14-21 キャシーと登夢別観光
そして俺たちは自由行動となり各々温泉街をうろうろしていた。今、俺の隣にはキャシーがいて楽しそうな顔をしてはいるけれど、やはりその距離は友人のものでつかず離れずの距離だった。
「うまうまデス!」
「これはなかなか刺激的だね!」
ナビ子とピーコはテイクアウトの焼きそばを購入し店の近くのベンチに座って幸せそうに食べていた。ゴマ風味のピリ辛のソースの匂いがこちらまで漂いなかなか美味しそうである。
「らっしゃせー。おいしいよー」
「ちー」
「ここにもいるのか」
店はもふもふ君たちが経営しており手際よく焼きそばを焼いていた。ここはキャシーの意見を聞いてみるか。
「どうする、キャシー。買ってみるか?」
「そうっすね。小腹も空きましたし」
「ありがとー。みんなからいものがきらいだからあんまりうれないんだ。とりさんにはにんきだけど」
「ああ、鳥は辛みを感じないんでしたっけ。唐辛子が辛くなったのも鳥に食べてもらって遠くに種を運んでもらうために進化したって話を聞いた事があります」
「へー、博識なんだな」
「まあ、一応荒木の一族なんで。ちなみに鶏のエサにもよく使われますよ。夏バテしにくくなって健康になれるそうです」
さすがはキャシー、なかなか博識である。俺もボーッと生きていたらダメだな。
さて、俺は出来立ての焼きそばを口に運んだ。具材は特別珍しいものは使っていないが一番の特徴は前述したゴマ風味のピリ辛ソースだろう。寒い時期に辛い物を食べると体の芯から温まる。小麦もいいものを使っているのかもちもちしてなかなか美味だ。
「うーん、辛い物ってたまに食べたくなりますねー」
「ああ、なんでだろうな」
他愛のない話をしてだらだらと時間が過ぎていく。でも参ったな、恋愛系のイベントが起きていない。
キャシーは最高の親友だがガードが固くて隙が一切ない。というかそもそも彼女はこの世界線において俺の事を異性として好きなのだろうか。ぶっちゃけ今までそんな素振りは一切なかったし。
「刺激が欲しいからじゃないか。たまには付き合った事のない奴と付き合いたい気分だってあるだろう?」
「はあ、その流れで無理矢理恋愛話に持ってこようとしてますね、わかります」
「うぐ」
俺の考えは見透かされキャシーは先手を打って迎撃する。こいつは手強いな……。
「トオルちゃん、無理に自分を攻略しなくてもいいっすよ? 自分は現状に十分満足しているので」
キャシーは焼きそばをずるずるとすすりながら、優しく笑った。
その言葉は本心だろう。つまりわかりやすく言えば脈が無いという事だ。
「お前の気持ちは分かった。けど俺はどんな形でもお前ともっと一緒にいたいんだ。それだけはわかってくれ」
「そうっすか」
俺もまた嘘偽りのない言葉を述べると、彼女は穏やかに微笑む。
そして二人してピリ辛の焼きそばを食べていく。デートには似合わない食べ物だったがこれはこれで楽しい時間を過ごせるからいいだろう。
続いて訪れたのは登夢別にあるとある川だった。ここは温泉の川が流れて天然の足湯になっており、丸太で作られた足場に座って足を湯に浸しキャシーと寛いでいた。
「がうー」
「シャー」
俺たち以外にもお客さんとしてヤマワロとディーパがいる。二匹は幸せそうにまったりしていて気持ちよさそうに足を川に浸していた。
「なんつーか拍子抜けしたな。北海道は激ムズなステージと思っていたのにこんな展開になって」
「今だけっすよ。今のうちにのんびりしましょうよ」
「そうだなー」
右側にいたキャシーはトロンとした目になりその温もりを堪能する。それもそうだな、難しい事を考えず幸せな事だけを考えよう。
ああ、なんだか眠たくなってきたな。意識もぼんやりとして……いかんいかん、気をしっかり持て。
「ありゃりゃ、随分と眠たそうですね。膝枕してあげましょうか?」
「おーう」
半分寝ていた俺はほぼ無意識に彼女の膝に頭を乗せると、驚く声が聞こえる。
「え、まじっすか」
「んー?」
「まあいいっすけど」
キャシーはやや戸惑いつつも俺の頭を撫でる。ああ、なんて幸せな時間なんだ。愛する人にこんな事をしてもらって。
「なあ、本当にハーレムに加わってくれないのか……いいだろ。俺のそばから離れないでくれよ……もう、嫌なんだ……」
「……すみません。でも私だって……」
「……………」
「寝るの早いっすね。でも今だけはゆっくり休んでください。あなたが眠っている今だけは恋人になってあげますから」
キャシーの優しい声が聞こえる。けれどそれ以上俺は何も覚えていなかった。
……………。
………。
…。
しばらくして俺は目が覚める。自分がキャシーの膝の上で寝ている事に気が付き、俺はハッとして身体を持ち上げた。
「ようやくお目覚めですか。おかげで足湯につかりっぱなしで血行がとってもよくなってしまいました」
「すまない」
そこまで長風呂をしたつもりはないが十数分は寝ていただろう。よく見ると一緒にいたヤマワロがその膝にディーパを乗せて真似をしていた。
「がう」
「シャー」
本当に見ていて微笑ましくなるゾンビだな。俺は足湯から出るとキャシーもよっこいせ、と立ち上がった。
「そろそろ戻るか」
「そうっすね」
そして俺たちは旅館へと歩き出す。帰り際俺は彼女にあの事を尋ねた。
「なあキャシー。さっき何を言おうとした? よく覚えていなくて」
「さあ」
けれど彼女は笑いながらはぐらかす。ものすごく重要な事を言っていた気がするのだが惜しい事をしたな。こんな事なら寝落ちするんじゃなかったよ。




