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終末だらずチャンネル~バッドエンドを迎えたゾンビに溢れた世界で、馬鹿な俺たち鳥取県民は動画を配信する。それでは皆さん、よい終末を~【完結】  作者: 高山路麒
第二部・前半

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6-48 石見神楽の練習風景

 ドンチッチ、ドンチッチ。


 ゆうひパーク鰈浜の近くにあるジジイが宮司を務める神社で、益田たちは石見神楽の練習をしていた。


 太鼓と笛の音が歴史ある神社に鳴り響き、まだ練習中だというのに荘厳な空気が漂っている。


 ちなみに鰈浜の特産品、ノドグロ、アジ、カレイの三つはどんちっち三魚と呼ばれてそのままブランド名となっているが、そのどんちっちとは今聞こえる石見神楽の囃子の音の事である。つまり地域ブランドの名前に選出されるほど石見神楽は鰈浜の人々の生活と密接にかかわってきたのだ。


 ちなみに練習メンバーは女性や子供もおり金城たちも当然参加していた。この手のものは男性だけで構成されるパターンも多いが、石見神楽に限っては社中にもよるがそうした人々でも加入出来るところもあり逆に女性だけで結成されているところもあったりする。


「違う! やめんか!」


 ジジイの喝が飛び神楽は中断される。普段の煩悩まみれの彼とは大きくかけ離れた姿に俺は身がすくんでしまった。


「全然なっとらん! こんなみっともない神楽を神様に捧げるのか! 特に五十猛、それはハエの羽音か!? やり直しじゃ!」

「はい!」


 どのへんが悪かったのか全く俺にはわからなかったが空気は完全に体育会系の部活だ。名指しで指摘された笛を担当する五十猛は落ち込む事なく逆に気合が入った表情になった。


「うーむ、これはこれでいい絵っすね」

「だな」


 俺がカメラを向けているとキャシーが耳元で囁く。


 折角なので密着ドキュメントを撮影しようという話になったのだが、きっと彼女はジジイが担当するので緩くて面白いものになると思ったのだろう。雰囲気的には冗談が一切飛ばない深夜のドキュメント番組のようだ。


 鰈浜のコミュニティで石見神楽に対する情熱が最もあるのは誰か、と聞かれれば俺は迷わずこのじいさんだと答えるだろう。伝統を護るために一切の甘えも妥協も許さないストイックな姿勢は称賛に値する。


 彼も命懸けなのだ。石見神楽を護るために自分が培ったすべての経験を後世に残せるよう、若者たちに全力でぶつかっているのだ。


 もうこの世界に石見神楽をしようという酔狂な人間はいない。教える事が出来る自分が死んだその時石見神楽は途絶えてしまう。その事を彼は確かに感じていたのだ。


 水着を選ぶ際、病の師匠ポジションなんて事を言ってしまったが彼はまさしくそういう存在なのだろう。


 今は真夏だ。建物内部は熱気が凄まじい。特に大蛇役の人間は重い張りぼてを使って激しい動きをするのでその暑さにバテてきたようだ。気合と反比例するようにパフォーマンスも低下してきて、そんな彼らの様子を見たじいさんは告げる。


「ふむ、ここいらで少し休憩するかの。30分後再開するぞ」

「は、はひぃ」


 カンと金城の弟は大蛇から出てぐったりとしていた。そんな二人にそそくさと同じように眺めていたピーコがペットボトルに淹れた水を渡す。


「はい、どうぞ。スポーツドリンクの水割り」

「感謝しますぞー」

「あ、どうもー、姉ちゃんと違ってマジ天使だよ」

「うーさい」


 その後、ほかのメンツにもテキパキと水を渡しみんなは次々にお礼を言う。


 さて、クシナダヒメ役の金城は出番が少なめなのでそこまで疲れていない。無論重要な役どころではあるが石見神楽で一番大変なのは言うまでもなく大蛇役だ。こんなバカでかくて重いものの中に入りダイナミックな動きをしてほぼ最初から最後まで舞うのだから。


 その次に大変なのはスサノオ役の益田だろうか。衣装が豪華という事はやはり重く、身軽な分大蛇よりも繊細な動きが要求されるのだし。


 そういう意味で太鼓担当の日野はともかく、五十猛のような楽器担当は肉体的には楽であろう。


 ただそれは肉体的という意味だ。演奏の技術というものは一朝一夕で身につくものではない。ましてや伝統ある石見神楽は付け焼刃で完成させるのは不可能だ。


 じいさんに叱られた五十猛の事が気になったのか日野は声をかける。もちろん俺はその様子も撮影して。


「五十猛、気にするな。私は良かったと思っている」

「本当に?」


 だがその言葉に彼は疑問符を浮かべて返した。


「良くないと思ったらどこがダメか正直に教えて。僕はフルートの経験はあるけどこういう笛は初めてだし。もっと上手くなりたいんだ」


 五十猛の真剣なその様子に日野はふむ、と感心した顔になる。


「無理やり食いつくように吹いている。無意識にフルートと同じようにしているな」

「なるほど」


 フルートも神楽で使う笛も同じ横笛には違いないが無論別物だ。彼もその事を理解はしているようだが長年の癖はそう簡単に直せないらしい。


「ほう、休憩中失礼します。五十猛さんは吹奏楽部だったんですか?」

「え、うん、そうだよ」


 悩んでいる彼に面白そうな気配を感じたキャシーはインタビューする。


「ほら、島根県の西部って吹奏楽部の強豪校が多かったからさ。僕たちも全国に行けるよう必死で練習してたんだ。建前はね」

「建前は?」

「うん、つまりやる気がなかったんだよ。半分くらいは最初から諦めていて一生懸命やっている人と温度差があったんだ。僕はそのどちらでもなかったけど今思うと諦めていたんだと思う。あの頃に全力を出さなかった事をすごく後悔していてね」

「ほうほう」


 少しバツが悪そうに言った五十猛の後悔はありふれていたものだ。特に田舎の部活はそこかしこに全国十何年連続全国出場という肩書を持つところも多いが、それは言い換えればそれ以外の学校が全国に行くのは都市部と比べてかなりハードルが高いという事だ。


「だから今回は全力を出すよ。ロスタイムを与えられたと思ってね。音楽をもう一度真剣にやる事が僕がこの世界で生き残った理由だろうから」

「フッ、いい顔をしている。お前の生き様は最高にロックだ。ともに石見神楽を完成させよう」


 彼の回答に満足した日野は笑みを浮かべてそう言って五十猛もえへへ、と笑う。この調子で恋人にランクアップ出来るといいな。


「ほーほー、しかし日野さんはパンク系ですが石見神楽が好きなんすねぇ」

「それはもしかして石見神楽がロックじゃないとでも?」

「あ、いえ、そういうわけじゃ」


 キャシーは自分が失言をしたかと思い慌てるが、


「構わない。実際私も昔はクールじゃないと思っていた」


 と、日野が笑って返したのでほう、と彼女は驚いた表情になる。


「だが新しいとか古いとかは関係がない。真のロックとは音楽のジャンルではない、魂だ。私は初めて本物の石見神楽を生で見た時その事に気が付いたんだよ。あれは思い出すだけでも魂が震えるほど凄まじいライブだった」

「そうなんすかー」


 ここにいる人間は全員燃え盛るような情熱を持っている。なのに俺たちは少し場違いだな、と感じてしまった。


「さて、休憩が済んだらもうひと頑張りするぞ。一刻も時間が惜しい」

「うん、もちろんだよ!」


 ならばこちらも同じように情熱をもって挑めばいい。彼らと匹敵するほどに底知れない意欲を持って命懸けで撮影をするのだ。

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