7-16 九州第二の都市、熊本県の現在
そしてバスは走る。さすがに熊本は距離があるので移動にかかる時間はかなり長めだ。大型ゾンビや通行出来ないエリアを避ける必要もあるのでさらに所要時間は伸びてしまう。
うん、する事がない。しかし言い換えればゆっくり出来るという事だ。そんな日は時間をかけてコーヒーを飲むに限る。
「そういや、何気に政令指定都市がある県に行くのは初めてだよね」
「そうだな」
文庫本を呼んで時間を潰していた銀二はふとそんな言葉を漏らす。それを聞いたともちゃんはナビ子に確認した。
「んで、人工衛星から見える大吉市の様子はどうだ? 県庁所在地の熊門市の様子もわかるか?」
「あ、はい。大吉市にはゾンビがほとんどいませんがドローンが多数、そして戦車や二足歩行の人型兵器がうろついているデス。おそらく軍隊が所有していた兵器がなんらかの理由でゾンビ化したんでしょう。とてつもなく巨大なゾンビもいますがこれもなにかの機械のようデスね」
「マジでー。そういえば神在でも戦車のゾンビと戦ったね。物までゾンビ化するとかマジめんどい。つーかどういう原理なの? 世界が滅んだ時最初の泥じゃゾンビ化しなかったのに。ともちゃん、そこんとこどうよ」
「もちー」
ナビ子から聞いた悪いニュースに、クーはもちぞうと一緒にぐでんとなる。
「私にもまだよくわからないが物質のゾンビ化は咲桜の覚醒後に増えたみたいだな。そもそもこの世界の物質はすべて原初の泥から構成されているわけで……まあ細かい考察はともかく敵である事には違いない」
そう、泥は有機物無機物関わらずゾンビに変えるのだ。ただでさえ凶悪な現代兵器がゾンビになって襲い掛かるとか本当にやめてほしいものだ。
神在では研究所から発生した泥に戦車が取り込まれたが今回はどういうパターンだろう。梨の歴史館みたいに泥が残っている場所もあるがそうした泥が侵食したのだろうか。判断するには材料が足りない。
ロボット兵器と戦うのは初めてではないがその出現の理由までいちいち考察していないからなあ。
「熊門市に関しても同じく機械のゾンビがたくさんいます。そして普通のゾンビも……正確な数はわかりませんが数十万はいるようデス」
「うひゃー。鳥取県の人口超えてる?」
「おそらくは」
実写映画がクソコケした巨人の映画をDVDプレイヤーで見ていたゴンはむう、と困惑の表情を浮かべていた。
「本当に鳥取県は人口が少なくてよかったんだね。人が多ければそれだけゾンビもたくさん生まれるって事だから」
「グワァ」
ピーコは今しがた入手したばかりのクッキーをがんめんちゃんに与えている。だからこそ軍隊もその影響力を拡大したのだろう。なんの力も持たない人間がその脅威から身を護るために。
「それとネットの情報デスが中国や韓国の難民、そして軍隊の残党が山賊のような行為をしているそうデス。信憑性は不明デスがそこも気を付けるべきでしょう。実際福岡では未だに難民との戦いは続いています」
「へぇ、最高じゃないか。楽しい事が起こりそうだね」
銀二は不敵な笑みをしてこれから起こるであろう戦いに胸を躍らせる。そんな彼にもう誰もツッコまないが人間との戦いも想定しておかなければいけないだろう。
九州には軍隊が残した負の遺産が大量にある。しかしだからといって俺のする事はなにも変わらない。
今まで何度も俺たちは連中の餌食になったのだ。仲間を護るためにはためらってはいけないのだから。
「銀二はさておいて生存者はどうだ。その山賊以外には」
ともちゃんは何事もなかったかのようにナビ子に尋ねる。もうみんな諦めたし慣れたのだ。
「人工衛星からは大きなコミュニティは確認出来ませんでした。ほかの地域には少数で構成されたものはありますが大吉市にはそれすらも存在していません」
「ふむ、つまり現地の協力は得られないという事か。ならば今回の我らの拠点はバスになるのか」
「そうなるデス」
しかしマルクスはなにをしているのだろう。座禅を組み、両手の親指と人差し指で輪っかを作ってじっとしていたが瞑想をしているのだろうか。
ただ大吉市には彼らがいたはずだ。この世界でもまだ生きているかどうかはわからないが余裕があれば調べておこう。前の世界と同じなら人工衛星からはわかりにくい場所にいるのだし。
「まあ仕方ない。どうやら危険な場所だしちゃっちゃと楔を打ち込んで酒を回収して帰るぞ」
「ええ、そうしましょう……って酒?」
「ああ。あのへんは焼酎が有名だからな! 絶対に入手しておかないと!」
「はあ」
酒が生きがいのともちゃんもまた目を輝かせて熊本訪問を楽しみにしているようだ。そんな彼女をみんな呆れつつも微笑ましそうに見ていた。
彼女のために俺は脳内メモに焼酎の入手という項目を付け加えておく事にする。ともちゃんとがんめんちゃんくらいしか酒は飲まないが二人の機嫌を取っておいて損はないだろう。




