1-57 文化祭の歴史に残る出し物でした。ワースト的な意味で
機材を慣れた手つきで操作し、黒い遮光カーテンを広げ、明かりを消して暗くなった部屋で映像が流される。
ちゃんと動作した事を確認すると俺は準備室に戻り、残りのいただきを貪りながらポットを前に脳をフル稼働させた。
俺は抽出に最適な量、温度、時間を計測し、味を損なう雑味の混ざらないよう美味いコーヒーを淹れるための、最適解を導き出すッ!
ん? しょうもない事に特殊能力を使うなって? コーヒーはしょうもない事じゃないぞ、なにを言っているんだお前は?
俺は見えない相手にわけのわからない事を心の中で思って適切な量を匙ですくい、脳のシミュレート通りに最適なコーヒーを淹れる。
ただこれをすると脳がかなり疲れるため普段はコーヒーを淹れる事に使わない。脳のエネルギーを回復するためのコーヒーで脳を疲弊させては本末転倒だし、使うまでもなくある程度の美味しさのコーヒーを作れるし。
ただ、これはピーコと再会して初めて俺が彼女に飲ませるコーヒーだから完璧なものにしたいと思って力を使ったのだ。
そして抽出が終わる。
ともかくいい感じのコーヒーを淹れる事に成功はした。キリマンジャロを淹れた2つの紙コップを俺はトレイに乗せ視聴覚室に持っていく。
退屈な映像だが一応邪魔をしないよう静かに扉を開ける。ちらりと椅子に腰かけたピーコを見ると案の定眠たそうにしていた。
「はふぅ」
彼女は可愛らしく手を口に当ててあくびをする。やはり眠たくなっているようだ。彼女は俺に気が付くと慌てて背筋をピンと立てた。
「ほれ。眠気覚ましになるぞ」
「あ、うん、ありがとう」
俺はピーコの前の机に紙コップを置く。俺は受付の椅子に座ろうかと思ったが折角なので彼女が座っている場所のすぐ隣の右の席に座ることにした。彼女は少し驚きつつもすんなりと受け入れる。
俺は映像にもピーコにも目もくれず待ちに待ったキリマンジャロを味わう。すっきりとした酸味と甘みが最高だ。ほんの少し我慢した分より美味しく感じられる。
映像には咲桜さんが学校の歴史を紹介し、創立者がどうだの、戦前戦後はどうだの、部活動はどうだのそんな誰も興味を示さない事を話していた。
『そして再編後、星鳥東高校という名前に変更し……』
そんなどうでもいい事を映像で話す咲桜さんの声は本当に癒されて眠くなる。ずっとコーヒーを飲みまくってカフェインでドーピングしている俺ですらそうなのだ。ピーコはもっと眠いだろう。
「はふ」
ちら、と俺はピーコを見ると早速紙コップに手を伸ばし、顔を緩ませコーヒーをまったりと楽しんでいる。都会の喫茶店なら4桁行くか行かないかの値段はするであろう高級キリマンジャロが味わえるだけでもこの退屈な時間を過ごす価値はあるはずだ。
……………。
俺は映像そっちのけでキリマンジャロを楽しみ映像も終盤に差し掛かる。ようやくこの緩い拷問が終わりそうになった頃俺は左肩に柔らかい重さを感じた。
すぐにそちらを見ると寝落ちしたピーコが慌てて離れるのを確認する。その際一瞬だけほんのりと甘い香りがした。
「わわ、ごめん」
「いや」
顔を真っ赤にして謝罪するピーコ。俺は短くそう言って冷静さを装っていたが正直少し気まずかった。
まあ、そんな感じで映像は終わる。
「ピーコ、一応聞くが感想は?」
「えと……コーヒーが美味しかったよ」
俺の意地悪な質問にえへへ、と苦笑いしながらピーコは俺のコーヒーを誉めてくれた。まあ映像の感想は言わずもがな。
「それはなにより。さて俺の担当の時間はもう終わりだがそろそろだな」
俺がそう言うと上映が終わった時間ピッタリに、奥のほうの部屋の扉を開けて映像研究会の先輩、2年の倉吉涼子先輩が入ってくる。
「あ、涼子先輩、お疲れ様です」
「驚いた、お客さんがいたのね」
彼女は三つ編み眼鏡で委員長のテンプレのような先輩だ。彼女は映像に興味がなく、俺と同様咲桜先輩との付き合いで入部した口だ。ちなみにこのクソつまんない映像の企画をしたのも彼女だったりする。
俺は涼子先輩を下の名前で呼んでいるが咲桜先輩が部員と俺との距離を縮めるためこういう呼称を強要したのだ。その結果仲がいいわけでも悪いわけでもない程度には仲良くなり、顔見知り以上友達未満といった関係性に落ち着いている。
「あ、どうも」
ピーコもとりあえず俺の知り合いだと認識し軽く会釈すると涼子先輩も短くどうも、と挨拶する。
「じゃ、あとは私がやっておくわ。出来れば人が来ないといいんだけど。探してた本が売ってたのよね」
涼子先輩は少し嬉しそうに数冊の本を携えていた。フリマの出し物をしているところがあったし多分そこで調達してきたのだろう。彼女も俺と同様やる気がまったくなさそうで人が来ないと踏んで待ち時間を読書でつぶすようだ。
「お願いします、涼子先輩。さて、ピーコ。これからは完全にフリーだがどうする?」
「どうするって?」
寝起きで頭がまだ働いていないピーコに俺は出来るだけ無表情で言った。わずかながら動揺する心を見透かされないように。
「そっちに予定がないなら、お前を案内出来る」
「ピッ!」
俺の言葉に彼女はひどく驚いた様子だったが、少し照れながら、
「う、うん、お願いっ!」
と、子供の頃のような無邪気な笑顔で嬉しそうに言ったのだった。
「まあそうは言ったものの、どこに行くかねぇ」
俺はピーコと行動を共にする事を想定していなかったのでまったくプランがない。こういう場合はどうすればいいのだろうか。
「トオル君が案内してくれるならどこでもいいよ」
ピーコはるんるん気分で子犬のように俺についてくる。どこでもいいと言っても俺には何が彼女を喜ばせるのかとんと思い浮かばない。
こういう時こそいつものように脳をフル稼働、と思ったが、流石の俺も組み立てるための情報がなければなにも出来ない。
校舎は至る所に装飾が施され、見慣れた教室はお化け屋敷や喫茶店なんかになっていて、非日常の風景が広がっている。そんな光景に生徒もすっかり浮かれていてお祭り騒ぎだった。
きゅるる。
「わ」
なにかの音が鳴り、その直後ピーコは小さく声を上げて恥ずかしそうに声を漏らした。
「食い意地が張っているのは昔どおりだな」
「あうあう」
俺はフッ、と笑みをこぼすとピーコはお腹をさすりながら照れ笑いをする。
「んじゃ、ご当地グルメを満喫するか」
「えへへ、お願いします」
そう言って俺たちは鳥取のご当地グルメの祭典となっている校舎の外に歩いて行ったのだった。




