2-1 ピーコの記憶その1
夢を見ていた。
夢にも色々あるが俺は今これが夢と認識している。明晰夢というやつだろう。
そして夢の中で俺の前の前に小さな女の子……まあ、早い話が幼少期のピーコがいたのだ。そして幾度となく見てきた河川敷のグラウンドにいるし俺の脳が記憶の整理をしているのだろう。
ピーコと俺の視線の先には子供時代の俺と咲桜先輩がいる。どうやら楽しく談笑しているらしい。音声はオフのためなにを話しているのかはわからないが。
悲しい。寂しい。羨ましい。
そんな感情が流れ込んでくる。なぜ俺がそんな感情を抱かなければいけないのだろうか。自分のものではない。
それはピーコのものだ。直感的に彼女がそんな感情をしているのが理解出来たのだ。
俺は取りあえず夢の中でも動けるのか試してみたが、足を動かしたらちゃんと動けたので彼女の前に回り込んで表情を見た。やはりしょんぼりとした切なそうな顔だ。
(楽しそうだなあ……やっぱりトオル君、お姉ちゃんのほうが好きなのかな。私は野球も上手くないし、勉強もそんなに出来ないし、地味だし……)
(ピーコ?)
ピーコの心の声が聞こえ俺は口を動かそうとしたが声は発しない。やはり音声はオフのようだ。
これは俺の夢のはずだ。ピーコが咲桜先輩にひそかにコンプレックスを抱いているのは知っているがなぜそれが俺の夢に出てくるのだろう。
場面は暗転する。
次は街中だった。服装や木の葉が茶色く変化している事から秋と理解出来る。夢になるのが印象的な記憶ならもしかすると……。
「あの、トオル君! このあと時間あるかな!?」
今度は音声がオンのようだ。子供ピーコは顔を真っ赤にし大声でそう言った。やはり咲桜先輩が引っ越しを告げる、その直前の光景の夢だった。
俺はこのあとの展開をもちろん知っている。子供の俺は戸惑っていたが残酷な事を告げた。
「え、いや。今日は咲桜と先約があって。そのあとでいいならいいけど」
「……お姉、ちゃんと」
ピーコは呆然としていた。彼女はおそらく引っ越す事を親友に告げるつもりだったのだ。
「な、なら仕方ないね。大した用事じゃないから」
「ピーコ?」
彼女はそれだけ言うと口を真一文字に結び、今にも泣きだしそうな顔をして全力失踪する。
俺は不思議そうにしている子供の俺を無視してピーコを追いかける。これは夢だしそんな事をしても意味はないだろうが、直感でそうしなければいけないと考えたからだ。
(また、またお姉ちゃんだ! トオル君はずっと私の事なんて見ていなかった! お姉ちゃんのほうが大切なんだっ!)
俺はピーコと並走すると彼女は泣いていた。心の声が流れ込み昔の俺がしてしまった失敗にいたたまれない気持ちになる。
だけどピーコ、すまない。
お前が大切な幼馴染だから安易な同情でお前に優しくする事は出来ない。
俺は今でも咲桜先輩の事が好きなんだ。たとえ俺が偽物の久世透でもこの気持ちは本物だから。
再び暗転する。
そこには大勢の人がいた。彼らの顔は皆一様に沈んだ顔をしてそれはピーコも例外ではなかった。もしかすると震災の時の避難所だろうか。
この記憶は俺のものではない。俺はピーコから震災の経験を聞いた事はあるが当然その場に居合わせてはいない。
だがそんな疑問は抜け殻のようになった彼女の顔を見てどうでもよくなってしまった。
(なんで……どうしてこうなったのかな……大好きな街も、大切な友達も、お父さんとお母さんも……タマちゃん、大丈夫かな……)
やはり彼女の心の声が聞こえる。俺はかける言葉を思いつかなかったし、思いついていてもここに存在していない俺の声は聞こえないだろう。
俺はタマちゃん、とあまり馴染みのない名前を聞いたが俺は彼女から何度かその名前を聞いた事を思い出す。確か宮城での友人だったはずだ。
結論から言うとタマちゃんは無事だったと俺は知っている。ピーコを安心させるためにその事を伝えたいがそれも叶わない。
(トオル君も事故の時、こんな気持ちだったのかな……)
彼女は心の中でそう呟いてそれ以上心の声が聞こえなくなる。ただただ長い沈黙が流れていた。心は徐々に死んでいき海の底の様に、暗く、静かで果てしない無が広がっていく。
ただ、そんな時不意にラジオの音が聞こえてくる。地元出身の芸人のコンビがなにやらMCをして放送しているようだった。
この空間には不釣り合いな楽しそうな声。そして曲が流れてくる。地元出身の栗原という芸人が歌った、それほど歌唱力があるわけでもなく魂に響くような歌詞でもない、馬鹿馬鹿しく笑えるほどにクソみたいな曲だ。
(ふふっ)
だけどピーコは笑っていた。笑いながら静かに泣いていたのだ。彼女はしょうもない歌に聞き入って、そしてボロボロと泣きじゃくる。
(……あれ、私、笑ってる)
栗原はなにかと女性とのスキャンダルの多い芸人で正直地元でもそこまで好感度が高いわけではない。
彼の歌にはなんの意味もない。けどちゃんと意味はあったんだ。彼女の心にわずかではあるが希望の明かりを灯せたのだから。
たった一人でも笑顔に出来たのならば、その歌はどのような仰々しい肩書を持つ大御所の歌手よりも素晴らしいものに違いなかった。
そして暗転。
今度は映像研究会の部室の前だった。これは緊張の感情だろうか。彼女は勇気を出してその扉を開ける。
「お、お邪魔します!」
「ピーコか。そろそろ来ると思っていたぞ」
部室には俺がいた。時期的に今年の4月くらいだろうか。この日の事はもちろん覚えているがやはりピーコの視点だった。
「あ、トオル君だったんだ。えーと、入部届を出しに来たよ」
「サンキュ。これで首の皮一枚でつながったな」
俺はそう言うと優しく微笑む。自分で自分の顔を見るというのは今更だが変な感じだ。
「けどいいのか。お前映像に興味とかないだろ」
「ない事はないよ? それにここには女子の野球部はないし」
ピーコの言ったように女子野球はマイナーなスポーツだ。女子ソフトボールならともかく硬式では競技人口はほとんどいない。
なので多くの女子は小学校で辞めて、辛うじて残った中学生も高校になればその現実に直面してしまう。ピーコもやはりその現実を受け入れ野球を続ける事を諦めたようだ。
(映像には、正直そこまで興味はないけど)
心の声がまた聞こえてくる。冷静に考えればそれはプライベートをのぞき見する感じで悪い気がしてきたが聞こえてくるのだから仕方がない。
(お姉ちゃんとトオル君がいるからね。それに……私もあの時聞いた栗原さんの歌みたいに誰かを笑顔に出来るかな)
彼女は確かにそう思っていたのだ。実際のところ俺たちを助けるために入部させてしまったのではないかと内心後ろめたさがあったがどうやらそれは杞憂だったようだ。
暗転。
今度は廊下にいた。場所からすると1階だろうか。窓からはグラウンドが見え、そこには俺と咲桜さんが野球部の活動風景を撮影している姿が見えた。それは最初に見えた幼少期の光景の再現のようで再び切ない気持ちになる。
(またお姉ちゃんと仲良くしてる)
胸が締め付けられるように苦しくなってきた。ピーコの感情が俺に流れ込んでくる。
(ずっと、小さいころからずっとトオル君はお姉ちゃんだけを見てきて……でも、お姉ちゃんのおかげでトオル君は立ち直れたし私の出る幕じゃないよね。けど、それでもいいかな……トオル君が笑えるのなら)
ピーコの悲しくも、優しい感情が伝わってくる。
好意と嫉妬が混ざった感情はミルクと混ざりあってしまったコーヒーのように一体化し、子供のころから切り離せないまま大きくなっていったようだ。
そして暗転する。




