13-29 何者かに荒らされたグラウンド
翌朝、俺達はいつものように練習をしようとバスで身支度をしていた。
「ナビ子ちゃんおはよう。バグは直った?」
風邪が治った、みたいな感覚でピーコはナビ子にそう質問する。しかし、
「全然良グナッデナイデス!」
と、今度はみんなのこけしのようなとんでもないガラガラ声になっていて全く聞き取る事が出来なかった。
「おお、今度は山形が生んだスター、本〇朋晃そっくりの声になっているね!」
あまりにもその声が彼そっくりだったのでゴンは爆笑していた。けれどナビ子はいたって真面目に必死でなにかを訴えかけていた。
「オ願イデズガラ早グ直ジデグダザイ! ミナザン修二ザンニ操ラレデイマズ! ッデイウガ何人ガモウ戻ッデマズヨネ!?」
「ごめーん、クーちゃんには聞き取る事が出来ナカッタヨー」
クーは半笑いで目をそらす。多分聞き取る事が出来たんだろうけどこの状況を楽しんでいたようだ。
修二の催眠にかかっていないのは元々かかっていないナビ子、がんめんちゃん、そして俺、ともちゃん、解除されたであろうクーか。あいつを護ってやる義理もないが今はあえて催眠を解除させる必要もない。哀歌との野球イベントを円滑に行うためそのままにしておこう。
「修二ザンノ事ダゲヂャナイデズ! ゴゴ何ガオガジイデズヨ! ナンデ誰モ気ヅカナインデズガ!」
「けど本当にそっくりっすねえ。声優さん本人がやってるんすか?」
次のセリフは本当に聞き取る事が出来なかった。みんなは困っている彼女を笑い全く気にせず準備を進める。
そして今日も平和な一日が始まる。さあ、野球の練習に行こうか。
けれど予期せぬ事態によりそれは出来なくなってしまう。先に来ていたマキたちは途方に暮れ俺達もその惨状に言葉を失ったのだ。
グラウンドには大量の瓦礫が散乱しバットやグローブも見当たらない。これではとてもではないが練習が出来そうになかった。
「え、えと、マキちゃん、これは」
「う、うん」
ピーコは困惑しつつ、状況を確認するため尋ねると悲しそうに返事をした。
「朝来たらこうなってたの。私にも何がなんだか」
「そんな……こんなひどい事、誰がしたの?」
野球をする人間にとって、神聖で大事なグラウンドが荒らされ彼女は本当に悲しそうだった。けれどその答えは誰にも提示する事は出来なかった。
「犯人に心当たりはないのだよな?」
マルクスがそう聞くとこのはは、あ、と思いついたようにこう言った。
「そ、そうだ、ゾンビじゃないかな? いたずら好きなゾンビが」
「さすがに警備員が気付くぞ」
ともちゃんはすぐにその推論を否定する。それに俺は痕跡を注意深く見て残念な結論を出してしまった。
「マップを見る限り道具は校舎内の部屋に隠されているみたいだ。そこの入り口はダイヤルロックの鍵で閉まっているけど。もしゾンビがそれをしたのなら相当頭がいいんだろうな。普通に考えて人間の仕業だろう」
「ピィ……」
その事実にピーコはさらに落ち込んでしまう。これがゾンビの仕業ならむしろそのほうが幸せだっただろう。ゾンビにははっきりとした意思はないが、悪意のある何者かによって野球をする事を妨害されたのだから。
「と、とにかく、片付けよう!」
「う、うん」
マキはこんな時もポジティブだった。どうしてここまで気持ちを切り替えられるのかそれは見ていて不安になるほどに。
みんなで荒らされたグラウンドの片付けをしていると、ピーコが俺に話しかけてくる。
「トオル君、ちょっといいかな?」
「ああ」
話したい内容は大体想像出来る。俺は彼女と共にグラウンドから離れ校舎内部に入り、生徒会室というプレートが掲げられた部屋に案内され、そこでは哀歌が紅茶を淹れて待っていたんだ。
「お待ちしておりました」
「ああ」
少し長くなりそうな話が始まりそうなので俺は椅子に腰かける。彼女は紅茶を流れるような手つきで淹れてくれたので、俺はまずは頭を落ち着かせるために飲む事をしたんだ。
コーヒーとはまた違うが心地よい苦みだ。フルーティーで砂糖がなくても十分楽しめる。
「で、話の内容は聞くまでもないがグラウンド荒らしの犯人だよな」
「うん。こんなひどい事をして許せないよ。だから見つけて懲らしめないと!」
「許せない、ですか」
ピーコは落胆を乗り越え怒りが湧き上がりぷんぷんとしていたが、哀歌はやはりポーカーフェイスである。
「もし本当に練習出来ないようにするのなら私なら部室に灯油をまいて火をつけますね。バットもグローブも丸焼きにして。ですが道具はすべて無事でした。犯人はなぜそうしなかったのか。トオルさん、お答えください」
「ふむ。その言い回しは大喜利的なものを求められているのか?」
「……………」
哀歌の目がものすごく冷たい。ここでボケても滑りそうだし普通に答えよう。
「犯人は野球が好きだったんだろう。だからバットやグローブを破壊出来なかった」
「ご明察です。グラウンドも頑張れば半日で元に戻せる程度ですし本気ではなかったのでしょう」
まあこれくらいは朝飯前だ。推理するまでもない。ピーコはその事に気が付き怯んでしまう。
「うーん、でも野球が好きならどうしてグラウンドや部室を荒らしたの?」
「ああ、そこが謎だ。さっきの懲らしめるうんぬんはともかく見つけない限りまた繰り返すだろう」
「なのでいっちゃんの出番です。あなたは人の言葉を話せる警察犬なのですから」
「ピッ!」
ピーコは名指しされ驚いていたがすぐにガッツポーズをして気合を入れる。
「わ、わかったよ! 私が岩巻ナインスターズを護らないとね!」
「頼りにしてますよ。野球をもう一度するために」
哀歌は微笑んでいたがその真意が俺にはわからなかった。相変わらず感情が希薄で今何を考えているのか全く読めない。
けどきっと気がついているはずだ。
犯人は野球を愛しているのに、岩巻ナインスターズが野球をする事を望まない人間だ。
つまり岩巻ナインスターズのメンバーが犯人の最有力候補なのだと。
現場に残された匂いをクンクンと嗅いで彼女は部室にたどり着いてしまう。けれどどの証拠を調べてもメンバーの足取りしか追えなかった。
「ピィ、みんなの匂いしかないよー」
「そうですか。仕方ありませんね」
ピーコはしょんぼりしてしまうが哀歌は予想していたようだ。
外部の人間の匂いは一つもない。つまり犯人は内部の人間なのだ。この捜査はそれを確認するために過ぎない。
ピーコは手掛かりがなかったと落ち込んでいたが違う。俺と哀歌は岩巻ナインスターズの誰かが犯人なのだと確信をした。
「なあ、哀歌」
「はい」
俺は小声で彼女に尋ねる。
「お前はそもそもどうして野球をしに来たんだ。はるばる岩巻まで」
「……………」
しばらく無言だった彼女は遅れてこう答える。
「すべてを終わらせるためです。私の過去を殺すために」
「……………」
過去を殺すか。随分と物騒な事で。
その時の彼女の微笑みは今まで見た中で最も悲しそうなものだった。なんとなくだが俺にも哀歌の表情がわかるようになってきた気がした。




