9-83 西紺屋の末路
――久世透の視点から――
「あらよっとッ!」
「ブヒィンッ!?」
俺が生大刀を振るうとオーク部隊は一網打尽にされ為すすべもなくノックアウトされる。その光景にふと元横綱の格闘家が野獣にボコられたのを思い出してしまった。
本当にこの衝撃波攻撃は便利だ。範囲攻撃で大抵の雑魚敵を一撃で片付けられる。とにかく破壊神の如く敵をなぎ倒しながら進み続けると、ようやく目当ての人物と相まみえる事が出来た。
「父さん。今回の相棒は随分とゴツイな」
俺は寂しげな表情の父さんと、それに付き従う鬼のゾンビに対してそう言った。だがそのゾンビの顔を俺は思わず二度見してしまった。
「まさかこいつ……春日鷹史か?」
春日鷹史。彼は吉備の一族の本家の人間であり、咲桜先輩と行動を共にしていた組織の人間だったが、神在の騒乱で泥に飲み込まれその後は消息不明になっていた。俺とは浅からぬ因縁のある相手でもある。
「せいぎ、せいぎ、せいぎぃ」
随分と変わり果てた姿になってしまったがその顔にはあいつの面影がある。へらへらとした薄気味悪い笑みでうわ言のようになにかを呟きながら、子供向けアニメの悪役のぬいぐるみを虫を殺すように引きちぎっていたが、何度も見てきた奴の顔を忘れるはずがない。
「ああ。彼を人のいない廃墟の町で徘徊させるのも可哀想だからね」
「死んだあともこき使われるほうが可哀想な気もするが」
一応同じ組織の仲間だったはずなのに随分とひどい事をするもんだ。けれど善悪の論議はひとまず置いておこう。
「父さんの能力を使っているのか。使役系の」
「ふむ、僕の力を知っていたのか」
父さんはその事実に少し驚く。まあ周回プレイで知ってたんだけどな。
「そのとおりだよ。と言っても僕の力をもってしてもこの怪物は流石に制御しきれないけどね」
「フラグになるからそんな事を言わないほうがいい。暴走して操っている奴が死ぬから」
談笑しながら俺は春日を警戒し続ける。低い唸り声をあげてはいるが攻撃をしてくる事はなく、ある程度は躾がされているらしい。
でもあからさまに強そうだなあ。今回のボスキャラはこいつなのか。桃太郎にちなみ鬼神キビツヒコとでも名付けておくか。
「どうだ、恐ろしいだろう」
「ん? って、おい」
そいつを眺めていると聞き覚えのある声が聞こえてくる。なんと父さんたちの背後から先ほど倒したはずの西紺屋が現れたのだ。
「最初からそっちにいたのか? さっきのは部下の変化でさ」
と言っても俺はそこまで驚いてはいない。やはりこれも周回プレイで把握済みだからだ。狐の異形部隊が変身能力を持つ事は知っていたため俺はそれも含めて計算しながら行動していた。
「そこまで見抜いていたか。やはり貴様は随分と頭が回る。だがこやつばかりはどうにも出来まい?」
虎ならぬ鬼の威を借る狐になった西紺屋は自信を取り戻しまたしても勝ち誇っていた。どうして弱い奴ってこうすぐに調子に乗るんかね。
「貴様だけは生きて返さん。貴様のせいでなにもかも台無しになったのだ。あと少しで平家を再興出来るところだったというのに!」
「平家ねぇ。今更再興する必要なんてあるのか? 何百年も前に滅んだ連中をさ」
西紺屋は唾をまき散らし激怒していたが正直その動機が俺にはピンとこなかった。今はもう再興なんて出来ないし、する必要もないというのに。
「黙れ! 我が一族はそのために生き続けていたのだ! ようやく積年の恨みが晴らせたというのに!」
「結局それが理由か。お前は異形の未来のためじゃなく、自分の私情で和平を滅茶苦茶にしてクーデターを起こしたという事か。この和平にこぎつけるまでどれだけ血が流れたと思ってるんだ」
本当に馬鹿馬鹿しい話だった。今までの世界でも和平が破談になったのは彼の暗躍も一つの要因としてあった。こんなしょうもない理由のために桃太郎と苗羽は何度も引き裂かれ、瀬戸内は罪のない人々の血で染まったのだ。
俺はそれに強い憤りを感じ生大刀を持つ手を強く握りしめてしまう。殺しはしないが腕の一本や二本ならいいよな?
「ッ!?」
だが西紺屋に気を取られている間、背後から強い悪意の気配を感じる。すぐに後ろを振り向くとなにかが高速で俺の右側を横切ったのだ。
その姿を確認するためまたすぐに前方を確認する。俺はそいつの姿を見て愕然としてしまった。
「修二!?」
それは今荒木の姉御と戦っているはずの修二だった。思わぬ強敵の乱入に俺は冷静さを失いかけてしまう。
キビツヒコだけでも厳しいというのに彼がここにいれば俺の勝機は万に一つもない。西紺屋はどうでもいいけど。
「おお、修二! 助けに来てくれたか」
勝利を確信した西紺屋はひどく歓喜する。だが父さんだけは表情を崩さず呆れた顔で彼を横目で見ていたのだ。
多分、彼にもこのあとの結末がわかっていたからなのだろう。嬉しそうな西紺屋とは違い修二は背中からでもわかるほど強い敵意の感情をにじませていたのだから。
「さて。小耳にはさんだが刑部狸を殺したのはお前なんだよな」
「ん? ああそうだが。それがどうし、ダァッ!?」
彼がすべてを言い終える前に修二はその顔面に強烈なストレートをお見舞いした。西紺屋の顔はひしゃげ牙が何本か吹き飛んで転倒、背中を地面に勢いよくぶつけてしまう。
「な、なにをする、ダァ!?」
修二は続けてその顔面を躊躇なく踏み潰す。高慢そうな狐の顔は血塗れになり、ひどく惨めなものになっていろんな汁をまき散らしていた。
「や、やめてくれ! 私は仲間ではないか!?」
「俺はなあ、確かに刑部狸とは手を組んだ。けどな、お前とは手を組んだ覚えはねぇんだよ。そこんとこ間違えるな。一緒に酒を飲む約束してたのにおじゃんになっちまったじゃねぇか」
そして修二はボロボロな西紺屋の顔面を鷲掴みにし冷たい口調でそう告げ、勢いよく後頭部を地面に叩きつけた。
「ガフゥ!? ヒ、ヒィ! なにをする!?」
その後西紺屋の右足首を掴み片手でズルズルと橋の欄干まで引きずる。彼はどうにか脱出しようと道路を掴もうとするが、指の爪が割れただけで当然脱出は出来ない。
「止めないのか?」
「どうしてだい。自業自得だよ」
俺は父さんにそう尋ねるが彼は一切制止する素振りを見せない。彼もまた西紺屋に不信感を抱いていたらしい。
「よっこいせっと」
修二は軽々と片手で西紺屋を頭上に持ち上げる。自分の身になにが起こるのかを理解した西紺屋は最後の力を振り絞って絶叫した。
「嫌だ、嫌だ! 私が悪かったッ! なんでもするからッ!」
「へいドボーン!」
命乞いをする西紺屋を修二は躊躇なく瀬戸内の海に放り投げた。瞬く間に彼は小さくなり、しぶきをあげて海面に落下してしまう。
「嫌だァ! こんな死に方したくないッ!」
「シャアアア!」
彼はバシャバシャと水面で暴れるが僧衣は水を吸って瞬く間に重くなり思うように無動きが出来ない。そしてそれを待っていたかのように大量のディーパがピラニアのように集まってきていた。
「イダイイダイイダッウバババババァバァアバアアアアッアギャアアッ!」
そして毎度おなじみの独特な断末魔だが今回はやや長い。多分すぐには死ねなかったのだろう。だが彼には相応しい末路とは言える。
そしてしばらくして声が聞こえなくなる。西紺屋が先ほどまでいた場所の水面は徐々に穏やかなものに変わっていき、赤黒い血で染まった水面をディーパたちが泳ぎ回っていた。




