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1-20 護るべきものと、ゾンビを初めて殺した瞬間

「それじゃあ先に進むとするか」

「うん」


 俺もラチェットスパナを持ち上げピーコが照らした先、店への2対の扉を凝視する。いよいよ本格的な命のやり取りをする時だ。


 ここに来るまではゾンビと出会い撒く事はあっても戦うことはなかった。だが今からするのは安全を確保するために戦う必要があり、しかもろくに戦えないピーコを護りながら任務を遂行する必要がある。


 だが俺には何の問題もない。感覚を研ぎ澄ませ。この人知を超えた演算機能であらゆる可能性を分析し最適解を導き出す!


 俺には連中の動きが手に取るようにわかる。その足音で、空気の流れで、そして五感のどれにも該当しない超常的な感覚で。


 その感覚を例えるならゲームのマップに表示されるエネミーアイコンだろうか。厳密に言うと敵か味方かは確認出来ないが感覚で大まかに人かゾンビかは判別出来る。


 こういった機能は難易度の高いFPSのゲームでは採用されない事もあるが楽な事に越した事はない。自分らの命がかかっているのだ、ヌルゲーでも構わないさ、ベリーイージーで何が悪い。


 この能力は久世透が死んだときに会得したものだ。俺の脳味噌がバケモノ染みたものに変化してしまった際いつの間にか使えるようになっていたのだ。


 索敵機能なんてものは紛争地ならともかく、平和の国日本の日常生活ではあまり役に立つ事はないがこの世界では大いに役に立つ。そういう意味ではチートに該当するといえるかもしれない。


 ただ、元々はあまり使い勝手のいいものではなく著しく精度にかけるものだった。だからゾンビハザードが起こってすぐは使わず気休め程度に発動してみたが、今はどうだろう。どういうわけか敵の居場所がくっきりと鮮明に判別出来る。


 その理由はわからないが分析するための情報もないし検証はあとにしよう。なにはともあれ索敵は終了した。俺は慎重に2対の扉の右側を、ゆっくり音を立てずに押して侵入する。


「ああそうだ、物資の調達がメインだが当然ゾンビと戦う事になるだろう。ああ、お前は気を付けながら明かりを照らして荷物を運んでくれればいいからな。それ以外何もしなくていい」


 というかそれ以外のことをさせるつもりはない。彼女のきれいな手を血で汚す事はない。


 彼女が出来ない事を俺がしなければいけないのだ。大切な幼馴染を護るために。彼女の命も、その心も。


「うん、でもそれってゾンビの人を……そっか」


 ピーコは小さくそう言って静かになった。後ろを振り向いて確認すると、薄暗い明かりが彼女の悲しそうな顔を照らしていた。


 俺はつまり人殺しをするということだ。かつての世界では死をもって罰する事もある文明社会においてもっとも忌避すべき行為を。


「そうだな」


 俺は短くそれだけ言った。ゾンビが人かどうかは議論があるだろう。だが俺は連中を人と思っていない。しかしもし治療方法が確立されれば俺は間違いなく人殺しになるのだろう。


 だがこんな事は考えるだけ時間の無駄だ。さっさと任務を遂行しよう。


「総菜や精肉、鮮魚は冬とはいえ避けたほうがいいだろう。一週間ほったらかしだからな。もし食中毒になれば満足な医療を受けられない現状では命にかかわることもある。無駄なリスクをおかす必要はない。大人しくレトルト食品や缶詰、パスタみたいに常温保存が可能で長期保存が可能な食品を調達すべきだ」

「……うん、わかった」


 暗い顔のピーコに指示を出しながら俺は頭の中に記録した店の構造のマップを引っ張り出す。運搬要員の彼女の事も考え重たいものは後回しにした方がいいだろう。まずレトルト食品を探しに行くべきだ。


 まあその前に。買い物もせず死んだ後も店内をうろちょろしている不審人物をどうにかする必要があるんだが。


 奴らがそこにいることはわかっている。俺は缶詰コーナーの一列横の棚に向かうと索敵マップどおり、5メートルほど先に奴がいた。


「ウウウウウ……」

「ひっ……」


 ピーコはゾンビを照らすと短く悲鳴を上げ懐中電灯の明かりがぶれる。すぐにゾンビもこちらに気が付きぺた、ぺた、と足音を立てゆっくりとよろめきながら近付いてきた。


 俺は力強くラチェットスパナを握りしめる。焦る必要はない。あの脳天にまっすぐ振り下ろせばいいだけだ。それですぐに終わる。


 標的は男性。年齢は大学生くらい。標準的な体格で生前は勉強をそこそこに遊んでばかりいたのだろうか。見た目に気を使っていたもかもしれないが彼の口元は子供がナポリタンを汚く食べたように真っ赤にし、三徹明けにも似た充血した虚ろな目で生気を失った青白い肌と立派なゾンビとなっている。そしてお馴染みの満面の笑みをしていていたんだ。ゾンビたちも一体何がそんなに幸せだというのだろうか。


 今がハロウィンならそのクオリティの高いメイクに称賛の声を貰っていたかもしれないが生憎そんな時期ではない。


 ぺた、ぺた。


 うめき声をあげながら、ゆっくりと奴は近付いてくる。


「すはー、すはー、すはー……」


 ピーコは後ろで短い間隔で音を極力出さないよう荒く息をしている。こんな呼吸では過呼吸でも起こしそうだ。顔は見えないが彼女の顔は恐怖に歪んでいるに違いない。しかし俺のために頑張って耐えて手に持っているライトはゾンビをしっかりと捉えてくれている。安心させるため早く奴を撃破しよう。


 俺はラチェットスパナを振り上げ、一気に間合いを詰め奴の脳天に振り下ろした。


 ゴッ……。


 まるで大きめの虫をティッシュ越しに押しつぶしたような嫌な感触がして、鈍い音が響き奴は倒れた。そしてそのまま動かなくなる。


「やっぱり頭を潰せばいいのか。映画とかだとたまに手だけでも動くやつがいたりするからそのへんはよかったな」


 俺は小さくつぶやき重要なこの情報をインプットする。どうやらゾンビは思っていたよりもそんなに耐久力はないようだ。とはいえ集団で来られると厄介だし諸々の情報源から強いゾンビもいるらしい。油断は大敵だろう。


「もう大丈夫だ、ピーコ。ラマーズ法に切り替えろ」

「う、うん、ひっひっふー、ひっひっふー!」


 俺はピーコにそう声をかけてから振り向く。彼女の顔は今にも泣きそうだったがどうにか耐える事が出来たようだ。


「ふー、死んじゃったんだね、この人」

「もう死んでるがな」

「うん……」


 キュッと唇を噛みしめて彼女は湧き上がる感情を無理やり抑え込む。心優しい彼女には人が死ぬ光景は、それも俺が人を殺したという事実は相当に堪えたに違いない。


 そんな彼女とは対照的に俺は特にどうとも思っていなかった。ゾンビとはいえ初めて人殺しをしたというのに意外とその程度のものだった。人として最も忌むべき行為は意外とそうでもなかったのだ。


 それよりも俺はこの状況を分析している。スーパーの仕切られた棚は視界と行動を制限し、それは状況に応じて有利にも不利にもなる。挟み撃ちだけは避けるように行動すべきだろうと結論付けた。


 折角だ、物資の調達のついでに色々試してゾンビの特徴を学んでおこう。この狂った世界から生き抜くために。


(いや、むしろ狂っているのは俺のほうなのだろうな)


 と、そんな事を心の中でつぶやきながら俺は目的の缶詰コーナーに向かった。


 本来なら恐怖に震える彼女こそが正常なのだろう。俺はこの世界の誰よりも狂っている。だがそれでも構わない。それが彼女を助ける事に役立つのならば狂う事の何を躊躇する事があろうか。


 俺は狂ってやる。彼女を護るために。


 ゾンビの死骸を放置し俺たちは隣の缶詰の棚に向かう。ゾンビハザードの後に同じ事を考えた人間が来たのだろう。それともここの前の住人が漁ったのか棚には欠品はあったが2人が当座をしのぐには十分な食料があった。


「ピーコ、俺が警戒する。適当に詰めてくれ」

「うん」


 ピーコはショルダーバックのチャックを引っ張る。そしてその手はレトルトカレーを掴もうとして静止したのだ。


 彼女は同じ事をしようとしている。彼女の故郷を荒らした最低の連中と。天災かゾンビハザードか状況に違いはあるが本質的には同じ事だった。


「俺がやる。お前が警戒してくれ」

「……ごめん」


 彼女は短くそう言って手を引っ込める。俺は彼女の代わりに目についた缶詰を警戒しながら適当にカバンに詰め込んだ。


 だがその最中何を考えたか、ピーコは顔を上げるとレトルトカレーを掴んでカバンに入れる。


「ピーコ?」

「私、やるよ。これくらいは……しないとダメだから。だってトオル君はさっき、私のために……」


 そう言って彼女が無理に作った笑顔はとても見れたものではなかった。


「……すまん」


 乗り越えなくてもいい葛藤を乗り越えてしまった彼女はまた一つ大切なモノを失っていた。それを護れなかった俺はそれ以上何も言えず黙って食糧をカバンに入れた。


 今は、生き残る事だけに集中しよう。食料を少しだけ集め俺は身をひるがえす。


「あれ、もういいの、トオル君」

「ここを出るとき荷物を多くしてもな。頃合いを見てここは出るつもりだ。このスーパーは籠城に向かない事は言ったな。入り口が多すぎるしゾンビも多すぎる。いくら物があってもそれを補って余りあるリスクがある。何かのきっかけで連中が入り口のガラス戸を破れば今すぐにでも大量のゾンビがやってくるぞ。必要なものを集めて可能なら今日にもここを出よう。夜になる前に」


 俺は思ったままの事を言う。それもそうだ、スーパーはゾンビハザードを前提に作られていない。複数の入り口があるという客にとっての利便性はゾンビにも適用され店は多くのゾンビを招き入れる事となる。


「避難場所はいくらか考えているが少なくともここはやめたほうがいい。お前もびくびくしながら寝るのは嫌だろ?」

「もちろんだよ。うん、そのほうがいいかな」


 ピーコはすぐに納得し俺に追従する。今後の方針を軽く説明したところで俺は飲料売り場に向かった。


 飲料売り場に向かいながら索敵マップで敵の様子をうかがう。売り場の近くにゾンビが2体いるようだ。普通のゾンビでも難なく倒せるだろうが念のためリスクは避けたい。


 遅れてピーコが前方にいる主婦のゾンビをライトで認識しビクン、と明かりが揺れる。2回目なので、震えは少しマシにはなったが怖い事には違いない。


 敵は気付いておらず後ろ向きなのですぐに近付き不意打ちを食らわせれば撃破は容易だろう。しかし棚に隠れた別のゾンビに襲われる危険性がある。索敵マップがなければその脅威に気付く事はなかっただろう。


 折角だ、実験してみるか。


 俺はすぐ左にある雑多に積まれていた、一個数十円のまとめ買いで安くなる小さな缶のエナジードリンクを掴み視認出来るゾンビの少し斜め前方に放り投げる。


 コン、ゴロン……。


 中身が入っているので鈍い音がし、缶ジュースはそのままコロコロと転がる。空き缶のほうが音が響いてよかったかもしれないが、ゾンビはその音にちゃんと反応し転がった缶ジュースに向かって歩く。


 どうやら映画とかでよく見るゾンビは音に反応するというのは現実でも可能な様だ。なんでもいいので音を出すものがあれば可能であり、知能の低い連中に対しては定石かつ非常に有効な戦法となるだろう。


 そしてしばらく待って隠れていたじいさんのゾンビも出てくる。やつも缶ジュースにふらふらと歩いていき、俺はそいつの後頭部目掛けて得物を振り下ろしまたゾンビを撃破する。


 ピーコがまたしても小さく悲鳴を上げるが俺は出来るだけ気にしないように努め、最初のゾンビに近寄り同様に撲殺した。

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