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1-44 真面目モードのともちゃん先生

「ちなみにともちゃんがどこにいるかはわかるか」


 俺たちは昇降口から侵入すると校内を調べる事にした。


 自分の慣れしたんだ母校は亡者のひしめく地獄と化している。同じ窓から見える風景を見て青春を謳歌していた彼らの楽し気な声はもう聞こえず、今はゾンビのうめき声しか聞こえない。


 うちの学校は全校生徒800人弱のそれなりの規模の高校だ。上から見ると王の字になっているシンプルな構造でものすごく広いというわけでもないのでしらみつぶしに探す、という非効率的な方法でも見つける事は可能ではある。しかし一分一秒が命取りなので出来れば目星をつけて行動したい。


「最初電話をした時は生物教室を拠点にしてるって言ってたっす」

「生物教室、か」


 ともちゃんは担当科目である生物の授業で使う生物教室、正確にはその隣の生物準備室を普段から私物も持ち込み自分の部屋のように使っていた。やはりサバイバルでも勝手知ったあの部屋を選んだようだ。そこに向かえばいるかもしれない。


「お前の索敵能力は使えないのか?」

「使えるが広範囲になると精度が落ちる。生物教室のあたりに人間が三人いるみたいだがともちゃんかはわからない」


 マルクスの問いに俺は答える。この能力は万能ではないがそれでもかなり便利だ。しっかりと有効活用していこう。


「まずはそこに向かうか。今そこにいるかはわからないが。俺が案内する」

「ええ、急ぎましょう!」


 生物準備室は2階の奥の棟だ。俺たちは渡り廊下を走ってゾンビを撃破しながら先に進む事にした。


「どけぇッ!」


 俺は怒声を挙げてうごめくゾンビを見つけ次第撃破し、難なく最奥の校舎の2階に向かう階段に到達する。入り口のゾンビの群れとの激戦が嘘のようで拍子抜けしてしまったが、俺は油断する事なくこの先に起きる事象の可能性の計算をする。


 ともちゃんはヤバいゾンビがいると言っていた。まさか走るゾンビや武器ゾンビの様なチンケな相手ではないはずだ。


 変異したゾンビであってもバールやハンマーのような粗末な武器で倒せる相手だといいのだが、楽観的な推測は命を落とすので慎んだほうがいいだろう。


 俺たちは階段を駆け上がると右を向き生物準備室に向かおうとした。だが生物教室のある左の廊下に視線を向けると乱雑に崩れた机があった。


 学習机を積んで針金で固定してバリケードにしていたようだが、既に破壊され机の頑丈な鉄製の足は折れている。


 相当強い力で壊されたようだ。バリケードをものともしないゾンビの群れが襲ったか、あるいは変異したバケモノのゾンビがやったのか。


 いずれにしても明るいニュースではない。幸い生物教室のあたりに二人、隣接する化学教室に一人生存者の反応がある。


「こりゃひどいっすねぇ」


 キャシーは動揺を隠し冷静でいるよう努めていた。だがこの惨状ではともちゃんはもう手遅れかもしれない。俺は何も言わず生物教室にいる生存者の確認に向かった。


 俺が引き戸を開けて生物教室に入ると、


「ヒィッ! もうやだよッ!」


 甲高い悲鳴とともにガコン、と椅子が倒れる音がする。音のしたほうを見るとうちの制服を着た少女がいた。どうやら返り血で血まみれの俺の姿を見てゾンビと勘違いしたらしい。


「どうした!」


 そして血相を変えたともちゃん先生が生物準備室から何かの工具を持って飛び出るとすぐに俺と目が合う。


「ども」

「なんだ……久世か」


 よっ、と俺は笑いながら手を挙げてあいさつし彼女はふぅ、とため息をついて脱力した。とりあえず第一の目標であるともちゃん先生との合流は果たす事が出来た。


 ただ、それよりも気になって仕方がなかったのは彼女の左目にモノクルのようなスコープが付いていることだ。まさかおしゃれでもコスプレでもないだろうが今はおいておこう。


「おー、ともちゃん、こんちゃーす」

「ふむ、息災か」

「おじゃましまーす……」


 そしてぞろぞろと続けてキャシー、マルクス、最後にピーコが入ってくる。


「あれ、真弓ちゃん?」

「って、い、一花ちゃん?」


 遅れて部屋の中に入ったピーコの姿を見て彼女に真弓と呼ばれた少女は一花、と馴染みがあるようで馴染みがない名前を呼んだ。どうやら知り合いらしい。とすると一年だろうか。


 彼女は真弓という名前らしいが苗字かもしれないし下の名前かもしれない。だがそんな事はどうだっていいだろう。


「ピーコの知り合いみたいだが話はあとにしよう。ともちゃん先生、助けに来ました」

「まったく、来るなって言ったのに、バカどもが」


 ともちゃんは毒づきながらふんわりとした頭をもしゃもしゃとかいていたが少し嬉しそうだった。来るなと言っていたがこのままでは全滅していただろうし内心ありがたかったのだろう。


「う、うん、ありがとう……!」


 真弓も待ちに待った救援に震える声で感謝の言葉を述べる。ゾンビがそこかしこにいる場所で取り残され相当怖い思いをしていたに違いない。


「しかし久世、すごい顔だな」

「惚れないでくださいね」

「アホか。とりあえず顔だけでも拭け」

「ありがとうございます」


 ともちゃんは俺の返り血で塗れた顔を見てペットボトルに入れた水をドバドバとタオルにかけて渡してくれる。蛇口をひねらないということは学校も断水しているのだろう。貴重な水を分けてくれた事にも感謝しながら俺は顔を拭った。


 冷たい冬の水を使った濡れタオルだ。無論温かいほうがいいが贅沢は言えない。生臭い血で汚れ切った顔を拭いただけでもなかなかさっぱりするものだ。寒さが身を引き締めてくれる。


 見た目は多少綺麗になってもウィルス的なものが残っているかもしれないが丁寧に汚れを落としている余裕はない。俺は目的を果たすためともちゃんに話しかける。


「どうします、すぐにここを脱出しますか? 長居する理由もないと思いますが」

「いや、ダメだ」


 俺の提案にともちゃんはきっぱりと拒絶する。


「ほかにも避難してきた生徒がいるがバケモノのゾンビに襲撃されて散り散りになったんだ。まずはそいつらを探さないといけない、力を貸してくれるか」

「そうですか」


 ひどく深刻そうなともちゃんの口調に俺は短くそう答えた。


 はっきり言って俺はともちゃん以外の生死はどうでもいい。同じ高校の生徒だとしても俺からすれば赤の他人だ。


 彼らがゾンビに噛まれようとサイコパスに殺されようと正直興味がない。対して親しくもない人間に自分やピーコの命をかけれるほど俺はお人よしではないのだ。


「う、うん、加奈子ちゃんがどっかに行っちゃって! お願い、助けて!」

「加奈子ちゃんが? そっか、無事だったんだ……うん、絶対に助けるから」


 涙目の真弓は友人であろう少女の名前を言う。ピーコは即断し俺が聞くまでもなく助けに行く事にしたようだ。


 この様子では俺が止めても聞かないだろう。別に赤の他人ではなくピーコの知り合いなら助けてやってもいいかもしれないが。


「で、そっちはどうする?」

「ほかならぬともちゃんの頼みっすからねぇ。言うまでもなく、っす」

「戦友がそう言うのであれば我もともに行こう。我もトモとは知らぬ中ではない。露払いは任せろ」


 キャシーもマルクスも二つ返事で了承した。


 ところでマルクスは発言内容からともちゃんと知り合いだったようだがどこで知り合ったのだろうか。キャシーとはゾンビハザードの前から友人であるし身内のともちゃんとも話をする機会があったのかもしれない。


 が、そんな事よりもほか三名が承諾したため断る空気ではなくなり、あまり乗り気ではなかった俺は心の中でため息をつく。


 人が多いという事はデメリットもある。生存者がふえれば食い扶持も減るし諍いも起こるだろう。


 ともちゃんみたいに知識がある人間ならともかく、正直真弓のような何の役にも立たなさそうな人間は助けるメリットはあまりない。あるとするならピーコの顔見知りを助ける事で彼女の心理的ストレスが緩和されることぐらいか。


 しかし仮に俺たちが行かなくてもともちゃんは生徒想いだ。ゾンビにその身を食いちぎられようと這いつくばってでも生徒を助けに行くだろう。


 これは彼女を仲間にするために避けては通れない強制ミッションだ。仕方ない、ここは受注するか。そうしないとシナリオが進まないし。


「というわけです。手伝いますよ」


 俺はしぶしぶながらそう言った。するとともちゃんは、


「そうか、助かる!」


 と言って、天の助けのような一言に彼女は子どものような屈託のない笑みをした。俺はそれを見て不覚にも撫でまわしたいと思ってしまう……いや俺にロリ属性はないぞ?


「そうだ、電話でバケモノのゾンビって言ってましたけど。まだ倒してませんよね」


 俺はともちゃんに尋ねた。このミッションで最大の障壁となるのはそいつだろう。攻略のために情報は出来るだけ入手しておきたい。


「ああ、バケモノ……というか松阪が噛まれてゾンビになってな」

「松阪君が?」


 辛そうなともちゃんの口から出たかつてのチームメイトの名前を、よりにもよってこんな形で聞いて、ピーコはひどく悲しそうな顔をする。


 どうやら彼の大事な野球道具はもう返せそうにないようだ。


「身体が巨大化し鬼というか、牛みたいなバケモノになった。元々身体能力の高い奴だったが一撃でバリケードも壊せるくらいの怪力になって小手先の攻撃は通用しない程度の耐久力も持っている。スピードもそれなりに早いし可能なら戦いは避けたいな」


 ともちゃんの説明から凶悪そうな外見をイメージする。そこにあるバリケードは松阪が壊したらしいがあれを簡単に壊せる攻撃を人間が食らってしまったら一瞬で肉団子になるだろう。


「あとついでに言えば半魚人みたいなゾンビもいたぞ。松阪ほどじゃないがまあまあ強かったな」


 先生のダメ押しの一言にだんだん気が重くなってきた。クリーチャーがうようよいる状況で逃げ出した生徒は生きているのだろうか。多分無理な気がする。


「半魚人……SNSでも言ってましたね。でもそれゾンビなんでしょうか?」


 ピーコはネットで情報収集しているときに閲覧した画像を思い出して言った。あの時は不鮮明で信憑性の低い画像だったが半魚人は実在したらしい。


 起こってほしくないことほど起こるという昔の格言を身をもって知ってしまい、先ほどからどんどんどんどん俺たちの気合は削がれていく。


「変異したゾンビか」

「というかそもそもゾンビなんすかねぇ、あれ。いろんな姿に変異する事もあるみたいっすけど」


 俺がポツリと漏らした一言にキャシーは反応した。俺たちは便宜上ゾンビと呼んでいるが確かに言うとおり厳密にはゾンビではないかもしれない。


 俺は思わずピーコのほうに視線を向けた。彼女は噛まれたわけではないが帽子とコートの下には犬の耳としっぽが生えている。それは俺たちがイメージするゾンビ化とはちょっと違う気がした。


「ゾンビじゃないとするとあれは何なんだろうな」


 俺がそうつぶやくと、ともちゃんは、


「一言でゾンビと言える存在じゃないのは事実だろうさ。松坂や半魚人みたいなゾンビもいるくらいだしな。少なくとも人を人ならざる存在にするのは違いない。理性を無くし殺す以外に助ける方法が無くなって……情報が少ないからなんとも言えないがな」


 と、忌々し気にそう言って手に持った工具を見ていた。最初は電動ドリルかと思ったがよく見るとそれはネイルガンのようだ。


 この得物で彼女は何人大切な生徒を手にかけてしまったのだろうか。俺は躊躇なく機械的に殺せるが、彼女はそうではないだろう。見た目どおり強がっているだけの子供のような人間なのだから。


 それでも断腸の思いで教え子を殺すのはまだ生きている生徒を助けるためだ。泣かせる立派な話だ。彼女も俺のようになれば……いや、それはダメだろうな。そんな先生は見たくもない。


「情報がないのでゾンビに関しては素人論議しか出来ませんし。とりあえず隣の化学教室にいる人は無事ですか?」


 俺は今でも脳内マップに反応がある化学教室にあるアイコンを指摘する。もちろんそれを他人が見る事は出来ないが。


「化学教室? いや、そっちは誰も使っていないが……」


 だがともちゃんは怪訝そうな顔をして言った。この状況で嘘をつくとは思えない。もしかすると逃げた生徒が戻ってきたのだろうか。


 だとするとゾンビに襲われ、感染してしまった可能性もある。俺は無言で得物を構えて隣の部屋に走った。


「あ、待ってよ!」


 ピーコたちも慌てて俺を追いかける。俺は廊下を走り勢いよく隣の化学教室の部屋の扉を開けた。


 そこにいたのは意外な人物だった。俺はその人物を見て目を丸くしてその名を呼んでしまったのだった。


「希典、先生」


 我が星鳥東高校の、創立史上最大の汚点とも呼べるアウトロー教師の名前を。

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