6-63 きなんせ、踊りゃんせ
ゆうひパーク鰈浜を出てしばらく走行し、昼飯にお土産のアジを刺身にして食べ終えたあとキャシーは俺たちを招集したのだが、その手には再びVRゴーグルが用意されていたのだ。
「またTRPGか? 今度は推理物でもするのか?」
「チッチッチ」
俺の問いかけにキャシーは指を振る。とりあえず話を聞いておこう。
「私は気が付きました。日本には温故知新という言葉があります。ここは鳥取の伝統芸能に目を向けるのもいいとビビッと来ました」
どうやら彼女は石見神楽に触発されたらしい。しかし伝統芸能とはなんだろう。麒麟獅子でもやるのだろうか。
「ふむ、それでお前はなにに手を出すのだ」
今回の動画が鳥取絡みだと知りマルクスはそれだけでやる気が出る。こんな若者がいれば鳥取の未来も明るいものになるだろう。
「それはズヴァリ! しゃんしゃん傘の傘踊りっすよ!」
「あー、傘踊りかあ。私も昔踊ったなあ」
ピーコは小学校の頃、しゃんしゃん祭りに参加した事を思い出し郷愁に浸っていた。
とはいっても多くの人はしゃんしゃん傘も傘踊りもしゃんしゃん祭りもよく知らないだろうしちょっと解説しよう。
しゃんしゃん祭りは八月に行われる鳥取で最も盛り上がる祭りであり、最大の特徴はしゃんしゃん傘という傘を使って数千人の人間が一斉に傘踊りをする事だろう。
しゃんしゃん傘とはその祭りで行われる傘踊りの原形となった因幡の傘踊りで用いる傘を簡素化したもので、竹で出来た骨組みには色とりどりの和紙が貼られ、また中ほどに鈴が取り付けられそれがしゃんしゃんと鳴るためしゃんしゃん傘と呼ばれている。
今ではほかの地域の人にも知られる程度に知名度はある。何事もなければ今年の今頃は星鳥市内は祭りに参加した人で溢れかえっていた事だろう。
「だけど傘踊りをするにはまず傘を作らないといけないよね。あれ作るの結構めんどくさいけど。クーちゃんも作った事あるけどさー」
「もちー」
「なに言ってるんだ。もちろん私が作ってるよ」
ともちゃんがドヤ顔で言って目の前にVRゴーグルがあるという事はその答えは一つしかない。銀二はふふ、と笑みを浮かべて質問する。
「なるほど。とすると衣装の心配もないですよね」
「ああ。だが時間がなかったからデザインは男女一緒だぞ」
本当になにからなにまで頑張り屋さんな先生である。なら俺たちがするべき事は踊りの振り付けを覚える事だろう。
と言っても誰もが参加出来る事を前提に作られた傘踊りはそんなに難しいものではない。ここにいるのはほぼ経験者だしその気になれば半日でマスター出来るはずだ。
「じゃ、早速ダイブしますか!」
「うん、そうしよっか!」
楽しい気配を察知したピーコはしっぽを振る。
けど、そうか、しゃんしゃん祭りか。まさかまたあの祭りが開催されるとはな。
と言うわけで俺たちは今仮想の星鳥市内にいる。適当にチョイスした汎用データのみなさんも参加してくれて、その人数は数千単位に及び実際のしゃんしゃん祭りのようにとても賑やかだった。
モブをよく見ると長谷や御来屋と言った見知った顔もいる。だが今回はあくまでもモブキャストとしての役割を果たすためにいるので声をかけてくる事はない。
しかし前回のTRPG動画は結局なんだったのだろう。この世界は希典さんが作ったものだが初回のプレイの時は咲桜先輩が乱入したし、どういう場所に位置する世界なのだろうか。
NPCの真理恵さんや権蔵さんの思わせぶりな態度は希典さんが彼女たちを作った段階に別の世界で経験した記憶を植え付けられたのだろう。しかしどれだけ考えてもこのゲームの世界のシステムはよくわからないな。
まあいっか。着物に着替えた俺はおもむろに傘を回してみる。
しゃん、しゃん。
うん、いい鈴の音だ。流石ともちゃんが丹精込めて作った傘である。
この世界にカメラマンは必要ない。目には見えないが勝手に録画してくれるので俺も人数合わせのために傘踊りをする事になったのだ。
「まさか傘踊りをする事になるなんてな」
「うん、そうだね」
俺はピーコと一緒に賑わう星鳥市の道路を眺める。だがこれはもう決して現実世界では見る事が出来ないうたかたの幻だ。
楽しい祭りの風景であるはずなのに俺は少し切ない気持ちになる。
「祭り、ですか」
キャシーもそんな人々の様子を見てなにか考えているらしい。あれはネタを考えている時の顔だ。どうやらまたいいアイデアを思い付いたみたいだな。
が、今は踊る事に専念しよう。折角の祭りなのだし。




