9-46 桃太郎伝説の真実と知らずに失恋した犬飼
少し気まずい空気になり、キャシーが空気を変えるために質問をする。
「吉備桃太郎って襲名するようなあれなんですか?」
「ああ。大昔からその伝統は続いている。もちろん最初の人間はキビツヒコ、いわゆる桃太郎だな」
桃太郎はどこか悲しそうな笑顔でそう答えた。
「もう予想出来ていると思うが桃太郎伝説は異形の迫害を英雄譚にしただけだ。異形を殺してあらゆるものを奪いつくした過去の出来事をな。お話も昔はちゃんとエグイ描写をしてたけど戦前くらいから微妙に変わっていったんだ。『ただそこに生きていただけの鬼を退治した』じゃなく、『極悪非道な悪い鬼を退治した』って感じに。それがなにを表しているのか説明しなくてもわかるよな」
彼はそれ以上語らない。つまり桃太郎伝説は戦争のプロパガンダに利用されたという一面もあるのだ。相手が悪ければなにをしても構わないという価値観を植え付けるための。
「ちなみにうちに伝わる本物の桃太郎伝説では最後はキビツヒコ自身が鬼になったんだ。罪のない人々を虐殺し、殺して殺しまくって、精神が崩壊して人間に戻れなくなってさ。原典は残酷表現のオンパレードでとても子供には見せられないお話だよ」
ピーコは少し怯え、ごくりとつばを飲み込んだ。
「話がそれたが和平についてだったな」
彼はそれ以上負の歴史を語りたくないのか、強引に話題を転換した。
「和平についてはこっちも反対する人間は多い。けどもう疲れたっていうのが大方の意見だ。食糧や燃料、弾薬と言った物資も限界だし、護るべき国家はもう存在しないし。それでも戦うっていうのはこの世界が異形のものになると思っている連中だな。もうすぐ人類は滅ぶし実際そうなんだけど」
ハハ、と桃太郎は乾いたように笑う。そして小波さんが重ねてこう発言した。
「ただ和平反対派は少数派とはいえ無視は出来ません。なので私は次期当主の桃太郎と苗羽さんとの関係を上手く利用したいと思いたいんです」
「利用っすか」
ハッキリとそう言った彼女にキャシーは顔をしかめる。恋路を政治的に利用するとはあまり気持ちいい話題ではない。
「本音では息子は犬飼と結ばれたらよかったと思っていたんですけどね」
「ま、またその話ですか!」
だがそんな事を言ったので、犬飼は顔を真っ赤にし立ち上がってクレームを言った。
「私はただの剣です! そのような浮ついた関係ではありません!」
「でもピッタリだと思うけど」
恋愛談議になり小波さんの表情も少し柔らかいものに変わる。ちょっと楽しい話に変わりピーコもワクワクしながら様子をうかがっていた。
キャンキャンと吠える犬飼を桃太郎は微笑ましく眺め、こう告げる。
「でもさ、お前には本当に助かっているよ。ポチは俺の一番の親友さ」
「し、親友などと! もったいないお言葉でございます!」
褒められた犬飼はしっぽをぶんぶんと振りだした。このまま嬉ションするのではなかろうか。
「とにかく! 私は主君に使える侍でありそれ以上でも以下でもありません! ですがその言葉を胸に、日々職務に邁進したいと思います!」
「頼りにしてるよ」
桃太郎はふふ、と優しく笑う。うん、いつ見てもナイスコンビだ。本当にどうして彼は犬飼と結ばれなかったのだろう。
その理由を考えてみる。距離が近すぎるから? いや、彼女は恋心よりも忠義が先に来るからそういう展開にならなかったのだろう。
こうして彼女は自分も知らないうちに失恋していたのだ。しかしそれが犬飼の幸せなら俺はなにも言う事はない。
そんな様子を見て小波さんは微笑ましそうに見ていたが、
「いけないいけない、厳しくしないと。自分で決めた事じゃない」
彼女はなにかを思い出し両頬を叩いて真面目な顔になるが、溢れんばかりの優しさがわかってしまったのでもう遅い。そして、
「さて、もう少しお話を楽しみたいですが私には用事があります、すみませんが……」
と、告げた。もう話す事も特にないしここらで帰るか。
「ええ、長居してすみませんでした」
「いえいえ、楽しいおしゃべりが出来て息抜きになりました」
小波さんは穏やかに微笑む。聡明な彼女がいれば反異形派も暴走する事はないはずだ。
「ピィ、なんていうか、ごちそうさまです」
「う、うるさい。だがまた今度な」
ピーコはからかうような笑みを向けると、犬飼は少し恥ずかしそうな顔でそう言った。
「もちぞうもバイバイするよー」
「もちー」
「ええ、それじゃあさよならっす!」
そして別れの言葉を告げ俺たちは席を立った。もうすぐ日没だし、今日の外での活動はこのくらいにしておこう。
が、その前に桃太郎が、
「ああそうだ。あとでちょっとそっちに面を貸すから」
と、少し緊張した様子でそんな事を言ったので俺は少し驚くも、
「ああ、わかった」
と返事をし俺たちは部屋をあとにするのだった。




