勇者剥奪(オーウェン視点)
オレは何をしているのか?
新年も明け、既に2週間が経過している。
勇者オーウェンは、北国ゲンクの港町サリーナにあるソフィーヌ商会の薄暗い一室で、部屋よりも暗い表情を浮かべていた。
オレがこうなってしまったのは、
何時からなんだろう?
ヤマーダが支配する魔物の村と知っていて
海賊達と一緒に襲おうとした時か…
オーウェンは、超高速船《ナマザル丸》の猛烈な航行が恐怖を産むトラウマとなって、精神が完全に崩壊していた。
それとも、
ヤマーダの下に数万の魔物を
《転移》させて殺そうとした時だろうか…
彼の瞳には気力のようなものが一切感じられない。
いや…
もっも前…
ヤマーダに襲いかかった時…
いやっ、もっと前だっ!
最初に《有給の山脈》で
アイツと出会ってしまった時、
アイツの、アイツの存在のせいで、
オレはこんなに転落してしまったんだ!
彼の顔は、みるみる憤怒の表情へと変わっていく。
今の彼には、ヤマーダに押し付ける切っ掛けせえあれば、理由などはなんでも良かった。
兎に角、今の不遇を誰か他人のせいにしたかったのだ。
そんな彼の前に、ノックもせずに部屋へ入ってくる女性。
「おっ! 誰かと思えば、ヤマーダに怖じ気づいて逃げ帰ってきたニセ勇者のオーウェン君じゃないですか!」
態とらしく、オーウェンに食ってかかった女性は、ソフィーヌ商会のソフィーヌ会長。
しかし、本物の彼女は既に死んでいる。
今の彼女は、所々肉が腐りかけている死体。
魔族の手先の一人に過ぎない。
うっ!
なんという臭いだっ!
ソフィーヌから発する壮絶な腐敗臭に、急いで鼻を塞ぐ。
コイツ、
自分の身体が腐ってきていることに
気づかないのか?
「おい! 身体が腐ってきて、臭くてたまらない! 悪いが、こっちに近寄るな!」(オーウェン)
「そんなに、悲しいことを言わないでよ」(ソフィーヌ)
こういったソフィーヌの女性らしい発言は、全てが嘘臭く聞こえてくる。
そんな彼女は嫌らしく笑うと、
「じゃあ、取って置きの情報! なんとこの前、ヨシュアさんに逃げられちゃいました!」
「な、なに…」
オーウェンは彼女の言っている意味が直ぐには分からず、プルプルと震えている。
「あれ~? 困っちゃった~? それとも怒っちゃった~? まぁそうだよね~、キミは彼女を助けるために頑張ってたのにねぇ~」
「お前っ!」
オーウェンの目付きが変わる。
「なんかさ~、滅茶苦茶強いスライムが現れてさ~、アッサリ拐われちゃったのよね~。キミとは違ってさ~」
イヤミを言う余裕はあるようだ。
「おい! それはいつの話だ!」(オーウェン)
「二週間前かな~」(ソフィーヌ)
オーウェンから殺気が迸る。
「お前、なんで今更、俺にそんな話を…」
「だってさ~、ビビりのキミって勇気がゼロじゃない。つまり、勇者失格! だって勇気のない勇者っておかしいよね。だからさぁ、とっとと死ぬか、ここから出てって欲しいんだよ。ほら、キミ、最近ずっと暗いし、使えな…」
ヒュン!
発言は、急に途切れてしまった。
ボトッ!
なんと、ソフィーヌの首が胴体から外れて、喋れなくなっていた。
キン!
いつの間にか抜いた剣を鞘にしまう。
そう!
オーウェンはソフィーヌの首を両断していた。
怒りのあまりに…
既にソフィーヌの肉体が腐り始め、とても脆くなっていたことも理由の一つだろう。
「キャーーーーッ!」
女性の悲鳴に反応してオーウェンは振り返る。
偶々(たまたま)、通りかかった女性商会員がソフィーヌの死体を見てしまい、悲鳴を上げたのだ。
「ひ、ひ、人殺…」
ヒュン!
最後の言葉を言う前に、首が両断されてしまった。
ボトッ!
頭部が落下し、
ゴロゴロゴロ…
木製の床を転がっていく。
「な、なんだ! どうした!?」
「お、おい! 何が…」
異変に気づいた男性商会員二人が駆け寄ってくる。
ヒュンヒュン!
次々と首は、撥ね飛ばされていく。
ポタッ…ポタッ…
オーウェンの剣は、返り血で汚れていた。
…こ…殺してしまった…
オーウェンが人を殺したのは、これが始めてではない。
盗賊討伐という名目で、大勢の人間を殺してきていた。
しかし、
…無抵抗な人を…
悪人以外を殺すのは、これが始めてだった。
そして、オーウェンは…
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静かに死体を《収納》すると、床についた血のりを《聖魔法》で浄める。
そして、オーウェンは窓から裏庭へ出た。
丁度、お昼時。
商会は昼休憩として営業休止中。
商会員の皆は、奥まった食堂でランチを摂っているため、裏庭などの外に出ている者は誰もいない。
オーウェンはソッと商会館入り口の扉に〈臨時休業〉と書いた立て札を掛け、外門をしっかりと閉じ、厳重に鍵をかける。
こうして、外部からの侵入対策を行うと、オーウェンは食堂の中の状況を、庭の窓からコッソリと覗く。
「“あっ! それ、私の豆腐!”」
「“ボクのだよっ!”」
「“ほらほら、ケンカしない!”」
「“この前のナバル商会消滅事件、ちょっと怖いよなぁ”」
「“あそこの商会、悪い噂が結構あったからな”」
食堂の中では20人程度が和気藹々(わきあいあい)と食事をしている。
20人ちょっとか…余裕だな
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1時間後
血だらけの食堂には、大量の惨殺死体が放置されている。
そんな食堂の真ん中には、オーウェンが一人、小さくなり踞っていた。
濃い茶色の瞳は、酷く疲れ、濁りきっている。
オレは…人を殺してしまった…
それも、小さな子供を…
彼はソフィーヌ商会で働く老若男女、25人全員を惨殺してしまった。
そして、
…オレは…間違ってない…
コイツらが悪いんだ…
………
そうだよ!
魔族だよっ!
魔族が牛耳ってるこんなところで
働くこと自体が悪いことなんだ!
コイツらだって殺されても仕方ない
こうしてオーウェンは、全て人のせいにした。
なんの罪もない人達の命…
商会には詳しい事情など全く知らずに、真面目に働いている者が殆どだった。
まだ10歳にも満たない子供すら働いていた。
そんな子供すらも、彼は容赦なく殺してしまった。
証拠を、遺恨を一切残さないために…
もう、後戻りはできない!
はっ!?
証拠を完全に消さないとっ!
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ブフォォォォォ!
どこから出火したのか分からないまま、ソフィーヌ商会館は激しく燃え上がる。
まるで、魔法でも使用しているかのように。
そして、2時間ほどで、商会館は跡形もなく全焼してしまった。
その後、ここで働いていたとされる26人の焼死体が1ヶ所にまとまって発見された。
それも、折り重なって死んでいたのだ。
しかし、
サリーナの火災調査隊には、おかしな点を見つけられなかった。
商会の人達が、まるでそこへ押し込められたように見える。
なんの証拠も見つからない。
これは、仕方がない。
商会館で働いていたソフィーヌ会長を含め26人全員が亡くなくなっており、生き残った証人は誰もいない。
付近には、怪しい人物の目撃もされていない。
オーウェン自体、サリーナでは一切出歩かず、住民に目撃されたことも一度もなかったこと。
それが、理由なのだが…
そのため、商会員全員が死亡した原因はよく分からないまま、自然火災による事故として処理されてしまった。
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その夜
「な、何故だ!?」
オーウェンは自分を《鑑定》して驚いていた。
なんと、
名前・オーウェン
種族・人間
年齢・20歳男
職業・殺人鬼(Lv1)
ギルドP・抹消
レベル・30
体力・55(-1)
魔力・41(-1)
攻撃・50(+39)
防御・41(+94)
知識・42(+49)
敏捷・44(+49)
運 ・51(-1)
装備・鋼の剣(攻撃+20)
神託のカブト(防御+20)
神託の上ヨロイ(防御+40)
神託の下ヨロイ(防御+35)
神託のコテ(攻撃+20)
神託のクツ(敏捷+50)
神託のアミュレット(知識+50)
魔法・聖魔法(Lv6)
スキル・収納(Lv6)、認識阻害(Lv6)
誤認(Lv6)、転移(Lv6)
宿泊回復(Lv-)、時間回復(Lv-)
スキル補正(Lv-)、鑑定(Lv6)、
危険予知(Lv6)
………
彼の職業が《勇者》から《殺人鬼》に変わっているのだ。
「ギルドポイントが…抹消されている…つまり、町の水晶玉に手を乗せると赤く光るってことか!」
オーウェンは自分のあまりの境遇に、全てがどうでもよくなってきていた。
「クソがっ!!」
オーウェンはサリーナから《転移》した東国テーベの人里離れた森の中で、喚き散らす。
俺から勇者を剥奪すんのかよっ!
あー、くだらねーっ!
こんなクソみたいな世界、
もう、どうなってもいいぜ!
いっそ、滅んじまえよ!
こんな、クソ世界っ!
オーウェンは勘違いをしている。
《勇者》は失くなったのではなくて、《殺人鬼》に転職しただけなのだ。
つまり、
世界に一人しか存在しない《勇者》職は、オーウェンの非道な行いによって、強制転職させられ、前職として封印されてしまったのだ。
こうして、
変化を嫌う魔族、変化を望む神族、異世界を満喫するヤマーダ達の他に、全てを破壊し殺戮する元勇者《殺人鬼》オーウェンが誕生したのだった。
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天界
「…やはり…こうなってしまいましたか…」
透明な板に写し出された哀れなオーウェンの姿を視ている悲しげな表情の女性。
彼女、ヤマーダを異世界に送ったアヤ本人だ。
「歴代勇者は皆…破壊衝動を抑えられなくなりましたが…やはり彼も…そうなってしまいましたか…」
彼女の漠然とした危惧は、見事に当たってしまう。
それも、悪い方向に…
「ふぅ…あれから、ヤマーダさんとは一切繋がりませんが、彼は大丈夫なのでしょうか? ヨシュア姉さんも大変なことになってますし…」
《記憶退行》という技により、強制的に《因果》が途切れてしまったヤマーダ。
天界の住人たるアヤの実力をもってしても、一度、途切れてしまった《因果》の相手とは、容易にコンタクトが取れない。
「はぁ…魔族にしてやられて、ばっかりですね」
そもそも、神族のアヤには広大なガイア全域を監視することなど、とても出来ない。
そこへ後ろから、
「勇者は潰れたか…」
男がやってきて、ボソッと呟く。
「はい…」
アヤには「はい」以外の言葉が続かない。
「あのぅ…」(アヤ)
「ん? なんだ?」(男)
「やはり…勇者システムには大きな欠陥があるのではないでしょうか…」
「それを今更言っても、我らには何も出来ん」
「はぁ…」
アヤは釈然としないまま、《殺人鬼》オーウェンの監視を続けるのだった。




