1-51 やっぱりやらかした奴
そして体育館の内部に侵入すると中にはゾンビは一体もおらず、だだっ広い室内の中央に椅子に縛られた女子生徒を発見した。多分あれが加奈子だろう。
「琴浦ッ!」
「加奈子ちゃんッ!」
ともちゃんと真弓は叫んですぐに彼女に向かって走り出す。だから罠だって言っても聞く耳は持たないんだろうなあ。
「来ちゃダメェッ!!」
あーあ、思いっきり悲痛な声で警告してるよ。ゾンビが人を縛るわけないしこんなん確実に罠だって。サルでもわかるわ。
それに俺は事前にマップを確認している。そこかしこにゾンビが隠れて生存者が二名いる事も……。
奴の思惑通り俺は気付かないふりをしてほかのメンツから少し距離を置いて加奈子に近付く。計算通り体育倉庫の物陰でなにかが動いたのを見逃さなかった。
ヒュン――空気を切る音がして俺はいともたやすくそれを避けた。どうやらボウガンの矢のようだ。
「ひゃ、なにこれ!?」
「へ!?」
トラップであることを予測していなかったピーコと権田原は驚いた様子だがほかはそうでもなさそうだった。この展開を予想していたのだから当然だろう。
「くそッ!」
「やっぱりお前か、小西谷」
先行した二人以外の人間は矢の飛んできた方向を見て、俺は感情を込めずにその名前を呼ぶ。
やはり小西谷が待ち構えていたようだ。彼は左手にボウガンを持ち、右手のナイフを金髪の男子の首元に当て人質に取っている。銀二が言っていた特徴と一致するし多分あの人質が佐竹だろう。
「小西谷、何をしてるんだ! 自分が何をしているかわかっているのか!?」
ともちゃんは真弓とともに拘束された加奈子を縛るロープと悪戦苦闘しながら叫ぶ。だが、ふん、と小西谷は鼻で笑うだけだ。
彼女ほどの人間ならこの展開も予想出来たはずだ。出来たはずなのにしなかった。最後の最後まで彼女は生徒を信じていたのだ。
「ふーむ、一応動機を聞いてもいいっすかね」
キャシーは口元に手を当ててちょっと怒った口調で彼を問い詰める。別に興味はないが聞くのが礼儀なのだろう。
「久世透ッ! お前のせいで僕はバカにされているんだッ! お前が一番だから僕は一番になれないッ! 一位以外はクズ……つまり僕はこのままじゃクズなんだ! このチャンスを逃すものかッ! お前を殺して僕は一番になるんだァッ!」
狂気じみた怒声を上げる小西谷に佐竹はヒッと短い悲鳴を上げる。俺はゴミを見るような目で小西谷を見て言った。
「知らんがな。要するに逆恨みだな」
明らかに敵対してくれるほうがむしろ戦いやすい。もやしのような体型の小西谷はとても強そうには見えない。身体能力が低い分武器ゾンビよりも楽に倒せるだろう。つまりはザコいのだ。
「とっとと来いクズどもッ! ここにごちそうがあるぞッ!」
小西谷は叫びながら防犯ブザーのようなものを投げるとけたたましい音が鳴り、ほかの入り口からドアを破壊し音におびき寄せられたゾンビがわらわらと湧いてくる。
事前にゾンビを集めていたらしい。そんな事をすれば自分の命の危機もあるというのに、俺を抹殺するためだけに涙ぐましい努力をしたものだ。そこだけは誉めてやろう。
彼は飛び道具にさえ注意すればいい。むしろゾンビを警戒したほうがいいだろう。そして特に……。
「グオオオンッ!」
大砲のような音とともに鋼鉄のドアをいともたやすく吹き飛ばした乱入者は地鳴りのような咆哮を上げその禍々しい姿を現す。松阪だ!
近くで見るとその迫力は圧巻だ。それは牛の化け物、牛頭鬼やミノタウロスのように屈強な体躯をしておりまともに力勝負を挑んでもまず勝ち目はなさそうだった。
「松阪君ッ!?」
ピーコは思わずその名を叫ぶ。だが彼の耳にはもう届かない事を知ると悲しそうな顔をしたが、すぐにハンマーを構えた。
「あやつが松阪……肌でわかる、かなりの強敵だ。戦うのが楽しみで仕方ないな」
マルクスは笑みを浮かべて大剣を構え戦闘態勢に入る。この中でバケモノの松阪とタメを張れるのは同じくバケモノな彼女くらいだろう。
ピーコも不可能ではないがかつてのチームメイトでは攻撃に心理的な制約がかかり好ましくない。この中で最強の戦闘能力を誇るマルクスが今回の任務成功への鍵となるはずだ。彼女はまっすぐその怪物目掛けて突入する。
「ああ、そのへんのゾンビを踏み潰すのとはわけが違う、心してかかれ」
「いやいや、無理だってあんなもん! 雑魚ゾンビならいいけどさ!」
俺が仲間を鼓舞すると権田原はかなり嫌そうな顔で手をぶんぶんと振る。というかお前は心配しなくても戦力に入れていない。
この中で非戦闘要員は真弓、加奈子、そして役に立たなさそうな権田原……彼女たちを護りながら戦うのは少しばかり難易度が高い。一時的に避難させておいたほうが得策だろう。
「別に権田原は戦わなくていい。加奈子を助けたら真弓と体育館から出て行っていいぞ。そうだな、ピーコとキャシーもつけて行けば安心だろう」
俺は彼女たちに指示を出す。ピーコを戦力としてカウントするのは躊躇いがあったがこの際仕方がない。出来ればキャシーだけでゾンビを片付けてくれるといいのだが。
「う、うん、わかった!」
ピーコは俺の言葉に、監督にするように元気よく答えた。ゾンビの恐怖に耐性が無くなってきた事が頼もしくもあり悲しくもある。それは命を奪う事に抵抗がなくなるという事なのだから。
「自分はそれでいいっすけど」
キャシーはちらりと不満げな権田原を見る。彼女はシャベルをぶんぶんと振り回し気合を入れているようだった。
「ねーねー、あたしは? 意外と戦えるよ?」
「そうか、なら権田原、」
「ゴンだって」
ぶーぶーと不満そうにしつこくあだ名での呼び方を強要するので、俺は仕方なく呼称を変える。
「……ゴン、お前は邪魔にならないところで討ちもらしたゾンビを適当に潰してくれ」
「了解!」
俺は適当に指示を出しゴンはシャベルを振りまわしてゾンビを倒しに行く。明らかにトラブルを起こしそうなゴンは早めにリタイアしてほしいものだ。
しかし彼女の事だからどんな無茶をしても多分ギャグ補正とやらで死ぬ事はないだろう。
彼女は置いといてまずは佐竹を助けるために小西谷のもとに向かった。
大方奴に脅されたのだろうが、電話で俺たちをおびき出し罠にかけようとした佐竹を律義に助ける必要もない気もするがついでなので助けておこう。
ドライな俺や銀二なんかはまったく気にしないがほかのメンツ、特にともちゃんは佐竹に危害が及ぶのを嫌がるだろうし仲間が気持ちよく戦えるためには仕方ない。
そうでなければあんなやつ助けたくもない。同行したとしてもああいうタイプの奴は必ず問題を起こすからだ。
ただ行動するにしてもそこかしこをうろつくゾンビを倒してからだ。服装を見ると学校の関係者だけでなく近隣住民であろうゾンビもいる。100人弱はいるのではないだろうか。まあ手分けして倒せばなんとかなるか。
俺は手近なゾンビを殴りながらマルクスの様子をうかがう。ほかのゾンビはみんな強いので後れを取ることはないだろうが松阪だけは別格だ。細心の注意を払わねばなるまい。
「はッ! せいやッ!」
「ブルルルルッ!」
マルクスは威勢のいい掛け声とともにブゥン、とここからでも聞こえるほどの風を切る音とともに大剣を力任せに振り回す。松阪はバットでその攻撃を防ぎ火花が散るほどの激しい金属音がした。
松阪は唸り声をあげその剛腕でバットを振り下ろす。攻撃は振り下ろす、振り回すのパターンしかなく単調だが攻撃力はかなりのものだ。まともに食らえば骨が砕けるだけでは済まないはずだ。
「面白い、鬼よ、お前の全力を見せてみろッ! 魔族の我が相手をしてやろうッ!」
マルクスは妄想を口にし至極楽しそうだった。本来ならあのような怪物、本能的に人間は恐怖を抱くが彼女は妄想をする事でその恐怖を克服しているようだ。
だが実際は初対面で交戦した時に押し倒し、弱気な声で命乞いをしたあの少女が本来の姿なのだろう。妄想でもなんでもいい。それが精神を保ち、そして生存確率を高めるのならばあえて是正する必要もない。
「そらよ」
俺はマルクスの様子をうかがいながら難なくゾンビを撃破したあと、背後からボウガンの矢が再びはなたれ、振り向く事もなくバールで叩き落す。
その方向に振り向くと撃った小西谷が苦々しい顔をしていた。
「チッ! 来るなッ!」
「ひぃッ! 殺さないでッ!」
俺は小西谷に接近すると彼は声を荒げナイフを佐竹の首元に押し当てた。うっすらと血が流れて彼は悲鳴を上げる。
ボウガンの弾はいちいち装填する必要があるものなので現在小西谷が使える武器はナイフだけだ。そしてさらに人質という枷のオマケつきだ。
人質とは相手がその身を案じて攻撃する事を躊躇って初めて意味を成す存在だ。だが俺は正直佐竹の命などどうでもいい。
「クソがッ!」
小西谷は人質が役に立たないと判断し佐竹を突き飛ばして解放する。
「ヒィッ!」
佐竹は情けない声を出してすぐに立ち上がり足をもつれさせながらその場から逃げ出した。俺たちが入ってきた扉から脱兎の如く逃げ出しようやく邪魔者が去る。
「佐竹ッ! 外に出るなッ!」
ともちゃんだけはすぐに反応し彼の身の安全を気にしていたようだ。だが狼狽する彼女の願いもむなしくもう佐竹の姿はない。
このあと佐竹はどうなるのだろうか。そんなもの俺の知った事ではない。彼には恨みはないが好意的な感情もない。ただただ興味がなくどうでもよかった。
ともちゃんと真弓はまだ加奈子のロープを外せないようで、しびれを切らした銀二が刀を構えて走り出した。
「ああもう、どんくさいなッ! 離れてッ!」
「銀二!? わかった!」
「へ、ひゃあッ!」
彼が何をしたいかともちゃんは即座に理解し、突然の事に恐怖した真弓の手を引っ張ると銀二はロープ目掛け刀を振り下ろす。
「きゃあッ!」
加奈子は悲鳴を上げるが彼は一太刀で見事にロープを切断する事に成功した。剣道が有段者なのは知っていたが相当な腕前だな、と俺は感心する。
肉体の強さでは彼はマルクスには劣る。しかし彼女が力任せに戦うことに対して銀二は圧倒的な刀の技術を持っている。そしてなにより彼は納得さえすれば冷酷な判断も躊躇しない人間だ。俺の狂った友人は味方にするならこの上なく頼もしい存在だろう。
「あ、ありがとう、銀二君! 先生と真弓ちゃんも!」
「どういたしまて」
身体を自由に動かせなかったため立ちくらみをしてよたよたと立ち上がる加奈子をともちゃんと真弓は支える。
銀二は彼女の感謝に短く返答するとすぐにゾンビとの戦いに戻った。おそらく彼も俺と同様生存者の救助に対するやる気はないのだろう。




