1-12 皆さんも魔界でハエを倒したあと、ジジイにキレた事でしょう
「鳥取は、むしろ人口が少なかったからよかったんだな」
「どういう事?」
「人口が少ないとゾンビも頭のおかしい生存者も少ない。食料や資源の奪い合いもしなくていい。過疎化万歳だ」
ゾンビハザードにおいて前述の理由で都市部は最も避けるべき場所だ。ここもゾンビがいないわけではないが数が少ないので比較的生存しやすいと言える。
俺はそう言ったあとスマホの画面を閉じようとする。が、その時数時間前の書き込みに少しだけ気になるものがあった。
『なんかいつの間にか世界が大変な事になりましたけど、キャシーの終末だらずチャンネル、始めました! よかったら見ていってください!』
「これは……」
それは自分の動画を紹介するもののようだがだらず、という馴染みのある方言があり目をとめた。下のほうに青字のアドレスが記載されておりこれが書き込んだ人間の動画サイトなのだろう。
「だらず? 鳥取の人なのかな」
「多分な。鳥取在住かはわからないが」
だらずとはこちらの方言でバカとかアホとかそんな意味の言葉だ。地元のラジオのタイトルにあったりCMで年寄りが若者を注意する際に使ったりおそらく県民に最も身近な方言だ。ちなみに今地元のラジオと言ったがもしかしてそれを意識してこのようなチャンネル名にしたのかもしれないな。
ともかくこの言葉があるということはこの投稿者、HNはキャシーというらしいが世界情勢や政府の対応といったものではなく、どのような情報よりも一番役に立つ鳥取の現状の情報が手に入るかもしれない。
動画という事は電池の消耗も早そうだが、まだまだ残量には余裕はあるのでさっそくクリックしてみる。
『はーい、みなさんこんにちは、キャシーでーす! ゾンビハザードなご時世、この動画を見てくれたって事はあなたは相当な物好きっすね!』
「うるせぇよ。お前だって物好きだろ」
開口一番、小ばかにした動画主に俺は思わずツッコんだ。
動画主はキャシーという名前から予想はしていたが女性だった。髪は少しクセっ毛のある長髪でメガネをかけており目つきもどこか猫っぽい雰囲気がある。第一印象は陽気なリア充のオタクという感じだった。
『ま、自分も物好きっすけどね』
「同じ事言っているよ」
「む」
ピーコはクスクスと笑い、俺は少しだけ悔しくて眉をしかめる……とにかく動画を確認しておこう。
『早速ですが、栄えある第一回目の企画は……だららら、デデン!』
効果音をつける機械がないためかキャシーは口でドラムロールを言う。チープな事この上ない。
『ゲーム実況っす! 作品は大魔界街っすよ!』
思わず俺はずっこけそうになる。魔界街は往年の名作アクションゲームでパンツ姿で駆け回る姿があまりにも有名な攻略は死んで覚える系の高難易度の代物だが、いやゲームの種類は別にどうでもいい。
「なぜゲーム実況だ。今する事か?」
『とりあえずド定番ですけど思いついた事がこれしかなかったんすよ~。ま、奇をてらいすぎるのよくないっすよね』
俺の指摘に答えるように言って彼女はゲームを起動させ、動画はゲーム画面に切り替わり左下にキャシーはワイプで抜かれる形になる。
終末の世界でこういうことをする際は生きるために必要な情報だの、お涙頂戴の感動させるスピーチとかが流れるのがセオリーなのだが。
ともかく思っていたものと違ったらしい。これ以上は時間と電池の無駄か。動画を見るのを止めようと思ったがピーコが興味津々で画面をのぞき込んでいる事に気がついた。
ピーコは先ほどまでの怖がっていた様子がどこへやら。ちょっとだけ目が生き生きとしている。この終末の世界での数少ない娯楽を前に明るい表情になってきたのだ。こんな三流動画でも彼女を元気にする事が出来るなら十分見る価値はあるだろう。
『てーてってててっててって。そぉいッ!』
キャシーの操作する姫を助け行く騎士のクロダは意気揚々と右に進み、現れた最弱モンスターのゾンビをジャンプでかわす……つもりだったんだろうが、距離を間違えたのかゾンビの頭上に落下し――これがラテン系のヒゲ親父なら敵を倒せただろうが――鎧が脱げ落ちて柄物のトランクスを晒してしまう。
のっけからミスをするあたりどうやらゲームの腕はそうでもないらしい。だが横を見るとピーコはふふ、と笑ったのでよしとしよう。
『クロダさんは素肌の上に鎧を着てるんすねー。そういう性癖なんすかね。全裸にジャージを着る感覚が好きっていう人はいるっすけど。さ、本気出すっすよ!』
「そうなの?」
「知らんが多分違う」
真に受けたピーコに、俺はクロダの名誉のためにそう言うがそもそも開発者はなぜパンツ一丁にするという尖がった設定にしたのだろうか。
さて、キャシーは不敵な笑みを浮かべると先ほどまでの動きが嘘のように槍を一切の無駄なく投げ、ゾンビも含め敵を容易く撃破していく。
「ゾンビもこんなふうに楽に倒せればいいんだけどな」
俺はそう言ったが最弱とはいえ大群で襲う敵を簡単に倒すキャシーの操作テクニックは冒頭とは打って変わって相当なものだった。さらに見ると出てくるアイテムには全く目もくれず先に進んでいった。強力な武器も、鎧の耐久値を回復するアイテムもすべて。ただでさえ難易度が高いゲームで一撃でも攻撃を喰らえば死ぬというのに。
『うららー! ゾンビどもよ、俺の裸体を拝みたいか! 最後の砦のパンツを脱がしてこの老いた体を弄びたいんだろう? させんわあッ! 俺の愚息を拝んでいいのは大魔王だけじゃあい! まあ、中年オヤジのゾンビプレイもちょっぴり需要はあるっすけどね。ドット絵でもわかるええ身体してますねぇ』
キャシーはそう言ってクロダは敵陣のど真ん中でパンツ一丁の姿をさらしくねくねと謎の動きをする。もう歴戦の勇者がただの変態にしか見えないし、可哀想に彼女の実況のせいで群がる敵も変態に見えてきた。
『ニンジャもクロダも服を脱げば最強なんじゃーい! 俺のありのままの姿をとくと見ておくれ!』
「忍者ってそういうものなの?」
「なぜそうなったかは知らんがニンジャってジョブが全裸で最強のパラメーターになるゲームがあったんだ」
海外では色々な勘違いした忍者があるがあのゲームはその最たるものだったのだろう。俺の知る限り歴史上の忍者は裸で強くなるという記録はない。なぜゲームではそのようなぶっ飛んだ設定にしたのか? 知るか、開発者に聞いてくれ。
俺がツッコミを入れているうちにキャシーはあっさり一面をクリアする。ここまで来てようやくわかった。最初にクロダがパンツ一丁になったのも、アイテムを一切取らないのも、彼女が普通の難易度では物足りなくなったので自分自身でゲームを難しくするための縛りプレイの一環なのだと。ちなみにボスを倒せば鎧の耐久力は回復するが、次のステージでも開始早々躊躇なくクロダは体当たりをかまし再びパンイチになる。
「しかし大したものだ」
思わず俺は声を漏らす。最初はピーコを喜ばせるためだったがいつの間にか自分自身キャシーの動画に見入ってしまっていた。あれよあれよと、彼女は敵を撃破し先に進んでいく。
『どうだい! 男の裸体は中年になってから完成するんだ! 俺の大胸筋はとってもチャーミングだろう? だからみんなやってくるんだろう? その卑猥な触手で俺をどうしたいんだ? さあ、言ってみな!』
クリエイターの嫌がらせとしか言えないような強力な敵も笑いながら実況する彼女にとっては物の数ではない。彼女の変な操作のせいで中ボスの前で再びくねくねする変態、もといクロダに騎士の面影はどこにもない。ただの変態だ。
だけど俺たちは少しの間だけだったが、外にゾンビがいることを忘れ動画に見入っていたのだ。そしてハエのボスを倒しあと一歩ようやくラスボスに挑むぞ、というところで――。
『おぬしには まだマオウに イドむチカラは ない マホウのヨロイをミにマトい ここにマイられよ まあヨウするに ニシュウメせえや』
ドアを開けようとして突如画面に現れた神様っぽいオッサンがそんな事を言って、キャシーはわざとらしく罵声を浴びせる。
『うぉいこらクソジジイッ! まあ、わかってたっすけどね。何度もやっているんで』
「あー、俺も昔苦労して辿り着いたのにキレそうになったな。しかもラスボスはクソ雑魚ですぐ倒せるんだよなあ」
彼女が失笑しながら言ったセリフに俺は思わずツッコミを入れる。まるで彼女と会話をしているかのように。
「トオル君も経験あるの?」
「誰もが通る道だ」
『じゃ、クリアのご褒美の姫様のスリーサイズを知るために二週目……したいところっすけど、これは次回のお楽しみということで! まあ同じ事を繰り返すだけで撮れ高はまるでないんすけどねぇ』
俺たちは画面の向こうのキャシーと会話をしていた。もちろん録画なのだが、まるでそこに彼女がいるかのように親近感を感じてしまう。気が付けば恐怖におびえていたピーコはすっかり笑顔になり俺も微笑んでいた。悔しいがこの動画で笑ってしまったのだ。
「あの時を思い出すなあ」
「あの時?」
「実は私ね、お笑い芸人の栗原さんの歌で泣いた事があるんだ。ほら、ホストキャラの」
「栗原の? どういう情緒をしているんだ。病院に行ったほうがいいんじゃないか」
栗原とは彼女のもう一つの地元、宮城出身の芸人でハッキリ言ってまったく面白くない芸人だがキャラは立っているのでどうにか生き残れている。彼は番組の企画で歌手デビューもしたがセンスを一切感じられない歌詞で間違っても泣ける曲ではない。
「震災の後ね、ラジオで流れて……聞いてるうちに笑って、そっか、笑ってもいいんだって思えてね。それで泣いちゃったんだ」
「そうか」
彼女は柔らかい笑みを浮かべるが、目元をよく見るとうっすらと涙を浮かべている。俺はそれ以上何も言わず動画に目を戻す。
今は一分一秒でも長くこの平和な時間を共有したい。ほんのひと時でも、たとえ幻でも、絶望を忘れられるこの時間を。
だけど動画主が終わらせると言ったのだから動画はここまでだ。だがもっと見ていたい……そんなふうに思ってしまったのだ。
そんな俺の心の声に答える様にキャシーは笑顔で言った。
『ま、次回もこんな感じでだらだらと配信するっす。他にする事もないっすからね。では、キャシーの終末だらずチャンネル、今日はここまでっす! それではみなさん、よい終末を!』
そして俺たちにいったん別れの言葉を告げると動画はそこで終了した。側面のボタンを押し画面の明かりを消すと再び、暗く、静かな時間が訪れた。
「くっだらねぇな」
「でもトオル君、笑ってるよ?」
彼女の動画にメッセージ性があったのかと聞かれると皆無だったと言える。だが今の俺にはこんなしょうもないことが何よりも愛しかったのだ。
次の動画を配信するまでちゃんと生きていてくれよ、と俺は心の中で彼女に語りかけたのだった。
妖怪や幽霊と言ったものは夜を象徴する存在だ。暗闇、静寂。視覚と聴覚を奪い去る漆黒の世界は、そこにいればやがて自分も闇に飲み込まれるのではないかという錯覚に陥る。
人はそんな得体のしれない夜を技術の進歩によって克服した。街灯やネオンの明かりは夜を昼のように明るく照らし、耳障りな車の騒音や、繁華街の喧騒は静寂に潜むものをどこかに追いやってしまった。
しかし今、この世界には再び人が恐れていた夜が訪れた。電池の節約のため、そしてゾンビに気付かれないようにライトの明かりを消し、凍えそうな寒さを二人で身を寄せ合い、安物のタオルケットを羽織る事でどうにかしのごうとする。
店内からゴトン、と音がして、ピーコは俺の腕を強く握りしめた。彼女の胸が当たっていたが俺はこんな状況で青臭い感情を抱くほど頭のイカれたやつじゃない。何も言わず俺は彼女の肩をポンポンと叩く。母親が、子供をあやすように。
単に陳列していた商品が崩れた音なのだと思いたい。粗末なバリケードのすぐ向こう側に、絶望や恐怖、そして死が存在している。
これほどまでに夜明けが待ち遠しいのは生まれて初めてだった。きっと今こうしている瞬間にもどこかで誰かがゾンビの餌食となり人類は少しずつ減っていくのだろう。そして遠からずこの世界から人は消えてしまう。この世界にはもう希望も愛も何もかも失われてしまったのだ。
ああ、もう考えるのも面倒だ。この狂った異常な一日で心身ともに疲れ切った俺は夜の闇に身をゆだねると泥のように眠った。
目が覚めなくてもいいかもしれないなと、最後にそんな事を想いながら。




