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1-31 どんなエンターテインメントも、意味はなくても意味はあるから

「ま、じっくりと攻略するしかないっすねえ」


 あまり気にしていないどころか笑みを浮かべているキャシーは何かを思い出した様で、


「あ、そうだ。もう一つお願いがあるんすけど……」


 と言った。


「無理のない範囲で頼むぞ」

「あざっす!」


 俺は少し面倒くさそうに言うとそれを承諾と解釈したキャシーは大層嬉しそうな笑顔で喜んでいた。



 さて、俺たちがキャシーに連れてこられたのは先ほど目覚めたスタッフルームの隣にある部屋だ。パソコンや様々な機材があり、特に撮影に関係するものが置かれている部屋だ。一応俺たちは映像研究会なので見覚えのある機材もある。


「こんなところに連れてきたって事は」

「はい。動画作成を、終末だらずチャンネルのお手伝いをしてほしいかなと!」


 満面の笑みのキャシーにその時俺はどのような表情を見せていたのだろうか。心底嫌そうな顔をしていたに違いない。


 ただ、そんな俺とは対照的にピーコは少し驚きつつも耳としっぽをぴょこぴょこさせていた。かなり興味が惹かれているらしい。


「ね、ねぇ。動画作成ってどんな事をするの?」


 余計な事を言うな、と言いそうになる。


 動画撮影? それに何の意味がある。率直に言って何の意味もない。生きる事には何の役にも立たない。貴重な電力を使ってやる事ではないだろう。合理的に考えれば無駄以外の何物でもない。


 だが――彼女はこの世界になってから二度目の希望に満ちた輝いた瞳になっていた。


 一度目は最初、終末だらずチャンネルのしょうもない動画を見たあの時だ。この世界で初めて心の底から笑顔になったあの瞬間だ。


 俺はそんな彼女を見て困惑しつつも幸せな気分になり、話だけでも聞いてやるかと思ってしまったんだ。


 ああ、そうだ。そういえば俺も一瞬だがこの世界が終わってしまっているという事をあの時は忘れる事が出来たんだよな。あの、クソ動画のおかげで。


「よくぞ聞いてくれました!」


 キャシーも満面の笑みで両手を広げて演説モードに入る。俺以外は士気はかなり高揚しているようだった。ちなみに俺自身は基本が省エネなので比較的に言えばかなり盛り上がっているともいえる。


「ぶっちゃけ自分も見よう見まね、手探りでやってる感じっすかねぇ。マルちゃんも動画出演以外なら手伝ってくれるんすけどノウハウもなければ人手も足りないんすよ。撮影でも、動画編集なりもう全部が」

「そこを俺たちに任せたいと」

「動画出演でもいいっすよ?」

「うーん、それはちょっとね」


 キャシーの提案にピーコは困った様に笑う。彼女の見た目は少々異質だ。事情を知らない人間が見ればどのような反応をするだろう。


 いや、待てよ。俺と同じ事を考えたようでピーコも少し興奮した様子で言った。


「でももしかしたら変な見た目になっても安全だって事を宣伝出来るのかな? 普通にお話してるだけで!」


 あれこれ言葉を並べて異形の姿になった人間の安全性を説明するよりも、それはなによりも意志疎通が出来る事の証明になるだろう。ピーコ同様姿が変わって絶望した人間に希望をもたらすことが出来るかもしれない。


「あ、で、でもトオル君は」


 ピーコはおもちゃを買っていいか親の機嫌をうかがう子供のように心配そうな表情になる。俺はあごに手を当て少し考えてから言った。


「こっちにもこっちの予定がある。白倉に向かうって予定がな。だがその時が来るまでは手伝ってもいいぞ。どのみち星鳥市で知り合いの情報を収集しながら遠出の準備をするつもりだ。その間の暇な時は手伝ってもいいぞ」

「トオル君!」

「決まりっすね!」


 ピーコとキャシーは俺の手を取りぶんぶんと振って喜びを全身で表現する。そんな彼女たちの様子を見て俺はついつい子供を甘やかしてしまう父親のような笑顔になってしまった。


 まあ、ぶっちゃけ白倉にいるクーと真理恵さんの件に関しては急ぐ必要はない。向こうのほうが安全も物資も何もかも充実しているようだし俺たちが行ったところで特に状況も変わらないだろう。咲桜先輩の情報収集や長旅の準備なんかをしてからでも遅くはないはずだ。


「ま、プランはまだ考えてないのでその時が来ればお願いするっす」

「うん!」


 ピーコは完全にやる気満々で熱心に話を聞いていた。彼女がここまでやる気なら幼馴染の俺も気合を入れなければなるまい。


 キャシーは俺には出来なかった事をいとも容易くやってのけたのだ。素人丸出しのしょうもない動画で絶望していたピーコに希望をもたらしたのだ。


 それは震災の時、彼女を励ましたラジオから聞こえてきた三流芸人の歌のように意味はなくとも確かに意味はあったのだ。


「俺は部活動で映像関係はかじっているから少しは役立てるかもな。もちろんプロじゃないから技術は最低限のものしかないが」

「トオル君ほどじゃないけど、私も同じ部活だったから簡単な事は出来るよ!」


 俺もピーコも学生レベルの知識と技術しかないが終末だらずチャンネルも三流動画なので別に構わないだろう。企業の依頼でもないし大したレベルのものは求められていない。上手かどうかはこの際関係ない。やるか、やらないかだ。このバッドエンドを迎えてしまった世界で何の意味もない酔狂な事をする意欲があるか、それだけだ。


「おお! 映像研究会とな! まさしく運命っすね! まさかこんな強力な助っ人がすぐに現れるとは! しかし自分が言うのも何なんすけど本当に物好きっすねぇ」

「お前が言うか」


 テンションが相当上がったらしく、どこぞのケツアゴが立派な芸人がするように俺たちに指をさして奥に手前に動かして嬉しそうに舞い上がっているキャシーに対し、俺はどういうわけか本当の笑みを浮かべていたんだ。親しい人間にしか見せない、上辺のものでない本当の笑顔を。


 ピーコはそんな俺を見て少し驚いていた様子だったが、幸せそうな笑顔をしていたのだった。



「あ、なるほど、ここはこうすれば……勉強になるっす」


 俺は機材を適切に接続しパソコンを操作する。キャシーはふんふんと鼻息を荒くし楽しそうな様子でこちらの作業を間近で観察していた。


「大した事はしていない。しかしお前もあれだけ機械はいじれるのに映像機器は苦手なんだな」

「機械は分野が変われば全く別物っすからねぇ」

「そんなもんか。まあ言っておくが俺に出来るのは機械の操作の初歩だけだ。うちは部員が少なかったから一通りのことを広く浅くは出来る。だがそれだけだ。機械のメンテナンスなんてものは出来ないからそのつもりでな」

「ああ、それなら多分出来るっすよ」


 あっけらかんと彼女はそんな事を言う。むしろ俺にはそのほうが遥かに難易度が高いと思うのだが。


「んしょ」


 ピーコも俺の指示通りずっしりと重いカメラを動かしてセッティングしている。ただ彼女に関しては映像研究会とはいえ経験が浅いため力仕事を任せることにしよう。


「ああ、そうだ、ピーコ。お前舞台のセットとか小道具を作った事があったな」

「え、うん。映像研究会でもそうだけど文化祭でも作ったね」


 大道具や小道具に関しては俺はあまり得意ではない。その時が来れば彼女に依頼しよう。


「ほほう、そんな事も。本当に至れり尽くせりですなあ」

「えへへ」


 キャシーは笑いが止まらないらしくずっとニマニマとして、褒められたピーコはにこにことする。


「しかしお前のはゲームの実況動画だったよな。道具なんて使う機会があるのか?」

「別に自分はそれ専門でやるつもりじゃないっすよ。人手も技術もなくてそれしか出来なかったから実況をチョイスしただけっす。色んな事が出来れば動画の幅も広がるっすからねぇ。色々試すつもりっすよ」

「今から楽しみだね! どんな動画を作ろうかなあ?」

「ええ、本当っす! 目指せ、チャンネル登録者世界一!」


 キャシーが言ったチャンネル登録者世界一に関してはそもそも動画なんぞやっている暇人がほかにいるとも思えないし今の世界限定ならばそれほど労せずして達成可能だろう。無論だからと言って動画収入が入るわけでもないが。


 二人は顔の見えない視聴者よりもずっと楽しそうにこれからの事を思い描いていた。ピーコのそんな表情が見れただけでもこの話に乗った価値はあっただろう。


 こんな世界じゃほかにする事もないのだ。やるべき義務なんて一切ない。酔狂に生きるのも悪くないだろう。


 全てを失った俺たちに生きる目標が出来た。ようやく俺の大切な幼馴染が立ち直ろうかとしていたんだ。


 だがなにもかもそううまく事が運ぶわけでもなく、こういう時は往々にしてトラブルが起きるもので。


 ぎぃ、と低い音がして思わず俺たちは扉の方を振り向く。どうやらマルクスが戻ってきたらしい。


「あ、お帰りっす、マルちゃ……」

「ぐ……ウゥ……」


 キャシーはその名を呼ぼうとしたが、止めた。マルクスは生気の失った顔で低いうめき声をあげている。本能的に危険を察知し俺はピーコをかばうように前に立ち、得物のラチェットスパナを腰の留め具から抜き取る。


「ま、マルクスちゃん? どうしたの……」


 ピーコが不安げに声をかけるがこんな世界ではこうなった理由は推測出来る。というか一つしかない。それをほかのメンツも理解しているようで血の気が引いた表情になった。


「お前まさか、ゾンビ化……」

「ち……ガウ……!」


 彼女は必死の剣幕で否定するが映画とかではそうなりそうなやつは大抵否定する。もしただでさえ強いマルクスがゾンビ化すれば……手の付けられない事になるだろう。


 そしてマルクスと親しい人間が手加減なしで危害を加えることが出来るだろうか。出来るはずがない。ならここは俺の役目だろう。


「短い付き合いだったな、マルクス。胸を揉んで悪かった。結構柔らかかったぞ」

「殺スゾ……痴れ者め……!」


 グルルルル……。


 そして激高するマルクスは目を大きくギョロリと見開いて、悪魔のような唸り声が聞こえてきた。


 だがそれは喉から出ているわけではない。腹の底から、それは文字通りの意味で彼女の華奢な腹部から聞こえていたんだ。


「マルちゃん。まさかあれほど食べちゃダメって言った廃棄品のちくわを……」

「(コクリ)」


 キャシーは呆れたようにそう言うと、声も出す事の出来ないマルクスは小さく頷いた。


「ち、ちくわ? 何の話?」


 状況が呑み込めずに困惑するピーコに俺はため息をついて言った。


「痛んだちくわを食って腹を壊したってことさ。マジで食ったか」

「あれが……ラストだったのだ……もうこの世界でちくわは食えぬ……未練を断ち切るためにも……ふふ、悔いはないさ……ガク」


 なんともしょうもない人生だが、マルクスは最期に懸命に曇りのない笑顔をしてそう言い残し、力尽きてその場に倒れたのだった。

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