2-31 ダークでフレイムでマスターな人の剣
「はッ!」
「あ、生き返った。おーい、トオルが生き返ったよー」
意識を取り戻した俺が最初に見たのは俺を見下ろすゴンの顔とナビ子だった。どうやら俺は床に寝ていたらしい。
「わわ、よかった~!」
「な、なあ、頭が割れるように痛いんだが何があったんだ?」
俺は身体を持ち起こすとピーコがとてとてと別のナビ子とともに走ってくる姿を確認した。
意識を失う前の記憶をたどるが店に入ってからの記憶がなにも思い出せない。左手で撫でている後頭部がずきずきと痛むがおそらく、ゾンビの攻撃でダメージを受けて部分的に記憶喪失になったんだろう。
「索敵スキルをナビ子に奪われてキャラ崩壊してたよ」
「は? 俺がそんな事するわけないだろ?」
ゴンがそんな冗談を言ったので俺は適当に受け流した。
「うわあ、トオル君都合の悪い記憶も消してるんだね。あれ、でもなんで」
「推測デスがその時に抱いた感情も記憶とともに砕けてしまったのではないかと」
ナビ子がそんな解説をすると俺の心の中にどろどろとしたヘドロのようななにかが湧き出てきた。
「ん? 索敵スキル……索敵スキル……索敵スキル」
この感情はなんだ。硫酸を飲むようなひどく気分の悪いなにかは……?
「もっぺんガツンとやっとく?」
「さすがに次は死んじゃうよぉ」
ピーコは困ったように笑っていたが俺はこの感情についてそれ以上考えないようにしておいた。なんとなくだが面倒くさい事になりそうだったからだ。
「ふむ、意識を戻したかトオル。お前が寝ているあいだにゾンビは殲滅したぞ」
「そうか、すまないな」
俺はよいしょ、と立ち上がり近付いたマルクスに礼を言った。
「そういえばここでの任務はレトロゲーの回収だが俺はどれがいいかわからないぞ」
「ああ、そこはキャシーに一任して構わない。トオルは護衛だけして次のスーパーでの物資の調達に備え休んでくれ」
「そうか。痛て……」
俺は再び後頭部を撫でるとやはり激しく痛む。だがどうしてかその時ピーコがほんの少し目をそらしたのだ。
俺はその意味が理解出来なかったが、する事もないので取りあえず周囲の様子をうかがった。
まず目に入るのはレジとその周辺のワゴンに積まれた駄菓子の山だ。食糧にならない事もないが、このあとスーパーに行く事を考えると別に調達する必要はないだろう。
続いて目に入ったのはおもちゃ売り場だ。年齢制限があるエアガンやガスガンはガラスケースに入れて売られている。これでゾンビを撃てば気を引き付けるくらいは出来るだろうが殺傷能力は皆無だ。やはりこれもあえて入手する必要はない。
だがマルクスは俺の視線に気が付き同じ方向を見つめるととてとて、と歩いてなにかに釘付けになった。追いかけたナビ子のライトが照らした場所をよく見るとケースの隅には模造刀が売ってあったのだ。
それは台座に刺さっていそうな剣であったり、オンラインゲームで二刀流の使い手の主人公が使っている剣であったりとマンガやアニメの剣を実際に作ったものだった。
「欲しいのか、マルクス。武器にはならないと思うが」
「うむ……無論ここに魔剣レーヴァテインに勝る剣はないだろう。だがな、やはり心躍るものはある。特にこのダークでフレイムなマスターの剣は」
「商品化してたのか」
彼女の視線の先にあるその禍々しい剣の値段を見ると中古で9,800円と、プロ野球選手が不倫で行った安いラブホテルと同じくらいの値段でまあまあするが買えない値段ではなかった。もちろん今は金を払う必要などないがエアガンと同じで入手しても意味はない。
「ところでお前はその姿になるにあたって元ネタはあるのか? ダークでフレイムなマスターっぽい姿だが」
「我の姿は設定ではないぞ。生まれた時から我は魔族だ」
俺がそう言うと彼女は不機嫌そうな顔をして好感度がガクッと下がる効果音がした。わかってはいたがこういうのは禁句だったらしい。
「だが魔族として目覚めたのは生まれてすぐではない。キャシーに勧められた映像作品を見て我は自分が魔族である事を思い出したのだ」
つまりは中二なアニメの影響という事か。俺は思うだけにしてそれを言わないようにした。また好感度が確実に下がるだろうし。
もしかしてその作品はダークでフレイムなマスターが主人公なラブコメの作品なのだろうか? だがこれ以上は教えてもらえないだろう。あまり設定、設定とつついたら嫌われるし。
「それにしても暇だな」
俺は折角なので索敵をする。ゾンビを全員倒したとはいえ見逃しがあるかもしれないし。だが俺以外の反応は八人いた。ほかのメンバーは六人、では残りの二人は? 反応は店の奥からだった。嫌な予感がした俺はバットを握りしめてそこに向かう。
「トオル君、どうしたの?」
「俺たち以外の反応だ」
「え? 反応はない……あ、本当デス!」
ナビ子は俺を追いかけると即座に気付いたらしい。だがここで俺は重要な事に気が付いた。
「ナビ子、お前の索敵の有効範囲はどのくらいだ」
「とりあえず大部分を視覚センサーで探知するので、視界に入る範囲は問題なく可能デスが見えない範囲は温度に音や空気の流れだけで判断するので、遮蔽物があったり離れたりするほど確度が落ちるのデス」
「そうか……それはよかった」
どうやらナビ子の索敵機能は俺ほどではないらしい。別に喜ばしい事ではないが俺は小躍りするような気持ちで標的に向かったのだった。
「さあ、どんな奴かツラを確認するぞッ!」
「貴様はなんで嬉しそうなのだ?」
「あはは、気をつけようね」
だが俺はそこに到着して思わず足を止めた。そこには例の如く本棚に隠れるように18と書かれたマークがあるのれんがあったからだ。俺は思わずがっくりと肩を落とした。
「またこの展開かよ。なんでどいつもこいつも……」
「え、えと、本当にここにいるの?」
ピーコは赤面しながら俺に尋ねる。まあ出来れば入りたくないのはわかる。
「なんの騒ぎっすか? ナビ子ちゃんが騒いでましたが」
騒ぎを聞きつけキャシーやほかのメンツも集まって、アダルトコーナーの前で立ち止まっている俺を見つめていた。
「この先に誰かがいるから確認をしないといけない」
俺がそう言うとキャシーはニヤリと笑って言った。
「……あ、そうっすか。それは大変っすね。ではトオルちゃん、どうぞ中を心行くまでお調べください。待っているので」
「……破廉恥な」
「お前ら絶対になんか勘違いしてるよな? そういうのじゃなくて本当だからな?」
ちゃんとわかってるよ、というような顔をするんじゃない。マルクスもゴミを見る目をするな。理由づけのための適当に作った言いわけじゃないからな?
「本当デス、反応があるのは事実デスよ! 人かゾンビかは不明デスが」
「ほら、ナビ子もこう言っているからな。ちなみにナビ子はわからないようだが俺の索敵なら人だってバッチリクッキリわかるぞ」
俺は正当性と優位性をアピールしともちゃんはうーんと唸ってから言った。
「ま、一応あいさつでもするか。こんな状況でエロを求めるやつなんて危険人物じゃあないと思うがな」
「そうっすね、もしかしてまたゴンさんのお父さんかもしれませんねぇ」
「あはは、さすがにそれはないと思うよ。もしそうだったら今度こそ親子の縁を切るよ」
うん、それは見事な振りだった。
んで、のれんをくぐって。
「あ」
その先には、小箱に入れられた大人の玩具をじっくりと吟味するゴンの親父がいて。
「親子の縁切るわー」
ゴンはこわばった笑顔のまま身をひるがえしアダルトコーナーを出て行ったのだった。そんな彼女を血の気が引いた顔の親父は手を伸ばして捕まえようとするがその手は空を切った。
「待て紬、これには深いわけがッ!」
「本当、あんたなにしてるんですか……」
度重なる親父の情けない姿に俺は失笑するしかなかった。




