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《空気使い》って?  作者: 善文
88/134

大航海時代③

 バスコ艦の艦橋(ブリッジ)で司令官のバスコは小さく円を描くように歩き続けていた。


 あれから2日、バスコ艦隊は北国ゲンクの沖合に停泊し、出航しようとしなかったのだ。


「おい、バスコ。あれから2日だぞ! 分かってるよなぁ! 俺達には余分な食糧なんてないんだぞ!」

 苦悩する司令官を副司令官のフランコは(まく)し立てる。


 彼なりに司令官の立場を理解しているつもりなのだが、それ以上に食糧の在庫が心許(こころもと)ないのだ。


 理由は、現地調達が全くできない事。


 本来、艦隊の食糧は海産物を現地調達する事も考慮に入れ、計画的に消費していくものだ。


 しかしどういう訳か、小魚一匹すら獲れない。

 というよりは、この近海には魚が一匹もいないようなのだ。


 獲りたくても獲れない!


 結果、準備した食糧を丸ごと消費するという馬鹿げた状態に。



「そうですよ、艦長。そろそろ進むか戻るか決めませんと…」

 艦長補佐の操舵士デフも決断を促す。


 少なくとも、空腹は乗組員の士気に関わる。


 乗組員に反乱でもされたら、目も当てられない。



「…」

 しかしバスコは何も語らない。


 いや、語れないのだ。


「“…気にくわん”」

 ボソッと(つぶや)く。


 バスコは商会の看板艦長として名を馳せた猛者であり、かなりの場数も踏んできている。


 その男の勘が、どうにもこの先に進むのはヤバいと訴えかけてきているのだ。



 あまりに長いバスコの無反応に(たま)らず、

「フランコ様はどうお考えなんです?」(デフ)

 副司令官へと話を振る。


「俺は撤退すべきだと、考えている」(フランコ)

「そうですよねえ」

 ただただ、追随するデフ。


 これは、フランコがどんな答えをしても構わない模範回答。



「バスコ、お前やはり、あの船が怖いんじゃないのか?」

 フランコはかなり核心を突いた。


 そんな無礼な副司令官に、

「当たり前だ! あんな速度の…船かもどうか怪しい物体を恐怖しない船乗りなど何処(どこ)にもおらん!」(バスコ)

 遂に沈黙を破り、荒げた言葉。


「“そりゃ、そうですよ”」

 部下のゾアが小声でバスコに同意する。


 実際、あんな化け物みたいな速度で航行する船?を見てしまったバスコ艦隊の乗組員たち。


 当然のごとく、士気は駄々(だだ)下がりしている。


 ただ速い船?なら偶々(たまたま)遭遇する事もあるかもしれない。


 だが、違うのだ。


 あの超高速船…これから向かう海域に間違いなくいるのだ…



「そもそも、フランコ。あんな化け物船が俺達にぶつかってきたら…この船、()つと思うか?」(バスコ)

「いや、よく分からん…」(フランコ)


「想像してみろ。もし、この船があんな速度で航行したらどうなると思う?」(バスコ)


「…」

 フランコは考えてみる。


 なかなか答えのでない副司令官を尻目に、

「ちょっとした波でも直ぐぶつかって、一瞬でバラバラっすね」(デフ)


「な、なんだと!」(フランコ)

 聞いた答えは、予想を遥かに超えていた。


「お、おいっ! それは本当なのか!?」(フランコ)

「嘘なんかつかないっすよ」(デフ)


 ここでやっと、フランコはバスコの苦悩のほんの一端が分かる。



 このバスコ艦、東国テーベ最新の戦艦だ。


 攻撃も船体強度も航行速度も東国一番。


 そんな最強最速の戦艦をして、一瞬でバラバラになると言われてしまったら、相手の船の強度は一体どうなっているのだろうか?



「だからといって、尻尾を巻いて逃げ帰ったら、俺達はもう二度と海に出れまい」(バスコ)


 これも至極(しごく)当たり前。


 一度、恐怖に支配された海から逃げ出してしまったら、そのイメージが頭から離れなくなってしまう。


 時折、その恐怖が甦ってしまうのだから、心が落ち着かなくなる。


 船乗りとしては致命的。


 もしそうなってしまったら、海に出ることは二度と出来ない。



 バスコ達は海の荒くれ者だ。

 船乗り以外の生き方など全く知らない。


 だからもし、この場から逃げ出せば、バスコ達はそれこそ何も出来ない集団となってしまう。


 ただの海賊にすらなれないほどに…



「このまま何もせずに逃げ出すという訳にはいかんのだ!」(バスコ)


 まるで自分を勇気づけるかのように、吐き捨てた。



----------

 (しばら)く悩んでいると、豆粒のような小さい船影がぼんやりと浮かび上がる。


 なんとなく、見覚えのある船影。


 それは、段々と大きくなっていく。



「“んっ? こっちに近づいてきてるのか!?”」(バスコ)


 どうやら、船影はバスコ艦へと一直線に向かって来ているようなのだ。



 手元の望遠鏡を構え、恐る恐る(のぞ)く。


 すると、相手の所属を(あらわ)す船首像が視界の真ん中に。


「あ、あれはっ!」(バスコ)

 急に振り返ると、

「おいっ! 歓迎の準備だ! とりあえず酒だ酒。極上なヤツを用意しておけ!」

 もてなすようにとの命令が下る。


 バスコがこういった態度をとるのは珍しい。

 相手は余程、VIP なのだろう。


「「「アイアイサー!」」」(部下達)



----------

 艦橋の真ん中に、まるで似つかわしくない豪華な彫刻のテーブルと椅子を用意し、更にテーブルには刺繍の入ったテーブルクロス。


 高そうな果実酒をテーブルに置き、純銀のカップを4つ用意したところで、

「艦長! ソフィーヌ会長がお見えになりました」(ゾア)


 VIP とはバスコ達を援助したソフィーヌだった。


「こちらへお招きしろ、失礼がないようにな」(バスコ)

「アイアイサー!」(部下)



----------

 艦橋へ最初に入ってきたのは、あの無愛想な勇者だった。


「あ~勇者様、お久しぶりです」

 バスコは明らかにへりくだった態度で接する。


「…」

 勇者(オーウェン)は無愛想のまま艦橋内を一通り確認すると、

「“入って大丈夫だ”」

 かなり小さな声で入室を促した。



「どうも、どうも」

 愛嬌を振り撒いて犬族獣人のソフィーヌが入ってくるなり、

「どうです? 上手くいってますか?」

 まるで()かすかのように一言添える。



 しかし、こんな沖合で停泊しているのだ。

 上手くいってる(はず)がないのは明白。


 この沖合は未だ国境のゲンク側。

 魔国領にすら入っていないのだ。



 そんなバスコ艦隊の足踏み状況を見透かしていたかのように、ソフィーヌが態々(わざわざ)この海域まで船まで用意して足を運んできたのだ。


 何かしら、言いたいことがあるのだろう。


 それに、ここは商会の交易ルートとも違う海域。

 ソフィーヌが来るということは、バスコ達の様子を見に来たに違いないのだ。


 また、ここに停泊して数日しか経っていない。

 それなのに、ソフィーヌ達はタイミングよくやって来た。

 となると、バスコ達が出航して間もなく、ソフィーヌ達も出航したという事。


 最初からバスコ達の足踏み状態を予想していた訳だ。


 つまり、全く信用していない事になる。



「え、えぇまあ、今日にでも…国境を越えようかと…」

 冷や汗をかき口ごもるバスコを見て、

「とりあえず、お席へどうぞ。お酒でもいかがですか?」

 フランコが平然と接客。


 表情に出さない辺りが、流石(さすが)、諜報部隊長である。


「では」(ソフィーヌ)

「…」


トクトク…トクトク…

 二人が席に座ると、部下のミユが高そうなお酒をなみなみと注いでいく。


 一方、そんなお酒なんてどうでもいいといった感じに、

「で、どうなんです?」

 ソフィーヌは早速、進捗(しんちょく)を確認してきた。


「ちょっと、イレギュラーが…起こりましたが…(おおむ)ね、順調です」(バスコ)


「ほぅ、イレギュラーが。それにしても、イレギュラーが起こっても航海は順調なんですか?」(ソフィーヌ)

 まるで全てを見透かしているかのような視線をバスコに向ける。


「“順調なら、今頃は魔国領に着いてるんじゃないのか?”」(オーウェン)

 今、聞かされる内容と当初計画していた予定に明らかな矛盾がある。


 オーウェンはそのことを()えて聞こえるほどの小声で指摘する。


 小声が聞こえてくるなり、

「うっ…」

 バスコは勇者(オーウェン)の指摘に答えが詰まる。


 (わざ)とらしく、

「まあまあ、オーウェンさん。こういったことはプロの船乗りさん達に任せましょう」(ソフィーヌ)

 バスコ達の肩を持つ。



 乗組員達は一様に「だったら、態々ここまで来るな」といった表情をしている。



「で、そろそろ、出航されるんですよね?」(ソフィーヌ)

 容赦なくケツを叩くような言葉を()びせる。


「あ…あぁ、そろそろ…出航する、予定だな」(バスコ)

 最早、返答は一択しかないし、嘘でもない。


 食糧の在庫から出航せざるを得ないのだから…



 そんな不毛な会話に一石を投じるように、

矢鱈(やたら)と速い船が出現しまして、それが我らの進航を邪魔しているんですよ」

 フランコは言い訳を並べ、ソフィーヌの反応を(うかが)った。


「ふむ、邪魔ですか…それは厄介ですねぇ」

 そう言うと、ソフィーヌは考えている。


 いや、本当は考えているフリ。

 とっくに答えは決まっているのだから。


「ですが、一流の船乗りの皆さんが、まさかそのような相手を恐れるはずはありませんよね?」(ソフィーヌ)

「あぁ…まあ、そうだな…」(バスコ)


 ソフィーヌがバスコの逃げ道を次々と塞いでいく。


「(…逃げられん!)」(バスコ)


 ソフィーヌはニヤッとイヤな笑顔を浮かべると、

「…まぁ、分かりました。そういうことでしたら、特別にここにいるオーウェンさんをお貸ししましょう!」


 指名された側は、

「お、おい、おまえ! いきなり何を…」(オーウェン)

 明らかに嫌そうな表情。


「そういった態度はいただけませんね~。よろしいんですか?」(ソフィーヌ)


 一瞬、まるで恐喝するようにオーウェンを(にら)む。


「す、すまん…分かった。手を貸す」(オーウェン)


 イヤな笑顔のまま、

「ということですので、皆さんは安心して進航してください。彼は腐っても勇者ですから!」

 いちいち(しゃく)(さわ)る言い方。


 そんな発言に、

「(こ、このっ! このクソがっっ!!)」

 怒りで頭が沸騰しそう。


 心の中でソフィーヌを何度も殴り殺すと、オーウェンは(こぶし)を握り締めて、ひたすら我慢していた。



「なるほど、確かに! 勇者様がいれば鬼に金棒です!」

 逆にバスコは希望が見えてきた。


「… (おい、バスコ! 明らかに勇者とソフィーヌは険悪な関係だぞ! それに…勇者ともあろう者がこんな汚れ仕事に手を貸すのか?)」(フランコ)


 フランコは口には出さなかった。


 だが、不安は(ぬぐ)えない。


「オーウェンさん。どうせ、手伝ってあげるんなら、次いでに邪魔者を排除してあげてはいかがですか? 魔国領と言えば、魔物。魔物の退治といったら勇者の十八番(おはこ)でしょう?」(ソフィーヌ)

「そいつはありがたい!」(バスコ)


 ソフィーヌの発言には明らか矛盾がある。


 バスコ達は今の今迄(いままで)相手のことを正体不明とか謎の高速船などと言っているが、「魔物」とは一度も言っていない。


 しかし、バスコ達は勇者の助力というサプライズで、そこまで考えが回らなかった。


「… (クソッ! コイツ、俺にそんなモノを沈めさせる気か?)」

 当のオーウェンからしたら、たまったものではない。


 そんな無言のオーウェンに向かって、

「返事はどうなんですか? まさか拒否するつもりじゃないですよね?」

 また()てつく目で睨む。


「…分かった」(オーウェン)


「良かったですね~、バスコさん。オーウェンさんは勇者のくせに、なかなか自分からは動かない山のような人なんですよ。いや~、皆さんはとてもラッキーですね~」(ソフィーヌ)


「… (このクソが!)」(オーウェン)

 表情には出さないが、握り締めた拳に血が(にじ)んでいる。


「そ、そうなのか? でもこれで、俺達も安心だな!」(バスコ)


「「「よっしゃーっ!」」」

 乗組員達の士気も高まってきた。


「… (おい! 勇者の拳! ヤバくないか!?)」(フランコ)



「…よろしく…頼む」

 バスコ達とは真逆に、オーウェンのテンションはとても低い。



 そして、まるで勇者を配達するために来たかのように、用事の済んだソフィーヌを乗せた船は北の海上へと消えていった。



----------

 狭い艦橋から不要な椅子やテーブルを片付けると、勇者に今迄の経緯をサッと駆け足で説明する。


「つまり、先程、話に出てきた〈速い船〉。実際には、まだ船かどうかすら分からないんだな」(オーウェン)


「そうなんです。なんせ、速すぎて、誰も姿が見えなかったんですよ」(バスコ)


「… (ここには2,000くらい船員が居るんだろう? 船員は全員、目が良い筈)」(オーウェン)


 オーウェンが指摘する通り、計器類や自動操縦、GPSのない異世界では、何事も直接目視するしか確認できない。


 まして、海上航海ともなると、岩礁たった一つの見落としでも、そのまま座礁の危険に直結するものだ。


 船員の第一条件は、ただただ目が良い事。


「… (そんな船員が全員見えなかっただと!? そんなことがあり得るのか?)」(オーウェン)


 50隻の艦隊。

 目が良い2,000人の視界。

 霧のない晴れた天候。


 それでも確認できない物体となると…


「… (俺はそんなモノとこれから戦わなければならないのか?)」(オーウェン)

 無言のまま、言葉が出てこない。


「ふーっ」

 とりあえず、大きく息を吐く。


「…では、その高速船がいる海域に進むとするか!」(オーウェン)


 気持ちを切り替えるように、声のトーンを上げてきた。



----------

3591年12月2日(同日)


《空間魔法》マイホーム〈リビング〉


 (くつろ)ぐヤマーダの肩から、

『旦那、例の艦隊が動き始めたっす』(イッズーム)

 耳に嫌な情報が流れてくる。


「はぁ~…何だよ~…アイツら帰らなかったのか~」

 引き返すと予想していたヤマーダもかなり落胆。


 圧倒的な戦力差を見せれば、サッサと撤退するだろうと思っていたが、見事に外れた。



「ねぇ、ヤマーダ。これから、どうするのよ?」(ネーコ)

 不安というよりは面倒臭いといった表情。


 そんな微妙な顔のネーコに、

『大丈夫っすよ、(あね)さん。とりあえず、旗艦だけ沈めちまったらどうっすかね?』

 イッズームなりの(はげ)まし。


 しかしヤマーダは、

「また、アレに乗るんだろ~?」

 まったくヤル気がない。


「えっ!? ヤマーダ、また《ナマザル丸》に乗るのか? だったらアタイも行くよ!」(ルル)


 脇で聞いていたルルはヤマーダと真逆。

 完全にアトラクション感覚。


「いや~…俺、乗りたくないんだけど…だったらいっそ、《飛行》スキルでピューッと飛んで行かない?」(ヤマーダ)


 確かに一理ある。


 そもそも相手に合わせて、船にする必要はないのだ。


 しかし、ねちっこく粘るヤマーダを(しか)るように、

「グチグチ言ってないで、とっとと行きましょう!」(ネーコ)

「そうそう!」(ルル)


 二人にとっては、既に決定事項となっていた。


「はぁ~」

 ヤマーダの口から大きなため息。



----------

既に夕方近く


魔国領イズ村沖合海上

《ナマザル丸》船内


 物凄い速さで突き進む《ナマザル丸》。

 波と波とをスキップするような一直線。



 当然、船内は、


ガタン! ガタン!

「ねぇーっ!」

 かなりの振動で青ざめた顔のヤマーダが周りに声を上げる。


 だが、誰も答えてくれない。



「キャッホーーッ!」(ネーコ)

「うわーっ! 魚をドンドン追い抜いていくよ! (はえ)ーーっ!」(ルル)

 二人は奇声を上げて楽しんでいる。


 足元から見える海中の景色は、青魚がまるで流星のように線状の光となって浮かんでは高速に消えていく。


ガタン! ガタン!

「…き…気持ち悪い」(ヤマーダ)

 早速、吐き気が!


 それでも、

「キャホキャホキャホーッ!」

 操縦桿(そうじゅうかん)を握るネーコのテンションは高いまんま。



 そして、

「へぇ~、これメッチャ速いやん!」(サリア)

「もっと早くても、面白い!」(リン)

 海の視察と称して、サリア組合の二人も勝手に乗り込んでいるのだが、ヤマーダのような船酔いとは無縁。



ガタン! ガタン!

「ねぇって!」

 ちょっと荒げたヤマーダの声に、

「えっ! なに? うるさいなぁ!」

 操縦に専念しているネーコがイライラしながら返事した。



ガタン! ガタン!

「なあ! こんなに速く航行しなくてもいいじゃんか!」(ヤマーダ)


 明らかに前回よりも魔力を多く吸われている感覚。


 そのせいなのか、それとも船酔いのせいなのか、()(かく)、ヤマーダの顔は真っ青。


「何、言ってんのよ。向こうから攻めて来たのよ! こっちも全速力で追い払わないと!」(ネーコ)


  なんで!?

  …は、吐きそう


「そうだよ! アタイらの忠告を無視するとどうなるか、身をもって教えてやんだよ!」(ルル)


  …吐く

  …絶対吐く


 足元では、最早(もはや)、流星群。

 それも前回よりも超高速な流星群だ。


ガタン! ガタン!

「だ、だからってこんな速度で航行しなくても…」(ヤマーダ)


「調子にのった連中は、即、お仕置きよ!」(ネーコ)

「そうそう、出る杭は打つってヤツ!」(ルル)


ザッパーーーン!

 海上は荒れているようで、波も高い。


 しかし、ラグビーボールのような形状で超高速に突き進む《ナマザル丸》にとっては、全く意に介さない。

 波もろともぶち破って、進航していく。


 その姿を俯瞰(ふかん)()ると、モーゼの十戒のように海がパカッと割れているようだ。


 実際、《ナマザル丸》の通った後は、海がバッサリと割れているのだが…



バリッボリッ! バリッボリッ!

「なぁ、リンちゃん。これ知っとる?」(サリア)


バリッボリッ! バリッボリッ!

「あー、《ヤマチ》でしょ! わたしも好きーっ!」(リン)


 二人は《ヤマチ》を食いながら、クルージングを楽しんでいる。


 そしてさっきから、リンのテンションが若干、ハイ。



ガタン! ガタン!


  吐く!

  こんな状態で食ったら、吐くっ!


 本気でリバースしてしまいそうなので、

「なぁ、そろそろ艦隊に着くだろうし、速度をもっとゆっくりに落とそうよ “俺の魔力も限界だし”」(ヤマーダ)


 既に船酔いと魔力不足のダブルパンチでフラッフラ。


「何言ってんの? とりあえず、全速でカマすわ!」(ネーコ)

「イケイケーーッ!」(ルル)


  えーっ!!!


 そんな二人の言葉で余計グロッキーなヤマーダに、

「ヤマーダ様、《神水(おみず)》です」

 ヒルダがすまなそうに《神水》を渡す。


 当然、全快するのだが…


 魔力は回復する端から物凄い勢いで消費していくのだ。


 本来、《神水》を飲めば10時間は体力と魔力が回復し続ける。


 しかし、回復する以上に消費すれば話は別だ。

 なんせ、5秒間に 439 もの魔力を消費し続けているのだ。


 この速度の魔力消費は、以前戦った魔族《弾けし者》の超連続魔法攻撃の魔力消費よりも多い。


 そして、

 《弾けし者》は大量の魔物の魔力を利用していたが、今のヤマーダはたった一人であの時の連続攻撃以上の魔法を休みなく使い続けているのだ。


 逆に考えてみると、それだけ大量の魔力を消費し続けている《ナマザル丸》の速度は、一体何ノット出しているのであろうか?


 少なくとも超高速進航の衝撃で、水面が水深100mまでパックリ割れるくらいには速い。


 そして、

ガタン! ガタン!

「気持ち悪い…」(ヤマーダ)

 回復したそばから、船酔い発生。



 犠牲者はもう一人。


 キャッキャと楽しむネーコ達とは真逆に、

「あっ…もう、吐きそう…」

 完全にグロッキーとなってしまったアルベルト。


 《ナマザル丸》とは、男性陣には(すこぶ)る厳しい乗り物だ。


 常に胃液の逆流と戦わなければならない。


「アルベルト様、酔い止めの《神水(おみず)》ですよ」(ヒルダ)


 ヒルダは甲斐甲斐しくアルベルトの世話もしている。



 実はアルベルトとヒルダの二人

 艦隊との交渉役として連れてきたのだが…


 アルベルトはとても役に立ちそうにない。



----------

魔国領西海域海上

バスコ艦隊旗艦〈艦橋(ブリッジ)


 現在のバスコ艦隊には、あの時と同じ緊張が走っていた。


「未確認物体が! 超急速! 接近中!」

 観測士の男性が、耳当てから聞こえてくる前回と全く同じソナー音の異変に慌てている。


 初体験のオーウェンは、

「お、おい! どうしたんだ! 誰か説明しろ!」

 事態が把握できない。


 ただ、

 乗組員達の狼狽(うろた)えようから、オーウェンはただならぬ気配を感じていた。



「超急速!?」

 バスコの聞き返す言葉が怒号に近い。


「ぜぜ前回よりも断然! 速いでーーーす!!」

 最後の方はほぼ絶叫だ。


「勇者様! さぁ! 急いで甲板に上がってください!!」(バスコ)

 腕を掴み、外へ連れていこうとする。


「ちょっと待て! 事情を説明しろ!」(オーウェン)


「とりあえず、早く甲板に上がって敵を倒してください!」(フランコ)

 フランコも逆サイドから腕を掴む。


 二人に両脇を掴まれ、身動きできないオーウェン。


「あと! 40秒です!!」

 観測士はずっと絶叫状態だ。



 オーウェンが引きずられるように甲板へ上がると、

ブシャーーーーーーーッ!

 進航方向前方から物凄い音と水飛沫を上げた何かが猛烈にこちらへ近づいてくる。


「おいっ!」(オーウェン)


 噴水のように舞い上がった水飛沫が夕陽に照らされて、まるで血飛沫を撒き散らしているような凄惨な光景に見える。



ブシャーーーーーーーッ!

「おおおい、なんだ!! あれっ!!!?」(オーウェン)


 オーウェンの目の前ではあり得ないことが展開している。


 噴水のように舞い上がった水飛沫。


 なんとその中には、マッコウクジラのような巨大な魚影も視界に入ってきたのだ。



ブシャーーーーーーーッ!

「ちょっと待て待て待て待て!!!!」(オーウェン)


 つまりこの噴水、

 全長15~16mほどの魚を海中から無理やり空中へ吹き飛ばすほどの勢いで、こっちに突っ込んで来ているという訳だ。



「お、おーーーいっ!!!! な、なな、何なんだ、アレは!!!!!」(オーウェン)


「ア…アレが勇者様に沈めてもらう船です! 前回よりもかなり速い!」(バスコ)

 バスコの腰はブルブル震えている。


 周りの乗組員達は完全に腰を抜かしてしまい、起き上がれない。


「… (冗談じゃねえ! あんなのが衝突したら確実に死ぬ!)」(オーウェン)


 流石(さすが)のオーウェンもあまりの衝撃的な光景に、何とか平静を取り戻しても言葉が出ない。



 オーウェンは腰を(かが)め、身構えると、

「うっ…いく…いくぞーっ! 極大魔法をぶっ(ぱな)すからなー! 皆は船の何処(どこ)かに捕まってろよーっ!」

 大声で叫ぶことで、徐々に勇気を絞り出す。



 大気の温度が急激に下がっていき、

ビリビリッ! ビリビリッ!

 プラズマのような閃光が空中の至る所から発生する。



「行けーっ! 《聖魔法》聖槍(セイクリッドジャベリン)!」

ビシュッッッ!

 詠唱に合わせて、プラズマのようなモノがオーウェンの指先に高速で結集し、光の槍となって一直線に未確認物体へと放たれた。


ヒュコーーーッ!

 何とも言えない甲高い音を発っしながら空中を突き進む聖槍。



 未確認物体に当たるかどうかといった瞬間、

ピシッ!

 乾いた音と共に、一瞬で聖槍は掻き消えてしまった。



「な、なんだとっ!?」(オーウェン)

 多少の驚きと共に、

「な、なら、これならどうだっ! 《聖魔法》聖付与(セイクリッドカバー)!」

 オーウェンは直ぐ様、魔法を詠唱。


 そもそも魔法の発動に、詠唱は必要ない。


 しかし、いちいち言葉にする辺りが勇者の勇者たる由縁なのだろう。



 聖付与によってオーウェンの剣の刃にプラズマのようなモノが宿ると、

「これでも喰らえっ! 聖斬撃(セイクリッドスラッシュ)


バシューッ!

 波を切り裂く斬撃が未確認物体へと勢いよく飛んでいく。


 しかし、

「… (あんな程度の攻撃では、押しきられるぞ!)」(フランコ)


 フランコが思った通り、高速で接近する物体の巻き上げる噴水のような水飛沫と、勇者の放った斬撃の水飛沫では、明らかに勢いが違った。


 当然、高速で接近する物体の水飛沫の方が勢いがある。



ブシャーーーーーーーッ!

 爆航してくる物体に、

バシューッ!

 なんとも冴えない《聖斬撃》が当たる。



 当然、

ブシャーーーーーーーッ!

 全く影響がないかのように爆航してくる。



 周りを見渡すと、

「クソッ! もうダメだな、《転移》!」

 オーウェンの身体は甲板から霞みのように消え去った。



 勇者が居なくなったことに気づき、

「あのヤロー、逃げやがった!」(バスコ)


 その言葉と同時に、

ブシャーーーーーーーッ!

 バスコ艦隊の隙間を超高速船が縫っていく。


 そう、衝突はなんとか避けられたのだ。


 …たが、

 超高速船が通った海面は地割れのように割れていき、

ザバーーーーーッ!

 まるで滝のように割れた海面に海水が流れ込んでいく。



「や、やべえ! 海流に巻き込まれるぞ!」(バスコ)


 バスコが叫ぶよりも早く、バスコ艦隊は旗艦のバスコ艦も含めて合計7隻が割れた海面の作る急激な海流に掴まってしまう。


「とっとと抜け出せっっ!!」(バスコ)

「そ、そんなの無理っすーーっ!」(デフ)


ザバーーーーーッ!

 徐々に引き込まれていく艦隊。


「ぜっ、全艦、この海域から離脱しろーっ!!」(バスコ)


 指示よりも早く、

ザバーーーーーッ!

 艦隊が滝のように海中へと呑まれていく。



「逃げろーーっ!」

「巻き込まれるーーっ」

「急速退避っ!」

 乗組員達が必死に抵抗する。


 しかし、

ザバーーーーーッ!

バキバキバキッ!

 海割れに海水が流れ込む音とバスコ艦隊の戦艦が壊れていく音が海域全体に鳴り響き、抵抗空しく7隻の戦艦は海中へと引きずり込まれた。



その後、


「司令官ーーっ!」

「艦長ーーっ!」

「無事なら、返事をっ!」


 周囲では、何とか海割れから離脱できた43隻の乗組員達が必死に司令官達を捜索するも、誰一人として見つからなかった。



 結局、

 水深100mに及ぶほどの海割れによって発生した強力な海流は、人の力では(あらが)いようがなく、バスコ艦を含めて計7隻、総勢280名の乗組員が海の藻屑となっていった。

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