7-52 人間のみに許される矛盾した感情論
「それで、どうしていきなりハンストをしたんだ? 食いしん坊なお前らしくもない」
「あー、それデスか。えと……」
ナビ子はちょっと言いにくそうだった。弱々しい声で言い淀みしばらく黙り込むが、俺は彼女の言葉をずっと待っていた。
「その問題に関しては自分も上手く言葉に出来ないんデス。悪いのは全部ロボットなのに、やっちゃんやガランドンさんも可哀想だなって。こういうふうに考えるのはいけない事なんデスが。ロボットは役割を果たすだけの存在なのに……」
「ナビ子……」
「ワタシにもいろいろ思う事があるんです。自分もなんで悩んでいるのかわかんないんデス。それに……初めて人も殺してしまいましたし。それでちょっとセンチメンタルな事になって食欲がなくなったんデス」
ナビ子はそう言ってしょんぼりとしてしまう。
「俺も率直に言って同意見だ。ガランドンに関してはずっとこの町を護って来たのに兵器に利用されて、暴走した結果愛する町の暮らしを壊して。散々利用した身勝手な人間に腹が立つよ」
「はいデス。やっちゃんもあの狭いつづらの中で長い間ずっと眠ってました。誰にも知られる事なくずっと独りで……」
機械の不幸とはどのようなものかそれを人間の価値観で推しはかる事は出来ない。そもそも多くの人間は機械は道具であり、それ以上でも以下でもないと思っているのだろう。
俺もナビ子と出会う前はそう考えていた。機械にはあらゆる心も権利も存在しないと。
だがこうして同類への仕打ちに対して、そして人を殺めた事に心を痛める彼女には心があると断言出来る。もちろんやっちゃんや、ガランドンにも。
「ワタシが人を殺した事に関しては正しい判断だったと思います。ただ、それをトオルさんやピーコさんに見られた事について考えた時原因不明のバグが起きました。あ、今は大丈夫デスが」
「すまないな。護るように指示をした俺のせいで」
「謝らなくていいデスよ」
やはり彼女は優しすぎる。この暴力がはびこる世界で生きるべき存在ではない。本当はもっと優しい世界にいるべきなんだ。
だが俺たちはこれからも残酷な指示を出すのだろう。それは俺としても心苦しいものがあった。
そしてナビ子は真面目な表情で尋ねた。
「トオルさん。ロボットに心や自我は必要なんでしょうか。そうしたものがないほうが幸せなんじゃないでしょうか」
「そうだな。多分ないほうが幸せだ」
彼女の問いに俺はきっぱりと言い放った。
「目的を遂行するためなら余計な感情は必要ない。人間だって情に左右されて失敗した例はごまんとある。自我なんて非合理的な思考プログラムの極みだ」
「やっぱりそうデスよね……」
それはとても冷たい言葉でナビ子は落ち込んでしまう。だが嘘を言うつもりはない。ありのままの言葉でなければこの悩みは解決出来ないのだから。
「けど俺はナビ子に感情が、自我が存在してほしい」
「ほえ?」
俺の矛盾した答えに彼女は戸惑いを見せる。論理が破綻していようと関係ない。
「俺はお前をただのロボットと扱うつもりはない。だからたくさん悩んでくれ。お前が成長するためにも。機械みたいなお前なんてそれはもうお前じゃないからな。だからその魂を成長させるんだ、人間になるためにも。いつもみたいにやかましい声で騒いで、食い意地の張ったナビ子でいてくれ」
「……よく、わかんないデス」
今ナビ子の思考プロセスはエラーがたくさん起こっているだろう。それくらい俺の主張は無理やりだったのだ。
「理由なんてない。俺はナビ子に人間らしくなってほしいんだ。仲間としてお前には幸せになってしまってほしいんだ。同じ風景を見て、同じ食べ物を食べて、その感動を共有したいんだ」
だがそれが感情だ。非合理的でも俺はその答えを選びたい。それが人間の思考というものだ。
「仲間として、デスか」
ナビ子はその言葉が嬉しかったらしくちょっと照れていたが、ほんの少し悲しそうな顔にもなる。
今彼女がなにを考えているのか今の俺にはわからない。逆に言えばそれほどまでにナビ子は複雑な思考を出来るようになったとも言える。
「お悩み相談をしてくれてありがとうございます。けどもうちょっと待ってください。もっともっとたくさん考える事があるので」
そして彼女はスッキリした顔になりようやく悩みが解決しそうになる。これ以上は彼女が自分で決める事だろう。
しかしほんの少し照れているのがちょっと気になる。余計なフラグでも立ってしまったか。だが勘違いだと滅茶苦茶痛いので俺はそれを悟られる事なく笑ってこう言った。
「ああ、いくらでも相談に乗るぞ。今度はコーヒーと福岡名産のひよこのまんじゅうと一緒にな」
「ひよこ! はいデス、今度探しましょう! あれ、けどあれって東京のお土産じゃ」
「ハハハ、それを福岡県民に言うんじゃないぞ。俺も本当は東京土産だと思っているけどマシンガンで肉片にされたくなければ福岡土産って言うんだ。まあどこ土産とかぶっちゃけどっちでもいいんだけど」
俺はそんなデンジャラスな発言をし、こぼれたアイスのクランチを片付けナビ子とともにその場をあとにする。どこぞのなろう小説作家は福岡県民からのカチコミに怯えるかもしれないが知った事か。
ちなみにそのあと真っすぐバスに戻ったわけだが。
「ただいまデス~」
「帰ったぞー」
「あーもう、遅いっすよ」
バスに戻るとメンバーが食卓を囲んで待ち構えていた。時間的にとっくに食べ終えているはずだが、よく見るとレトルトカレーの袋は未開封でキッチンに置かれていたのだ。
「まさか待っててくれたんデスか?」
「まーね。さっさと食べようよ!」
ゴンはなにがあったのか一切聞く事はなかった。微笑むみんなを見て、ナビ子は胸に手を当ててとても幸せそうに笑みを浮かべた。
「はよはよ! 腹減ったのじゃ!」
「な、感情があるっていい事だろ。食いしん坊の神様も暴れてるしさっさと食うか」
「はいデス。本当に心がお腹いっぱいデス」
俺の問いかけに彼女はにっこりと笑ってそう答えて、薩摩黒豚のカレーを堪能したのだった。
なおアイスを自分たちだけで食った事を知ったクーやゴンが文句を言って、またもふもふ君の店にバイクでひとっ走りする事になったのだがそれはまた別の話である。




