表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《空気使い》って?  作者: 善文
92/134

監禁、解放、風来坊

 薄暗い牢獄に彼女は監禁されていた。

 彼女は覇気のない(うつ)ろな(まなこ)で壁のシミを眺めている。


「…なんで…こんなことに…」

 体育座りをして縮こまった彼女の独り言は、誰もいない空間で(かす)かに反響していた。



ザザーーッ

ザザーーッ

 波の音が聞こえてくる。


 ここは東国テーベの東海岸沿いにある廃村となった村ダバン。

 そこの一番大きい旧村長宅の地下牢の一室。



「“…オーウェン…”」

 彼女の小さな呟きは、

ザザーーッ

 波の音に掻き消されていく。



 彼女がこの牢屋に捕まってから、半年は過ぎ去ってしまったのだろうか…


 彼女には曜日の感覚がない。


 空腹に(さいな)まれる毎日。

 しかし、ここには食事はおろか、食材すら一欠片(ひとかけら)もない。


 でも、彼女は死なない、いや、死ねない。


 彼女は神族と呼ばれる特殊な種族。

 神族には《体力超回復》と《魔力超回復》という2つの《神格(しんかく)スキル》によって常に回復し続ける。


 そのため、空腹となっても生き続けることが出来るのだ。


 例え、苦痛を伴うとしても…



カチャ

 両手の金属が重なり、ちょっとした音が鳴る。


 彼女の両手両足には、自由を縛る(かせ)がはめられている。


 通常の彼女なら、この程度の(かせ)など問題ではない。


 ただこの(かせ)、《神格》を無効にする《呪い》が掛けられているのだ。


カチャカチャッ

 意味がないと分かっていても、(かせ)の鎖を引っ張ってみる。


 何度も試してみた。


 いくら叩いても引っ張っても、《神格》を基にしている彼女には両手両足の(かせ)を外すことなど出来よう(はず)もなかった。



ガヂャーーン!

 腹に響く大きな音を立てて、重たい牢屋の扉が開かれる。


 扉を開けたのは、青白い顔をしたガリガリの人族の男性だった。


 男性の頬は()け、瞳の色は白に近い灰色。

 全体的に腐臭を撒き散らしながら、女性に近づいてくる。


 女性の頬を汚い手で鷲掴みして、引き寄せる。


 女性の瞳には、まだ生気が宿っている。


 すると、

「なんだよ、やっぱり生きてんのかよ? しぶてぇなぁ」

 男性はガッカリした表情を浮かべる。


「ア…アンタなんかに負けないから!」

 気力を振り絞って大声を上げる。


 彼女の名前はヨシュア。


 男性の方は魔族《死者使い》。

 いや、《死者使い》が操っている死体だ。



 現在、ヨシュアは《死者使い》に捕まっている。



「いやぁ、そろそろアンタを始末しておこうと思ってさ。あぁ、気にしないで大丈夫だよ。アンタの死体は、オレが有効利用してやるから」

 《死者使い》はニタニタしながらヨシュアを眺めている。


 男性、(すなわ)ち《死者使い》の操る死体は、(すで)に死後半年以上経っているのか、所々(ところどころ)肉が腐り、原形を留めきれていない。



「ふ、ふざけないで!」

 気力のみで会話を続けるヨシュア。


 不思議なことに、捕らわれの身となっても、ヨシュアは便や汗などで汚れていない。


 それは、そもそも半年以上、排泄していないからだった。


 と言っても、服は相当汚いのだが…



 汚ならしそうにヨシュアの頬を振りほどくと、

「じゃあ、ご苦労様。バイバイ!」


 《死者使い》は一歩下がり、右手で魔剣《神殺し》を抜くと、容赦なくヨシュアの頭へ斬りかかった。


「… (や、殺られる!)」

 ヨシュアは、最後の最後まで、目を(つむ)るつもりはない。


 脳天に刃が届くか否やで、

カキーーーーン!

 ヨシュアの目の前で火花が散る。


「うぐっ!」

 何か硬いモノにぶつかり、《死者使い》の右手は大きく弾き返された。


「な、なんだ!」(死者使い)


 周りを警戒すると、スライムが一体、《死者使い》とヨシュアの間に立ちはだかっていた。


「スライムだと!?」

 《死者使い》の口から驚きの声が漏れた。


 しかし、気になるのはその大きさと硬さだ。


 通常のスライムは40cm程度なのだが、目の前のスライムは8cmとかなり小ぶり。


 それに、《神格》を切り裂く魔剣《神殺し》。

 その一刀を弾くほどの硬さなどスライムが持ち合わせている(はず)がない。


 魔剣《神殺し》とは神族に特化しているように聞こえるが、普通に切れ味の良いかなりの名剣なのだ。



 そもそも、

 スライム族とは分裂増殖する種族のため、現在はスライム、レッドスライム、ポイズンスライム、マジックスライム、デススライムの5種しか存在せず、変異しない。

 というか、出来ない。


 考えられるとすると、目の前にいるスライムは突然変異した、かなり特殊な個体となる。


 しかし、スライムの突然変異種など聞いたことがないのだ。



「… (コイツのこの姿! もしや!)」


 《死者使い》は咄嗟(とっさ)に、


“鑑定”


名前・イズム

種族・スライムロード(魔物)

年齢・8歳男

………

レベル・25

体力・152(+608)

魔力・153(+025)

攻撃・147(+198)

防御・150(+020)

知識・151(+014)

敏捷・157(+025)

運 ・153(+020)

………


 すると、とんでもないステータスが表れる。


「バ、バカな…この名前…それにこの能力は…な、なんで…ヤマーダの仲間がここに!」


「えっ!」

 ヨシュアも《神眼》を使う。


 そして、

「これはっ!」

 ヨシュアも気づく。


 咄嗟に、

「す、すみませんが! 私を助けてくれませんか!?」

 ヨシュアが鎖に繋がれた状態でスライムにすり寄ると、

(あね)さん…アッシは一匹狼の流れ者。あまり近づきすぎると、火傷…しやすぜ』

 スライムとは思えないほどの(しび)れるセリフを吐いた。


 《神格》によって、イズムのセリフは同時翻訳されてヨシュアの耳に届く。



「…キサマ! 何故、ここに!?」(死者使い)

『アッシは、潮風に導かれて偶然立ち寄っただけ。ただの風来坊でさぁ、旦那』(イズム)


「ヤマーダも近くに居るのか? 隠れているなら出てこい!!」

 《死者使い》は大声で叫ぶ。


『旦那、ヤマーダさんってぇ人はよく知りやせんが、うら若い娘さんを監禁するなんざぁ、いただけねぇなぁ。野暮ってもんでさぁ』



 《死者使い》の《魔眼》によってイズムの嘘を見破ろうとするも、

「… (嘘ではないのか!?)」

 イズムの言葉は嘘でないと判った。



ヒュン!

 スライムボディーの一部分を刀のように伸ばし、ジャンプ一発《旋回切り》。


バキバキッ!

 ヨシュアを束縛する手枷、足枷が吹き飛んだ。


『女性を誘うなら、強引な態度はいけやせんぜ、旦那』


「… (ダメ元で、仕掛けるか)」(死者使い)


 ノーモーションでいきなり斬りかかるも、

カキーーーーーーーン!

 今回はさっきよりも強烈に、身体ごと弾き返される。


ピシッ

 魔剣《神殺し》の刀身にヒビが入った。


“鑑定”


………

レベル・25

体力・304(+608)

魔力・306(+025)

攻撃・294(+198)

防御・300(+020)

知識・302(+014)

敏捷・314(+025)

運 ・306(+020)

………


「…やはりか」


 《死者使い》は初めの《魔眼》で、《支援魔法》レベルMAX を所持していることに気づいていた。


 当然、《支援魔法》を使えばステータスが倍になることも…



「まぁ、悪い話ばかりではないか…」


 《死者使い》にとって不幸中の幸いは、イズムが嘘をついていないこと。


 ヤマーダの下にいるスライムの種族はスライムキングだった。


 しかし、目の前のイズムの種族はスライムロード。


 つまり、同名の別スライムということになる。


 だが、スライムが名前を持っていること自体が非常に稀なことだ。


 まして、同名などあり得るのだろうか?


 例え嘘をついてないとしても、ヤマーダと関係ないという話ではない…



 《死者使い》が考える間もなく、

『アッシを本気にさせてしまいやしたね!』


 イズムが一気に飛びかかってくる。


「くっ、《転移》!」

 男性は霞みのように消えていった。



スカッ

 空中でからぶるイズム。



 ゆっくりとヨシュアの下へ戻ると、

『姐さんには、カッとなってガキっぽいところを見せてしまいやしたね』

 セリフがちょっとカッコいい。


「あ…ありがとうごさいます」

 素直に感謝するヨシュアに、

『では姐さん、お達者で』

 イズムは、牢屋をスーッと出ていこうとする。


「ちょ、ちょっと待って!」(ヨシュア)

『姐さん! アッシに惚れると火傷するぜ!』(イズム)


「いや、そうではなくて…私を首都アーセンまで護衛してくれませんか?」

『アッシは(すね)に傷を持つ者でさぁ、アッシが一緒ではかえってご迷惑になりやす』


「でも、護衛がいなければ首都までたどり着けませんし…」

『姐さんがそこまで(おっしゃ)るなら、分かりやした! 及ばすながらアッシがお供いたしやす!』


「…ありがとう…そ、そうだ、私はヨシュアといいます」

『アッシは風来坊のイズム。なにぶん、不器用なもんで』


 イズムはヨシュアの左肩に飛び乗った。



 魔族によって半年以上拘束されていたヨシュアは、晴れて自由の身となった。



 ヨシュアとイズムの二人旅は、こうして始まったのだ。



----------

翌日


 ()ずは、旅の食料確保のため海岸に訪れた二人。


『姐さん、釣りですかい?』(イズム)

「まぁ、そんなものね」(ヨシュア)


 村の廃屋で釣竿と釣糸、釣り針を見つけたため、磯で食料が確保できるか試しに釣りをしてみることにしたのだ。



2時間後


 一応、《神眼》で確認して、釣竿も釣糸も釣り針も一級品。

 餌もゴカイを用意して準備万端。


 垂らせば()ぐ釣れると《神眼》先生に教えられていたのだ。


 入れ食い状態である。


 しかし…



 ………


『ピクリとも動きやせんね、姐さん』

「おっかしいなぁ、全く釣れない」



 それもそのはずだ。


 そもそも魔国領を除き、沖合100kmまで魚は一匹も居ないのだから…



 そこへ、魔物の角ウサギが通りかかる。


『姐さん、アッシは肉を仕入れてきやすよ』

 そう言い残して、イズムはピョコピョコと角ウサギを追いかけていった。



10分後


 仕留めた角ウサギをスライムボディーの上に器用に乗っけて、イズムがピョコンピョコンと帰ってきた。


『姐さん、血抜きもしておきやした』(イズム)

「… (小っちゃい体で、よく持って帰ってこれたわね)」(ヨシュア)


 イズムは角ウサギの肉をヨシュアに手渡す。


「あ、ありがとう。じゃあ、私も何匹か釣らないとね。…で、その気持ち悪い肉片は何?」(ヨシュア)


 イズムの半透明の身体の中には、動物の耳のようなモノが浮かんでいた。


『あー、これはオークの耳でさぁ。さっき丁度良いオークを見つけやしてね。角ウサギってぇ魔物は変わってやして、弱っちいクセにオークの耳が大好物なんでさあ』

「へ~」


『姐さんが釣りを頑張っている間、アッシも何かお手伝いしようと思いやしてね、食料の足しにしようかと』

「そう、ありがとうね」


『まぁ、気にしないでくだせえ。もしかすると、これから1体も獲れねえかもしれやせんので』

「うん、わかったわ」



6時間後


「おかしいわ!」(ヨシュア)


 既に陽も傾き、地平線に夕陽が沈もうとしていた。


『ムギュッ!』

 角ウサギの断末魔が聞こえた。


「は~…」

 ため息をつきなから、魚を入れる予定の木箱を見ると、釣果はゼロ。


 そもそも、海岸付近には魚が一匹も居ないんだから、当たり前の結果だ。



 振り返ってイズムを見ると、直ぐ(そば)には山盛りてんこ盛りの血抜きされた角ウサギ達。


 これで10日分は食料が()ちそうだが、それを見たヨシュアはションボリしてしまう。



「魚にも相手にされない神族…ハハハ…もう私、ダメかも…」(ヨシュア)

 乾いた笑い、超鬱状態になっていた。


『姐さん、釣りってヤツはただの運って言いやすよ。ボウズなんてザラの話でさあ』

「…ハハハ…でもね…神族には魅力があってね…大抵はなんとか出来るのよね…それなのにね…」

 ダークヨシュアになっている。



『だとしたら、この角ウサギ達は姐さんの魅力に寄ってきたんでさぁ。こんだけのウサギの成果は姐さんのお陰なんじゃないです?』

「そ、そうかしらねぇ…」


 オークの耳のお陰のような気もするが…


『そうでさぁ、間違いねぇでやす』

「そうだよね。そうだと思ったんだ! 最近、ツイてなくてロクなことがなかったけど、やっぱり私の魅力って健在なのよね!」


『そりゃそうに決まってやすよ!』

「そうだよね! フフフフッ」

 笑い声も飛び出し、ヨシュアの元気も完全復活。



 ちょっと面倒臭いことに気づき始めたイズムだった。



----------

 雨、雨、雨…


 三日連続の雨で足踏み状態のヨシュア達は、一旦、廃村に戻って一番小ぶりでそれなりに真面(まとも)な建物を選ぶと、屋根を補修し、雨漏りを改善する。


 雨水をヒビの入った(かめ)に溜め、海水を海岸から汲み上げると、(さば)いた角ウサギの肉に海水を塗りながら軒下に吊るしていく。


 干し肉の製作を始めた(わけ)だ。



 その後も、神族の魅力?で角ウサギを捕まえていき、気づけば1ヶ月分の肉の量となっていた。



----------

釣りを始めてから10日。


 天気は半分雨で半分曇り、カラッとした晴れ間は一度も訪れていない。


 陰干し状態の干し肉がやっと完成したので、廃村を隈無(くまな)く調べることに。


 それは、荷車の製作を始めるため。


 旅のお供に、大量の干し肉を運ぶとなると、背負うには限界があったからだ。


 手頃な馬車の部品が見つかったので、荷車製作に取りかかる。



 ここまでの間、《死者使い》はこの廃村に一度も現れていない。



----------

更に10日後


 ヨシュアは不器用ながらも荷車の製作を始め、やっと荷車らしい形になってきた。


 その間もイズムは角ウサギを狩り続け、既に商売ができるほど干し肉が出来上がっていた。


モチャモチャモチャ…

 ヨシュアは干し肉を頬張りながら、

「あのさ~、荷車ってこんな感じかな~」

 作ったことなど全くない荷車の出来映えをイズムに確認する。


『良いと思いますぜ!』(イズム)


 これはイズムのお世辞に過ぎない。


 何故なら、全然、荷車には見えないから…



 偶々(たまたま)廃屋で見つけた車輪、一生懸命作った不格好な木箱、無理矢理繋げた木製の車軸。



 面を整えるカンナはない、トンカチも釘もない。

 あるのは、たまたま見つけた切れ味の滅茶苦茶悪いノコギリのみ。



 流木を見つけては、(ほぞ)を作り、ガタガタに組み上げていく。

 それが荷台製作の過程。


 結果、ガッタガタで不格好な木箱が出来上がった。



 木製の車軸といっても、ただの丸太を車輪に突っ込んで、木箱の下でなんとか固定した程度の代物でいつ壊れてもおかしくない。



 そして、

 木箱から伸びたヘンテコな棒は、荷車を引っ張るための取っ手だ。


 ゴツゴツしていて持ちづらく、ささくれ()っているので長時間持ち続けると、手のひらが血だらけになってしまうだろう。



 そして()(かく)、重い、クソ重い。

 軽量化など一切していない、オーガでも多分(たぶん)引っ張れない超重量級。



 そんな、一般人にはとても扱えない荷車?が、出来上がったのだ。


この荷車を扱うには、


ヨシュア

レベル・100

体力・260(+080)

魔力・260(+080)

攻撃・260(+100)

防御・260(+082)

知識・260(+080)

敏捷・260(+081)

運 ・260(+080)


このくらいの能力は必要となる。



 ある意味で完全防犯対策済みの荷車?に、干し肉とヒビ入りの水瓶を詰め込んで、矢鱈(やたら)と重い木製の蓋を被せたら、首都へ向かう準備は完成だ。



----------

それから数日


 真っ白だったヨシュアの服装もすっかり濃いグレーに染め上がっている。

 一応、服の汚れはイズムが定期的に《分解》しているのだが、流石(さすが)に脱色まではできない。


 そんな身も心もグレーになっていく彼女と、肩に乗る風来坊の、1人と1体は、

ゴロゴロ…

 クソ重い荷車?を引っ張り続け、首都アーセンへと続く街道がやっと視界に入ってきた。


 街道とは、商会や行商人、冒険者などが利用する道の事だ。


 道を通れば、利用者から最近の首都の情報が手に入るかもしれない。



ゴロゴロ…

 重そうな音を立てて、荷車が街道へ向けて進む。


モチャモチャモチャ…

 ヨシュアは干し肉を豪快に頬張り、時折、

ブブブッ!

 噛み砕けない骨や筋をそこら辺に吐き捨てる。


 まるで、メジャーリーガーがガムを噛んでいるような仕草(しぐさ)

 元、可憐な女性とは真逆のベクトルだ。



ゴロゴロ…

モチャモチャモチャ…


「ふーっ、やっと街道に着きましたね」(ヨシュア)

『ご苦労様です、姐さん!』(イズム)


 街道の脇に荷車?を停めると、

ゴクッゴクッゴクッ

 干し肉には海水がたっぷり塗ってあるせいで、凄く(のど)が乾く。


「プハーッ!」

『…姐さん…豪快っすね…』


「しょうがないですわよ。半年以上も監禁されて、更に1ヶ月も荷車職人をしてたんですから!」


 ちょっと日焼けした肌に、薄汚れた感じの服装。


 今のヨシュアには、ヤマーダが出会った頃の可憐な面影は微塵もなくなっている。


 一言(ひとこと)でいうと、(たくま)しい猟師の娘だ。



 そんなヨシュア達の前方から、坊主頭の行商人ぽい男性がやって来た。



----------

「おや、こんな所で珍しい。行商の方ですか?」

 行商人ぽい男性が気さくに挨拶してきた。


「えっ…えぇ、まぁ…」(ヨシュア)


 男性の言う「珍しい」とは、ヨシュア達が使っている道の事だ。


 東国テーベの首都アーセンは東国でも比較的北部にあった。


 南部には、中央国エスタニアへ続く道と、《大樹林》やリーフ町などがある。


 しかし、中央国の窓口、鉱山の町ザルツとの交易が途絶えて久しい。


 昔は

 首都アーセン ~ 鉱山の町ザルツ

 を経由して

 鉱山の町ザルツ ~ 首都ノルン


 首都アーセン ~ 森の町リーフ

 の2交易路があった。



 しかし現在は、

 首都アーセン ~ 森の町リーフ

 の1交易路しかなく、自給自足しているリーフの高価な薬草を少量販売する程度の不採算販路のみとなっていた。


 リーフでは自主管理と自主規制を徹底している。

 近場《大樹林》での不必要な薬草の採取を禁止して、数量を規制しているのだ。


 魔物が多数生息する《大樹林》の近くで、リーフという人族の町が魔物の襲撃も受けずに存続し続けているのも、こうした自然への配慮によるものだった。


 当然、(もう)けは少なく、不定期のため行商人も(ほとん)どいない。



 冒険者の往来が(わず)かに存在するとはいっても、こうして行商人同士が出会うなどは極めて稀な事だったのだ。



「アーセンへは何をお売りに?」(男性)


「干し肉です…海水を利用して作りましたのよ。他ではちょっと味わえない逸品ですわ」

 ヨシュアは取って付けたような話をする。


 当初から、ヨシュア達は不審に思われないよう、質疑応答を考えていたのだ。



 男性の顔がニヤつく。


 男性は隠し持っていたナイフを構えると、

「へ~、なかなか旨そうじゃないか。悪いが、その荷物は俺様がいただくよ!」

 突然、脅しをかけてきた。


 (よう)は、男性の正体が強盗か盗賊の(たぐ)いなのだろう。


 するとなんと、

「どうぞ、お好きに」

 ヨシュアはアッサリ荷車を引き渡してしまった。


「ほぅ、やけに物わかりがいいじゃねぇか? そういう(すけ)は嫌いじゃないぜ!」(男性)


「私はあなたが嫌いです」(ヨシュア)

 明瞭にハッキリと伝える。

 

 ヨシュアとしては、ここが一番重要なポイントらしい。


「しかし、あなた程度で、私のプロトタイプエンジェル号が扱えるかしら?」

「何言ってんだ、この(すけ)は?」


 プロトタイプエンジェル号とは、ヨシュアが付けた荷車?の名前だ。



「じゃあ、遠慮なく…」

 男性が荷車を引っ張ろうとしたら、

グギッ!

 男性の身体から嫌な音がした。


「グッグオーーーーッ!」

 叫び声が大きい、絶叫だ。


 男性は、腰を屈め、手のひらを押さえている。

 よく見ると、手のひらからは出血しているようだ。


 ここで、

「あなたには無理です!」(ヨシュア)


 苦痛に耐えながら、

「グゥッ! な、何しやがった!」

 男性が睨んでくる。


「何もしてません」

「な、何?」


「あなたの力じゃ運べないだけです」

「なんだと!?」


ゴロゴロ…

 ヨシュアは片手でプロトタイプエンジェル号を引いてみせる。


「ほらね。あなたの力が弱すぎるんですよ。この程度のプロトタイプエンジェル号も引けないほどにね」(ヨシュア)


 といっても、

 この発言は流石(さすが)に男性が可哀想だろう。


 馬ですら引けないほど、重くてびくともしないプロトタイプエンジェル号なのだから…


「…ば…化物!」(男性)

「し、失礼な! 見逃すつもりでしたが、もうそうは行きません! あなたにはお仕置きが必要です!」


「ふざけんな! この(すけ)!」


 腰を押さえながら殴りかかってくる男性のパンチを軽く払い、

ボムッ

 男性の腹部にヨシュアの左拳が突き刺さる。


 ヨシュア的にはかなり手加減しているのだが、

「ウグッ!」

 男性は悶絶して、気絶してしまった。


『姐さん、弱者には容赦ないですねぇ』(イズム)

「違うわ。ちゃんと手加減してますから」(ヨシュア)


 しかし、

「それにしても、ここまで人間に悪意を向けられたのは初めてですね。…私…彼らを救いたいんですけどね…」


 今迄(いままで)、ヨシュアは勇者オーウェンと行動を共にしていた。


 オーウェンは転生者だ。


 彼は、転生する際に選べる特典として、天界のナビゲーターであるヨシュアを選択した。


 と言っても、

 天界のナビゲーターを誰でも選べる訳ではないし、そもそも選べると思う者はまず居ない。


 そして、オーウェンとヨシュアの関係はここガイアに来てからも、ずっと一緒だった。


 勇者として転生したオーウェンは、生まれて早々テーベ王国に見出だされ、前国王によって王宮へ(まね)かれてから、至れり尽くせりの生活を過ごして成人した。


 当然、オーウェンに同伴していたヨシュアも同様の生活を送っていた。



 ガイアに来てからずっと勇者パーティーのメンバーだったヨシュアは、オーウェンやテーベ王家に大切に保護され、人間の悪意に直接触れることがなかったのだ。



 だからこそ、

「…一応、私は勇者パーティーの一員なんです。…なのになんで、私に気づいてくれないのでしょうか?」

 人という存在に疑問を感じてしまったのだ。


『姐さん、それはしょうがないことと笑ってやってくだせぇ。男ってモンはろくでもねぇんでさぁ。女性という甘美な香りに吸い寄せられる()みたいなモンです。それだけ、姐さんが魅力的ってことでさぁ』


「そ、そう…そうかしら…やっぱりそうよね。神々(こうごう)しい神族の私を見たら、どうしてもちょっかいかけたくなるわよね」

『そうでさぁ!』


「そうよね!」


 機嫌を治したヨシュアは、

ゴロゴロ…

 プロトタイプエンジェル号を再び引き始める。



 こうして、ヨシュア達は首都アーセンを目指して進んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ