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1-45 アウトロー教師、荒木希典

 俺はなぜ彼がそこにいるのか困惑しつつも、その人物の名前を呼ぶと彼は気だるげに返事をする。


「んー? おいーっす」


 分厚い瓶底眼鏡に長髪を後ろで束ね、よれよれの白衣を着た我が校の恥である化学教師の荒木希典先生は入ってすぐ目の前、黒板の前で腰掛のない木製の座椅子に座りながら楽し気にビーカーに入れた液体をグビグビと飲んでいた。


「希典さんじゃないっすか。相変わらず神出鬼没っすねぇ」

「こっちに来てたのか。今まで何してたんだ? 生きてるとは思ってたが」


 身内のキャシーとともちゃんは感動の再会であるのにそこまで驚いた様子はない。だが俺も彼は生きていると思っていた。地球がどれだけ過酷な環境になってもゴキブリと希典先生は生き残る事が出来るだろう。彼はそう言う人種だ。


 ただ、会話の内容から察するにこれがゾンビハザード後初の対面のようだ。だがとりあえず話は聞いておこう。


「一応聞きますが希典先生。何飲んでるんですか?」

「あ、コレ? 化学準備室でこっそり作ってた密造酒。これ回収しに戻って来てね。美味しいよ? お前さんも飲むかい?」


 笑みを浮かべながらビーカーをこちらに向けた彼に俺は呆れた顔で答えた。


「ツッコみたい事が山ほどありますが、止めておきます」

「そっか、残念」


 希典先生はそう言うとグビ、と一気にビーカーの中にある酒を味わう事なく飲み干す。


 学校で密造酒を作るなとか、そもそも密造は違法行為だろとか、よくゾンビに襲われずに生きていたなとか、そもそも密造酒のために戻ってきたのかとか指摘したい事はたくさんある。だがこのアウトロー教師にいちいちツッコんでいたら時間がもったいない。常識の範囲外にいる彼を人間界のルールで縛る事は不可能なのだ。


「で、あれの身内に聞きますがどうします。助けておきます? 助けたら確実にトラブルしか起きませんけど」


 俺は取りあえず荒木家に意見を聞く事にしたがともちゃんは半笑いで言った。


「希典だしなあ。放っておいてもいいんじゃね」


 うん、俺もそう思う。


「けど戦力としてはむしろ頭を下げてでも欲しいっす。多分断ると思いますが」

「そうなのか?」


 俺は思わずキャシーに聞いてしまう。彼女は笑っていたが冗談を言っているようではなかった。


 目の前にいるボンクラ教師に頭を下げる。考えただけでも寒気の走る行為だった。


「んー、そうだね。俺っちもやる事があるからさぁ。それにトオルちゃんたちみんな強いでしょ。荒木の一族が二人、んで人外が三人。こんな雑魚ゾンビと中ボスゾンビだけのチュートリアル的なクエスト、俺なんかいなくても余裕っしょ。あ、でも序盤だからこそレベルマックスな仲間が期間限定で加わるってのもありなのかなぁ。ま、酒飲んだらさっさと帰るつもりよ」

「そうですか」


 酒をグビグビ飲みながら相変わらずディープな冗談を言う彼に俺はそう返事をする事しか出来なかった。


 ん? ちょっと待て。今とんでもない事を言ったような。


 荒木の一族二人。これはもちろんキャシーとともちゃんの事だ。では次に言った人外三人とは誰の事だ。


 俺も、マルクスも、ピーコも一見すると普通の人間だ。マルクスは事前に面識があると推測していても、終末後に初めて戦いの才能が開花した俺と犬耳になったピーコは知っているはずがない。


 余分な人間はたまたま同席している真弓だけだ。彼女がそうである可能性もない事はないが俺が考え込んでいると希典さんはニマリと笑った。


「ところで一花ちゃん、なかなかおしゃれな帽子とコートだねぇ」

「ピ!? は、はい……」


 そして彼は俺の心の中を見透かしているかのようにピーコをほうを見て言った。突然の指摘に彼女は動揺し、思わず帽子で耳を隠すように手で下に引っ張り戸惑いながら言った。


 俺はすぐにキャシーのほうに視線を向ける。まさかいくら親しいとはいえ話してはいないとは思うが。だが彼女も困った様子で首を横に振るだけだった。


「言ってないっす。ただあの人は大抵の事はお見通しなんすよ。この世界で一番敵に回しちゃダメな人っす」

「みたいだな……」


 彼の不敵な笑みが、悪魔の笑みの様に恐ろしく感じられる。一見ギャグ要員の様に見えて彼の心の内はまったく見えない。キャシーの言う通り希典先生は警戒したほうがいいかもしれない。


 険しい顔をしている俺をよそに後ろで黙っていた真弓が発言する。


「だけど……希典先生、ゾンビのいる中を帰れるんですか? 危ないですよ」

「ゾンビ? ああ、あれね」


 先ほどからびくびくしている真弓は心配そうに希典先生に尋ねた。あれがゾンビであると公式見解は出ていないがニュアンスは伝わっているだろう。ただ彼は少し眉をひそめて言った。


「ゾンビっつーかあれはショゴ、げぇぷ、なんだけどねぇ。まあ俺っちはこうみえて結構強いしゾンビくらいなんて事ないさ。全部酒飲んだし俺っちは帰るよ~」


 酒をたんまりと飲んで途中で下品にげっぷを出し上機嫌で笑った彼はのっそりと立ち上がり、俺たちの隣を通って教室から出て行ったが俺は先生の後姿に向かって慌てて叫んだ。


「おいさらりと核心に触れる発言をするな!」


 本当にあの人は場を引っ掻き回すのが大好きなようだ。彼はおそらく何かを知っている。この世界がなぜこうなったか知っているかもしれない。最後に彼はこちらを振り向いて笑顔で手を振った。


 だが、その笑みに俺は思わずゾッとした。


 王を陰で操る道化師のような不敵な笑みを見て俺は気が付いてしまった。彼の瞳の奥には底知れない混沌が渦巻いていたのだ。彼はそのまま何事ともなかったかのように階段に向かって歩き出した。


 俺はあっけにとられていたが希典先生を追いかけようとした。しかしそもそも俺たちは生徒の救出任務だった事を思い出す。正直俺からすればそんな事はどうでもいいしそれよりも希典先生の話を聞いておきたいのだが……。


「ともちゃん。希典先生は俺が何か質問して答えてくれると思いますか?」

「さあな、その時の気分次第だな。だけど今は……」


 ともちゃんは俺の質問を適当に流しそわそわした様子ですぐにこの場を動きたいようだ。俺は仕方なく希典先生を追うのを諦める事にした。

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