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《空気使い》って?  作者: 善文
49/134

分裂体

3591年6月19日


ヤマーダの《空間魔法》豪邸


「ビィエーーン! ヤマャーダ様!」

 ねちっこくしがみついて、泣きじゃくる幼女。


 幼女の身体は幼稚園児くらいの大きさ。


 服装は、紺のフリル付きワンピースに、白いエプロン、エブリデイカチューシャ。

 所謂(いわゆる)、メイドさんの格好だ。


「夜分にすみませんが、こちらはどちらさんのお宅でしょうか?」(ヤマーダ)

 念のために、泣きじゃくる幼女に問いかけてみる。


 今のところ、この幼女もこの豪邸も、ヤマーダの記憶には一切ない。


「ヤマャーダ様! ヤマャーダ様!」

 一向に泣き止む気配がない幼女。


「アンタ、いい加減にしなさいよ!」(ネーコ)

 ずっとヤマーダに引っ付いている幼女に、ネーコの理性が耐えられなくなっていた。


 そんな、堂々巡りのやり取りを3周回したところで、

「どちら…ヤマーダ様では、ありませんですかー。お久しぶりですー」

 奥から現れた別の幼女が受け答えしてきた。


 彼女もエブリデイカチューシャのメイドさんだ。


  カチュ~シャ~♪

  外しな~がら~♪

  キミがふ~いに振り返~て~♪


  懐かしいなこれ、幼稚園で踊ったなぁ


「ビィエェーーン! ビャマャーダ様!」


 未だに泣きじゃくる幼女Aに、

「リリー、見苦しいですー」

ドガッ!

 鈍い音と共に幼女Bのボディーブローが幼女Aことリリーの溝尾を正確に捉えた。


「リ…リ…リジー…」(リリー)

 リリーと呼ばれた幼女は、ドサッと床に倒れ込んで、真っ白く燃え尽きた。



 見事なボディーブローを咬ました幼女Bに、

「あのー、こちらはどちらさんのお宅でしょうか?」

 再度、ヤマーダが問いかける。


 幼女Bはその言葉を聞いてハテナな顔をした。


「何を言ってるんですー。アナタのお(ウチ)ですー、ヤマーダ様」(幼女B)


  間違いない!

  コイツら、オレをヤマーダって呼んだ!


  オレを知ってるんだ!


  でも、おかしい!

  異世界(こっち)に来て2ヶ月半

  こんな幼女に会ったことがない


「ネーコ様からも何か言ってやってくれですー」

 今の口振りから、幼女Bはネーコも知っているようだ。


  ネーコも知ってんのか?


「アンタなんか、知らないわよ?」(ネーコ)

「?」(幼女B)


 二人して不思議そうな顔で、お見合いしている。


  やっぱりネーコは知らないんだな


 今度はルルに向かって、

「どうなってるんですー? ルル様」(幼女B)

「アタイ、アンタを知らないよ」(ルル)


  んっ?

  どうなってんだ?


  このチビッ子は俺達を知ってんの?


  《人化》した姿のネーコも

  知ってたってことだし


  もしかして、

  未来人とかなのか!?



「キミ達って…誰なの?」(ヤマーダ)

「ヤマーダ様のメイドですー」(幼女B)


  メイド!?

  いつからオレのメイド?


  ………


  だから、

  この《空間魔法(ゾーン)》にいるのか?


「皆様、おかしいですー」

 幼女Bは、逆にヤマーダ達の反応を驚いている。


  彼女は間違いなくオレを知っている


  でも、

  オレは全く知らない

  オレの記憶はちゃんと繋がってる

  喪失している部分もない


  ………


  ネーコとルルも知っていた

  チビッ子達が嘘をついている様子もない


  これ、どう考えてもおかしいぞ!


「リン様やサリア様達は、一緒じゃないんですー?」(幼女B)


「ちょ、ちょっと待ってくれ。誰だソイツ?」(ヤマーダ)

「何、言ってんですー? ヤマーダ様のお仲間じゃないですか?」(幼女B)


  な、仲間?


  タイムパラドックス?

  平行世界?


  明らかにチビッ子達とオレ達の

  記憶が違いすぎる!


「えーと、ゴメン。俺達、キミ達の事を全く知らないんだ。済まないけど、自己紹介から始めてくれないか?」(ヤマーダ)


 一旦冷静になって、自己紹介から状況を仕切り直すことにした。


「では、皆を呼んできますですー」

 そう言い残すと、幼女Bはピョコピョコと奥の廊下に出ていった。



「…ビャ…ビャ、マャーダ様!」

 真っ白な状態から不死鳥のように復活したリリーが、またヤマーダにしがみついてきた。


「お前、少し落ち着けよ。それに(きった)ねーなー、鼻水が出てるぞ」(ヤマーダ)


 ヤマーダが指摘すると、リリーは顔をヤマーダの上着に押し付ける。


チーーン!


 事もあろうに、ヤマーダの上着で鼻をかんだリリー。


「ゲェーーッ! 何しやがる!」(ヤマーダ)


チーーン!

チーーン!

 更にかむリリー。


「離れろーー!」

 ヤマーダが何とか引き剥がした時には、既に上着は鼻水でベットベトになっていた。


  最悪だ!


「あー、スッキリしたですー」(リリー)


 ヤマーダの気分がコバルトブルーに変わり、リリーの気分はワインレッドになった。



 ヤマーダは気を取り直し、

「で、お前は誰なんだよ」


「リリーは、ヤマーダ様の専属メイド、リリーですー」(リリー)


  専属メイド!?

  オレの上着で鼻をかんだくせに?



 そこへ、

「ヤマーダ様、皆を紹介するですー」

 幼女BがCからGを連れてやって来た。


「リリー! こっちに来るですー!」

 幼女Bに呼ばれるリリー。


「リビーはこっち、リチーはここですー! それに…」

 立ち位置が大事なのか、幼女Bが一生懸命、他の幼女に指示を出している。



 幼女達はヤマーダに向かい一列に並び終わる。


「筆頭メイドのリジーですー、テルメ様のお世話係もしているですー」

 さっきまで幼女Bだったリジーが、自己紹介を始め出した。


  テルメ様?


「リリーは、リリー。ヤマーダ様の専属メイドですー」


「「掃除係のリビーとリディーですー」」

 二人は見事なユニゾンで、自己紹介する。


「炊事・洗濯係のリチーですー」

「同じく炊事・洗濯係のリミーですー」

 ザ・普通の二人。


「ウチはサリア様の専属メイド、カメコ、言いますねん」

 何故か一人だけ毛色が違う。


  サリア?


  何かコイツだけ明らかに違うよな


  関西弁だし、

  自分のことカメコって言ってたし


「“せーの”」(リジー)

「「「「「「「7人揃って、ヤマーダメイド隊っ!!」」」」」」」(幼女7人)


 戦隊ヒーローものならば、後ろがドカーンと爆発しそうなくらい、息の合った自己紹介だ。


『「「「………」」」』(ヤマーダ達)


  …頑張って練習したのかな


  ちょっと恥ずかしい連中


  どうやら、

  オレのメイドって事も間違いない



  だとしたら、疑問が残る。


  何時から?

  誰の命令で?

  そもそも、コイツらって何者?


「…えーと、キミ達が俺のメイドって事は良く分かった」(ヤマーダ)

「良かったですー」(リジー)


「でさぁ、キミ達は誰に言われてオレのメイドになったんだ?」(ヤマーダ)

「リジー達は、エル様に《召喚》されたですー」(リジー)


  エル?


「エルって、誰だ?」(ヤマーダ)

「リジー達のご主人様ですー」(リジー)


「も、もっと詳しく教えてくれ」

「エル様は、ターニャ様のメイドをしているエンシェントドラゴンの一人ですー」


  メイドのエンシェントドラゴン?


(いと)しさと(せつ)なさと心強さとを兼ね備えている凄いドラゴンですー」


  何かそんな曲、なかったか?


「なるほど、ネーコ達は知ってる?」(ヤマーダ)

「知らないわ」(ネーコ)

「知らな~い」(ルル)

『ヤマー、もう帰ろー』(マサオ)


「おかしいですー、ヤマーダ様もネーコ様もルル様もずっと前から、一緒に生活してますですー」(リジー)


  そんなバカな!


「そ、それって何時(いつ)からだ?」(ヤマーダ)

「えーと、一年くらい前からですー」(リジー)


  そんな訳がない!


  その頃って、

  オレ、地球(あっち)じゃんか!


「でも、ここ3ヶ月ぐらい、皆様は帰らなかったですー。とっても心配したですー」(リジー)


  3ヶ月、

  つまり異世界(こっち)に来てからって事?


  まさか、

  同じ時間を繰り返しているのか?



  でも、

  チビッ子達には、

  オレとの思い出がある訳だし…


  頭が混乱してきたぞ!


「アーッ! なんかよく分かんなくなってきた!」

 ヤマーダは頭をかきむしる。


 そんなヤマーダを見かねて、

「ヤマーダ、とりあえず帰ろう」(ネーコ)

「そうそう」(ルル)

『帰ろうよー』(マサオ)


  久しぶりに頭を使って、疲れたよ


「…そうだな、帰るか」(ヤマーダ)


 ヤマーダが玄関から出ようとしたら、

「ヤマーダ様のお(ウチ)はここですー!」

 リリーがヤマーダにしがみついてくる。


「えっ!?」

 困惑するヤマーダに、

「行っちゃ()ですー! ヤマーダ様~!」(リリー)

 必死にヤマーダを引き留める。


「ヤマーダ様、ここがご自宅ですー。《マイホーム》ですー。気兼ねなくお泊まりくださいですー」(リジー)

 スッと他の6人も玄関の扉の前に立ちはだかった。


  こりゃ逃げられそうにないぞ


「…で、では、泊まろうかな」

 ヤマーダは覚悟を決めて、この豪邸に泊まることに。


「ささっ、どうぞ、こちらですー」

 コロッと態度を変えたリリーがリビングへ案内する。


「“いいの、ヤマーダ?”」(ネーコ)

「“しょうがないじゃん”」(ヤマーダ)

 小声でやり取りする二人。


 そんな二人を見ていたリリーが、

「相変わらず、二人は仲が良いですー。焼けちゃうですー」


  前から仲が良いって…

  どうなってんだよ


  頭がこんがらがってくる



 こうして、ヤマーダ達は3ヶ月ぶりに《マイホーム》へ帰ることに成功する。



----------

3591年6月20日(翌日)


《空間魔法》豪邸(マイホーム)〈リビング〉


 昨日は、ヤマーダの部屋?で泊まった一行(いっこう)


 早起きしたヤマーダ達は、豪邸の中を散策していた。


 豪邸は木造一階建て。

 昨日見たとき、屋根が異様に高かったのは、天井が高いからだ。

 各部屋の扉には回転するドアノブが付いていて、形状は地球(あちら)の建具に近い。


 部屋を出て、廊下をゆっくりと歩くヤマーダ達。


 時折近づく扉を開き、部屋の中を(のぞ)きながら、廊下を歩き続ける。


  部屋数は10部屋


  他には、

  リビングが2つ

  収納部屋が2つ


 台所を通りすぎると、リチーとリミーの二人が忙しなく朝食の準備をしていた。


  台所と食堂が1つづつ


 昨夜使った風呂場を通る。


  結構広めの風呂場が2ヶ所

  男女別ってことかな?


 こうして、豪邸の廊下を歩き終えた。


  トイレが10ヶ所、洋式水洗!

  拭くものは、手触りのいい葉っぱ

  洗面所も10ヶ所、蛇口付!

  鏡まで付いてる


 ヤマーダ部屋?へと戻ると、今度は室内を物色する。


  やっぱり気になるのは、

  クローゼットに入ってる知らない服だ


 室内の備え付けクローゼットには、見知らぬ服がたくさん掛かっている。

 不思議なことに、ネーコやルルが似合いそうな女の子用と、一般女性用の服もたくさんあった。



 今度は、部屋の隣のトイレを物色。


  洗面所には、歯ブラシがある!



 一通り屋敷を探索したヤマーダ。


  なんとなく、生活感がある


  本当に誰かが

  生活していたようだな


「朝食の準備ができたですー」

 リリーが食事の時間を告げてきた。


 先ほど覗いた食堂に通されるヤマーダ達。


  家具、食器、料理…

  やっぱり記憶にないな


 ひとしきり食堂を見渡すが、ヤマーダの記憶に無い風景だった。


 食堂には、20人は(まかな)える程の大きなテーブルがあり、そこに3人分の食事が並べられていた。


  オレとネーコ、ルルの分だな


 テーブルに並べられている朝食は、バスケットにコッペパンのような物が5つと、サラダが3皿、スープが3カップ用意されていた。


  へぇー、パンだ

  久しぶりに見たな


「一人分足りないけど」

 ヤマーダはマサオの分がないことを伝える。


「こちらにマサオ様の食事も用意してるですー」

 ヤマーダ達の料理から少し離れた場所に、ザ・普通のリミーが配膳する。


 マサオに用意された料理?は、カロリーメ◯トのような物体が皿に並べられているだけだった。


  マズそー


『これ、美味しいよ、ヤマー!』

 見た目に反した感想を言うマサオ。


「嘘!?」(ヤマーダ)



 ヤマーダも料理を一口、

「う、旨い! これ旨いぞ!」

 

 口にしたパンはとても柔らかい。

 よく見ると、サラダには塩の他に胡椒とお酢と砂糖の入ったドレッシングがかけられている。


 次にスープを一口、

「これも旨い!」


 驚いたことに、ベースとなる出汁まで入っていた。


 つまり出された料理は、ヤマーダの知っている地球(むこう)の味付けに近かったのだ。


「美味しい」(ネーコ)

旨旨(うまうま)ーい!」(ルル)

 二人もムシャムシャ食べている。


 そこへ、

「本当なら、お肉や卵の料理も出したかったですー。でも、食材が入ってこないですー。作れないですー」

 リミーが切ない台所事情を告白した。


  ここには、肉と卵もあったのかよ!


「ヤマーダ様、食材を仕入れてくださいですー」(リミー)

「このままだと飢え死にですー」(リチー)

 いつの間にか、ザ・普通の片割れも参加している。


  悪いヤツらじゃなさそうだし、

  村の連中と応相談だな



 ヤマーダ達はゆっくりと朝食を堪能し、《ヤマザル村》へ戻ることにした。



----------

《空間魔法》ヤマザルの動く村〈広場〉


 昨日に引き続き、村の広場で集会することになった。


 まず、幼女達を村人達に紹介する。


「えーと、このチビッ子達は、俺の《空間魔法(ゾーン)》に住んでいるメイドさん達です」(ヤマーダ)


 すると、

「頼れる司令塔、リジー!」

「ヤマーダ様をお助けする、リリー!」

「「悪のホコリと日夜戦う、リビーとリディー!!」」

「食事洗濯なんのその、リチー!」

「好き嫌いはぶっ飛ばす、リミー!」

「世の(なか)(ぜに)や、カメコ!」


「“せーの”」(リジー)

「「「「「「「7人揃って、ヤマーダメイド隊っ!!」」」」」」」(幼女7人)

 昨日の立ち位置に加え、それぞれに決めポーズまでしている。


「…」(村人全員)

 これぞ、ポッカーン。


「…一応、悪いヤツらじゃないからね」

 ヤマーダからとりあえずのフォロー。


「…な、なるほど」(アルベルト)


「で、《ロイヤル》にはこれから、リジー達の家に住んでもらいたいんだよ」(ヤマーダ)

「何でですか?」(ウランバルト)


「いや、だって、ヤマーダハウスじゃ狭いでしょ」(ヤマーダ)


 アルベルト達は昨日、ヤマーダハウスに泊まっていた。


「そんな贅沢な! ただでさえ、私達は追われる身です。雨露が凌げるだけで十分です」(アルベルト)


  いやぁ、

  だって、

  6畳くらいの狭いワンルームだよ


  そこに男女が5人ってさぁ


「部屋は余ってるんだっけ?」(ヤマーダ)

「はいですー。部屋はヤマーダ様、リン様、サリア様、クロード様、テルメ様、ノエル様、ヒルダ様、エル様、リジー、リリー達のみですー」(リジー)


  ちょっと待て


  ヤマーダ、1

  リン、2

  サリア、3

  クロード、4

  テルメ、5

  ノエル、6

  ヒルダ、7

  エル、8

  リジー、9

  そして残りのチビッ子達で、10


  もう、無いじゃんよ


「部屋って、10部屋を全部使ってないか?」(ヤマーダ)

「まだ、台所と食堂、リビング2部屋と風呂場2部屋があるですー」(リジー)


  台所と風呂も部屋に入ってんの!?


「あそこもあるやん」(カメコ)

「あっ! 他にも広い部屋がある建物が別に一つあるですー。死体もあるですー」(リジー)


  へぇー、広い部屋ね


  …今、死体って言わなかったか?


  オレのゾーンに、

  な、何で死体なんかあんのよ!


「何で死体があんのさ!」(ヤマーダ)

 流石(さすが)に素通りできない内容だ。


「ヤマーダ様が拾ってきたですー」(リジー)

「俺が?」(ヤマーダ)

「はいですー」(リジー)


  何で死体なんか収集してんだよ!

  気持ち悪いじゃん!


  オレって変態なのか!?



 青ざめた表情のウランバルトが、

「…ヤマザル殿。いくらなんでも…私達は死体と一緒なんでしょうか?」


「無理無理無理!」

 ちょっと壊れかかっているナタリー。


「そんな訳ないでしょ。当面はリビングを使用してもらって、《ロイヤル》用に新しい建物でも建てようよ」(ヤマーダ)


「そ、それは本当ですか?」(ウランバルト)

「いいんでしょうか?」(アルベルト)

 遠慮する二人に対し、

「ありがとうございます!」(ナタリー)

「「やったーーっ!」」(オルトス、シス)

 自重しない三人。


「マツコ、キミの腕にかかっている」

 ヤマーダはマツコの肩を軽く叩く。


 なんと言っても、マツコは村唯一の猪人大工(オークカーペンター)だ。


『アタイに任せるべぇ!』

 マツコは自分の胸をドーンと叩く。


「私は一人部屋が欲しいですわ」(ナタリー)

 早速、注文住宅ならではの要望が…


「あまりワガママを言うなよ」(ウランバルト)

「シスはノーラさんと一緒がいいな」(シス)

「“…なら僕も、ルルさんと”」(オルトス)


『まず、何処(どこ)に建てるかだべぇ』(マツコ)

「厚かましいですが、ヤマザル殿の近くに…」(ウランバルト)

『なら、ヤマザル様の異空間(ゾーン)だべな。ノーラ、頼むべぇ』


 マツコは《ロイヤル》達とノーラを連れだって現地調査に行こうとする。


「ちょっと、マツコ! 俺がいないと会話ができないだろ」(ヤマーダ)


『そんなら、問題ないべ』(マツコ)


  何が?


「ヤマザル様、シスはマツコさんとなら、少しだけ話せます」

 急にシスが前に出て、自分をアピールしてきた。


「それって、本当か?」(ヤマーダ)

「はい。《魔物使い》になってから、魔物さん達の気持ちが、少しづつですが分かるようになってきたんです」(シス)


  へぇ…


『まぁ、本当に分からん時は、ボディーランゲージだべ!』(マツコ)


  …なるほど


 そう言い残すと、マツコは《ロイヤル》達とノーラを引き連れて行ってしまった。


 ノーラを連れていったのは、《空間魔法》を使える者がヤマーダ、ネーコ、ノーラの三人しかいないためだ。


 三人の異空間(ゾーン)は共有され、移動が自由になったとは言え、《空間魔法》が使えないと移動できない。


 だからそこ、ノーラを連れていったのだった。



 その後は、ヤマーダメイド隊の食事係、リチーとリミーが入念に村人達と打ち合わせをする。


「食事は生きるために一番重要ですー」(リチー)


「小麦粉が欲しいですー」(リミー)

「胡椒も砂糖も唐辛子も欲しいですー」(リチー)

「種はあるですー」(リミー)


『…はぁ』(村人達)


「肉も魚も卵も欲しいですー」(リチー)

「キノコもお酒も欲しいですー」(リミー)

『…それはちょっと』(村人達)


 二人の幼女は、村人達がゲンナリするほどあれこれと注文を付けていたが、ヤマザル村産のヤマーダ食品、特に《ヤマーダ草》13種類は好評で増産することを条件に《マイホーム》へと帰っていった。


  これからは、

  ヤマーダ麦の栽培もスタートするよ



----------

午後


魔国領《西の里》道中


パーティー(PT)

シュバルツ騎乗のヤマーダ、ノーラ、マサオ


ダダッダダッダダッ…


 《ヤマザル村》での集会が終わると、ヤマーダ達は急ぎ、荒野を爆走していた。


 そのお陰か午後には、何とか(あと)2日で行商人(ゴブジ)との約束の地、ゴブリン集落へ到着する目処(めど)が立っていた。



 そんな爆走するヤマーダ達に一筋の光が襲いかかる。


バシューーッ!

 けたたましい音ともに、シュバルツが吹っ飛ばされる。


ドガッ! ゴロゴロゴロゴロ…

 ヤマーダ達も煽りを食って、地面に叩きつけられ、高速走行の慣性で地面を6回転ほど転げ回る。


「うっ! (いっ)てーなー! 何だ! どうなったんだ?」

 ヤマーダが急いで周囲を見渡すと、

「ギャーーッ! (ヒヒーーン!)」

 シュバルツが口から血を流し、悲鳴を上げていた。


 よく見ると、シュバルツの横っ腹に風穴が開いて、内臓が見えていた。


「シュバルツーーッ! 大丈夫か!?」

 ヤマーダは急いで駆け寄ると、《回復》を使いながら、周りを警戒する。


 《魔法最適化》と《魔法の才》スキルで、《回復》の魔法が強化され、見る見るうちに傷が回復していく。


『う…うう…うん…なんとか回復してきたぞ』

 シュバルツの意識が戻り、(かろ)うじて戦線に復帰できるようになった。


  マサオとノーラは?


 見渡す視線の15m先には、倒れているノーラを守るようにマサオが何かを威嚇していた。


  状況を!


“ステータス”


ヤマーダ

体力・184/194

魔力・158/163


ノーラ

《気絶》

体力・14/54

魔力・79


マサオ

《毒》

体力・75/132

魔力・78


シュバルツ

体力・150/160

魔力・26


  シュバルツは何とか回復

  ノーラは酷い状況!

  マサオは…《毒》なのか!?


  マサオが牽制してる魔物(ヤツ)


  コイツがいきなり襲ってきたのか?


  たった一撃で

  こんなにダメージをくらった!?


  コイツ、ヤバい!


  戦力を出し惜しみしてたら、

  間違いなく()られる!


「シュバルツ! 今《空間魔法(ゾーン)》を開くから、ネーコとルル、イズムを大至急呼んできてくれ!」(ヤマーダ)

『任せておけ!』(シュバルツ)


 シュバルツが(オーロラ)に入ると同時にヤマーダもマサオの元へ駆け出した。


ピン!

 甲高い音と共に、何かがマサオを攻撃する。

 その一瞬でマサオの下半身は、消滅した。


「マサオーーーッ!」

 ヤマーダの叫びに呼応するように、敵?もモーションに入った。


  間っに合えーーーっ!


“絶対障壁っ!”


カキーーーーン!

 金属バットでの当たりのような甲高い音と共に何かが弾かれた。


 何とか、マサオとノーラを障壁の内側に()れたヤマーダは、

「マサオ! 大丈夫か!」


 《回復》をかけ、何とか事なきをえる。


カキーーーーン!

カキーーーーン!

カキーーーーン!

 敵?は、尚も攻撃を続けてくる。


 ヤマーダはそんな襲撃者を凝視する。

 しかし攻撃が早すぎるのか、残像ばかりで姿がよく見えない。


  …《絶対障壁》


  後、30秒くらいは()つか


『“…イ、イズム?”』(マサオ)

カキーーーーン!

カキーーーーン!


 マサオの呟きは、ヤマーダに届かなかった。


 ヤマーダは必死に《同時魔法》で《回復》と《空間魔法》を同時にかける。


 その甲斐あって、ノーラが回復するかどうかってところで、ネーコとルル、イズムの3人が援軍として駆けつけた。


「ネーコは《鑑定》! ルルは《支援魔法》! イズムはヤツを警戒! マサオとノーラは《空間魔法(ゾーン)》に退避!」

 到着早々3人に、ヤマーダは次々と指示を飛ばす。


 マサオとノーラは、ネーコ達が出てきた(オーロラ)を使って、急いでここから脱出する。



PT

ヤマーダ、ネーコ、ルル、イズム


カキーーーーン!

カキーーーーン!


  後、10秒くらいか…


 そんな中、

『う、嘘!?』

 《鑑定》をしたネーコが大きな声をあげた。


 PTスキル《情報共有》で、《鑑定》内容がヤマーダ達の脳裏にも写し出された。


名前・イズム

種族・スライムロード(魔物)

年齢・7歳男

………

レベル・25

体力・152(+573)

魔力・130/153(+20)

攻撃・147(+913)

防御・150(+4100)

知識・151(+14)

敏捷・157(+885)

運・153(+20)


「…う、嘘だろ」

 相手のステータスを見たヤマーダも、固まってしまう。


 そんなヤマーダの困惑に拍車をかけるように、


  イズムだと!?


  不味い!

  《絶対障壁(バリア)》切れる!


  もう一度だ!


 《絶対障壁》が切れると同時に、

“《絶対障壁》”

 再度、ヤマーダは《絶対障壁》を展開する。


カキーーーーン!

カキーーーーン!

 敵イズムは休む間もなく、攻撃し続けている。


  オレやネーコ、ルルじゃ

  絶対に勝てない!


  唯一の望み、ウチのイズム


名前・イズム

種族・スライムロード(魔物)

年齢・7歳男

………

レベル・31

体力・161(+3027)

魔力・162(+20)

攻撃・156(+517)

防御・159(+535)

知識・160(+16)

敏捷・166(+320)

運・162(+20)


  クッソーッ!

  体力以外は、

  ほとんど負けてやがる!


  一番不味いのは、防御と敏捷!

  低すぎる!!


  これじゃあ、

  攻撃が当たんないし

  当たってもダメージにならない


  致命傷だっ!!


カキーーーーン!

カキーーーーン!


  …ま、まず、勝てねぇ


カキーーーーン!

カキーーーーン!


  後、30秒


  とりあえず、話してみるしかない!


カキーーーーン!

カキーーーーン!


「ちょっと、話をしないか?」(ヤマーダ)


 敵イズムからの攻撃が止んだ。


『何じゃ、喋れるヤツとは珍しい』(敵イズム)


 念のために、《絶対障壁》を張り替える。


  クッソー!

  後1回しか使えねぇ!


「何で俺達はキミに攻撃されたのかって思ってさぁ」

 ヤマーダは、できるだけ刺激させないような話し方を試してみる。


『そんなの、ワイの勝手じゃろが!』(敵イズム)

カキーーーーン!

 急に攻撃してきた。


 会話の途中でもお構い無しのようだ。


  マジかーっ!

  会話にならないじゃんか!


  一旦、逃げるか…


「もしかしたら、俺達はキミに大事な物を持ってるかもしれないよ?」(ヤマーダ)

 会話へ持ち込むように、多少のハッタリをかましてみる。


 また、攻撃が止んだ。


『そりゃ、何じゃ? 言うてみぃ』(イズム)


  後、30秒


「飯!」(ヤマーダ)

カキーーーーン!


 どうやら、回答を間違えたようだ。


  やっぱり無理か?


カキーーーーン!


 攻撃が続いている状況で、

『何で、アッシらを攻撃するんすか!』

 日頃から穏和なイズムが大きな声を張り上げた。


『なんじゃ! そ、その姿! …ワイと同じなのか?』(敵イズム)


 敵イズムが攻撃を止めた。


『もう、これ以上の攻撃はやめるっす!』(イズム)

『オマエ、えらく強気じゃねぇか』(敵イズム)


『アンタは強いっす。アッシよりずっと強いっす。でも強くなれたのは、それだけ多くの魔物を食ったって事っす』(イズム)


『だから何だってんだよ!』(敵イズム)


『本当にそんなことがしたいんすか?』(イズム)

『…』(敵イズム)


『アンタはただ、話し相手が欲しかったんじゃないっすか?』(イズム)

『…』(敵イズム)


『アンタの気持ち、アッシには何となく分かるっす。アッシには最初からヤマーダの旦那がいたっす。だから寂しくなんてなかったっす』(イズム)

『…』


『でも…アンタは違ったんすね』(イズム)

『…』(敵イズム)


『もうこんなこと()めるっす。こんなに強くなっても、誰も認めてくれないっす。だから…』(イズム)


 話の途中で《絶対障壁》が切れてしまい、

『オマエ、ゴチャゴチャうるせえよ!』(敵イズム)

ジュパッ!

 敵イズムの触手《急所突き》がイズムのボディーに決まった。


 イズムの身体は無惨にも2つにちぎれ、高速で岩壁に激突した


イズム

体力・-3020/161(+3027)


「イ、イズムーーーーッ!」

 ヤマーダの中で何かが弾けた。


「『イズム!』」(ネーコ、ルル)


 ヤマーダは、じっとしたまま項垂(うなだ)れている。


『ヤマーダ、気をつけて!』ネーコ

「ヤマーダ!」(ルル)


 二人の声はヤマーダに届かない。


『次はお前らの番だ!』(敵イズム)

「“うるせえよ!”」

 ヤマーダはぼそっと呟いたが、誰も聞こえない。


『今、何か言ったか?』(敵イズム)

「うるせえって言ったんだよ!」(ヤマーダ)

バシッ!

 ヤマーダの右側ストレートが敵イズムのスライムボディーにめり込み、そのまま岩壁までぶっ飛ばした。


敵イズム

体力・15/152(+573)


『な、な、なんでワイがダメージを受けるんじゃーーっ!』

 敵イズムはあまりの不条理に激昂していた。


本来なら、

攻撃 174 のヤマーダに対し、

防御 4250 の敵イズム

ダメージを与えられるはずがない。


「てめぇはバラバラの粉微塵にしてやる」

 ヤマーダの目付きが完全にいつもと違う。


『…な、何なんだよ、コイツ』(敵イズム)

 ヤマーダの異様な殺気に押され、さっきまでの威勢がない。


『ふ、ふざけんな!』(敵イズム)

 余裕のない、破れかぶれの突撃。


パシッ


防御 152 のヤマーダが

攻撃 1060 の敵イズムを

片手で受け止める。


 ヤマーダは投球フォームから、大きく振りかぶって、

「てめぇはーー! くーたーばーれーーっ!」

 岩壁に向かって全力で投げつけた。


ドガッバーーーン!

 まるでダイナマイトで爆発したように、岩壁はぶっ飛び、敵イズムの身体はベチャッと地面に広がっていた。


敵イズム

体力・-570/152(+573)


『…う……う……な…ん…で……』

 もはや、敵イズムは虫の息だ。


 ヤマーダは(どど)めを刺すべく、敵イズムに近づいていく。


『…た……た……す……け……て…』(敵イズム)


 敵イズムの声は、もはやヤマーダの耳には届かない。


 そんなヤマーダを遮るように、

『だ…旦那…そ、そこまで…っす』

 瀕死のイズムが敵イズムを(かば)った。


「…イズム」

 ボロボロのイズムの姿を見て、ヤマーダは理性を取り戻した。



“《回復》”

 ヤマーダは2つにちぎれたイズムを拾い、《回復》の魔法をかけてやる。



 すると、2体に分かれたイズムの両方がツヤッツヤに回復してしまった。


「イズム! 身体が2つになってるけど大丈夫なのか?」(ヤマーダ)

『『問題ないっすね』』

 2体のイズム(イズムズ)が同時に話す。


『『どうやら、アッシの《分裂》スキルのお陰っす』』(イズムズ)

「へぇ~」(ヤマーダ)


『『でも、こんな感じで別々にも動けるっす』』

 そう言うと、2体別々に動き始めた。


 1体はヤマーダの肩をちょこまかと回り、もう1体も足元でちょこまか回っている。


「何か、変な違和感とかないのか?」(ヤマーダ)

 いきなり2体になったイズムズが心配でたまらない。


『平気っす、レベルも能力も同じっすね。あっ! でも、《能力吸収》した力は分配されるみたいっすね』(肩イズム)

『平気っす、レベルも能力も同じっすね。あっ! でも、《能力吸収》した力は分配されるみたいっすね』(足元イズム)

 スピーカーのように、肩と足元の両方から声が聞こえる。


「…同時の声って、聞いてるこっちが気持ち悪いな」(ヤマーダ)


『なら、こっちだけにするっすね』(肩イズム)

「そ、そんなことも出来んのか!」(ヤマーダ)


『両方ともアッシですから』(肩イズム)


  でも、これは使える能力だぞ


「とりあえず《刑務所》が心配だから、イズム、どっちか行ってくれるか?」

『分かったっす』(肩イズム)


 ヤマーダがいつもの(オーロラ)を展開すると、足元のイズムがピョコピョコと入っていった。


『今度は、アンタの番っすね。旦那、コイツにも《回復》をお願いするっす』(イズム)

「…えーっ!」(ヤマーダ)


『頼むっすよ、旦那』

「…うーん」


 ヤマーダが《回復》の魔法をかけるか迷っていると、

『ちょっとヤマーダ、何するつもり?』(ネーコ)

「アタイ達じゃ、コイツに勝てないよ!」(ルル)

 敵イズムの能力を知っているだけに、二人は警戒を緩めていない。


『ネーコ、ルル。コイツはもう、大丈夫っすよ』(イズム)


 残念ながら、イズムの言葉は二人に通じない。

 しかし二人は、この場の成り行きで事情を察していた。


「何が大丈夫なんだ?」(ヤマーダ)


『だって、アッシもコイツも元は同じ魔物(スライム)だったんす!』(イズム)

『…』(敵イズム)


 この敵イズムは、元々 1250 体いた《分裂体(イズムズ)》の1体。

 多重意識の苦痛から独立した個体だった。


『アッシ、分かっちゃったんす。アッシは昔、旦那に出会ったことで、この能力を旦那から(もら)ったんだって』(イズム)

『…』(敵イズム)


『だから、アッシとコイツはどうやっても旦那に勝てないんす』(イズム)

『…』(敵イズム)


 イズム達の能力の高さは、ヤマーダが《進化》させたことに由来している。

 ヤマーダを心底信頼する、《思考パスの共有》の賜物だ。


 つまり、ヤマーダを攻撃するという事は、能力が封印され、本来のポイズンスライム程度の能力しか発揮できないのだ。


「うーん、でも、俺は異世界(こっち)に来てから、イズムに初めて会ったよ?」(ヤマーダ)


『旦那にはそうかもしれないっすけど、アッシには出会った時から、旦那との魂の繋がりを感じたっす』(イズム)


「…それはアタイも感じた」

 ルルも同じ様に感じていたようだ。


 敵イズムに向き合うと、

『アンタも感じたはずっす。だから旦那に攻撃出来なかったんす』(イズム)

『…』(敵イズム)


『どんなにアッシらが強くなろうとも、アッシらは旦那が大好きなんす!』(イズム)

『…うっ…』(敵イズム)

「アタイも!」(ルル)


 少し遅れて、

『でも一番はアタシだから』(ネーコ)


  はいはい


『旦那、コイツを回復させてやって欲しいっす!』(イズム)

「…分かったよ」(ヤマーダ)


 そして、ヤマーダは敵イズムを《回復》させてやる。



 回復した瞬間にシュッと辺りを飛び回り、

『ウワーハッハッ! ワイを回復させるとはバカどもめ!』

 敵イズムが高らかに声を張り上げた。


「コイツ!」(ルル)

『やっぱり!』(ネーコ)

 敵イズムが攻撃をしてくるのを、未だに警戒していたネーコ達。


パシッ!

 ちょこまかと動き回る敵イズムをヤマーダは軽くワンハンドキャッチする。


『な、何するんじゃ、キサマ!』(敵イズム)


「また、殴られたいのか?」

 ヤマーダは、優しい口調で諭してやった。


『…』(敵イズム)

『アンタも素直になるっす』(イズム)


 ヤマーダは敵イズムをそっと岩場に置くと反対方向を向き、

「じゃあ、俺達は行くから。お前も悪さばっかりしてんなよ」

 そう言い残し、去っていこうとする。


『オイ、ふざけんな! 勝手に行こうとすんな!』

 敵イズムはヤマーダの肩に乗ってきた。


『オマエと本当に繋がりがあるなら、ちゃんと証明しろよ!』(敵イズム)


  繋がりって言われても…


  コイツもイズムか…

  同じ名前って、なんか可哀想


折角(せっかく)だし、改名するか? どうせなら、お前に合った名前を名乗りたくないか?」(ヤマーダ)

『改名!?』(敵イズム)


「元は同じスライムかもしれないけど、今は違うんだろ? だったら、お前も自分の名前が欲しいだろう?」(ヤマーダ)

『!』(敵イズム)


  最初の攻撃、

  あまりにも速くて見えなかったな


  まさに疾風(しっぷう)


  疾風…

  疾風か…


  疾風の別の呼び方があったよなぁ


  …ハヤテ、そう疾風(ハヤテ)


「ハヤテ、なんてどうだ?」(ヤマーダ)

『ハヤテ…ハヤテ…』

 敵イズムは何度も反芻している。


 そして、

『ハヤテ! うん! 良い! 良いぞ!』(敵イズム)


“ヤマーダはイズムを従えた”

“ヤマーダとイズムの思考パスを再接続”

“成功”


“イズムから改名が申請されました”


  へぇー、

  改名って、

  名前を持っている側からの申請なんだな


  もちろん、Yes


“イズムはハヤテに改名しました”

“ハヤテを別個体と認定”


  別個体、ふーん


“ヤマーダは厄災(やくさい)クラスの魔物を従えた”


  敵イズム…あぁ、ハヤテか

  コイツ、厄災クラスだったのかよ


“厄災クラスの魔物に従えたため《魔物の覇者》へ転職が可能になりました”

“《魔物の覇者》に転職しますか?”


  《魔物の覇者》!?

  良い響きだ!


  まぁ、重職の残りは1職分あるし


  レアっぽいしな!


  Yes !


“パーティー間での思考パスを再構築します”

“成功”

“パーティー間での魔法・スキルの再共有”

“失敗”


“規定の種族が不足しています”


“《竜の使徒》の解放に失敗した”


「何だ、これ?」(ヤマーダ)


 ステータス先生の成功・失敗発言に驚くヤマーダ。


  早速、調べてみるか


ヤマーダ

職業・魔物の覇者(Lv1)new

スキル・能力共有(Lv1)new

    魔法共有(Lv1)new

    スキル共有(Lv1)new


  おーっ!

  増えてる!


魔物の覇者・

魔物を従える絶対覇者。

従えている魔物と《能力共有》《魔法共有》《スキル共有》することができる。

能力補正は全能力値、Lv×5。

ただし、能力補正はLv5以上に到達した場合に限られる。


  なるほど


能力共有(Lv1)・

従えている魔物1体と能力を共有することができる。

共有する能力値は、数値の高い値とする。

ただし、能力値の上限は100まで。


  これってつまり、

  ルルと共有すると

  オレの体力は 47 → 100 になるが

  ルルの体力は 306 → 100 となる


  上限が100しかないなら、

  とても使えないスキルだな


魔法共有(Lv1)・

従えている魔物1体と魔法を共有することができる。

同じ魔法が存在する場合は、魔法レベルの高い値とする。


  《空間魔法》を他の仲間も

  使えるってことか!


スキル共有(Lv1)・

従えている魔物1体とスキルを共有することができる。

同じスキルが存在する場合は、スキルレベルの高い値とする。


 真っ先に、ヤマーダは《魔法共有》と《スキル共有》をルルと行った。


 ルルに《空間魔法》を使わせること、ルルの《職業適性》スキルを得ること、この2つが一番重要に感じたからだ。



 一区切りついたので、

「じゃあ、またな」

 ヤマーダは再び、ハヤテを岩場に置こうとする。


 すると、

『いやいや、おかしいだろ! ワイも連れていけや!』

 ハヤテはヤマーダの肩に舞い戻ってきた。


「お前、自由になったのに、俺達についてきてもいいのか?」(ヤマーダ)

『…構わねぇよ。どうせ暇だし』(ハヤテ)


「後悔しないんだな?」(ヤマーダ)

『あぁ!』(ハヤテ)

 気持ちの整理がついたのか、言葉に迷いがなかった。



「ところでさぁ、なんで俺達を攻撃したんだよ?」(ヤマーダ)

『そりゃ、お前の顔が気持ち悪くて、敵だと思ったんだよ』(ハヤテ)


「俺の顔?」(ヤマーダ)

 ヤマーダはペタペタと自分の頭を触り、

「あーーっ!」


 そう!


 ヤマーダが着けている《ナマハゲ》マスクがこのいざこざの原因だったのだ。



----------


《空間魔法》ヤマザルの動く村〈円卓会議棟〉


 夕食に舌鼓を打っていると、新たに加わったハヤテが何か仕事をしたいと言い出した。


 村人を夜の広場に集めるのも、いささか可哀想なので、ヤマーダが翌日にしようと提案する。


 そこへ、使っていない建物があるとのネーコの言葉で、ヤマーダも未使用の建物を思い出した。


 ヤマーダは住民全員を中央に丸いテーブルがある闘技場のような建物、《円卓会議棟》に集め、皆の意見を聞くことにした。


 席は各自で適当に座るが、一番豪華な椅子はヤマーダが座り、そのヤマーダの上に《人化》したネーコが座っている。



「じゃあ、始めましょうか」

 アヤカシギツネのネーコが始まりを告げる。

 本来ならヤマーダの役目だが、何の違和感も感じない。


 ヤマーダの肩から降りて丸いテーブルにチョコチョコと移動したスライムロードのハヤテが、

『ワイのために態々(わざわざ)集まってもらって、すまんな。新たに仲間に加わった《ヤマーダの右腕》ことハヤテだ。気軽にハヤテ様と呼んでくれ』

 と、自己紹介も兼ねた挨拶をする。


「自分の事をハヤテ様って呼べってさ。生意気なヤツだから、呼び捨てしてやろうよ」

 ゴフリナクイーンのルル。


「あのスライムさん、ハヤテ様って言うんだってさ」

 《ロイヤル》の《魔物使い》、自分。


 今回から通訳をする人が、ヤマーダを入れて10人に増えた。

 まずは《言語理解》を持つヤマーダ。

 次に《スキル共有》によって《言語理解》を使えるようになったルル。

 《魔物使い》職で片言程度には話せるシス。

 そして、《ヤマーダメイド隊》の皆さん。


 シスはネーコと同じように、《人化》したノーラの上に座っている。



  ハヤテの言っている内容と

  ルル、シスが訳す内容に

  ちょっとしたズレがある気がする


『なんか生意気なヤツだべぇ』

 オークチーフのソンチョウ。


『ほんとですね』

 ゴブリンメイジのダイヒョウ。


 ルルから通訳された言葉を聞いた村人達は不快になり、


「是非、よろしくお願いします」

 《ロイヤル》リーダー、《戦士》のウランバルト。


「色々と教えてほしいですわ」

 《ロイヤル》の《魔法使い》、ナタリー。


 シス側の《ロイヤル》達は、好意的に受け止めているようだ。


『ヤマー、アイツ嫌い!』

 やられた記憶のあるカマキリのマサオは、単純に嫌っている。


『同感だな!』

 馬のシュバルツも同意見。


 建物が広いので、馬と牛の夫婦も安心して集会に同席している。



『ワイ、何か役に立つ仕事がしたいんだ!』(ハヤテ)


「ふーん…でアンタ、何が出来んのよ?」(ネーコ)


『何でもじゃな』(ハヤテ)


  大きく出たなぁ


「では、料理はどうですー?」

 メイド隊の隊長、リジー。

『う、うむ…無理じゃな』(ハヤテ)


「掃除洗濯はどうですー?」(リジー)

『む、無理かな…』(ハヤテ)


「じゃあ、農作業なんかはどうだ?」(ヤマーダ)

『難しい…かな』(ハヤテ)


『建物は簡単だべ、誰でも造れんべぇよ』

 オークカーペンターのマツコ。

『無理無理! ワイほら、スライムだし…』(ハヤテ)


「結局、アンタは何ができんのよ!」

 早速、何にも出来そうにないハヤテに、イライラがヒートアップしてしまうネーコ。


  はーい、イライラしないの

  もっと優~しく、優~しく


  あーこんな時、

  小魚でも食べさせられればなぁ


  カルシウム、足りないんじゃない?


 集会の開始5分で、ヤマーダはネーコを撫で始める。


『うん、魔物を《吸収》するのは得意だな! それに「えっ! こんなに速く動けるんですか、ハヤテ様。尊敬しちゃう。チュッ!」ってくらいには速く動けるぞ!』(ハヤテ)

 ちゃんと声色を理想の女性に変えている。


 そして、実際に速く動いてみせた。


 テーブルの上には、ハヤテが2体いるように見える。

 要は、残像を利用して高速移動が出来る程度には速いようだ。


「2つに見えるくらいのことしかできないってさ」

 ルルが、ハヤテの高速移動をつまらない手品程度の価値観で話す。


「分身してるみたいに速く動けるって言ってます」

 逆にシスは、初めて手品を見るように感心している。


 また、通訳に問題が…


 否定派、

『くっだらねぇ能力だべ』(ソンチョウ)

『せめて農作業は出来て欲しいですね』(ダイヒョウ)


 肯定派、

「素晴らしい!」(ウランバルト)

「面白い能力ですね」

 《ロイヤル》の《魔法使い》、アルベルト。

「僕もルルさんの通訳がいいな」

 《ロイヤル》の《戦士》、オルトス。


 肯定派と否定派に分かれてしまう。


「ヤマーダ様、メイド隊は女性限定です」(リジー)


  別にハヤテをメイドにしないからね


  言われなくても大丈夫だから!



 そんな否定ムードの空気を変える一言が、

『育成なんてどうっすかねぇ?』(イズム)


『育成…育成かぁ…うん! 面白そうだ!』(ハヤテ)


  育成か…誰を?


  とりあえず《ロイヤル》でいいか…


「じゃあ《ロイヤル》を育成してくれない?」

 ヤマーダはアルベルト達へ手を向けて、ハヤテに紹介する。


 ハヤテはアルベルト達に近づいていき、

『えーーっ! コイツらって見た目からして弱くないか?』


「あぁその通りだよ。お前の10%の力にも負けると思うよ」(ヤマーダ)


「…10%って」(ウランバルト)


 ウランバルト達の周りをチョコチョコと動き回り、

『おいおい嘘だろう? マジで無理だ、こんな弱っちいヤツら。よくこれまで生きてこられたって感じだよ。この弱さなら、死神サソリの赤ちゃんにも負けんじゃねぇか? とても魔国領(そと)魔物(れんちゅう)には(つう)じんぞ』

 ハヤテの言い方には一切容赦がない。


「何だハヤテ、いきなり降参か? 能力(ちから)がある割に、弱いヤツすら鍛えられないのか? お前ってその程度なの? やっぱり、弱者を鍛えられるヤツが本当の強者じゃないのか?」(ヤマーダ)

『弱者を鍛えられるヤツが本当の強者!?』(ハヤテ)

 ヤマーダの言い方がハヤテの心に響いたようだ。


「…私達、弱者…なんですね」(ウランバルト)

 しょぼんとしている。


「別にハヤテが無理ならいいぞ、ルルにやってもらうから」(ヤマーダ)

『何を言う! 全然、無理じゃないぞ!』(ハヤテ)


「いや、無理でしょ」(ルル)

『絶対、無理じゃないから!』(ハヤテ)


「ふんっ! じゃあ、ハヤテがちゃんとできるかアタイ、監視するから!」(ルル)

『勝手にせい!』(ハヤテ)


 《ロイヤル》の教育係にハヤテ、監視係にルルがなることに。


「ヤッタ!」

 ルルの参加に、喜ぶオルトス。


 シスが次いでに、

「ノーラさんも来てくれません?」

「私はヤマザル様を《西の里》まで案内する役目がありますので、難しいですね」(ノーラ)

「…そう、ですか」

 逆に落ち込むシス。


「じゃあ、ハヤテは《ロイヤル》の教育係ということで決定!」

 最後の締めを、ネーコが勝手に宣言する。



 今回の集会は、これでお開きとなった。



 そしてここに、ヤマーダ達の新体制が始まった。




《西の里》救援班

ヤマーダ、ネーコ、イズム、マサオ、

マツコ(予備)、シュバルツ


《ヤマザル村》農作業班

オーク村人、ゴブリン村人、リチャード、

ハナコ


《サクラ》情報収集班

ソンチョウ、ダイヒョウ


《刑務所》看守班

イズム(分裂体)


《サクラ近郊》鍛練班

《ロイヤル》PT、ルル、ハヤテ、クリスティ


豪邸(マイホーム)》管理班

ヤマーダメイド隊




《空間魔法》一覧


ネーコの《空間魔法》

入口:サクラ近郊

・ヤマザル村

・円卓会議棟

・ヤマーダハウス

・農地

・海


ノーラの《空間魔法》

入口:サクラ近郊

・刑務所


ヤマーダの《空間魔法》

入口:《西の里》道中

・マイホーム

・遺体安置所(未確認)

・牧草地


ルルの《空間魔法》

入口:魔国領の中央へ順次移動中

・食糧保管庫(未確認)

・冷蔵室(未確認)




ネーコ《転位》スキル

未設定 ↔️ サクラの廃屋

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