13-20 岩巻ナインスターズ、再結成
そして、校庭のグラウンドに箕輪と哀歌を連れていくと岩巻ナインスターズの面々はひどく驚いた表情になる。
俺はそれが箕輪の加入によるものと解釈し話を進める事にしたんだ。
「えと、アイカちゃん。いろいろ話したい事はあるけどアイカちゃんも野球をするって事でいいんだよね」
タマちゃんが躊躇いがちにそう言うと、哀歌はそれ以上発言させないよう口に指を立て黙るようにジェスチャーをした。
「ええ、言いたい事はわかりますがまあ私にも事情があるので説明はまたの機会に。というかなんとなく空気を読んでください。みなさんならそれくらい出来ますよね」
「うぐ」
ちらっとこちらに視線を向けて彼女はそう発言したので俺はほんのり悲しい気持ちになってしまう。でもボケの誘惑に負けて空気を読まなかった俺が悪いのでそのそしりは甘んじて受けよう。
「うん、わかったよ。けど二人とまた野球が出来て嬉しいよ! あとはていちゃんと馬場ちゃんだけだね!」
気を取り直しこのはは純粋に喜んだ。これで八人そろったのであとは二人が戻ってくれば野球が出来る。
厳密には馬場監督は必ずしも必要ではないが彼女無しでは岩巻ナインスターズが復活したとは言えない。引き続き説得を続行するとしよう。
彼女もまた今でも野球を愛しているのは間違いない。俺は監督がグラウンドに戻ればまたその瞳に希望の光を宿すと信じている。
恩人である彼女に人生を取り戻してほしいから。もう一度監督が歩けるようになるまで俺たちはいつまでも待ち続けよう。
「けどさ、アイカ。その……いいのか? だって」
尾崎は哀歌に切なげな眼差しを向けると彼女はフッと微笑む。
「全部わかっています。それでも私はもう一度野球がしたいんです。マキさんと同じように。私はそのために岩巻に戻ってきたんです」
「……うん、ありがとう」
マキは哀歌の言葉を聞いて、優しい笑みを見せた。
けれどその笑顔はなんだか今にも消え去りそうな儚いもので、俺は心がかき乱されてしまったんだ。
そして俺はもう一度自問自答する。
俺たちのやっている事は本当に正しい事なのか。その先に彼女たちの幸せな未来は果たして存在するのだろうか。
けれど野球がやりたいのは俺も同じだ。俺はもう一度ピーコと試合がしたいんだ。
俺たちはやるべき事をするだけだ。白球を追いかける者にとって野球をする事に、野球をやりたいから、という以上の理由は存在しないのだから。
余計な事は考えず試合の事だけを考えよう。野球をするために。
さて、グラウンドには我らが終末だらずチャンネル、そして岩巻ナインスターズの面々が集まり合同で練習をする事になる。
「バッチコーイ!」
ライトのタマちゃんが威勢のいい掛け声をしたので俺はお望みどおり右方向に撃ちこむ。
白球は快音を響かせ、彼女は易々とボールをグローブに収めその強肩で投げ返した。うん、見たところなかなかの腕前だな。
お次はセンターの愛宕。しかし落ちてくるボールはグローブに弾かれ素人丸だしな見事な落球をしてしまった。
「うう、私は豚でございます」
「気にしない気にしなーい!」
ピーコは落ち込む愛宕に声をかけムードの良さを保とうとした。成程、彼女たちの腕前には大分差があるらしい。
それは練習で補うとして残るメンバーは貞山と馬場監督だけだ。今は尾崎が説得に向かっているけれど上手くいっているといいな。
考え事をしながら打ってしまったためボールは俺の真上に飛んで行ってしまった。ボールを見上げ、白球は上空で制止した。
俺はなにも出来ずにぼんやりとそれを見上げていた。そしてすぐに重力で引っ張られて地上に墜落してしまう。
ポスン。
しかし後方で捕球する音が聞こえた。思わず振り向くとそこには呆れた顔の馬場監督と、照れくさそうな貞山、ドヤ顔をする尾崎がいたんだ。
「下手くそになったなあ、トオル」
「監督」
「貸せ」
ニマリと笑みを浮かべた監督に俺は喜んでバットとボールを手渡した。岩巻ナインスターズのメンバーは突然の事に驚いていたけれど、すぐに感無量な表情になり蘇った恩師のノックを受け止めようと身構えた。
「ていちゃんもほれ。待ってるぞ」
「は、はい」
尾崎は貞山からグローブを渡され少し緊張しながら左手にはめ込んだ。そしてポツリと、こうつぶやいた。
「……本当はこんな事したくないんですけどね」
それは空耳かと思うほど奇妙な言葉だった。だとすればなぜ彼女はここにいるのだろう。
その時の貞山は切なさと嬉しさが複雑に入り混じった笑みを浮かべていた。
それはきっと岩巻ナインスターズの、そしてこの岩巻の秘密に関係している。よそ者の俺たちはその全貌をまだ何も知らなかったんだ。
バットに打ち上げられた白球は青空へと吸い込まれていく。
そして一羽のカモメがそれを追いかけるように飛び、光となり消えていった。




