それよりはいいんじゃないかな」
銀二もどきの少年も純粋な瞳でそう伝える。銀二とは別人だという事はわかるのだがピュア過ぎてインパクトがあるな。
ともあれみんなどうにかして縁を励まそうとしているようだ。そもそも心の底から友人だと思っていなければ皮膚を提供だなんてしないだろう。
「あ、これも。縁ちゃんに遊んでほしくて作ったんだ」
ピーコもどきの少女はカバンからウサギのぬいぐるみを取り出した。クオリティは微妙だが一生懸命作ったという想いは伝わる。
強いて文句を言うのなら、ウサギのぬいぐるみの顔が因幡の白兎に酷似していたくらいだが……。
「自分もスーパームリゲメーカーでステージを作りました!」
キャシーもどきの小雪も携帯ゲーム機を取り出し笑顔で見せつける。室内でも楽しめる遊びを全員で考えてきたようだ。
「みん、な……」
自分はなんて馬鹿だったんだ。見た目が変わったくらいでみんなが自分を拒絶する事なんてわかっていたはずなのに。
「だから、遊ぼう!」
「うんっ!」
縁はピーコもどきの手を取る。そしてプレイヤーでDVDを見て、ゲームをして、はしゃぎまくって看護師さんに怒られて、みんなで時間ギリギリまで遊んだのだ。
そして温かな記憶は次第に白いもやに変わり、夢見心地のまま俺の意識は遠のいていく。




