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《空気使い》って?  作者: 善文
59/134

代表者会談

3591年8月2日(当日)

午後


魔国領ルル村とサクラ町の中間〈境界地帯〉


パーティー(PT)

ヤマーダ、ネーコ、マサオ、マツコ、ハニー


 ヤマーダは午後一番にネーコ達を連れて、サクラ町とを隔てている境界柵へと訪れていた。


 ヤマザル村唯一の建築家、マツコの姿もある。


「ここにちょっとした建物を作ってくれないか?」

 ヤマーダはマツコに向かって、境界柵の西側、つまりヤマザル村陣営の土地を指差した。


『ちょっとって、どんくらいだべ? 《ロイヤル邸》ぐらいだべか?』(マツコ)


  ロイヤル邸!?


『そうね。あのくらいの広さは欲しいわね』(ネーコ)


  おいおい!


「いやいや、そんなに広くなくていいから。そうだなぁ…」

 ヤマーダは(おもむろ)にマツコからこん棒を奪い取ると、地面に線を引き始める。


「ここが玄関ホールで…」(ヤマーダ)

 地面に描かれた区画は、玄関だけでも8畳ほどはある。

『フムフム』(マツコ)


「ここが打ち合わせスペースでしょ…」(ヤマーダ)

『ねぇ、台所とトイレは?』(ネーコ)


「確かに! えーと、ここに台所…ここが食堂…で、トイレ…洗面所で」(ヤマーダ)

 どんどん間取りが描かれていく。

『なるほど』(マツコ)


「最後に寝室が…ここと…ここね」(ヤマーダ)


 そんなに広くなくていい?


 ヤマーダが地面に描いた間取りをざっくり言うと、無駄に広い3LDKといった感じだ。


 特に打ち合わせする《会議室》は少なくとも20畳、35m×35mの大きさはあり、道場のような空間になっている。


「これさぁ、明後日までに出来るかなぁ?」(ヤマーダ)

『うーん…』(マツコ)

 流石(さすが)に即答することが難しい程度には広い。


『ちょっとウチの連中にも確認するべぇ』(マツコ)

 大工の棟梁ともなると、独断専行な言動を控えてくる。


『でも、無理だったらどうするのよ?』(ネーコ)

「まぁ出来ないなら、ヤマーダーマヤとの会談日を変更させるよ」

 今回の移住問題、ヤマーダはヤマーダーマヤ会側に大部分の責任があると考えている。


「だから、突貫工事でやんなくてもいいからな」(ヤマーダ)

『了解したべ。でもまぁ、建物の(がわ)だけなら問題ねぇべよ』(マツコ)


  側だけあれば十分か…


「そう? じゃあ、よろしく頼むな」(ヤマーダ)

『アタイ達に任せるべ!』(マツコ)



 こうして、ヤマーダは境界柵沿いに会談の会場となる建物を建築していった。



----------

3591年8月6日(4日後)

午後


魔国領西部境界地帯〈会談会場〉


ヤマーダ陣営

ヤマーダ、アルベルト、ソンチョウ、

ダイヒョウ、ノーラ(人化)、ハニー、

移民希望のゴブリン代表


 ヤマーダの同行者は、比較的冷静なアルベルトとソンチョウとノーラの三人の他に、ヤマーダーマヤ会の被害者でもあるダイヒョウと今回の被害者代表ゴブリンチーフの二人、連絡係ハニーを含めた6人の布陣となっていた。



 ヤマーダ達は、ヤマーダーマヤ会の代表との打ち合わせ会場へといち早く到着して、彼らが来るのを今か今かと待ちわびている。


 ただ、会場といっても、だだっ(ぴろ)いの3LDK、石造りの建物で装飾などの意匠は一切ない。


 会場となる《会議室》は、工事現場のプレハブ事務所のような閑散とした内装に、ヤマザル村製のテーブルと椅子がポツンと並んでいるだけの(いささ)か殺風景な部屋と言えた。


「会談の日時って、今日で良かったんだよね?」(ヤマーダ)

 何となく、ソワソワしている。


『はい。向こうから希望された日です』(ハニー)


「本当に間違ってないよねぇ」(ヤマーダ)

『えぇ、大丈夫ですよ』(ハニー)


 落ち着かないヤマーダは、部屋の中を回遊魚のように何度も何度も周回していた。


「ヤマザル様、少し落ち着いてくださいよ」(アルベルト)

「そうですよ」(ノーラ)


「わ、分かったよ…」(ヤマーダ)


 ヤマーダはこの年齢まで、会談に出席したことの経験など全くない。


 そもそも、たかが中学生ほどの歳で、万を優に越える集団の代表として会議を経験したことがある者など、どれほどいるのだろうか?


 身内の集まる集会とは全く違った緊張感を嫌になるくらい味わっていた。


  …緊張しすぎて、吐きそう


 そこへ、

『来たみたいだべぇ』

 ソンチョウがヤマーダーマヤ側の来訪を告げる。



 冷や汗でベトベトになってきたヤマーダとは対象的に、ヤマーダーマヤ会の出席者は堂々と会場入りしてきた。



----------

 ヤマーダーマヤ会側の参加者は6名。


 真っ先に《会議室》へ入ってきたのは、獣人族の女性。

 ヤマーダよりも小柄で、茶色い長髪の下から人懐っこい笑顔を振り撒いていた。


 爽やかな若草色の薄手のローブを身に(まと)い、足元は涼しげなサンダルを履いていて、夏の季節感満載の装いをしている。



 次に入ってくるのは、ヤマーダより少しだけ背の低い、赤いセミロングが特徴的な躍動感のある人族の女性。


 青色で統一された鎧に身を固め、これぞ護衛騎士、と言った凛々しさが感じられる。



 その次は、ヤマーダとほぼ同じぐらいの身長をした黒いドレス姿の滅茶苦茶カッコ良い女性。


 そんな彼女は、

「… (あ、(あるじ)ではないか!?)」

 縦に割れている瞳孔で、少しだけ驚きつつヤマーダを見つめていた。


 女性はヤマーダを一瞬で《(あるじ)》と認識する。


 しかし、彼女には確信が持てなかった。


 なぜなら、彼女が知っているヤマーダとは、外見が明らかに違っていたからだ。


 記憶にある黄白色の肌は赤黒く変色し、まるで焼け焦げているような色合い。


 そして、168cmと比較的大柄な彼女よりも明らかに低い161cmだったはずの身長も、目の前にいる青年は167cm、目線がほぼ同じ高さになっているのだ。


 しかし、

「(…《竜眼》に間違いはない)」(女性)



 そして次の女性、アルベルトを見るなり、

「ア、アルベルト様!」(女性)

 そんな女性をしっかりと観るアルベルトも、

「も、もしや、数ヶ月前に《深淵の迷宮》へ挑まれたヒルダ様か!」(アルベルト)

 どうやら二人は昔からの知り合いのようだ。


「えっ!? 何? どうしたの? アルベルトさんの知り合い?」

 ヤマーダがいつものような態度でアルベルトへ接していると、

「あなたっ! テーベ王家の王族、アルベルト様に向かって、なんという失礼な態度をっ!」

 ヒルダと呼ばれた女性はヤマーダの言葉遣いを注意した。


「いやいや、ヒルダ様。流浪(るろう)の身である私を、こちらのヤマザル様が拾ってくださったんですよ」

 アルベルトは必死にフォローする。


「そ、そうなんですか…」

 ヒルダはすっかり毒気を抜かれてしまった。


「ヤマザル様はこう見えて、素晴らしいお方なんですよ」(アルベルト)


 アルベルトの「こう見えて」と言った裏には、ヤマーダの外見に騙されるな、という意味が含まれている。


 何故なら、今のヤマーダは《ナマハゲ》マスクを被っているのだから。


  暗に《ナマハゲ》をバカにしてるよねぇ?


「ヒルダ様。積もる話は、また今度にしませんか?」(アルベルト)

「は、はい、そうですね」(ヒルダ)



 次も女性が入ってくる。

 そしてその女性、長く(とんが)った耳が特徴的な美女。


  エ、エルフ!?


 緑に生い茂る葉っぱのようなワンピースに、茶色い根っこを思わせる革靴を履いていて、その服装からもヤマーダの知っているエルフ(テイスト)を外していない。



 そして、最後に登場したのは、見知った女性。

 《人化》したミナミだった。



----------

“鑑定できません”


 まず初めに、ヤマーダーマヤ会の6人の女性を《鑑定》するも、誰一人として《鑑定》出来なかった。


 また不思議なことに、6人の肩にはイズムとそっくり、いや、イズムにしか思えないスライムがピョコッと乗っていたのだ。



 そんなヤマーダと同じように、

「… (なんやこの少年、《鑑定》できへん!)」(代表の女性)


 《鑑定》不能は、向こうの女性も同じことだった。



 第一声はヤマーダーマヤ会の代表から始まる。


「ウチがヤマーダーマヤ会の代表代理をしちょります、サリアっていいます。よろしゅうお願いします」(サリア)


  関西弁!?

  それに代表代理?


  代表じゃないのか?


「お、俺はヤマザル、ルル村で代表をやっている者、です」(ヤマーダ)


 サリアを皮切りに、各々が自己紹介を始めていく。


「…わたしはリン。…ヤマーダーマヤ会で代表補佐をしているわ」(リン)


『オラはソンチョウだべ、ヤマザル大村長の一番の家来だべ!』(ソンチョウ)


「ワシはターニャじゃ。サリアを補佐しておる」(ターニャ)


 ターニャはヤマーダに視線を送り、

「ヤマザル殿、ワシの顔に見覚えないかのぅ?」

 と、質問するも、

「いや、キミとは初めてだ。キミみたいな美人、一度でも会ったなら、忘れるはずがないよ」(ヤマーダ)


「フフフッ」

 ターニャは微笑み返した。



『話を戻そう、ワシはダイヒョウ。ヤマザル村へ移住したゴブリン族だ。以前、そちらの《オーガ村》を追い出された者でもある』(ダイヒョウ)


 明らかにダイヒョウは発言にはトゲがある。

 未だにヤマーダーマヤ会を敵視しているようだ。


「私はヒルダと申します。元エスタニア王家の者です。訳あって、現在はヤマーダーマヤ会に席を置かせてもらっております」(ヒルダ)


  エスタニア王家!?

  だから、アルベルトと面識が…


「アルベルトと申します。先ほど少し話に出ましたが、元テーベ王家の者です。ヤマザル様の補佐をしております」(アルベルト)


「ノエルです。護衛役です」(ノエル)

 エルフの彼女に愛想はない。


「私はノーラと申します。ヤマザル村の財政を管理しております」(ノーラ)


「あたしはミナミ。魔物の問題を主に担当しているわ」(ミナミ)


『私はハニーです。ヤマザル様の連絡役です』(ハニー)



 会議参加メンバーの紹介は終了した。



----------

「で、ヤマザルはんやったっけ。ウチらに何を要求したいんや (カネでもせびりたいんか?)」(サリア)


 サリアは、ヤマザルの正体がヤマーダと全く気づいていない。


「以前、ヘイハチってオーガに伝えたけどさ、お互い不干渉って話をしたが、ちゃんと伝わっているか?」(ヤマーダ)

「それなら、ウチも聞いとるでぇ。せやから、なんでそちらさんがウチらの問題に干渉してきたんかが、よう分からんねん」(サリア)

「ウチらの問題?」(ヤマーダ)

 表情が(けわ)しくなる。


  サリアってヤツ、

  何が問題なのか分かってないのか?


「説明してやってくれ」

 ヤマーダは移住希望のゴブリン代表に話を振った。


 この手の問題は、当事者同士の認識が一番大事だからだ。


『オラ達、ヤマーダーマヤを抜けてヤマザル村へ移住したいんだ。オラ達はそっちの町ではあまり役に立たないゴブリン族だ。別に構わんだろう?』(ゴブ代表)


「うーん…構へんけど、理由を聞かせてくれへんか?」(サリア)


 少し言いづらそうにしていたが、

『…アンタ達の使っている《お金》って物のせいで、オラ達の生活は滅茶苦茶になってしまった』(ゴブ代表)

「ん?」(サリア)


「…そ、そんな」

 リンの顔色が急に悪くなった。


『アンタ達が魔国領(ここ)へやってくる前は、貧しいなりにもそれなりの生活が出来ていたんだ。けど、アンタ達が持ち込んだ《お金》のせいで全て変わってしまった。元々やっていた物々交換もできなくなって、食べ物を手に入れることさえ困難な有り様なんだ』(ゴブ代表)

『それはワシらも同じだったな』(ダイヒョウ)


「うーん…せやけど、それやったらアンタらの努力が足りひんのとちゃうんか?」(サリア)


『あぁその通りだ。だから単純にオラ達を自由にして欲しいだけなんだ』(ゴブ代表)

「せやったら、しゃーない話や。別に行きたいヤツは行ったらえぇ、無理に引き留めたりせぇへんよ」(サリア)


「キミ、物事の本質がちゃんと分かってんのか?」(ヤマーダ)

 サリアがまるで他人事のような態度を取ったので、かなりカチンと来た。


「サリアさん達が開拓した町で生活している魔物のほとんどがそう思っているとしても、自由にしていただけるんですか?」(アルベルト)

「なんやて!」(サリア)


 流石(さすが)に、サリアもアルベルトのこの言葉には面食らった。


 ヤマーダーマヤ会の魔国領にある町4ヶ所の住民の大半は魔物達だ。


 その魔物達が一斉に町を放棄したら、町は存続できなくなるだろう。


「ちょ、ちょっと待ってぇな! そないなことされてもうたら、ウチらの町が成立せぇへんやんか!」(サリア)

「そんなこと、認められません!」(ヒルダ)

「…無理!」(リン)


「おい、サリア、リン、ヒルダ。一旦、落ち着くのじゃ」(ターニャ)


 動揺した3人をターニャが(なだ)めている。


「魔物の大半は、弱い魔物って知ってるかい?」(ヤマーダ)

「えっ?」(サリア)


 サリアにはヤマーダの意図が正確に伝わらなかった。


  分かってないのか…


「えーと、魔国領(ここ)で言うなら、ゴブリンチーフやオークなんかがそうだね。そして魔国領(ここ)の魔物の9割がこの2種類によって占められているんだ」(ヤマーダ)


『ワシらゴブリン族だけじゃない。オーク族の皆もアンタらの町から逃げたいと言っていたよ』(ダイヒョウ)

「「「!」」」(サリア、リン、ヒルダ)

 三人に与えた衝撃は激しい。


 サリア達は、エスタニア大陸の奴隷制度を廃止しようと日夜(にちや)奮闘するほど正義感が熱い。


 だが、その正義感はあくまでも人族の社会にのみ向いており、心の奥では魔物達を対等な種族とすら思っていないのだ。


 その認識の幼さが、この事件の根幹にあるのだが、今まで人族中心の社会にドップリ漬かってきた彼女達には魔物達のこうした気持ちなどとても把握できなかった。


 まぁ、無理からぬことなのだが…



----------

ティーブレイク


 ノーラが《ヤマーダ草ビター》を乾燥して作ったお茶を出席者へ配る。(第51話参照)


「なんやこれ! (ホンマにお茶なんか!)」(サリア)

「旨い!」(リン)

「うむ!」(ターニャ)

「美味しすぎます!」(ヒルダ)

「美味しいです」(ノエル)

「そうですね」(ミナミ)

 ヤマーダーマヤの6人は、《ヤマーダ茶》の旨さに感心していた。


 そして、

「(こんなん出されたら、勝たれへん!)」(サリア)

「(もしかして、ヤマザル村の食品は全てこのレベルなの!?)」(リン)

「(明らかに不味いですわ!)」(ヒルダ)

「(こんなものはとても世の中に出せない!)」(ノエル)


 彼女達が最初に感じた感情は恐怖と驚愕。


 サリア、ヒルダ、ノエルの三人は自分達の社会、自分達の経済、自分達の食品がヤマザル村の商品に侵食されてしまうことへの恐怖で占められていた。


 そして恐怖を感じた者は、その恐怖の根本を排除しようとする。


「(始末せなあかん代物(シロモン)や!)」(サリア)

「(ヤマザル村からの流通を止めなければ!)」(ヒルダ)

「(ここでヤマザルって人を始末するべきかしら…)」(ノエル)


 一度でも、既得権を手に入れた者は必ず保身に走ってしまう。


 サリア達は《ランドン商会》と協力して《ヤマーダーマヤ会》を一大勢力まで押し上げた。

 そして、他の競合相手の市場を沢山(たくさん)奪ってきたのである。


 他人の既得権を奪ったことのあるサリア達だからこそ、ヤマザル村の商品に奪われる恐怖を感じ、廃除したくなったのである。


「(こないなクオリティの商品やて!)」(サリア)

「(このヤマザルって人、わたし達の知識の遥か先を行ってるの!?)」(リン)


 サリアやリンは地球(むこう)で得た知識を少なからず利用している。


 しかしヤマーダの様々な発想は、そんな彼女達の遥か先へと飛び抜けていて、とても彼女達には追い付けそうになかった。



 ただし彼女達を擁護するなら、他者から何かを奪おうとする行為自体は、生物として非常に正しい。

 後世に残すことができる遺伝子とは、強者のみだからだ。


 ただ、ここでいう強者とは、単純な(ちから)のみではなく、環境に適応できた強者のことを指している訳なのだが…



「ありがとうね。キミ達が褒めてくれたって、皆に伝えておくよ」(ヤマーダ)


 そんなサリア達の恐怖など、ヤマーダには微塵も理解できない。



「それで、ヤマザルさんは私達に何を要求したいんですか?」

 エルフのノエルが話を進めだした。


「要求なんてしないよ。魔物達が自由に暮らせるようにして欲しいだけなんだ」(ヤマーダ)


「(この発言! やはり間違いない! (あるじ)じゃ!)」(ターニャ)


 ターニャの推測は確信へと変わる。


「…言いたいことは分かる。…でも難しいと思うわ」(リン)

「どうしてだい?」(ヤマーダ)


「…もし、魔物達が移住してしまったら…町に残された魔物達はどうなるの? …見捨てるってことなの?」(リン)

「せや!」(サリア)

「それに私達は魔物達のことを一番に思って、町を作ったんです!」(ヒルダ)


「魔物達の大半が住みたくもない町を作ったのにかい!?」(ヤマーダ)


 ヤマーダが物事の確信を突いた。


「…」(サリア、リン、ヒルダ、ノエル)


「まぁまぁヤマザル様、あまり追い詰める発言は控えましょう。サリア様達と喧嘩する為にこの席を設けた訳ではありませんよ。あくまでも話し合いでの解決を模索しましょう」(アルベルト)

「うん、分かったよ。俺もちょっと言い過ぎた」(ヤマーダ)


「(主らしいのう)」(ターニャ)

 素直に謝れるヤマーダを優しい表情で見つめている。


「(この人、自分の間違いをすぐ認めた! 何だろう…まるでヤマーダみたい!)」(リン)

 懐かしい感情が込み上げてくる。


「…アルベルト様はどう考えておられるのですか?」(ヒルダ)


「そうですねぇ…私はこの魔国領へ訪れるまで、魔物とは人族に(あだ)なす()しき存在、そう思っておりました」(アルベルト)

「はい」(ヒルダ)


「ですが、ヤマザル様と出会い、ヤマザル村で魔物達と一緒に生活するにつれ、魔物のことが少しだけ理解できるようになりました」(アルベルト)


「では、アルベルト様もそこにいるヤマザルさんと同じお考えなんでしょうか?」(ヒルダ)

「えぇ」(アルベルト)

「…」(ヒルダ)


「ヒルダ様達の肩には、スライムが乗っていますよねぇ。それに、そちらにはオーガの入会者も多いんですよね」(アルベルト)

「…はい」(ヒルダ)


「魔物とそれほどまで関係を持っている訳です。にも関わらず、ヒルダ様達の本質は魔物をどこか物として捉えていませんか?」(アルベルト)

「!」(ヒルダ)


「ヤマザル様のお考えはとても革新的です。例えば、魔物達の生活環境についてです。私は今まで、住民の生活環境をより良くすることが為政者の務めだと思っておりました」(アルベルト)

「はい、その通りですわ」(ヒルダ)


「ですが、ヤマザル様のお考えは根本から違います。生活環境なんてものは、別に何種類に分かれていようが構わないと言われたのです!」(アルベルト)

「そ、そんなこと! あり得ませんわ!」(ヒルダ)


「そうですねぇ、確かに昔の私なら、ヒルダ様と同じように思うでしょう」(アルベルト)

「ですよね」(ノーラ)


「ですが、実際に複数の生活環境を準備し、魔物達に自由意思で住みたい環境を選択させたんです」(アルベルト)

「そんな!」(ヒルダ)

「ありえへん!」(サリア)


「それに重要なことがヤマーダーマヤ会の皆さんには抜け落ちています」(アルベルト)

「それは何や?」(サリア)


「魔物達は、貨幣経済を全く知らないと言うことです」(アルベルト)

『そうだべ』(ソンチョウ)

「えぇ」(ノーラ)


「!?」(サリア、リン)


「そもそも、交換する価値があるかも分かっていない《お金》という存在を、魔物達に無理やり押し付けても、単に貧富の差が広がるだけです」(アルベルト)


「確かにそうじゃのぅ」(ターニャ)


「ヤマザル様は、魔物達が《お金》に慣れることができるように新しい《ヤザル》という通貨を作りました」(アルベルト)


「なんやて!」(サリア)

 貨幣を作り出す、そんな発想自体、サリアには全くなかった。


「まだ、物々交換が当たり前の魔物達に人族のお金《G(ゴールド)》を浸透させるには、流石に無理がありますよ」(アルベルト)

「…」(サリア、リン、ヒルダ、ノエル)


「言えてるのぅ」(ターニャ)


「ヒルダ様達皆さんは、そんな無理矢理な貨幣経済を強引に数ヶ月続けてきたんです。住んでいる魔物達が適応できなくて出ていきたくなる、そんなこと当たり前ではないのですか?」(アルベルト)


「…せやな」(サリア)

 アルベルトの話を肯定せざるを得ない。


「まず、町に住んでいる住民の自由を認めてくれないかい? そこからスタートしないと」(ヤマーダ)


「…でも、町がなくなったら、…どうなるのよ?」(リン)

「別にいいんじゃない。だって、もし本当に必要な町ならオーガ達が残るでしょう」(ヤマーダ)

「そうじゃなぁ」(ターニャ)


「住民が集まって町ができるんでしょう。勝手に作った町って施設に、無理矢理住民を収容するんだとしたら、それってただの刑務所じゃないの?」(ヤマーダ)

「!?」(リン)


 そもそも、ヤマーダには自分の作ったヤマザル村ですら、役目を終えたら解散しても良いと思っているのだ。


 生まれ出たモノは、全て必ず朽ちていく。

 それは何も食べ物に限った話ではない。

 人や物、法律や国家、言語でさえ寿命があるのだ。


 だったら、自分が作るモノにも終わりがあって当たり前。

 そうヤマーダは考えているのだ。


 しかし一年前のヤマーダには、その気持ちを表に出せないほど有能な仲間達に囲まれすぎていた。


 そんな鬱屈したヤマーダだから、ネーコ達が《円卓会議棟》で閉鎖的な会議をしていることを快く思っていなかったのだ。



「キミらのやっていることってさぁ、順序が逆なんじゃないのかなぁ。町を作ったからそこに住めって、随分と傲慢な話だよね」(ヤマーダ)


「…せやな」(サリア)

「確かに…」(リン)


「(うるさいわね!)」(ヒルダ)

「(何なのよコイツ!)」(ノエル)


 サリアですらもヤマーダの考え方に流されつつあったが、ヒルダとノエルの二人は内心穏やかじゃなかった。


「神様じゃないんだしさ、あまり魔物達をバカにするのはよくないよ」(ヤマーダ)


「まぁまぁ、ヤマザル様。ヒルダ様達も理解されたはずですよ」

 アルベルトのさりげないフォローが、

「(ヤマザル! あなたこそ、何様なんですの?)」(ヒルダ)

「(コイツ、うるさいわ!)」(ノエル)

 二人のプライドを余計に逆撫でしてしまう。


 ヒルダとノエルは変なマスクを被った若造に、無念にも言いくるめられてしまった。



「だってさぁアルベルトさん、勝手に柵作って魔物達の自由を奪ってさぁ、この人達のやってることってヒトラーと同じなんだよね」(ヤマーダ)

「! (こ、この人! 地球(むこう)の人や!)」(サリア)

 ヤマーダのこの発言に、一番驚いている。


「まぁまぁ、ヤマザル様」(アルベルト)


「フフフッ (なるほどのぅ、だから(あるじ)が《空気使い》に選ばれた訳か…(まさ)しく魔物(じゅうみん)の救世主じゃな)」(ターニャ)


 ターニャは何故ヤマーダが《空気使い》を手に入れられたのか気づいてしまった。



 人間中心の社会で生きてきた地球人は、転生たこの異世界においても、当たり前のように人族中心の生活を送ってしまう。


 しかし、ヤマーダだけが唯一、どんな生物に対しても偏見のない性格なのだから。



「(それにしてもおかしいのぅ。(あるじ)はワシらのことを全く覚えておらんようじゃ。じゃが、ステータスには状態異常の表示も出てないしのぅ)」(ターニャ)



「俺達の要求はたったの一つ。魔国領にいる全ての魔物達の自由行動権だけ。当然、悪さした魔物(ヤツ)には容赦することないよ。単純にさぁ、知識のない魔物を(ダマ)くらかしてさ、食い物にしないで欲しいって言いたいだけなんだよね」(ヤマーダ)

「ですが、そんなことしたら、魔国領が滅茶苦茶になりますよ!」(ヒルダ)


『ならねぇよ! なる訳がねぇよ!』

 我慢していたダイヒョウがキレてしまった。


「実は既に、4万体の魔物達で実証済みなんだよね」(ヤマーダ)

「!?」(サリア、リン、ヒルダ)

 最早、ぐうの音も出ない。


「本当のことなんです。ヤマザル様は、自己思考する生活環境、半自己思考する生活環境、服従する生活環境、弱肉強食の環境の4つを魔物達に選ばせたんです」(アルベルト)


「えーっ!」(ヒルダ)

「(これ以上、コイツの話を聞いてはダメ!)」(ノエル)


「そして、確かに最初の内は魔物達も幾つかに分かれて生活していましたけれど、結局、魔物達全員、私達から全て指示される生活環境を選択したんですよ」(アルベルト)


「そ、そんなこと!」(ヒルダ)

「もう、いい加減にして!」(ノエル)


 ノエルは完全に話を聞く耳を閉じている。


「ですが、事実なんですよ。もしよろしければ一度、ヤマザル村をご覧になってください。皆さんの常識が完全に(くつがえ)りますから」(アルベルト)


「…そちらさんの言い分はようわかったわ。せやけど、この場でチャチャッと答えられるような内容とちゃうわな。一旦、持ち帰らせてもらうわ」(サリア)


「…あなたは正しいと思う。…だから、出来る限り善処したい」

 リンの表情は真剣そのもの。


「“今度、お時間をいただけますか?”」(ヒルダ)

「“よろこんで”」(アルベルト)

 二人はヒソヒソと密談していた。


「ちょっといいかのぅ」(ターニャ)

「何?」(ヤマーダ)

 ターニャはヤマーダを皆から少し離れた場所へと連れていく。


「のぅ、ヤマーダ殿」(ターニャ)


  ヤマーダ!?


 ターニャは、今までヤマザルとしか呼ばれていないヤマーダの名前を呼んだのだ。


「へぇー、気づいたんだ」(ヤマーダ)

「そんなことより、お(ぬし)何故(なぜ)ヤマザルと名乗っておるのじゃ?」(ターニャ)


「いやー、恥ずかしい話なんだけど、数ヶ月前に初めて魔国領へ来たんだけどさぁ」(ヤマーダ)

「なんじゃと! (どうなっておる?)」(ターニャ)


 ターニャは内心、とても困惑していた。


 《真贋の目》で(わか)る通り、ヤマーダは全く嘘をついていない。


 バッドステータスもない。


「魔物の皆が人族の俺を見て、サルって呼んじゃってさぁ、サルのヤマーダだからヤマザルってことになっちゃったんだよね」(ヤマーダ)


「フフフッ、相変わらずじゃのぅ (やはり、主じゃのぅ)」(ターニャ)

 ターニャはいつものホンワカしたヤマーダの言葉にホッとしていた。


「数ヶ月より以前は何処にいたのじゃ?」(ターニャ)

 ヤマーダは指を口元で立てて、

「それは…内緒(ナイショ)だよ」(ヤマーダ)



 現在のヤマーダは、異世界(こっち)に来てから《転生者》や《転移者》などの元地球人に会ったことがないと思っている。


 だから、異世界(こっち)地球(むこう)の話をしていいのか、よく分からないのだ。


 そのため、ヤマーダは元地球人であることを秘密にしていた。



「ほなな」(サリア)

「…またね」(リン)


「面白かったぞ」(ターニャ)


「失礼するわ」(ヒルダ)

「フン!」(ノエル)


『ヤマザルさん、色々とすみませんでした』(ミナミ)



 サリア達6人は思い思いの言葉を残し、会談会場を去っていった。



 そして2日後、ヤマーダーマヤ会はヤマーダ達と、正式に敵対関係であることを表明する。

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