1-27 (自称)魔族の騎士との出会い
「人の子よ。貴様は何を求める」
そして氷のように冷たい声が聞こえると、黒いフード付きのコートと黒い不織布マスクを身につけた人間が離れた棚の陰から現れる。アンティーク人形のような美しい金髪もフードからのぞいており、その特異な容姿と服装も目を引くものがあったが、なによりも気になって仕方がないのは彼がその手に携えていた人の背丈ほどはあろうかという大剣だった。
本物であるならば文明化した日本での日常生活ではまずお目にかかれない。ショットガンのほうがまだ見る機会はあるだろう。
「我が名は魔族の剣士、マルクス。この魂の息吹の消えた世界で深淵に潜むものだ」
翻訳すると、ゾンビのあふれた世界で引きこもって避難しているという事らしい。
性別はどちらなのだろう。凛とした声からすると少年のように聞こえなくもないが、顔も体のラインもほとんど黒衣に隠され判断に迷ってしまう。マルクスという男性風の名前から取りあえず少年という事にしておこう。
俺たちはあっけにとられていたが先にピーコが我に返り、コミュニケーションをとろうと勇気を出して発言した。
「えと、その。私たちも避難しに来たの!」
「つまりはここを仮の住まいにしようと。結論から言うが、ならぬ」
黒衣の少年、マルクスははっきりと拒絶の言葉を口にして大剣の切っ先をこちらに向ける。
「よそ者は去れ。すぐに立ち去るなら危害は加えぬ」
要するにマルクスはハナから聞く耳持たず、理由はわからないが断固拒否という事らしい。
「だとさ、ピーコ。しかし人がいたら揉めるとは思ったが予想の斜め上から別の時空の座標に転位したな。こんな無茶苦茶な世界だ、あいつはリアルに超常的な存在かもしれない。それともただ単に思春期特有の病気をこじらせているだけなのかもしれない。ただ言えるのはどちらにせよ関わったらダメな手合いだ」
「ええと、ええと、ええと……フォローの言葉が浮かばないよ!」
ゾンビとは違う病気に感染したマルクスにピーコは混乱するしかなく、わたわたと何かを言おうとしていたが俺にどうしたものかと視線を向けてくる。
「虚無の静寂を好む魔族の我にとって喧騒は何よりも不愉快なものだ。早く立ち去れ。我が剣の錆となる前に消え失せるがいい」
「ああ、大体わかった。お前の言いたいことは」
俺はこの世界になってから何度したかわからないため息をついてラチェットスパナを装備した。それをピーコが見ると血の気が引いた顔をする。
「ト、トオル君。何でそんなものを持ってるの?」
「今から新しい避難場所を探すにしてもゾンビがいなくて籠城に適した場所は見つかるかどうか。見つかったとしてもハズレを選べば俺たちは死ぬ可能性が高いってことだ。それをわかったうえでお前はそう言ったんだな」
「そう解釈してくれて構わない。弱ければ死ぬのがこの混沌の世界での摂理だ。貴様らの生死など我は興味ない」
俺も出来れば話し合いで解決したかった。ピーコの前で人を殺したくはなかったからだ。相手が高圧的に出て殺しても多少は言いわけが出来る事がせめてもの救いか。
「ここはゾンビ対策バッチリにリノベーション済みで家賃と食費がタダの超優良物件なんだ、そう簡単に諦めたくはない。よそ者だ? お前だってそうだろう。お前だって不法占拠に窃盗をしているだろう。悪いがこっちは護るものがある。手段を選べなくてね」
戦闘態勢に入った俺を見てマルクスは少しだけ笑った気がした。そして剣を構え、俺の挑戦に対して答えた。
「成程な。だが護るべきものがあるのは我も同じだ。たとえこの手を血で染めようと戦友は護らなければならんのだよ!」
マルクスがそう叫ぶと――彼は瞬時に間合いを詰めこちらに切り込んでくる!
「早ッ!?」
「きゃあッ!?」
俺もピーコも驚きの声を上げ振り下ろされた大剣の一撃を回避する。彼は俺に狙いを定め、レジ側に避難した俺に追撃に横方向への一撃を放った。
咄嗟に床に倒れながら転がり回避するが上方から物が壊れる大きな音が聞こえる。再び身体を転がし仰向けになりすぐに確認すると、レジカウンターは重機で破壊した様に不揃いな断面で切断されていた。
「驚いたな。玩具かと思ったが本物なのか。てっきりただの中二病かと思ったが」
どうやら彼は中二病ではなく本物だったらしい。元からそうなのか、ゾンビ化により変化したのかはわからないが。
「力は見せた。これでもなお歯向かうか」
マルクスは倒れた俺の首元に大剣の切っ先を突き付ける。敵対行為をしたにも関わらず問答無用で殺さないあたり少しは良識があって話はわかるようだ。
「す、すまんすまん。俺が悪かったよ。殺さないでくれ」
「そうか、では、」
俺は命乞いをし彼も理解したようで剣をおろす。今だッ!!
「なーんて言うと思ったか!?」
「グフ!?」
俺は足を曲げ彼の膝を思いっきり蹴って怯ませると、腹筋をバネのように使い即座に立ち上がる。マルクスは相当痛かったらしく悶絶しながら後方に下がった。
「言っておこう、俺は正々堂々とした主人公じゃない」
俺が不敵な笑みを浮かべながら言うと、
「痛ッ!? まじイッテ!? 膝の皿割れたで!? こんだらずがッ!?」
あまりの痛みに彼はキャラを忘れぴょんぴょんと跳ね回る。すかさず俺は追撃を仕掛けようとするが、マルクスはどうにか痛みをこらえ俺を睨むと店の奥に退避する。
「だ、大丈夫?」
逃げていく彼の後姿を見ていたが、怖がった様子のピーコが俺のもとに駆け寄ってくる。そんな彼女に俺は少し申しわけない気持ちになったんだ。
「トオル君、ケンカはやめようよ!」
涙目の彼女に、俺は諭すように言った。
「ケンカじゃないんだよな、これは。命懸けの、野獣の少ない縄張りの取り合いだ。食うか食われるかの取り合いなんだよ」
俺は左のてのひらをラチェットスパナの先端でトントンと叩くと、マルクスの逃げた先を目で確認する。
直接は見えない。だが索敵マップには反応がある。不意を突ければ勝機はあるだろう。店内には武器として使えそうなものもたくさんあるし上手く利用するのもいいかもしれない。
ただマルクスの身体能力はバケモノだ。一振りで丈夫なレジカウンターを破壊するあの一撃をまともに食らえばその時点で勝負は決してしまう。俺の先を見る戦い方がどこまで通用するだろうか。
俺はどのような一手を打つか考えこんでいると涙目のピーコがしつこく付きまとってくる。
「あの人はゾンビじゃないんだよ。話す事が出来るんだよ?」
「知ってるよ」
「ね、ねえ、やっぱりほかの場所に行こうよ。向こうの事情だってあるし、そのほうが……」
話の通じないゾンビならまだ殺す事を正当化できる。ピーコもその前提で無理やり納得させていたのだ。だが相手は人で、俺たちの戦う理由は自らの安全の確保というとても利己的なものだ。
「災害は助け合い、だったか」
「うん、だから――」
「今はゾンビハザードだ。誰も護ってくれる奴はいない。わかるな」
「……………」
俺の氷のような瞳に、彼女はそれ以上何も言えなかった。
彼女は怯えていたんだ。誰よりも信頼していた久世透に。
平和な日々では隠れていた、久世透に擬態していたバケモノの本性を俺は見せてしまった。
「周囲に気をつけろ。俺も十分気を付けて戦うが巻き添えを食らうなよ」
俺はどこか呆然とする彼女にそれだけ言って店の奥へと進んだ。
「それにしても大剣なんて、どこで調達したのやら」
俺はボソッと愚痴を言って自分の頼りない獲物を見る。本来は武器ではないラチェットスパナはリーチも攻撃力もあのドラゴンでも倒せそうな大剣とは比べるべくもない。武器も身体能力も敵のほうがはるかに上回る。分は悪いがやるしかないだろう。それに勝つ見込みはある。死ぬとわかって戦い、ピーコを巻き添えにするなんて馬鹿げた真似はしない。
開店当社ごちゃごちゃしていて歩きにくいと市民に不評だった店内はどこに敵が隠れているかわかりにくいが敵の場所がわかる俺にとっては非常に戦いやすい場所だ。俺はマルクスの位置を把握しながら家電売り場に来ると、役に立ちそうにないラチェットスパナを前方に放り投げた。
「それじゃ、ちょっくら全力を出すかな」
ラチェットスパナがカラン、と金属音を立てその音のしたほうにマルクスが飛び出してくる。彼がこちらに気が付いた時俺は炊飯器を両手で持ち上げていた。
「ッ!?」
躊躇なく彼の顔面に投げつけられた炊飯器をマルクスはどうにかかわす。俺はすぐに棚の陰に隠れ、生活用品売り場に逃げた。
彼の自慢の俊足も入り組んだ道では役に立たない。索敵マップには悪戦苦闘しながら動き回っているのが確認出来る。時折後方から物が倒れる音がするあたり派手にぶつけて壊しているようだ。
さて、目当ての品物を調達して、と。
「ネズミのように逃げよって!」
「へいらっしゃーい」
激高するマルクスに俺は待ってましたとばかりにそう言ってフタを開けた液体洗剤のボトルを投げつける。花のようないい香りのする洗剤がビシャン、と撒かれ彼はひどく慌てた様子だった。
「のののわッ!?」
妙な声で叫び、マルクスは盛大に転倒し洗剤の棚に身体をぶつけボトルや詰め替え用のパックがゴロゴロと音を立てて落下していく。こんな状況でも剣を手放さないあたり戦いの心構えはしっかりしているようだ。
「貴様ッ!?」
そしてうつぶせの状態から彼が顔を持ち上げ目にしたのは、不敵な笑みを浮かべて殺虫剤を構えた俺の姿だった。俺は躊躇わず指を沈めて噴霧する。
「ぎ、ギャアアアッ!? 目ぇーッ!?」
ノズルから勢いよく噴射された白い霧をマルクスはもろに顔面に浴びて、目を押さえてもんどりうっていた。
「生命力の強いゴキブリやスズメバチでも簡単に倒せるみたいだが魔族にも効くんだな」
魔族にスプレーを噴霧する機会もあまりなさそうだが一応覚えておこう。
「お前、注意書きに人に向けたらダメって書いてあるだろッ!? 卑怯者がッ!!」
「あ、俺そういう人間なんで」
ブチ切れるマルクスに俺は微笑みながらさらりと言った。よい子のみんなは真似するなよ。もし殺虫剤が目に入ったらすぐに洗うんだぞ。
彼は手で目を押さえていたが隙間からは充血しているのが一瞬だけ見えた。実に痛そうで想像しただけで目が痛くなる。いかに強力な身体能力を持っていても剣では霧による攻撃は防げない。同様に眼球も強化されていなかったらしい。
「ま、そういうわけだ、恨まないでくれよッ!」
「クッ!!」
俺は倒れている彼の頭に踵落としを繰り出すが彼は身を転がせ回避し、剣を持ってよろめきながら立ち上がる。目はまだ痛いらしく、薄眼でこちらの様子をうかがいつつもどうにか態勢を立て直したようだ。
「魔族の我を人間風情がコケにしたな……その不遜な行いを後悔させてやるッ!!」
マルクスは怒りに任せて大剣を振り下ろし、または刺突攻撃を繰り返してくる。目をやられて狙いが定まらず、そして狭い場所では大剣を振り回せないので避けるのはそれほど難しくはなかったが、やはりぶつかった棚は倒れ、激しい音を立てて商品を散乱させてドミノのように他の棚も倒していった。
「おおっと」
俺は身体をよじり攻撃をかわしていく。今の踵落としで仕留めるつもりだったが武器がない。周囲には武器として使えそうなものもないし肉弾戦しかないか。
「な、なぁッ!?」
俺は戦い方を切り替え一気に間合いを詰める。マルクスの黒衣を掴み大外刈りを仕掛けると彼は思わず叫び声をあげた。その瞬間、ようやく彼は剣を手放しガランガラン、と音を立てて床に倒れた。
俺は彼を床に押し倒す形になり試合では使えないような頸椎への寝技を決め力の限りマルクスを抑え込む。このまま力を籠めれば彼は首が締まり絶命するだろう。
「ぐ、が、が……」
声にならないうめき声をあげてマルクスは苦しんでいる。もう勝負は決した。あとは殺すだけだ。
だが、その時――俺の脳裏にピーコの顔がよぎった。彼女は今にも泣きそうな顔で、俺を怯えた目で見ていたんだ。
「降参してくれるか」
少し悩んで俺は彼にそう言った。本当はさっさと殺すつもりだったがやはり心のどこかで躊躇していたのかもしれない。
俺は、マルクスの返事を聞くため寝技を少し緩める、だがその時何か違和感を覚えた。
妙に、体が柔らかい?
そして彼に触れている部分を目視で確認してみる。胸にあたる位置だ。うん、確かに膨らみがあった。それを俺は思いっきり鷲掴みにしている。
「マルクス……お前……」
俺が冷や汗をかきながら『彼女』の顔を見てみる。
「……やだ……ママぁ……うち……汚されちゃう……」
彼女は先ほどまでの威勢がどこへやら、母の名を呟き、瞳を涙で潤ませ命乞いをするような目を俺に向けた。
これ……あかん絵面や……。
ものすごい罪悪感になぜか俺の心の声は関西弁になるほど動揺して、索敵マップに猛スピードでこちらに近寄ってくるアイコンが表示されている事に気が付かなかった。
「成敗ッ!!」
「え」
そして俺は別の少女の声が聞こえ顔を持ち上げた時、左方向から迫りくる靴を認識してすぐに俺の頭は大きく揺れて意識を失ったんだ。




