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《空気使い》って?  作者: 善文
78/134

バスコ艦隊、出港

3591年10月29日

早朝


北国ゲンク港町サリーナ〈波止場〉


 研修会から数日後、とある艦隊が北国の港町サリーナに入港してきた。


 艦隊の総数は50隻。

 総乗組員、2,000人以上。


 旗艦はエスタニア大陸随一の最新鋭鋼鈑戦艦、バスコ艦。

 鋼鈑で漆黒に覆われた旗艦は物凄い迫力があった。



 しかし、そんな艦隊を見て、

「お、おい! あれって!」(港湾係A)

「あぁ! 間違いない」(港湾係B)

「触らぬ神に祟りなしだ」(港湾係C)

 バスコ艦隊に向けられたのは冷ややかな視線だった。



「おい、バスコ! お前ら、港町(サリーナ)でどんな悪行を仕出かしたんだ!」(フランコ)

 今迄(いままで)に体験したことのないアウェー感に、フランコは戸惑いを隠せない。


「な、なにもしていないぞ!」

 経験したことのないほどの疎外感を感じるバスコ。


「ちょ、ちょっと待ってろ! 今、顔馴染みの奴に事情を聞いてくる!」


 憮然とした態度でバスコは、顔馴染みの港湾係を必死に探す。


 だが、おかしい。


 いつもなら、真っ先にすり寄ってくる港湾係の姿が一向に見つからないのだ。



「何かおかしい…デフ、管理所に行くぞ! 一緒に来い!」(バスコ)

「は、はい!」(操舵士のデフ)


 そんなバスコの態度に不安を覚えたフランコは、

「ちょっと待て! 俺もついて行く」


 三人は足早に波止場からほど近くの入出港管理所に向かう。



----------

北国ゲンク港町サリーナ〈入出港管理所〉


「あ、あぁ…バスコさん。…お久しぶりですね」

 いつもは愛想笑い全快の港湾係、今日に限って、態度がやけによそよそしい。


「おぉ、久しぶりだな! 元気だったか?」(バスコ)

「は、はぁ…で、なんでしょう…」(港湾係)


 バスコと港湾係にかなり温度差があることは誰の目にも明らかだ。


「おい、いつもと態度が違うじゃないか? どうしたんだ?」

「…えぇ、ちょっとよろしいですか?」


 港湾係はバスコの顔に近づき、

「“バスコさんはテーベ王国で反逆罪になったと伺いましたが…”」

 ヒソヒソと話しかけた。


「な、なんの話しだ!?」

 いきなりのことに、声が荒い。


「“ご存知ないんですか? レムにあるナバル商会は解体され、商会員は全て処刑されたって聞きましたけど”」


「「なんだとっ!!」」

 聞き耳を立てていたフランコも同時に声を上げる。


「“ここ、北国ゲンクといえど東国テーベは商売の関係上…そのぉ…なんと言うか…反逆者を支援できないんです…”」


「うむむ… (あの事が国王の耳に入ったのか…)」(フランコ)


 不安そうな表情で

「ど、どうします? 艦長」(デフ)


「とりあえず、レムに…」

 バスコが言いかけると、

「馬鹿を言うな! 反逆罪だぞっ! 戻ったら殺されるに決まってる!」(フランコ)


 テーベ王国における一番の重罪は反逆罪だ。


 仮に冤罪であっても、「疑うべきは罰する」が現テーベ国王の基本的な考え方。


 つまり、その気になれば誰でも国王のさじ加減で反逆罪に問える訳だ。


 当然、裁判と呼べる代物(シロモノ)はなく、即刻死刑が適用される。


「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」(バスコ)

「テーベに行けなければ、商売も出来ませんよ」(デフ)


 そんな狼狽している三人に余所に、

「とりあえず、ここから出ていってくれませんか? 私達も疑われたくありませんので “お金さえいただければ、物資は後でご用意しますので”」(港湾係)


「“すまんな、恩に着る”」(バスコ)



----------

バスコ艦隊旗艦〈艦橋(ブリッジ)


「これは、困ったことになったぞ」(フランコ)


 艦橋ではバスコとフランコが議論していた。



 入出港管理所でのやり取りの後、隠密部隊長のフランコは情報を収集した。


 その結果、ナバル商会が何者かに攻撃され消滅したことが判明する。



「これは、お前達が国王の密命をしくじった報復だぞ!」(フランコ)

「ぐっ…」(バスコ)


 フランコの指摘は的確だった。



 国王の密命、それはエルメスト・テーベ国王から受けた実の弟妹の抹殺依頼。


 そして、バスコは拉致した弟妹を魔国領に放置すれば、勝手に魔物達に殺されるだろうと踏んで、手を汚さずに置き去りにした。



 しかし、弟妹はしぶとく生きていた。


 そして、《魔法の植物》の件でイズ村へ訪問した際、偶然にも再会することになる。


 事が露見することを恐れ、最新鋭鋼鈑戦艦で村もろとも抹殺しようとしたが、手痛い反撃をくらい港町レムへと逃げ帰るバスコ艦。


 ナバル会長に報告した結果、バスコ達は急遽艦隊を編成し、国王の弟妹であるアルベルト抹殺へと動き出したのだったんだが…



最早(もはや)、テーベとエスタニアには指名手配されているだろう。俺達の身の置き場は何処にもないぞ」(フランコ)

「…分かっている」(バスコ)



「“ど、どうしたんですか? 艦長達は?”」(部下のゾア)

「“何でもない”」(デフ)

 小声で話す二人。


 操舵士のデフは、何も語らない。

 事が深刻なだけに、うっかり話せないのだ。


 もし、乗組員達に知られれば(たちま)ち動揺が広がり、艦隊から脱走しようとする者が続出するからだ。



 そんな中、

「か、艦長!」

 血相を変えた部下のミユが艦橋へ入り込んできた。


「おい、どうしたんだ?」(バスコ)

「客、客です!」(ミユ)


「客?」

 フランコは眉をひそめる。


 今のバスコ達は、天下のお尋ね者集団だ。

 ()(この)んで接近してくる奴は少ない。


 そんなバスコ達を訪れる客とは、(てい)よく捨て駒として利用しようとする奴らのみ。


 当然、依頼内容も裏家業が中心だろう。



「俺は気が進まん。この時期の客は追い返した方がいいぞ」(フランコ)


「そ、それが…」

 ミユは口ごもっている。


「どうした? ハッキリ話せ!」(フランコ)

「その~、勇者らしき人物を連れてまして…」(ミユ)


「ゆ、勇者だと!」(バスコ)


「… (勇者?)」

 益々、フランコは気に入らなくなった。


 何故なら半年前、「勇者は死亡した」とテーベ王室から正式に発表があったからだ。


 それ以降、勇者の噂は聞いたことがない。


 だとすると、それは本物の勇者なのか?


 何故、こんな北国の、更に北の端にある港町に現れたのか?



 フランコは、考えれば考えるほど嫌な予感しかしてこない。



「嫌な予感がするぞ。バスコ、気をつけた方がいい」(フランコ)

「あ、あぁ」(バスコ)


 バスコも断りたかった。


 だが、自分達の現状がそうさせてはくれなかった。



----------

 犬族の獣人は艦橋に入るなり、

「お初にお目にかかります。私、小さな商会を細々(ほそぼそ)とやっているソフィーヌと申します」

 挨拶をしてきた。


「ほぅ、あなたがソフィーヌ商会の代表ですか。俺はバスコ。この艦隊の司令官を務めている」

「俺はフランコ。情報担当の者だ」


 バスコ達とソフィーヌは挨拶をかわす。


 しかし、ソフィーヌの隣にいる勇者?からは特に挨拶がない。


「… (この出で立ちに、この顔。間違いなく勇者!)」(フランコ)


 北端の港町とは言え、フランコは勇者の顔や服装を多少は知っていた。


 実際の面識はないが、王宮に納入する際に何度か目にしたことがある。



「で、そちらは?」(バスコ)

「元勇者のオーウェンさんです。今は私の護衛をしてもらっています」(ソフィーヌ)


「… (元とは言え、王家が認定した勇者をたかが護衛だと!?)」

 フランコの眼は、疑いの色に染まっている。



「俺達に何の用だ?」(バスコ)

「皆様がお困りと小耳に挟みまして、商談を持ってまいりました」(ソフィーヌ)


「商談だと?」

「えぇ、王国に追われている皆様の負担を少しでも軽くしてあげたくて」 


「… (負担を軽くだと?)」(フランコ)



「護衛役の元勇者を態々(わざわざ)連れてか?」

「そんなに警戒しないでください。フフフッ、ただの小心者と笑ってください」


 互いに牽制している会話。



 そんな会話の蚊帳の外で、

「… (コイツら…ただの海賊くずれか)」(オーウェン)

 勇者は未だに無表情のままだった。



「… (とりあえず話だけでも、聞いてみるか…)」(フランコ)


 明らかに怪しい二人だが、一度客として迎え入れた以上、ぞんざいに帰すという訳にもいかない。


 ましては、元は同じ商売人である。


「あなたは俺達の役に立ってくれると言われたが、具体的には俺達に何をさせたいんだ?」(フランコ)

「フフフッ、話が早くて助かります。実は、魔国領にある《魔法の植物》を入手していただきたいんです」(ソフィーヌ)


「!」(フランコ)


 「魔国領にある」と言い切るあたり、情報力がかなりあることは間違いない。



「言い切るからには、魔国領で現物を見たってことか?」(バスコ)

「はい、この港から一番近い魔国領の村、イズという所で一度拝見しました」(ソフィーヌ)


「あの村か…」

 少し考え込むバスコ。


 確かに《魔法の植物》を知っていたが、バスコは現物を見ていなかった。



「なるほどな、それで、俺達への見返りは何になるんだ?」

「《魔法の植物》の専売権です」


「せ、専売権だと!」

 即座にソフィーヌの口から飛び出した返答にフランコは驚愕していた。



 専売権とは、町や村で特定の商品を独占して販売できる権利だ。


 独占して販売できるなら市場を独占できる。

 市場を独占できるなら商品の価格は自由に決めほうだいだ。


 商売人なら一番欲しい権利だ。


 しかし、専売権は性質上、濫用すると経済が狂うので、領主にしか発行が認められない権利と言える。


 その専売権をたかが(いち)商会が発行するというのだ。



「おい! そんなことが本当にできるのか?」(バスコ)

「勇者を護衛に雇うよりは遥かに簡単な事かと」(ソフィーヌ)


 確かに、勇者を雇うよりは簡単な話なのかもしれない。


 しかし…


「あなたの話を信じろと?」(フランコ)

「信じるかどうかは、皆様の判断に(ゆだ)ねます。私からの提案は以上です」

 ソフィーヌは話し終えると、二歩後ろへ下がる。


 後はそっちで相談してくれ、と言わんばかりの態度だ。



「ど、どうするよ?」(バスコ)

「俺は正直この話には乗り気じゃない。だが、この艦隊の司令官はお前だ。お前の判断に従う」(フランコ)


 フランコのこの判断は正しい。



 実は、ナバル商会の中では艦長と諜報部隊の隊長は同列の扱いだった。


 しかし現在、フランコはバスコ艦隊に搭乗しており、そのバスコ艦隊は軍隊集団へと変貌している。


 集団のトップが複数、判断も複数に分かれてしまう場合、その集団は分裂してしまう。


 ましては、天下のお尋ね者になってしまったフランコからしてみれば、バスコを旗印とする以外に選択肢がなかったのだ。



「うむ、そうか…わかった……」

 考え込むバスコ。



 バスコはふと、勇者に目をやってから、

「…ソフィーヌさん、あなたの提案、受け入れよう」(バスコ)

「フフフッ、ご協力、ありがとうございます」(ソフィーヌ)


 自分の顎を撫でながら、

「(フゥッ)」

 フランコは心の中でため息をついた。


「(バスコは、そう判断したか…) で、具体的には俺達にどうして欲しいんだ?」(フランコ)


「《魔法の植物》をお持ちいただければ、後のことは皆様にお任せします」


「俺達に任せるってことはモノさえ持ってくれば何をしたって良いんだな?」(バスコ)

「それも皆様の判断にお任せします」


「モノの状態はどうなんだ? 生なのか? それもと乾燥してても良いのか?」(フランコ)

「構いません」


「! (なんで、モノの状態を気にしない!)」(フランコ)


 フランコなら、この依頼は受けないだろう。


 そんなフランコとは裏腹に

「よし分かった! じゃあ、早速出発するか!」(バスコ)

「(おいっ!) ちょっと待て!」(フランコ)


 あまりに即決したバスコの態度に、フランコは後悔し始めている。


「んっ? なんだ、フランコ?」

「(最早、断れまい) ソフィーヌさん、アンタを信用できないって訳じゃないんだが、幾らか前金を貰えないか? それに、専売権についての確約書も作って欲しい」



 少しだけ眉が動き、

「… (ほぅ、コイツ! でも、コイツだけじゃ流石に無理だ)」(オーウェン)

 それでも、終始無表情のままだ。



「(へぇ、フランコという奴、結構ズル賢いじゃねぇか。まぁ、もう逃げられねぇけどな) 分かりました。1時間でご用意しましょう」(ソフィーヌ)


「おぉっ! 結構、話せるじゃねえか! よろしく頼むぜ!」(バスコ)


「… (資金援助も確約書も即決か…キナ臭いぞ)」

 フランコは一抹の不安を覚えている。



「では、1時間後に」

 そう言い残すと、ソフィーヌ達は去っていった。



----------

1時間後


 ソフィーヌ商会から5,000,000Gと確約書が届く。


「フランコ、俺達はツイてるぜ!」(バスコ)


「… (5,000,000Gだと! こんな大金を簡単に、あまりに話が出来すぎている…この商会、本当に信用できるのか?)」(フランコ)


 そんなフランコの不安など露知らず、

「野郎共! この金で食糧、物資をシコタマ買い込んでこい! 出港前の前祝いだっ!」(バスコ)


「「「アイアイサー!」」」(乗組員達)



 こうして出港の準備と宴会を行い、夕方にはサリーナを出港した。



----------

夕方


北国ゲンク港町サリーナ

ソフィーヌ商会館〈執務室〉


「今しがた、バスコ艦隊は出港しました」(商会員)

「そう、報告ご苦労様」(ソフィーヌ)



 報告を終えた商会員は執務室を退出する。



 そして、執務室には会長と元勇者の二人きりになった。


「ヤマーダ達への嫌がらせか?」

 オーウェンがポツリと話しかける。


「いやぁ、ちょっとしたイベントを提供したまでだよ。なんたって、俺様を裏切ったんだから」(ソフィーヌ)


 声は女性だが、口調は完全に男性に代わっている。


「それはそうと、あのクソ神人もそろそろどうにかしないとね」(ソフィーヌ)


「キ、キサマーッ!」

 オーウェンの目つきはとても鋭く、今にも人を殺しそうな雰囲気だ。


 ギュッと握ったオーウェンの拳からは、血が(したた)っている。


「な~に? その反抗的な目つきは? お前も相変わらずだねぇ。クソ神人の命は俺様が握ってんだけど」(ソフィーヌ)

「…す…すまない」(オーウェン)


「素直が一番。それにしてもお前、なかなか懐いてくれないねぇ。まぁ、だからこそ、ペットにしがいもあるってもんだけどさ、フフフフフフッ」


「… (クソが!)」


 オーウェンの殺意は天井知らずに高まっていた。











----------

3591年10月30日


東国テーベ首都アーセン〈王宮執務室〉


 過度に装飾された王宮執務室の玉座に座っている男が報告を聞いていた。


「・・・、以上がこの件に関する最終報告です」

 近衛の一人が報告した。


 報告を聞いていたのは、玉座に座るエルメスト・テーベ国王。


「まさか、王室御用達の商会が反逆とはな。して、反逆者の生き残りはどうなっておるのじゃ」(エルメスト)

北国(ゲンク)へと逃亡いたしました」(近衛)


(ちこ)う寄れ」

「はっ!」


「“一人残らず抹殺せよと申したではないか”」

「“流石(さすが)に海上での暗殺は困難かと”」


 近衛の言い分はもっともである。


 暗殺命令を下してから約2週間も過ぎて、王国暗殺部隊はレムに到着した。


 その頃、ナバル商会生き残りのバスコ艦隊は既に沖合いを航海しており、既に国境を越えた海上にいた。

 更にバスコ艦隊は《風魔法》も利用している。


 つまり、追い付くのは困難な状況だった。


「“して、奴らの行き先の検討はついておるのか?”」

「“はい、どうやら魔国領へ向かったようです”」



「フ、フフッ、フフフフフッ、余はついておる!」

 エルメストは大声で笑い出す。



「《鷹》を魔国領へ(はな)ち、反逆者を処刑するのじゃ」

「はっ!」


 《鷹》とは王国暗殺部隊の隠語だ


「“そして、もし魔国領にウランバルトらも()ったら、反逆者に加担しておるのじゃろう。迷わず処刑するのじゃ!”」

「“し、しかし…元公爵様ですが…”」


「“構わん、反逆罪は死刑と決まっておる。お主はとっとと《鷹》に知らせるのじゃ!”」


「ははーっ!」


 近衛は敬礼すると、急いで執務室を退出した。


「フゥ…やっと日常に戻れそうじゃ、ハーハッハッ」


 高笑いをする王様を、内心呆れている近衛兵20名が絶えず厳重に護衛している。



 そしてこの日、

 屈強な暗殺部隊《鷹》が魔国領へと放たれた。

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