1-10 空白の一週間、いつの間にか世界は滅んでいたようで
さて、食事も済んだところで俺はすぐにスマホをチェックする。無事が確認できたピーコのメール等は後回しにするとして真っ先にクーと真理恵さんのメールを調べてみる。
「あ、そうだ。えと、クーちゃんと真理恵さんは……」
正面に座っていたピーコも二人の安否が気になっていた様で、聞きづらそうにそう言った。
「無事みたいだな」
俺はピーコにスマホの画面を見せ、彼女は立ち上がり俺の隣にさりげなく移動して画面を見る。
『電池切れる真理恵さんとパープルシティ避難してるほかにひといるしょくりょうみずたくさんある』
クーから送られたメールは短く書かれた文面だったがそれですべてを理解する。それが最後、5日前に送られたものだ。後半部分は電気がもうすぐ切れそうで急いでいたためなのか変換されていなかった。ちなみにまだ見ていないが、そのメールの2つ前に真理恵さんが最後に送ったメールがあった。
やはり目が覚めた直後に電話をかけた時は電池切れで連絡が取れなかったようだ。真理恵さんもきっとそうなのだろう。俺はその事に安堵した。
「よかった……無事だったんだ」
ピーコもクー達の無事を知り、自分の事の様に嬉しそうな顔をしていた。
さて、無事が確認出来たのでメールを詳細に調べる必要はないが、まず確認するのは最初のメールがいつ送られたか、だ。
見ると数十件の膨大なメールが最初に送られたのはクーも真理恵さんも一週間前だ。ちょうどゾンビハザードが起きた時と一致する。
しかしこの世界に登場するのに日時にばらつきがあるのはどういう事だろう。だが考察に必要な情報が何もないので後回しにするしかない。
スマホの電池はまだ90%もあるが電気も充電器もないため無駄遣いは出来ない。コンビニなり家電屋なりタイミングを見てどこかでバッテリーを調達しておこう。手動で充電出来る奴でもいい。クーたちもどこかしらで電気を入手しいつか連絡が来るかもしれないので早めに入手したいところだ。
ところで真理恵さんの最後のメールだがこんな事が書かれていた。無事は確認出来たが一応チェックしておく。
『無事なら連絡してください、私たちも頑張ります、こちらは自警団やお医者さん、ライフラインも生きて物資はたくさんあるので無事です、すぐには迎えに行けませんがどうか気を付けて、外には出ないように』
その前の真理恵さんの送ったメールも見たが同じく俺の身を案じるものだった。これだけ心配してくれたのでメールをすべて調べておきたいがそれよりも調べたいことがある。
それはこの世界がどうなってしまったかという事だ。元々この世界で目覚めた時にそれを調べるつもりだったが長々と時間がかかってここまで来てしまった。
「そういえば、ピーコはどの程度この状況について知っているんだ?」
参考程度に一応聞いておく。だがピーコはうーん、と唸って申し訳なさそうな顔をする。
「えと、ゾンビがいっぱいで、さっき話した夜に狂暴化するのと、政府の人が頑張ってるのと、あちこちに避難所があるのと……詳しくは私も知らないんだ。スマホの電池、無駄遣いしたくなくて調べるのは最小限にしておきたかったから」
「そうか」
大した情報は持っていないようだった。だがこの状況でネットが使えるのか。メールが届くくらいだしある程度はネットを使えるようだ。いや、もしかするとゾンビハザード以前と変わらず使えるのかもしれない。
さっそくニュースアプリをクリックすると問題なく立ち上がり、俺は接続出来た事に少し驚いた。
沢崎もネットが出来ることについて言及していたし、さっきも電話が出来たし全世界中が停電している状況でそれらはありえないことだ。基地局やサーバーの電気はどうなっているんだ。正常に稼働しているわけがない。だが建物が元通りになったインパクトには劣るしその理由を考えてもさっぱりわからない。
それにやはり情報がないので考証しようがない。理由はあとで考えよう。なにはともあれ利用出来るものは利用しようと考えニュースを調べてみる。
ニュースサイトは現在進行形で更新されている。どうやらメディアはまだ生きているらしい。最新のものから調べてもいいが時系列に沿って一週間前からにする。
『謎の爆発、行方不明者全国で多数』
これはあの泥の事だろう。ただ泥ではなく謎の爆発ということになっている。少なくともこの時点ではメディアにも正体はわからなかったようだ。もしくはわかっていても正体を秘匿しているのか。
結局あの泥で何人やられたのだろう。俺が市内で出会ったゾンビ以外の人間は喫茶店での作業員2人とピーコだけだ。星鳥市の人口は20万人弱程度と少なく比較しづらいが都市部ではどうなっているのだろうか。
「真っ黒なあれ、結局何だったのかなあ。火山でも噴火したのかな?」
スマホを除いてみていたピーコが、ぽつりと漏らす。
「知らん。俺は泥って言っているがあくまでも便宜上だ。少なくともただの泥じゃない。壊れたものも元通りになっているしあれが襲来した後ゾンビまみれになったしな」
わかっている事はただ一つ。あの泥も、その後の現象も常識では計り知れない何かだという事だ。
『首相、閣僚全員消息不明』
どうやらあの泥はお偉いさんも根こそぎ飲み込んでいったらしい。貧富の差も、悪も善も関係ない。圧倒的な暴力は平等に与えられたようだ。
「泥に飲み込まれた人はどうなったのかな……」
「さあ、な。だがもしかするとゾンビになったのかもしれない」
「ゾンビに……」
俺の残酷な推論にピーコはごくり、とつばを飲み込んだ。
「根拠はない。だがそうでなければゾンビはどこから来たんだ? あの泥が人をゾンビに変えたんじゃないか。そう考えるとつじつまが合う」
「だとしてゾンビになった人を治す方法はあるのかな」
「さあな。だが治療法を見つける前に噛まれたらお終いだ」
「……………」
ピーコは俺の制服の裾をキュッとつかみ怯えた様子で俺の様子をうかがってくる。俺は何も言わず彼女の頭をぽむ、と優しくなでた。
『日本各地で暴動発生、死傷者多数。暴徒の中には行方不明になっていた人間も』
次のニュースの見出しはそんな感じだ。思っていたとおりやはり最初は暴動ということになっていたようだ。当然だろう、良識のあるメディアなら暴れているのが見るからにゾンビだとしても混乱を避けるためそう書くだろう。
だが書かれていることが事実ならやはりゾンビたちは初日に消息不明になった人間のようだ。つまりどこからともなく湧いてきたのではなく、かつて人間だったもの……それを殺す事は人を殺す事と同じ事なのだろう。
もっとも、だからといってどうという事はない。
俺にはゾンビを、人を殺す事が出来る。その時には一切の躊躇をしないだろう。俺の大切な者を護るためなら。
『ワシントンでも同様の被害』
『北京――』『モスクワ――』『ベルリン――』
『株価暴落』
『全世界で同時多発的に爆発と暴動、被害は甚大』
適当に流して読む。流した理由はその多くが詳細に書かれておらず、数行程度の文章だったからだ。
それも当然だろう。情報を発信する官邸も、それを伝えるメディアの人間も、あの泥やゾンビの餌食になったのだろう。まともに機能しているはずなどない。
『臨時政府発足、対策本部を設置』
ふむ、残された連中は頑張ったようだ。ちゃんと結果を出してくれれば今度そいつに投票してやるとしよう。
『国会議事堂を暴徒が襲撃、死傷者多数、臨時政府壊滅』
が、すぐに暴徒、多分ゾンビにやられたらしい。どうしてそこで諦めるんだよ! もっと頑張れよ! と心の中で思わずツッコんでしまった。
政府に関する情報はこれが最後だった。一応生き残りはいるようだがあまり彼らの活躍には期待しないでおこう。自衛隊や警察の人間もその多くが為すすべもなく自分の身に何が起こったのか理解する事も出来ずにあの泥に飲み込まれたのだから。
『暴徒は新種の感染病か、噛まれると感染』
ゾンビハザードから3日目程度でようやくあれがゾンビではないかと報じるようになったようだ。噛まれると高い確率で感染、発症し狂暴化すると書かれている。
しかしそれは言い換えればわずかだが発症しない人間もいるという事だ。沢崎が言っていた事とも合致する。
これは希望でもあるが同時に厄介な点かもしれない。発症し、希望が完全に断ち切られるその時まで、周囲の人間も、そして本人も助かるために行動しなければならないのだから。
かえって発症率が100%のほうがやりやすいかもしれない。それにすぐに発症しなかった人間はなりかけなだけでいつかはゾンビになるかもしれないのだ。
この日になってくると別のニュースも見受けられる。
『肉体が変化した人間の情報多数』
「これって……」
ピーコはその記事を食い入るように見つめた。ちょうど彼女が目覚めたときと同じくらいの時期だ。
「もしかしたらお前も一応はゾンビなのかもしれないな。中途半端になったか突然変異しただけで」
「……うん、そうかもね」
彼女はそう言うと自分の犬耳を不安げに軽く撫でる。見た目はほぼ人間であるとはいえ間違いなく彼女の姿は異常だ。
「やっぱり目覚めた時期はゾンビ化と関係があるのか?」
「でも、私はともかくトオル君はどうなの? 私より遅かったけど別に見た感じはどこも変わってないよ?」
「そうだな」
世界が阿鼻叫喚の地獄絵図にある中俺がのん気に寝坊してしまった理由。心当たりはあるが黙っておく事にした。
その秘密は明かしてしまえば俺のすべてを失う可能性を秘めたもので、墓場まで持っていくつもりだったのだから。
あとはどのニュースも大した事は書いていない。信憑性のある情報のみを放送しなければいけず倫理的な規制があるうえに、人員を削られたメディアが出来る事は大してないのだ。
さて、次は本命のSNSのつぶやきを調べてみよう。こうしたものは得てしてデマを生み出すがメディアリテラシーさえあれば便利な情報源だ。
まず一週間前、すべてが始まった日だ。やはり相当混乱し情報が錯綜しているようだ。支離滅裂なつぶやきもあったが適当に流して読み進めていく。
このつぶやきからまずわかる事はユーザーが圧倒的に少ないという事だ。これだけの騒ぎなら日本中のユーザーが発言するだろうが書き込みの総量は通常時の1%程度だろうか。だが最初の泥で多くの人間がいなくなったのだから当然だろう。
結局あの泥で何人死んだのだろうか。いや、正確には死んだのではなくいなくなった、であるがどちらも同じ事だ。
『東テレが……緊急特番をしている!!』
「東テレが、か」
そのつぶやきには俺も少なからず衝撃を受けてしまう。
「本当に今大変なんだね」
ピーコもようやくこのつぶやきを読んで今がいかに絶望的なのか理解出来たらしい。
東テレは滅多に緊急特番を流す事はない。彼らが緊急特番に切り替わるのは……そう、世界が滅びる時だ。
彼らが臨時ニュース流すという事実は世界の滅びを告げる黙示録の喇叭が吹かれるという事と同じほどの事態なのだ。




