バスコ艦隊、出現
3591年11月29日
夕食時
《空間魔法》マイホーム〈食堂〉
夕食を食べながら、ルルの長い話が続いていた。
「・・・という訳、いきなり1,000体近くの魔物に囲まれて肉弾戦しかできなくて、ちょっと焦ったよ」(ルル)
「ふ~ん、大変だったんだな」(ヤマーダ)
「まあ、アタイとフジコは全然平気なんだけどさっ、オルトスの奴が弱っちくて弱っちくて」
ルルの発言には、容赦が一切ない。
「そう? 彼は人族でも強い方だと思うけどね」
そんなヤマーダのフォローも虚しく、
「ダメよ~、ダメダメ! やっぱ、人って弱くて面倒!」
ルルには通じないようだ。
魔法やスキルを封じられた程度では、ルル達の《青の迷宮》探索に全く支障がなかったと言いたいようだが…
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3591年11月30日
魔国領北部山脈・西端部〈見張り台〉
魔国領と北国との国境に位置する険しい山脈。
その山脈の西の外れに、西海域を警戒する為に設置された見張り台がある。
この日、見張り台から西の海上を監視していると、見覚えのある戦艦とそれに率いられた見知らぬ船団が突如として現れた。
『あっ!?』
イズ村から配属されたゴブ移住民が船団を第一発見する。
距離は1~2kmくらい離れている。
よく見えるものだ。
『ナマザル様に至急、連絡!』
即座に設置してある分裂体に報告する。
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《空間魔法》ヤマザル村〈養鶏場〉
気晴らしに養鶏場へ来ていたヤマーダに、
『旦那、見張り台でイズ村を目指しているっぽい船団が見つかったみたいっすよ』(イッズーム)
肩から報告があった。
「船団!? 見張り台っていう北国? …また、ソフィーヌ商会の人達か? この前、キツく追い返したんだけどなぁ」
ヤマーダの記憶ではゲンクからやって来る者は、真っ先にソフィーヌ商会が思い出された。
『商会って感じじゃないっすね。アッシの見たところ、軍艦じゃないっすかね』
イッズームの主観では、なんとも物騒な話。
「軍艦! 軍艦って、一体どこの軍よ!?」
『そんなの…知らねえっす』
イッズームは今回初めて黒い戦艦を見るので、仕方のない話だった。
「う~ん…ちょっと見に行くか…じゃあ、コカくん達、またお土産持って来るから」(ヤマーダ)
『お構いできなくてすみませんね』(コカくんA)
「あんまり気にしないでよ。ほら、キミらも色々大変じゃん」
キョロキョロと周りを見渡し慌てた態度で、
『た、大変なことなんて何もありませんよ!』(コカくんB)
『そ、そうですよ! 余計な波風を立てないでください!』(コカくんC)
コカくん達にとって、コカちゃんとは神聖?な存在なのだ。
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魔国領北部山脈・西端部〈見張り台〉
ヤマーダ、ネーコ(人化)、ルル、マサオ、
ミシェル(人化)、イッズーム、アルベルト、
イズエモン
右手で掲げた凸レンズを通して戦艦を見ながら、
「あぁ…あれは、この前に来たナバル商会所属のバスコって艦長の戦艦ですね。」(アルベルト)
裸眼で見ている、
『ワシにも、あの黒船には見覚えがあるですじゃ』(イズエモン)
二人とも見覚えのある戦艦だった。
「黒船? …あぁ、あの脆い船か…」(ヤマーダ)
ヤマーダには、スライムの投石2発で呆気なく壊れてしまったとても脆いイメージしかない。
「あんな脆さで、よくまたここまで来れたもんだよなぁ」
寧ろ、ヤマーダとしては感心してしまう。
「ねぇ、沈める?」(ネーコ)
「船の上だと戦いづらいからなぁ…村まで誘い出そうぜ!」(ルル)
二人の文字には、敵認識しかないようだ。
「いやいや、平和な話し合いかもしれないし…」(ヤマーダ)
「それは、どうでしょうか? 他の船も何やら武装しているようですよ?」
凸レンズが面白いのか、アルベルトは一生懸命バスコ艦隊を観察していた。
「私達の敵となるか、接近して調べてみてはどうでしょうか?」(ミシェル)
「調べるってどうするのさ? マーメイド魚群にでも頼むの?」(ヤマーダ)
質問に質問で返す。
「進水式が終わったばかりの《ナマザル丸》で近づいて、反応を窺ってみてはいかがですか?」(ミシェル)
ミシェルの言った《ナマザル丸》とは、イズ村で建造していた戦艦だ。
丁度、昨日が進水式だったので、出港すれば処女航海となる。
「なるほどなぁ。では、あの艦隊の近くまで、見に行ってみるか」(ヤマーダ)
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魔国領イズ村〈桟橋〉
ナマザル丸・
全長10m、型幅3.5m。
載貨重量1t。
定員7名。
※ただし、体重の重い方はご遠慮ください。
動力は魔力。
最大船速、驚異の100ノット。
総ヤマダニウム合金製。
※ヤマダニウム合金とはヤザル硬貨に使用している金属と鉄を混ぜた合金のこと。
《ナマザル丸》は、イズ村の住民に呼ばれている「ナマザル様」が由来となった、ヤマザル村の技術の粋を集めた最新鋭魔力船だ。
《ナマザル丸》には普通の船に付いているマストがない。
帆もない。
船のような形ですらない。
形はラグビーボールのような紡錘形。
先端は鋭く尖っている。
一般的な船なら、お椀を逆さまにして水の上に浮かせ、その上に人が乗るような発想なのだが、《ナマザル丸》は潜水艦のように完全な紡錘形をしており、船体全部が金属で覆われている。
因みに完全なラグビーボール状となっていて、角張った部分はほとんどない。
唯一、角張った部分は、船の先端と船尾?に出っ張っている筒のみ。
動力は船尾?についた筒から発生する《風魔法》の反発力を利用している。
即ち、風力?もしくは魔力?だ。
船の中央部分には操縦桿があり、玉のような形をしたハンドルを回すによって船尾の筒の向きが自由に変えられるので、方向転換は自由自在。
マウスのホイールの逆バージョンだ。
ハンドルの隣には水晶がはめ込まれており、操縦者の手が触れることで魔力を供給し、動力である《風魔法》を発生させることが出来る。
魔力の供給量によって、《風魔法》の強弱がつく。
つまり、速く走りたいなら、より多くの魔力の供給する必要がある訳だ。
座席は球を半分にしたような物の中に身体ごと座る必要があり、前に3席、真ん中に2席、後ろに2席のそれぞれ7席ある。
席自体は、映画館くらいしかない狭さ。
例えるなら、人が乗り込めるほど大きなガチャガチャのプラスチックの容器を、水に浮かべて、その中に座るイメージ。
そのため、身体の大きなオーガは乗船出来ない。
座席は全て、液体の上に浮かんでおり、前後左右に入れ替え可能。
これは、乗員7人の浮かんでいる席を自由に入れ替えることで、誰でも操縦できる仕組みとなっている。
そして、この液体。
実は《神水》。
ラグビーボールのような船の内部に液体が入っており、その液体の上に浮かんでいる座席に座って操縦する訳だ。
なんと言うか、
船の中に一人用の船がある感じというか、発想がガチャガチャそのもの。
視界はなんと全面スクリーン。
単純に外側は《染織職人》職の《保護彩色》、内側は《脱色》によって、マジックミラーのように中から外が見える造りになっているのだ。
ここで大きな疑問。
この船、何処から乗るのか?
それは…船の外壁部分がパカッと前後に分かれるのだ。
マトリョーシカみたいなパカッとした感じ。
乗船手順は以下の通り
①ナマザル丸の装甲となっている外壁を、マトリョーシカみたいにパカッと割る。
②乗員が乗り込む。
③外壁をマトリョーシカみたいにパコッと閉じる。
④動力を供給して外壁を密閉する。
⑤ナマザル丸を水に浮かべる。
そう!
つまりこの船は、陸で乗り込んでから、大勢の人達の力を使ってエッチラオッチラ水辺まで運んでもらう必要がある、非常に面倒臭い船なのだ。
と言っても、
二回目以降は分裂体が常駐するので簡単に《転位》出来ちゃうんだが…
『テー♪ テーテテテーテッ♪ テーテテテーテッ♪ テテテッテテテッ♪ テテテッテーテテッ♪ テテテッテテテッ♪ テテテッテーテテッ♪』
マサオがノリノリでテーマ曲?を口ずさんでいる。
『ナマザル丸! 発進!』(イズエモン)
アッレーッ!?
処女航海の「発進」ってヤツは
艦長のオレが言うんじゃないの?
ヤマーダの意図せず発進する《ナマザル丸》。
現在、定員7名の内訳は、ヤマーダ、ネーコ(人化)、ルル、ミシェル(人化)、アルベルト、ソンチョウ、ダイヒョウの7人と、カウントされないイッズーム、マサオ、イズエモン、イズサブロウ、イズノシンが乗船していた。
「なぁ、〈発進〉って艦長が言うもんだろ!」
駄々っ子のようなヤマーダの発言。
『そうじゃ』(イズエモン)
『そうじゃ』って!?
じゃあ、イズエモンが艦長なのかよ!
「俺が艦長でしょ?」
『違うのじゃ』
えっ?
オレ、艦長じゃないの?
イスカ◯ダルには行けないの?
波動砲は?
「だったら、イズエモン的には俺って何の役割なのさ?」
『お客じゃな!』
えっ!?
オレって乗組員でもない部外者ってこと?
確かに、船を造りたいって言ったのは
イズエモン達だけどさぁ…
「イズサブロウは何やってんのさ?」
『操舵士じゃな』
「イズノシンは?」
『復唱士じゃな』
復唱士って、何だよ?
「えっ? じゃあ、ハンドルの真ん中にいるマサオは?」
確かにハンドルの真ん中、一番目立つ所、イズエモンの上にマサオが居る。
『BGM担当!』(マサオ)
そんなのいる~?
一応、ヤマーダは操縦桿の一番近くに座っているが、操縦桿自体はイズサブロウが握って?いるし、艦長っぽくイズエモンが一番目立つ所に居る。
ただ、ヤマーダが水晶に手を乗っけているので、魔力を吸われるのはヤマーダの役目っぽい。
オレだけ魔力吸われ放題って…
なんか、
オレの扱い酷くねっ!
『航行実験、開始!』(イズエモン)
『『航行実験開始』』(イズサブロウ、イズノシン)
艦長の命令を部下が復唱するようだ。
確かに復唱士のイズノシンが加わると、なんかカッコいい。
そして、
ヤマーダの魔力がグングン吸われていく。
ふーーっ
ヤマーダはちょっとだけ、クラッとした。
お前らイズムシリーズの方が
オレより魔力あんだろうが!
何でオレが吸われな、あかんのじゃ!
そんなヤマーダの嘆きを余所に、実験は順調に進んでいく。
『最大船速!』
『『最大船速』』
実験は過激さを増していく。
「凄い! 海の底が丸見えですね」(アルベルト)
「あっ、あそこ! アクアトロバジーナがいる!」(ルル)
何処からか《ナマザル丸》の処女航海の話を聞いたのだろう。
海底付近から手を振っていた。
「おーい! おーい!」
ルルも手を振り返している。
「ルル、外から俺達は見えないぞ!」(ヤマーダ)
「えっ、そうなの?」(ネーコ)
何故か、ネーコが驚いていた。
段々と早くなっていき、まるで新幹線の車窓から見ているようなスピード感になっていた。
「あまり揺れないな」(ヤマーダ)
「乗り心地は悪くないわ」(ネーコ)
実際には、波風の影響を受けているのだろうが、内部の《神水》による二重構造のせいか、衝撃が吸収されているのだろう。
「あっ! 魚よりも断然速い!」(ルル)
まるで、止まっているように魚達をズバズバ追い抜いていく。
バリッボリッ! バリッボリッ!
『なかなか快適な乗り心地だべ!』(ソンチョウ)
バリッボリッ! バリッボリッ!
『いやー、景色も爽快、爽快!』(ダイヒョウ)
二人は優雅にクルージング気分で《ヤマチ》を頬張っていた。
『100ノット到達!』(イズサブロウ)
『目標クリア!』(イズノシン)
100ノット!?
聞いたこともない速度だ。
地球最速でも52ノットいかない程度。
時速185km、メジャーリーグの投手の投げるボールよりも速い。
そもそも、あまりに速いと波の影響をモロに受けるからだ。
『50ノットに減速!』(イズエモン)
『『ヨーソロー!』』(イズサブロウ、イズノシン)
船の速度がゆっくり下がっていった。
はぁ~、良かった
グングン魔力が減ってくからビビってたよ
その気になれば、席の下に溜まっている《神水》を飲めばいいだけの話だ。
ドンドンと速度は落ちていき、隣で泳ぐ魚達と同じくらいの速度となった。
『デンドンドン♪ デンドンドン♪ デンドン♪』
マサオのBGMが鳴り響く。
『潜航実験、開始』(イズエモン)
『『潜航実験開始』』(イズサブロウ、イズノシン)
何時、リハーサルしたのか、マサオとイズエモン達の息はピッタリだ。
また、ヤマーダはクラッとする。
さっきより吸われずに済んでるな
『急速潜航!』(イズエモン)
『『ヨーソロー!』』(イズサブロウ、イズノシン)
今度はグングンと深く沈んでいく。
それに伴い、段々と《ナマザル丸》も下に傾いていく。
そして、
「なぁっ! 垂直にっ! 垂直に落ちてるって!」(ヤマーダ)
アホなんじゃないかと思うほど船体が垂直に傾くと、真下へと沈んでいく《ナマザル丸》。
更に、
『最大船速!』(イズエモン)
『『ヨーソロー!』』(イズサブロウ、イズノシン)
椅子は《神水》に浮かんでいる状態なので、フリーホールのような速度で落下?していく。
「落ちる! 落ちてるって!! 堕ちてるってー!!」(ヤマーダ)
「キャーーーッ! 面(お~んも)白~い!」(ネーコ)
「イヤッホーーーーッ!」(ルル)
ヤマーダとネーコ達では真逆の反応。
特に、全面スクリーンの足下に向かって落下しているので、恐怖は倍増している。
一瞬で海底近くに到達すると、
『50ノットに減速! 水平方向1時に舵を切れー!』(イズエモン)
『『ヨーソロー!』』(イズサブロウ、イズノシン)
「フッ、フッ、フーーッ」(ヤマーダ)
やっと強烈なGから解放されて一安心。
「あー、終わっちゃった~」(ネーコ)
「もう一回、もう一回~」(ルル)
絶叫アトラクション好きのようなハイテンションの二人。
ふっ…ふざけんなーーっ!
もうやんねえよーーっ!
しかし、ヤマーダは気づいていなかった。
イズエモンが『実験終了』と言ってないことに…
ヤマーダ達の目の前に、地割れのような大きなひび割れが見えてきた。
海溝だ。
な~んか、嫌~な予感が…
《ナマザル丸》が海溝の割れ目に着くと、
『デンドンドン♪ デンドンドン♪ デンドン♪』
マサオのBGMが再び鳴り響く。
嫌な予感しかしない!
『急速潜航!』(イズエモン)
『『ヨーソロー!』』(イズサブロウ、イズノシン)
「ちょっと、マジかよ! 底が見ねえじゃんか!」(ヤマーダ)
既に、-300mは潜航している筈だ。
まさか、もっと潜るとは思っていない。
「ん! あそこは」
ミシェルが何かに気がついた。
だが、
《ナマザル丸》は既に潜航を開始していた。
今回は直ぐにフリーホール状態に。
「落ちる! 落ちる! 堕ちる!」
ヤマーダの叫びが続く。
「キャーーーッ! まただーーっ!」(ネーコ)
「イエーーイ! イヤッホーーーーッ!」(ルル)
二人も再びはしゃぐ。
『最大船速!』(イズエモン)
『『ヨーソロー!』』(イズサブロウ、イズノシン)
「バカバカバカ! ダメだって!」
ヤマーダの願いも虚しく、更に速度を上げていく《ナマザル丸》。
物凄い勢いで海溝へ落下していると、
「なんだ! あれ?」
真下に50mクラスのタコが泳いでいる。
「なぁ、なあ! ぶつかるって!」(ヤマーダ)
ヤマーダの心配を余所に、そのスレッスレを高速100ノットで通過する《ナマザル丸》。
「わーーっ! って、大丈夫だったのか」
ヤマーダ1人がワーワーと騒いでいる。
「ヤマーダ、うるさい!」(ネーコ)
「深海を楽しめないじゃん!」(ルル)
二人は文句を言い、
バリッボリッ! バリッボリッ!
『あのタコ、何人前だべ?』(ソンチョウ)
バリッボリッ! バリッボリッ!
『1,000人前はありそうですね』(ダイヒョウ)
二人は未だに《ヤマチ》を食っていた。
「あーっ! なんか耳がキーーンってなってきたぞ」(ヤマーダ)
「ホントだーっ!」(ネーコ)
「面白~い」(ルル)
違えよ!
急激な気圧の変化で耳鳴りがしてんだよ!
身体からの悲鳴なのーーっ!
約3分の真下への潜航。
だいぶ、ヤマーダも耳鳴りに慣れてきた頃、
「なぁ、なあ! アレって蛇じゃないのか?」
ヤマーダの指差す海底付近には、20~30mほどのウミヘビのような細長い物体がうっすら見える。
「あぁ、アレは蛇じゃなくて、水竜ですね。私と同じ、古竜なんですよ」(ミシェル)
ドンドンと近づいてくる水竜。
ターニャやエル、ミシェルとは体型が全く違う。
近づいてくると言うより、
ヤマーダ達が向かって行ってるのだが…
水竜の近くまで到達した《ナマザル丸》。
『50ノットに減速! 水平方向1時に舵を切れー!』(イズエモン)
『『ヨーソロー!』』(イズサブロウ、イズノシン)
やっと、スピードを緩めてくれんの…
そして、
『10,000m到達!』(イズサブロウ)
『目標クリア!』(イズノシン)
えっ、深海10,000m!?
バッカじゃねぇの!!
ヤマーダが驚くのも無理はない。
地球で一番深い深海は-11,000mほど。
-6,500mまで潜るのに2時間かかる。
つまり、
たったの4~5分で-10,000mなんて、前代未聞の記録だったのだ。
水竜の横を通り過ぎる《ナマザル丸》。
水竜の目が開いていないので、眠っているようだった。
そして水竜から離れると、
『デンドンドン♪ デンドンドン♪ デンドン♪』(マサオ)
また、例の音楽が…
『急速浮上実験、開始』(イズエモン)
『『急速浮上実験開始』』(イズサブロウ、イズノシン)
「お、おい、冗談だよな!」(ヤマーダ)
ヤマーダの不安を余所に艦首が次第に真上へと向いていく。
『最大船速!』(イズエモン)
『『ヨーソロー!』』(イズサブロウ、イズノシン)
「バ、バカ! やべぼ!」
ヤマーダが言い終わる前に急速浮上が始まり、思わず舌を噛んでしまった。
そして、急激なG。
浮力と100ノットの合わせ技で、まるでロケットが地上から発射するような衝撃だ。
い…痛い…首が…痛い
「キャホーーッ!」(ネーコ)
「イェーーーィ!」(ルル)
バリッボリッ! バリッボリッ!
『綺麗だべ』(ソンチョウ)
バリッボリッ! バリッボリッ!
『青魚が流れ星のようですね』(ダイヒョウ)
そして、さっきのタコをニアミスして更に加速。
もーーっ! 早すぎ!
耳、ずっと、キーーーン状態!
誰か、止めてーーーーーっ!!
グングン加速する《ナマザル丸》。
『テロレロン♪ テロレロン♪』(マサオ)
まるで緊急速報のような音。
『海面突破実験、開始』(イズエモン)
『『海面突破実験開始』』(イズサブロウ、イズノシン)
「ぐっ!」(ヤマーダ)
な、なんだよ!
海面突破実験って!
どの実験も開始ばっかで終了しねえよ!
ヤマーダは会話が一切できないほどのGを感じている。
そして、
バシャーーーーーーン!
物凄い音と水柱。
《ナマザル丸》は高速で海面を突破し、上空へ打ち上がっていく。
ヒューーーーーン!
打ち上がっている速度は、F1を優に超えている。
上空500m。
ヒューーーン!
徐々にスピードが落ちてきた。
上空800m。
フーーン
更に速度が落ち、
フ…
速度が0になる。
そこは上空1,000mだった。
そして、
『テロレロン♪ テロレロン♪』(マサオ)
止めてその音楽!
緊急地震速報みたいで嫌!
『海面衝突実験、開始』(イズエモン)
『『海面衝突実験開始』』(イズサブロウ、イズノシン)
「か、海面衝突って! じゃあ、これから落ちるんかーーい!」(ヤマーダ)
ヤマーダが言い終わる前に自由落下は始まっていた。
これぞ、正真正銘のフリーホール。
「キャッハーーッ!」(ネーコ)
「ヤッホーーーィ!」(ルル)
「うわーーーっ!」(ヤマーダ)
ヤマーダにとっては、《ナマザル丸》はただの絶叫マシーンだ。
海面に勢いよくぶつかると、
ドッバーーーーーン!
水柱が高々と上がった。
「痛たたたたっ!」(ヤマーダ)
衝撃というよりは恐怖で腰をおかしくしていた。
『実験終了、損傷チェック』(イズエモン)
『『実験終了損傷チェック』』(イズサブロウ、イズノシン)
暫くして、
『損傷なし!』(イズサブロウ)
『オールクリア!』(イズノシン)
何が損傷なしだよ!
オレのハートはとっくに
ブロークンしてるよ!
『速度80ノット! 進路を黒船に変更!』(イズエモン)
『『ヨーソロー!』』(イズサブロウ、イズノシン)
やっと行くのか…
実験なんかしないで、
最初っから、行ってくれよ!
こうして、
無事実験を終えた超頑丈船《ナマザル丸》はバスコ艦隊へと舵を切ったのだった。
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北国西海域海上
バスコ艦隊旗艦〈艦橋〉
バスコ艦隊には緊張が走っていた。
「未確認物体が急速に接近中!」
観測士の男性がソナー音から異変に気づき、慌てて報告を入れる。
「未確認の物体?」(バスコ)
胡散臭そうに観測士の報告を繰り返す。
バスコの反応とは逆に警戒感を露にし、
「急速ってどのくらいだ?」(フランコ)
更に追加情報を欲した。
「この音からすると我が艦の……2倍…5…まさか…10…10倍近くの速さです!」(観測士の男性)
「なに寝ぼけてんだ、お前。そんな訳あるか!」(バスコ)
「で、ですが。このソナー間隔ですと間違いありません!」
「馬鹿馬鹿しい」
やはり、バスコとは異なり、
「相手の大きさは分かるか? それは船なのか?」(フランコ)
「少し、お待ちください」(観測士の男性)
数秒後
「10m前後の大きさ、ですが、船かどうかは分かりません」(観測士の男性)
「10m、そんなのあり得ん! ある訳がない! シーギャングのシャチですら、40ノットも出せないのだぞ! 艦隊が航行している8ノットの10倍と言ったら、80ノットじゃないか!? シャチの倍以上の速さなどあり得ん!」(バスコ)
海の男は兎に角、海の生物に例えたがる。
常識では、このバスコの意見は正しい。
俊足のカジキマグロでさえ、55ノット程度なのを考えると、魚とは考えられない。
だが、船でそんな速度を出したら、転覆しない訳もない。
「で、ですが、この間隔は間違いなく…」
「ちょっと待て! 接近中と言ったな!」(フランコ)
「は、はい! あと30秒ほどで接触します!」
「バカ野郎! それを先に言え!」(バスコ)
アッサリ30秒後
「クソッ!」(バスコ)
「逃げられんぞ!」(フランコ)
バスコ艦の直ぐ脇を、
ズビュシューーーーーーーーッ!
カミナリのように何かが駆け抜けていった。
その後も、超高速でバスコ艦隊を避けるように駆け抜けていく。
「えっ!?」
バスコが駆け抜けた何かに合わせるように首を振り向けるが、速すぎて首が追いつかない。
そして、
バッシャーーーン!
物凄い水飛沫が左右に飛び散ってきた。
「おい…今の見えたか?」(バスコ)
「あんなの見えるか!?」(フランコ)
そして、無言になる二人。
「船か?」(バスコ)
「分からん!」(フランコ)
高速で遠ざかっていく水飛沫の後ろ姿を眺めながら、
「あれが船なら…」(バスコ)
「今すぐ、逃げるべきだ!」(フランコ)
とりあえず、バスコ達は北国と魔国領の国境付近の沖合いで様子を見ることにした。
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《ナマザル丸》船内
「バカっ! もう少しでぶつかるところだぞ!」(ヤマーダ)
ヤマーダはチビる寸前だった。
もしくは既に湿っているのかも…
「もし、ぶつかったらどうすんだよ!」
ヤマーダはブチギレしている。
『全く問題ないのじゃ、イズサブロウの腕を信じるのじゃ』(イズエモン)
『大丈夫でござるよ。拙者に全てお任せあれ』(イズサブロウ)
『実際、ぶつかっとらんじゃろうが』(イズエモン)
イズエモン達のアッケラカンとした態度に、
「そういう問題じゃない! 危ないんだよ!」
とヤマーダが捲し立てる。
しかし、
ヤマーダしか文句を言っていない。
他の皆は冷静そのもの。
「ねぇ、ヤマーダ。何、騒いでんのよ!」(ネーコ)
「うるせーなー!」(ルル)
いやいや、オマエらだってさっき
キャーキャー言ってたろうが!
バリッボリッ! バリッボリッ!
『大村長、折角の風情が台無しだべ』(ソンチョウ)
バリッボリッ! バリッボリッ!
『少しヤマザル様は騒がしいですね』(ダイヒョウ)
オマエらの《ヤマチ》の音も大概だよ!
そんな中、真っ青な顔をしたアルベルトが、
「ヤマザル様、ちょっと吐きそうです」
「ちょっと! こんなところで吐かないでよ!」(ネーコ)
そういえば、乗船してからのアルベルトは一言も発していない。
ずーっと気持ち悪かったのだ。
「とりあえず、これを飲め!」(ヤマーダ)
ヤマーダは座席の脇にある《神水》を手で掬うと、アルベルトに飲ませてあげた。
「おーっ! 気持ち悪さが治まりました!」(アルベルト)
「あぁ、それって船酔い、いや、絶叫マシーン酔いだから、座席を浮かべてる《神水》を飲めば治まるぞ “…また直ぐ吐きそうになるだろうけど”」(ヤマーダ)
「ありがとうございます、ヤマザル様」(アルベルト)
真っ青な顔色もすっかり治っている。
「そんなことよりも、ぶつかったら危ないだろ!」
ヤマーダが話を蒸し返した。
『それなら大丈夫っすよ』(イッズーム)
「なんで?」(ヤマーダ)
『だって、壊れるのは向こうの船じゃん』
マサオから、正論が聞こえてくる。
「えっ!」
何を言っているのか、ヤマーダには分からなかった。
『旦那、この船は総ヤマダニウム合金製なんすよ。上空1,000mからの衝撃にも耐えるんすよ。あんなチンケな船と衝突しても、《ナマザル丸》は無傷に決まってるっす』
確かにイッズームの言う通りかもしれない。
既に海面を突破し、衝突している。
考えてみると、自動車の衝突実験のようなものだ。
そう言えば………
ヤマダニウム。
それはどんな金属よりも硬いのだった。




