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14-37 約束された勝利のカ〇ゲン

 そして研究室に向かうが部屋の中にいるのはキャシーだけだった。彼女は一人ピペットを使い、液体を落として実験の準備をしていた。


「ともちゃんたちは?」

「あれ、いませんね。トイレにでも行ったのではないでしょうか」

「ふーん」


 ともちゃんはともかくナビ子は違うと思うけど。けどしばらく待てば戻ってくるだろう。


「まあいいや、先に差し入れ食うか?」

「はいっす、ありがとうございます」


 そして俺は袋からトウモロコシを模したモナカとカ〇ゲンなる乳酸菌飲料を取り出した。椅子に座ったキャシーは紙パックを開けるとストローを使う事なくそのままラッパ飲みをする。


「うーん、乳酸菌が五臓六腑に染みわたりますねぇ。元気が出てきました!」

「それはなにより」


 そのあと彼女はモナカをもしゃもしゃと食べる。俺はビニール袋をテーブルの上に置いて、適当な椅子に腰を掛け同じようにアイスの袋を開けた。


 サク。出来立てのためかモナカはパリッとしていて、ほんのりバニラはコーンの風味がし自然な甘さが美味しい。うん、悪くないな。


「で、やっぱりダメか」

「ええ。あと一歩なんですけど……どうにかしてゾンビに有効な成分を見つける事が出来れば……」


 キャシーはうんうんと唸り、指をこめかみのあたりでグルグルと回す。進捗状況は芳しくないようだ。


 専門家でもわからない以上俺が口出ししたところでどうにもならないだろう。つまり俺に出来るのはやはり見守る事だけだ。本当に無力な自分が悔しかった。


「特選ミササ醤油は、たしか三朝菜乃子が見つけた特殊な麹菌を使って作っているんだっけ」

「ええ。一般の醤油と比較すれば成分の違いは一目瞭然です。当然その異なる成分がゾンビに有効なのでしょう。なのですぐに絞り込めると思ったんですが……」

「見つからなかったと」

「はい」


 ううむ、さっぱりわからない。俺は無い知恵を絞って取りあえず意見を言ってみる。


「ゾンビの体内にあるなにかと反応した時だけ効果を発動するとか」

「もちろんそこにゾンビの体組織の一部があります。実験はしていますがそれでもわからないので悩んでいるわけです」

「なら科学的なアプローチがダメなら、もしかするとそういう物質的な成分の類じゃないのかもしれないな」

「つまりオカルト科学だと。まあ現代の技術では観測出来ないだけで厳密にはオカルト科学も科学ですけどね。もちろんこの装置はそうしたものも検出出来ますよ」

「だよなあ」


 結局素人論議しか出来なかった。仕方ない、大人しく差し入れを食うか。


「ああ、ほかにもいろいろ買って来たから適当に食ってくれ。ナビ子に食いつくされる前にな」

「はは、そうっすね」


 アイスを食べ終えたキャシーはビニール袋に右手を伸ばし差し入れを取ろうとする。けれどその時彼女は先ほど飲んだ乳酸菌飲料の存在を失念していた。


「あっ」


 俺が止める間もなく腕に触れた乳酸菌飲料は倒れシャーレにどばっ、とかかってしまう。すぐにキャシーは紙パックを立てたがもう遅かった。


「あちゃー」

「拭くものはどこだ?」


 俺は周囲を見渡し布巾を見つけてテーブルの上を綺麗にする。テーブルは綺麗になったがちょっぴりキャシーはがっかりしていた。


「なんの騒ぎだ?」


 ちょうどともちゃんとナビ子が戻ってくる。ナビ子は頑丈そうな箱を持っている事から二人で実験に必要な道具を回収しに行っていたのだろう。


 二人は汚れた布巾とテーブルの上の紙パックの飲料、その飲料でびちゃびちゃになったシャーレを見て大体の事情を察したらしい。


「見てのとおりっす。うーん、これでは正確な実験が出来ませんね」

「まあ一つくらいダメになっても大した問題はない。折角だ、これも調べてみるか」

「え?」


 けれどともちゃんはそんな妙な事を言ったので俺達は戸惑ってしまった。


「そういえばノーベル賞を受賞したタンパク質の測定に関わる研究も、こんな感じでうっかり間違えたものを調べたのが発見のきっかけでしたね」


 ナビ子はなにかを思い出す仕草をしてその説明を補足する。けれど俺としてはやっぱり首をかしげてしまう。


「いや、でもこれカ〇ゲンですよ? 味が濃すぎて北海道でしか売ってないマイナーな乳酸菌飲料ですよ」

「別にいいじゃないか。捨てるくらいなら一度くらい調べても。もったいないし」

「はあ、まあ先生がそういうのなら」


 科学者の考える事はわからないが、エジソンも電球を作る時色々な素材で試したそうだ。時には研究員の陰毛も使うというクレイジーな事もして。その結果竹が最適だという答えに辿り着いたのだし、そう考えると乳酸菌飲料なんて可愛いものだろう。


「一応調べてみますけど」


 キャシーも俺と同意見なのか明らかに困惑している。軽くシャーレの外側を拭いたあと、彼女は電子顕微鏡の台に乗せた。


「多分無駄、だ……と……………」

「ん?」


 しかし彼女がレンズでそれをのぞき込んだ時何も言えずに固まってしまったのだ。口をパクパクと動かし、時間が止まったかのように全員が沈黙する。


「ともちゃん!」

「え? ま、まさか?」

「マジデスか!?」

「そのまさかっす! それっぽいものを見つけました!」

「え? え?」


 俺はなにが起こったのかわからずドタバタと動き出す。けど遅れて俺は今とても喜ばしい状況になっている事に気が付いたのだ。


 そんな俺たちを見てドアの向こう側にいたラプラスは微笑んだ。そして何も告げる事無く、カ〇ゲンをストローで飲みながらその場から立ち去ったのだった。

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