ヤマーダPT再集結
炭鉱の町ザルツ・
中央国エスタニアの東に位置し、東国テーベとの玄関口。
人口は、約7,000人。
鉱山用の奴隷が人口の大部分を占める。
領主は、フラウ・セルジュ伯爵。
セルジュ姓とは、伯爵に叙爵された者のみが名乗ることを許されているものだ。
因みに、伯爵位は宮廷闘争で活躍した者に叙爵される。
そのため、次に行われるであろう宮廷闘争において、結果を残さないと伯爵位は没収されることとなる。
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《空間魔法》マイホーム〈リビング〉
ヤマーダ、ルル(ゴブリナファーマー)、
ターニャ(エンシェントドラゴン:人化)、
イズム(スライムロード)、
エル(エンシェントドラゴン:人化)、
アダル《裏通りの光》、ヒルダ(元公爵)、
リリー(ブラウニーの給仕)
ルルのレベルが最大になったので、ヤマーダは《ゴブリナクイーン》へと進化させてから、会話を始める。
「イズムから報告のあったザルツ領主についてなんだけど、元貴族のアダルと王族のヒルダにそっち方面の意見を聞きたいんだけど…」(ヤマーダ)
「すまないヤマーダさん、ザルツの領主は全く知らないんだ」(アダル)
「私は、見知った程度ですが多少は知っております」(ヒルダ)
アダルは知らなくて、
ヒルダは少しだけ顔見知りってことか…
ってあれ?
オレのサリえもんがいない?
「今、気付いたんだけど…サリアって、どこかに用事?」(ヤマーダ)
「テルメちゃんと里帰りしてますよ」(ヒルダ)
あ~、《神託の儀》ってやつの報告か…
「そうかぁ…貴族相手なのに、知恵袋が使えないとは…」
ヤマーダはなんだかんだ言ってサリアを頼りにしているのだ。
「大丈夫ですよ。私がその分、フォローしますので」
ヤマーダの愚痴に、生真面目なヒルダが反応する。
「そう…有り難いけど、ヒルダの生死って内緒にするんでしょ? 表の世界にウロチョロしちゃって大丈夫?」
国王の姪に当たるヒルダの生存は、仲間達と相談して、しばらく表には伏せることでまとまっている。
「大丈夫ですよ。ほら、この仮面見てください。素顔が隠れますから」
「これーっ! マ、本気ですか!?」
ヒルダが手にしている仮面。
赤焼けた肌、頬は痩せこけ、目はつり上がり、口からは牙が生えている。
分かりやすく言えば、般若や鬼のお面のような感じだ。
確かにそれなら
ヒルダとは分からないだろうけど…
こんな物騒な面を着けてたら、
別の揉め事が起きそうだけど…
「で、伯爵…セルジュ伯爵…これだとクリボーと被るのか…あー! 名字が一緒だと分かりにくいなぁ…えーと、フラウ伯爵について教えてくれるか?」
イラッとした感じのヤマーダ。
そもそも、この世界の大半の人には氏がない。
氏とは、優秀な血筋を残すための記号で、誰々の血縁者ですよと周囲に教えるシステムだ。
つまり、一般的な人に氏があると返って邪魔になるので、氏をもっているのは王族や一部の認められた貴族だけであった。
因みに、
女性の場合は王族、貴族であっても、氏を剥奪されることがある。
これは血筋を残すことが女性に不向きだからだ。
女性の遺伝子は XX で、男性は XY だ。
大前提として優秀な男性の血筋を残すこととする。
これは、女性では難しい話なのだ。
では何故か?
まず、
血を残したい男性を X1Y1 とし、
結ばれる女性を X2X3 とする。
男の子なら X2Y1 か X3Y1 となり、
女の子なら X1X2 か X1X3 となる。
更に
男の子と結ばれる女性を X4X5
女の子と結ばれる男性を X6Y2
とすると、
男の子の更に子供は
男の子 X4Y1 か X5Y1
女の子 X2X4 X2X5 X3X4 X3X5
この時点で女の子の場合は優秀な男性の遺伝子は完全に失くなってしまう。
つまり、三代目で一代目の遺伝子は消滅することになる。
女の子の更に子供の場合、
もっと判別が困難となる。
男の子 X1Y2 X2Y2 X3Y2
(3分の1の確率)
女の子 X1X6 X2X6 X3X6
(3分の1の確率)
となる。
確実に一代目の遺伝子を残すためには Y1 遺伝子を残す、つまり、直系男子しか困難な訳だ。
男尊女卑とは全く別の話として、直系男子とは遺伝子の構造を深く理解した古人が編み出した知恵なのだ。
そう考えると、遺伝子構造を全く知らなかった昔の人が、よく直系男子のシステムに気づいたと思うし、不思議でならない。
話は戻り、
「はい、曖昧な記憶ですみませんが…性別は女性、年齢は私の3つ下の19歳です」(ヒルダ)
19か…年上の綺麗なお姉さんかな?
「先代の父親が初代伯爵として叙爵、2年前に亡くなり、爵位を継承しています」
ふ~ん…二代目なのね
「残念ながら、領地の運営はあまり上手くいってないようです。何度か奴隷が集団逃亡する事件を起こしております」
「え~と…フラウ伯爵って、どんな性格の人なのか知ってる?」(ヤマーダ)
「幼少期に社交界の舞踏会で、田舎者と罵られたことがあり、それ以来、表舞台で姿を見たことはありませんね」
典型的な引きこもりなのか…
オ、オレの令嬢のイメージがぁ…
「でもさぁ、伯爵なのに表に出なくていいのか? 貴族の行事とかも色々あるでしょう?」
「その手の類いには、一切、出席していませんね。伯爵の継承式典に、一度だけ王都で見かけましたが、嫌々来てる感じでした。周りとは、まともな会話を一切していませんね」
貴族の責務ってヤツがあるんじゃないの?
…普通は?
「あくまで、噂ですが…ワガママで自分勝手。領地の運営は部下に任せて、贅沢三昧らしいですよ」(ヒルダ)
なんだよ、そのクソビッチ!
オレのイメージとまるで違うじゃんか!
オレの青春、返せよ!
しっかし、
そんなビッチがネーコを拐ったのかよ!
クッソー、許せん!!
今後はビッチ伯爵と命名する!
そんなヤマーダとは真逆に、
「話を聞く限り、伯爵に責任があるとは思えんな。周りにろくな者しかいないんじゃろうて。大体、たかが19の小娘に事の善悪なんて分かるまいよ」(ターニャ)
「姫様の仰る通りです」(エル)
と言われても、
15で成人するこのガイアで、
この傍若無人っぷり
「私もフラウに全ての責任があるとは思えません」(ヒルダ)
「だが、うちのネーコを拐ったのは事実だろ。きっちり落とし前はつけてもらわないと」
ヤマーダの正論に、一同沈黙する。
「で、早速なんだけど。ルル、空いた時間にザルツ領主の近辺を探っといてくれ」(ヤマーダ)
「任せてちょうだい」(ルル)
《暗殺者》、《忍者》をマスターしたルルが霞むように消えていった。
これで行方が分からないのは
リン達だけか…
「リンとクロードさんの行方、まだ分からないのか?」
『何言ってんすか、旦那。リンの姐さんなら、とっくに別行動っすよ』
それとなく口にした問いかけに、イズムが意外な報告をした。
「えっ? 何それ? 聞いてないけど」
『リンの姐さん、暫くはクロードの旦那と隠密行動するって言ってたっす』
「《封印の呪い》は?」
『アッシが旦那の《神水》を使って、解いたっすよ』
何だよそれ…一切、聞いてないけど!
報・連・相ーーーはっ?
「何時、リン達の事が判かったんだ」
『ちょうど昨日、《深淵の迷宮》でルルっちを探していた時っすよ』
あぁ、つい昨日のことなのね…
でも、オレ、一応リーダーやってるんです
連絡ぐらいは欲しかったよね
『旦那が起きてくる前に、ポッポとポチを連れて出発したっすね』
「リンにも、ネーコの件は伝えたんだろ?」
『伝えたっすけど、そこら辺は、旦那に全て任せるそうっす。何でも、エスタニアの奴隷密売組織を潰すって、息巻いてたっす』
えっ!?
奴隷密売組織?
また、勝手に…
まぁ、オレも勝手に動いてるんだけど
『サリアの姐さんも知ってるっすよ』
何でだよ!?
知らないの、オレだけ?
「はぁ…じゃあ、ネーコを救出すれば、メンバー再集結だな」(ヤマーダ)
なんとなくモチベーションが低い。
「どうするんじゃ、主」(ターニャ)
「そうだなぁ…とりあえず、町に行ってみるか」(ヤマーダ)
こうして、
炭鉱の町ザルツの調査へと繰り出した。
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炭鉱の町ザルツ〈西門〉
ヤマーダ、ターニャ(人化)、イズム、ヒルダ
西門の入口に衛兵が2人、ポツンと立っている。
町の規模に比べて、やけに立派な入口。
しかし、全く人気がない。
「この西門って、町の裏口なのか?」
『違うっすよ、首都からの表門っす』
えっ?
それで、この静けさなのか?
門構えだけは立派なんだけど…
ビッチ伯爵って見栄っ張りなのかねぇ
“鑑定”
名前・バン
種族・人間
年齢・32歳男《奴隷》
職業・戦士(Lv1)
レベル・3
………
名前・ジラフ
種族・人間
年齢・25歳男《奴隷》
職業・戦士(Lv1)
レベル・4
………
門番2人を《鑑定》する。
うわ~こいつら、
門番のくせに、ゴブより弱いんじゃ…
「ザルツに…用か?」
向かって右の衛兵、バンはヤマーダに向くこともなく、やる気なさそうに話しかけてきた。
確か…この世界、
《旅行》って言葉は厳禁なんだよな
「ぼ、冒険者だ。依頼で立ち寄った」
緊張して甲高い声で少しどもる。
平常心、平常心
サラッと、依頼書の筒が入っている内ポケットをみせる。
不自然にならないよう、事前に街の領主、グスタフ・セルジュ伯爵から《ザルツの市場調査》依頼を受けていたのだ。
今度、お礼に
クリボー伯爵の用事ってヤツも
聞いてやんないとな
「分かった。手を乗せろ」(バン)
入口には、いつもの水晶玉が設置されている。
不味いな、オレ、
指名手配されてるじゃん!
額から、ダラダラと冷や汗が吹き出てくる。
挙動不審なヤマーダの態度に気づき、
「おい、これで入れてくれるか?」
ヒルダはスッとチップを渡す。
「…! こんなにもらっていいのか?」(バン)
ヒルダのチップは2,000G。入町料の300G×4人の計1,200Gよりも倍近く多い。
「構わんよ。で、通してくれるかい?」
ヒルダは軽くウインクする。
少し顔を赤らめながら、
「あぁ、通ってくれ」(ジラフ)
水晶玉をスルーし、無事、町の中へ潜入することに成功した。
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炭鉱の町ザルツ〈中央通り〉
「ヒルダ、よくあんな方法を思い付いたな」(ヤマーダ)
「若い頃、何度もお城を抜け出したりしてましたから。私、こう見えてお転婆なんですよ」(ヒルダ)
ヒルダの意外な一面。
「へぇ、思ってた印象と違うね」
「その言葉、昔、よく言われましたね。それに私、死んだことになってますから、身元が判ると色々不味いですしね」
あっ! そういうこと!
オレの指名手配が理由って訳じゃないのね
「いやぁ、ヒルダが機転を利かせてくれて助かったよ。実は俺、ニーバと首都以外では、指名手配されててさ」
ヒルダは疑いの眼差し、
「何をしたんですか?」
問いかける口調も少し荒い。
「アルトって町の領主が盗賊達と手を組んでさ、俺から身ぐるみ剥いだ後、指名手配にしやがったんだよ」
ヤマーダの発言にヒルダは目を丸くする。
「真っ裸でそこら辺の野原に放置されてさぁ、流石にビビったもん」(ヤマーダ)
あっけらかんと笑い話のように話している。
「すみませんでした、ヤマーダさん。思ったよりも結構な大冒険をされてますね」
「えっ? そう?」
「えぇ、それ。普通なら死んでますよ」
「でもさ、そこを通りかかったネーコに助けてもらったんだよね」
「なるほど。魔物のネーコさんが皆さんに慕われる理由が何となく分かりました」
ヒルダは大きく頷くと、
「それにしても…カール様の仕業ですね。災難ですよ」
「ん? カール様って…アルトの領主を知ってるのか?」
「まぁ。大叔父の息子ですから、いとこ違い、従叔父って言うんですかね」
貴族の称号って確か、
王が最上位で、
子供の誰かが世襲すんだよな
王の直系や兄弟が公爵
先代王の兄弟の家系が侯爵
闘争活躍者は伯爵
…だったよな
だから侯爵ってこと?
従叔父?
「えーと、血縁が遠すぎて、よく分からないです」
「そうですねぇ…簡単に言うと、血の繋がった他人ですかね」
嫌な表現だなぁ…
手を切りたい親族みたいじゃん
「で、カール侯爵だっけ、その他人さんの印象は?」
「うん…良く言えば、主体的…悪く言えば、自分勝手。まぁ、ハッキリ言って業突張りの嫌な人ですよ」
血の繋がったヒルダが
ここまでこき下ろすとは…
相当、厄介な人なんだろう
それにしても
ビッチと言い、
カールと言い、
貴族の自分勝手はデフォルトなのか?
「まぁ、あの人の事は話すのも嫌なので、さっさとザルツの町を調べましょう」
「そ、そうだな…」
ヒルダとカールにも色々ありそうだ。
ヤマーダ達は中央通りを東に向かって歩いている。
すれ違う住民は無気力な奴隷ばかりで、町の雰囲気も頗る悪い。
裏通りをチラッと覗くと、全体的に薄暗く、所々ゴミも散らばっていて、見た目だけでも治安が相当悪そうだ。
「なんだか、嫌な感じの町だなぁ。ニーバのスラム街も酷かったけど、ここ酷さは比較にならないな」
ヤマーダのいうとおり、兎に角、空気が重いのだ。
「確かにそうですね。私もこの町には何回か来たことあるんですが…見た目からして、ここまで悪い印象ではなかったんですけどねぇ」
「へぇー、いつ頃、来たんだ?」
「今から5年前になりますから…先代伯爵が治めていた時代です」
5年も前なんだ…小坊だよ、オレ
「分裂体はこの町にも潜伏してるんだろう?」
『居るっすよ、1体』
「なぁ、イズム。この町、潜伏した当時からこんな感じだったのか?」
『そうっすねぇ…似たようなもんっすね。でも明らかに、前よりも悪くなったっすね』
悪化の一途を辿るってやつか…
「分裂体の数をもう少し増やせるか? 町の全体的を調査したいんだけど」
『分かったっす』
兵舎やギルドを通り抜け、中央通りを更に東方向に進んでいく。
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炭鉱の町ザルツ〈中央市場〉
町の中央に位置する最大の市場…のはずだが、人影が疎らだ。
「7,000人の町~? 最大の市場がこんなに閑散としているのか!?」(ヤマーダ)
「確かに、この状態! 明らかに異常ですね!」(ヒルダ)
「品揃えも矢鱈と少ないのう。これでは真面な商売が出来まいて」(ターニャ)
露店は品揃えが少なく、見た目も明らかに悪い物ばかりだ。
ふと周囲を見渡すと見知った顔があった。
「お久しぶりです」(ヤマーダ)
「あぁ…あっ! ヤマーダ様!」(男性)
今コイツ、
ちょっとオレのこと忘れてただろ!
声を掛けたのは、以前一緒に旅をしたランドン商会の男性だった。
「どうしたんですか、こんな町に?」(商会員)
商売人が滞在している町を「こんな」と表現する時点で、町の状況がどうしようもなく悪いと推測できてしまう。
「依頼ですよ、依頼」(ヤマーダ)
「あぁ、そう言えば、ヤマーダ様は冒険者でしたよね」
商会の男性はヤマーダと喋りながらも、陳列していた商品をテキパキと片付けている。
だが太陽は、まだ十分高い。
「あれ? 何で、商品を片付けているんですか?」
「…実はこの町の支店を畳むことになりまして…」
商会員は、何だか言い辛そうにしている。
ヤマーダはヒソヒソ声で、
「“もしかして、この町って、そんなにヤバいんですか?”」
「…あまり良くないですね…町の大部分が奴隷ですので…金払いがとても悪いんです」
奴隷契約は労働契約の一種で、ある程度の行動の自由が認められている。
だが、そもそもお金があるなら通常の労働契約で済む話だ。
お金さえあれば、
誰だって奴隷なんぞになりたくないよ
「…町の治安も悪くなる一方なんですよ。盗みを働く奴隷を取り締まるのも奴隷でしてね…裏で結託しているんですよ…そのぅ…商品を売る経路もあるようで、アイツら質が悪いんですよ…売るよりも盗まれる方が多くて…」
そんなんじゃ、
商売する意味が全くないな
「役所に申し出ないんですか?」
「…役人の大半も奴隷でしてね、訴えても何も改善されませんし…正直な話、町ぐるみで盗賊をやっている気さえしますよ」
実際、盗まれたと思われる商品が直ぐ近くの露店で売られているらしい。
「…処分品は先程完売したものですので、急いで帰り支度をしております」
あまり直接的に言わないあたりが、商人っぽい。
「この町って東国との玄関口なんですよねぇ? それなのに、皆さんは撤退するんですか? 場所はとても良さそうなのに、勿体ない」
「まぁ…東国との商売と申しましても、実際の話、両国には経済的な違いがほとんどありません」
「では、今までどうやって商売をしてたんです?」
「余っている物を安く仕入れて、不足している地域で売る。これが商売の鉄則ですので…」
商会員の口が段々と滑らかになる。
「なるほど」
「ですが、最近、良質の商品の仕入れ先を新たに開拓しまして」
「どこですか?」
「皆さんとご一緒した、北国ですよ」
あー、エルフ達か
「北との通商に重要な《嘆きの洞窟》も安全になりつつあります」
ナツミとミユキの活躍だな
そもそも、中央国エスタニアが北国ゲンクと積極的な交易をしなかったのは、排他的なエルフが治めているということもあるが、何よりも最大の理由は、強力な魔物が生息する《嘆きの洞窟》の存在だった。
その洞窟が《爆裂》PTやテルメ達の働きによって劇的に改善されたことが交易の発展に繋がっているのだ。
「そのお陰で、わざわざ東国の商品を扱う必要もなくなりました」
これはヤマーダ達の活躍に他ならない。
北国の食料事情は、最近になって飛躍的に改善された。
当然、隣国エスタニア商人の耳にも入り、良質の食料品を手にするため北国交易路が開通される。
逆に今までの東国交易路は廃れていき、廃止は時間の問題となっている。
「それでは、東国との交易路を廃止する訳ですか?」(ヤマーダ)
「“…はい。その第一段階として、テーベにある支店は既に売却しておりますので”」(商会員)
商売人らしい小声の演出。
さっすが商売人、行動が早いな
早速、東国の窓口を放棄したんだな
「“そして今回、第二段階であるザルツからの撤退を行っている訳です”」(商会員)
確かに筋は通っているけど…
「だとしても、ランドン商会のような大手の商会がいきなり撤退したら、ザルツの住民の皆さんは困りませんか?」
「えぇまぁ、確かに…」
商会員は、言いずらそうにしている。
「なら、どうして?」
「…実は…何度も領主様には掛け合って来たんですが…」
あぁ…
領主が話を聞かないパターン?
「せめて、商売できる環境を整備して欲しいと要望したんですが…」(商会員)
「それを領主が断ったんですか!?」(ヤマーダ)
この世界における物流は、大規模な商会と小口の行商人によって支えられている。
そして、ある程度の規模の町となると、それなりの商会の協力は必要不可欠となる。
町の流通は、
商会という大きな組織によって
成り立っているのに、
その商会の要望を蹴ったのか!?
どうしようもないビッチだなぁ
「ランドン商会は、たんまり儲けているのだから、多少の不都合は我慢しろ、と」(商会員)
多少の不都合ねぇ…
商売人の気持ちが分かってねぇなぁ
利益が出ないなら、
別の何かを補填してやらないと
いくら領主命令だからって、
商会にだけ責任を押し付けて、
何の見返りもなく損だけしろってか!?
「そこまでコケにされたら、商人の皆さんは町を出ていくんじゃないですか? と言うか、俺なら真っ先に出ていきますよ!」
「そこで、ランドン様はヤマーダ様の右腕、サリア様に相談されまして…」
えっ!?
そこで、うちのサリえもんと繋がるの?
………
あーーっ!
もしかして、
ルル捜索のときにサリアが言ってた
ランドンさんが会いたいってヤツか!?
「町の住民だけでも、救済する計画を立てておいでです」(商会員)
「まぁ、あのサリアが一枚噛んでるなら、間違いないですよ」(ヤマーダ)
でも、住民の大半は奴隷のはず
領主が手放さない限り、
向こうに生殺与奪があるんだよなぁ
奴隷契約とは、スキルによって結ばれる。
スキルとはこの世界の根源に基づいた力である。
そのため、第三者がおいそれと奴隷契約に干渉できない。
奴隷の所有者が手放すか、死なない限り…
サリアに限って、
ビッチ伯爵を殺してまで
奴隷の解放なんてしないだろうし…
「では、私はこれで失礼いたします」
商会員は、粗方の片付けが終わると荷物を馬車に乗せて、町を去っていった。
う~ん…
町の事情も分かったし、帰るかな…
『旦那…裏通りの一角…奴隷の死体が穴の中に山積みされてるっす』
「なんだそりゃ!」
聞きたくもない情報が耳に入ってしまった。
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炭鉱の町ザルツ〈裏通りの一角〉
奴隷の裸死体が、20m四方を2m程度掘った穴に無秩序な状態で打ち捨てられ、悪臭を漂わせていた。
何だよこれ、マジかよ!
何で埋葬しないの!?
それに、この背中の傷痕は何だ?
死体は全て、背中にある奴隷紋を皮膚ごと削り取られている。
奴隷契約が締結されると、奴隷は背中に所有者を示す《奴隷紋》が浮かび上がる。
本来、《奴隷紋》は契約が解除されるまで、消えることはない。
この奴隷達の扱いは、明らかにおかしい!
ヤマーダの憤りは、もっともなことだ。
奴隷契約とは、本来、奴隷を望む者が肉体を奉仕する代わりに、所有者が生活の面倒をみる相互契約である。
しかし実際のところ、奴隷を不当に扱っている所有者がほとんどだった。
探検家がいい例である。
特に奴隷契約をすると、背中の奴隷紋が所有者の証明にもなるのだが…
ここの死体には、所有者の証拠となる奴隷紋が削り取られているのである。
“鑑定”
名前・ランダー
種族・人間
年齢・38歳男
………
ステータスに《奴隷》表記がない!
所有者が奴隷紋を削りとる行為、それはこの世界における厳格な奴隷契約に著しく違反している。
そのため、奴隷契約は解除されたのだ。
これを、見て見ぬふりはできないか…
ヤマーダはタツヤ達を呼び出し、遺体を丁重に弔うことにした。
延べ100人はいると思われる遺体に向かって、《神水》を振りかける。
生き返るかどうかよりも、まず、遺体を清めたかったためだ。
すると、5人、なんとか生き返ることに成功する。
“鑑定”
名前・ネイマン
種族・獣人:鼠族
年齢・27歳男
………
名前・レクター
種族・人間
年齢・46歳男
………
名前・オリーブ
種族・人間
年齢・29歳女
………
名前・セト
種族・人間
年齢・16歳男
………
名前・ザーブ
種族・獣人:虎族
年齢・35歳男
………
ヤマーダは彼らと面談を行い、ある決断を下す。
オレは、彼らを仲間に加えなかった
嘘をつくのが理由だ
別に嘘が全て悪いってことじゃないけど…
「人を殺したかどうか」
ってことについての嘘
オレ達の仲間に一番大事なもの
それは命のやり取りについては、
絶対に嘘をつかないってことなんだ
コイツらはそれを平気で破った
…もしかすると、
コイツらのような戦闘奴隷は
ほとんどがそんなもんなのかもしれない
「どうしますか? 彼らを野放しにすると、盗賊のようになりますけど」
ヒルダの指摘はもっともだ。
「…彼らは奴隷商人に売ろう、それしかない。これから先、俺は彼らの行動に責任が持てない」
実際のところ、この町の奴隷は多かれ少なかれ、窃盗、強盗、詐欺、殺人を犯している。
町の《住民》と言うよりは、監獄の《囚人》に限りなく近い。
ヤマーダは彼らを奴隷商人に売却し、閑散としていた中央市場に戻ると、人混みができていて何やら騒がしい。
「捨て場の死体が跡形もなく消えたんだとよ」
「また、領主様が何か始めたのか?」
「この町が廃棄されるって話を知ってるか?」
「町から逃げたいけど、俺達、奴隷だしな…」
「別の死体の山をこっちに分けるらしい」
「そういやぁ、怪しい冒険者を見たな」
「肉屋が、得体の知れない大量の肉を仕入れていたらしいぞ」
「なんでも、魔物に処理させるため、山中に捨てたらしい」
市場は喧騒に包まれ、幾つもの噂が飛び交っている。
一旦、《ホーム》に戻るか…
余計な騒ぎに巻き込まれない内、《ホーム》へ帰還する。
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《空間魔法》マイホーム〈リビング〉
ヤマーダ、サリア(獣人:転生者)、ルル、
ターニャ(人化)、イズム、エル(人化)、
モフリン(神官ウサギ)、
テルメ(ダークエルフ)、
キタロウ(サイクロプスチーフ)、
ヒルダ、リリー
リビングのソファーには、里帰りしたはずのテルメが足をプランプランさせながら寛いでいた。
「あれっ? テルメって、ライ村に帰ったんじゃ?」
「ヤマたんの言う通り。ママに報告の挨拶し(ち)てきたの」
「じゃあ、何でここにいるの?」
「そんなのヤマたんがいるからに決まってるの」
えっ! 嬉しいことを言っちゃって!
テルメ……大人になったんだな!
「ヤマたんがいないと、ウサたんと別れなきゃいけないし(ち)、ここの美味し(ち)いご飯も食べられなくなるの」
あぁ…モフリンと飯のためなのね
「テルメっちのママさんには、ウチから上手いこと説明しといたわ」
サリアの得意気な表情。
「何を、さ?」
「《神託の儀》の勇姿、そして、大人への階段を昇ろうとするテルメっち。そして、その直向きな姿勢。それをちょびっとだけ大げさにや」
「それってもしかして…嘘ついたのか?」
「嫌やわ、ヤマーダはん、ちゃうて。演出やんか、演出」
サリア、お前、口が上手いからなぁ
でも、よくテルメパーパが許したなぁ
「テルメのパパさんは?」
「何かグダグダ言っとったなぁ…でも結局、ママさんにシバかれとったな」
ママ → 一人立ち推進
パパ → 子離れできず
相変わらずか
「まぁ、毎週、帰郷することが条件なんやけど」
「なるほど、苦労したんだな。ご苦労様」
サリアはヤマーダの感謝に嬉しそうだ。
「テルメもよく頑張ったな。偉いぞ」
ヤマーダが頭を撫でると、
「アタチには、簡単なことなの」
テルメは小さい胸を張る。
報告が終わると、
「じゃあ、ウサたん、デッカたん、さっさと行くの」
テルメは自分専用の《空間魔法》へ帰っていった。
「なぁサリア、テルメに自分用の《ホーム》はまだ早くないか?」
「あのな、ヤマーダはん。いつまでも籠の鳥みたいん手元に置いて、甘やかしたらアカンねん。厳しく躾る、ガッチガチに躾んといかん。ウチも目ぇ掛けとくから、テルメっちに任してみいや」
「サリアがそこまで言うなら、任せるよ。まぁ…今までも任せっぱなしだったけど」
「せやせや、サリア先生にドーンと任せんしゃい!」
こうして、
テルメ関係の報告が一段落する。
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テルメ退出後
ヤマーダ、サリア、ルル、ターニャ(人化)、
イズム、エル(人化)、ヒルダ、リリー
真面目な表情に変わると、
「ルル、ネーコの監禁場所って何処か判かったのか?」(ヤマーダ)
「領主の館、領主の部屋の檻に監禁されてるわ。どうする? ちゃっちゃと領主を殺して、救出する?」(ルル)
おい! 何で殺すの前提なの!?
まぁ、本音を言えば、
町ごと消滅させたいよ…
領主はクソビッチ
住民は犯罪者予備軍
町の空気は超最悪
救えるところが一つもないよ
でも…
「領主が死んだらどうなるんだ?」(ヤマーダ)
「直系の親族が、跡を継ぎますね」(ヒルダ)
今の領主って、若い小娘なんだろ
「親族がいなかったら?」
「王宮で代わりの領主が選出され、領主交代となります。…ですが…」
何だ? 言いにくいことでもあるのか?
「…ザルツは廃棄される可能性が高いですね」
「そない、領主の統治が悪いんか?」
サリアが会話に加わる。
「はい…今のザルツは王国にとってデメリットしかありませんので…」
「だとすると、住民はどうなるんだ?」
正直、住民なんてどうでもいいんだけど
「…駆除されると思います」
「駆除!!」
おい! おい!! おい!!!
く、駆除って!?
害虫じゃないんだぞ!
「…彼らは長いこと犯罪者のように慣らされた者、いや、獣です」
「ヒルダはんの言う通りかもしれん…もはや、真っ当な生活なんぞ、できへんやろうしな」
「彼らを生かしておけば、新たな犠牲者が増えるでしょう。国民を守る立場としては、致し方ない決断です」(ヒルダ)
「そ、そうなのか…」(ヤマーダ)
ヤマーダには、助けたい気持ちと見捨てる気持ちが半分半分。
確かに、さっき生き返らせた元奴隷の態度を見てしまっているため、救いたいとは到底思えない。
見捨てるしかないよな…
「主はそれで良いのか?」
憮然とした態度のターニャが、一石を投じた。
「他に方法がないじゃないか!」
助けたくないという本音が、言い訳がましく語気を強めさせた。
「じゃあ、ターニャは彼らが真っ当な性格に、良い子ちゃんに変わるとでも思ってるのか?」(ヤマーダ)
「…それは、ないじゃろうな」(ターニャ)
「それでは、ターニャ様に代案があるのですか?」(ヒルダ)
「まず、お主達に問いたいんじゃが…魔物の世界では、生きるために騙し、殺し、そして食べる。それは同種族であってもな」
魔物の行動は、食欲と直結している。
食糧がなくなれば、共食いもする。
「ですが、彼らの存在自体が脅威なんです」(ヒルダ)
「なら、住み別ければよかろう。そもそも、脅威と感じているのは王国の立場であろう。そもそも、彼ら奴隷達は王家に対する何かしたのか?」(ターニャ)
「……」
「ワシは何も同じ空間に住めなどと言うつもりはない。用は、互いに干渉しない空間に住めば問題ないんじゃないか?」
ターニャの意見はもっともだ…
もっともなんだけど…
「ど、何処にそんな場所があるんですか!?」
ヒルダが理想論のようなターニャの意見に噛みついた。
「《空間魔法》じゃよ」
「「「「!!」」」」
皆、言葉が出ない。
ターニャの言わんとしていること。
王国としては駆除するしかない奴隷達も、《空間魔法》のように別の空間なら、住み別けが可能では?と言っているのだ。
「まだ、町が滅ぶと決まった訳でもあるまい。じゃが、事前に準備しといても問題なかろう」(ターニャ)
「え~ちゅうことは…まず、殺さん方法で救出しようや。で、アカンかったら、そん時また考えようや」
サリアが上手いことまとめる。
「ヤマーダはん、助けた元奴隷は何処で売り払ったんや?」
「町の中央市場から少し離れた奴隷商だけど」
「ウチ、ターニャっちの言葉でピピッと閃いたわ。これから準備するさかい、後、よろしゅう頼むわ」
サリアはそう言い残すと、足早に出ていった。
サリえもん、何か思い付いたんだな!
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サリア退出後
ヤマーダ、ルル、ターニャ(人化)、イズム、
エル(人化)、ヒルダ、
リリー(ブラウニーの給仕)
「で、いつ殺すの?」
ルル、お前…
まだビッチ殺害を諦めてないのか?
「ルルさん、少し待ってもらえませんか。まず、私が直接会ってみます。多少の面識もありますしね」(ヒルダ)
言葉で解決できれば、best だけど
「ネーコさんの件もそうですが、王国に連なる者として、この町の現状をとても見過ごせません。フラウさんにはキツく言ってやらないと」
そこへ、
「小休止いたしませんか?」
エルが緑茶のような温かい飲み物を淹れてくれた。
「ふぅ…皆さんには、本当に驚かされますよ」
カップを手に一口啜ると、ヒルダが噛み締めたように話す。
「えっ? 何が?」
「何がって、この飲み物……カップ……そう! ここの全てがですわ!!」
ヒルダの言わんとしてることは、《マイホーム》の生活が王公貴族の生活を軽~く凌駕している事実だ。
「エル、この飲み物って初めてなんだけど」(ヤマーダ)
「タツヤ様達が栽培された樹木、その若葉を摘み、揉みほぐしてから乾燥、飲む直前に適温の《神水》で戻し、若葉の成分を抽出したものになります。因みに、樹木は《品種改良》されたもののため、名前は特にありません」
えーと、お茶ってことでいいのかな?
「それって、お茶のことですよねぇ。“…王都でもこんなに美味しいお茶なんてありませんわ”」(ヒルダ)
後の方の小声は、ヤマーダの耳に届いている。
「で、このカップは?」(ヤマーダ)
「アダル様が管理されている職人達が腕によりを掛けて拵えた一品です」(エル)
あーぁ、以前、助けた
元盗賊や元奴隷の人達ね(第29話)
こんなに立派になっちゃって…
おいちゃんも鼻が高いよ
「適度に《耕作》された土を使い、《加工》、《明瞭彩色》までを一連の作業と捉えて、一職人の手作業で作られた品物になります。因みに、釉薬もタツヤ様によって《品種改良》された植物を使っております」(エル)
《農民》職の《耕作》って、
器の材料も作れるんだな…
それって土器ってこと?
ヤマーダ式土器か? タツヤ式土器か?
ってことは、
このカップをそこら辺に埋めておけば
〈ヤマーダ時代〉の
〈ヤマーダ式土器〉って
後世の人に言われちゃうのかな?
教科書に載っちゃう?
それとも、オーパーツ扱いかな?
《猟師》職の《加工》に
《染織職人》職の《明瞭彩色》ね
確かにこんな職業コラボ、
この世界ではありえないか…
「ものスゴく使いやすいし、スベスベの肌触りが最高よ! “こんな器、国宝ですわよ!”」
後の方の小声は、ヤマーダの耳に届いている。
「へぇー、そうなんだ。エル、この前、落として割っちゃってゴメンな」(ヤマーダ)
軽い気持ちで答えると、
「な、なな、なんてことをーーーー! 割ったんですか! い、一体このカップがいくらすると思っているんですか!!!!?」
ヒルダの発狂した声がリビングに響き渡る。
「落ち着いてください、ヒルダ様。形あるものはいつか必ず壊れます。また、この器は非売品です。故に無料です」
エルとヒルダでは、器の価値観が相当違う。
また、論点もズレている…
「な、なんと勿体ないことを。私にください、いえ、私が管理します。私、目利きにはちょっと自信がありまして。ここの備品は私の管理を待ち望んでおりますわ」
そ、そうなの? そうなんだ…
じゃあ、やってもらおうかな…
「そうだね、《マイホーム》の管理はエルと共同で頼むよ」
「任されましたわ」
ヒルダは新たに《マイホーム》の管理を任された。
「“因みにさぁ、このお茶の葉ってもしかして《世界樹》?”」
ヤマーダは小声で確認すると、
「その通りでございます。よく、判りましたね」
エルは指して気にする様子もなく答える。
ライ村から、
テルメ護衛の前報酬として
もらった《世界樹》の株
収穫できるまで育ったのか…
えっ?
《品種改良》したって?
《世界樹》改良しちゃったの?
そんなの飲んで大丈夫なのか!?
…で結局、お茶ってことでいいんだよね?
「“このお茶が《世界樹》ってことはヒルダには秘密で頼むよ”」
「はぁ、分かりました」
エルは何でこの程度のことで驚いているのか分からないって顔をしていた。
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ヒルダ退出後
ヤマーダ、ルル、ターニャ(人化)、イズム、
エル(人化)、リリー(ブラウニーの給仕)
「じゃあ、殺してくるね」
えっ?
ルルさんや、どうしてそうなったの?
今、ヒルダが会うって話になったよね?
…勝手に暗殺されちゃっても困るしなぁ
とりあえず、一緒に様子を見に行くか…
「ルル、まず落ち着こうか」
ルルを抱き寄せて、優しく宥める。
「まず、ネーコの様子を見に行こう。殺すかどうかは、その後だよ」
「えーっ! そんな女さっさと殺すべきだよ」
今までの情報や体験からすると、
その選択が一番正しい気もするが…
するとターニャが、
「ルル。その女のようなゴミのような人間、世の中にまだまだ沢山おるぞ。困ったのう…そやつらを全員、殺すのか?」
ルルは少し考えて、
「…そんなの、無理に決まってるじゃない」
「どうして、無理なんじゃ?」
「だってアタイ、そんなヤツらを知らないもの」
「では今回、領主を殺すと決めたのは、どうしてなんじゃ?」
「それは、アタイ達の邪魔をしたからよ!」
「つまり、邪魔者は殺す訳じゃな」
「そうよ!」
「もし、ネーコを人質に取られ、主がワシらの邪魔をしたら、主を殺すのか?」
「そんな訳ないじゃない…ヤマーダは、ヤマーダはアタイが守るの、守るのよーーっ!」
ターニャに言い負かされ、泣き出してしまう。
「もし、ルルが誰かに捕まったら、俺達はネーコのように全力で助ける」(ヤマーダ)
手櫛でルルの髪を整えながら、
「犯人を殺さないようにね」(ヤマーダ)
「! どうして?」(ルル)
「そうだなぁ…例えば、フラウって女の人が今回の犯人だよな」
「ええ」
「なんで、彼女はこんな事をしたんだろう?」
「悪人だからでしょ」
「本当にそうなのかなぁ? もし、領主の娘じゃなくて、何処かの村や町の小娘に生まれても、同じことをしたのかなぁ?」
「それは…できない…と思うわ」
「つまりさ、彼女は周囲の人間によって…周囲の影響を受けた所為で、こんな事をしでかしてしまったのかもしれないよね」
「…うん」
「だから、まずヒルダが話してみるんだ。そして、彼女の内面を探るんだ。殺すなら、彼女がどうしようもないクズ人間と分かった時でも遅くないんじゃないか」
「うん…分かったわ。とりあえず殺さない。…でも、人間って狡くて臭くて汚らわしい存在よ。少しでも舐めた真似したら、一切容赦しないわ!」
ルルっていうか、
魔物全般は人を滅茶苦茶嫌ってるよな…
ルルは以前、
里長に言われたって話だけど、
いつ頃からなんだ?
それに、
何で未だにこんな嫌悪感が
続いているんだろうか?
「なぁルル、これから一緒にネーコの様子を見に行かないか? 案内してくれよ」
ルルの表情が明るくなった。
「アタイに任せなよ!」
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夕方
ザルツの町・領主の館〈二階:領主の間〉
パーティー(PT)
ヤマーダ、ルル、イズム
領主の館は、石造りの外壁に瓦屋根が乗っかった西洋風の二階建て建築。
東西方向に長く、南側に玄関がある。
玄関や窓などの開口は狭く、炭鉱の煤が入らないようにする為のようだ。
因みに、窓には光の透けるガラスのような物がないため採光できず、室内は思いの外薄暗い。
室内の空間は、板床の通路と絨毯の室内を木製の壁と扉で隔てている。屋根を支える石柱の溝には、等間隔で蝋燭が灯っている。
また、二階にある東西の角部屋は、南側にバルコニーが突き出していた。
そして現在、ヤマーダ達は建物二階東の角部屋《領主の間》のバルコニーに潜んでいる。
“鑑定”
名前・ドゥーラ
種族・人間
年齢・59歳男《奴隷》
職業・執事(Lv1)
レベル・31
………
レベルが 31 だと!?
庭で異様な気配の男を《鑑定》してみると、館には凡そ似つかわしくない力を秘めていた。
館の従業員なんて、
どうせ、ただ奴隷だと思ってたが…
コイツだけは別格だ!
何者なんだよ!
ドゥーラは館の周囲を絶えず動き回り、監視しているようだ。
SP!?
実際には、SPではなくBGなのだが。
「“なんなら、始末する?”」
ルルが人差し指で首を切るジェスチャーをした。
なんでこの娘は、悪・即・斬なの?
ってアイツ、悪なのかな?
「“まず、様子を見よう”」
「“分かったわ。あっ! ネーコと領主が入ってきたわ”」
領主フラウは、ネーコをケージに入れ、持ち歩いているようだ。
“鑑定”
名前・フラウ・セルジュ
種族・人間
年齢・19歳女
職業・貴族(Lv1)
レベル・5
………
ちょっとだけレベルの高い貴族、か…
こっちの世界では、
姓は貴族の持ち物らしいけど
何と言うか…
クリボー伯爵と同じ
セルジュ姓なんだよな…
でも血の繋がり、無いんだろ?
元日本男児のオレには、
クリボーと親兄弟に見えてくるよ
フラウは部屋に入ると直ぐにネーコをケージから出した。
“鑑定”
“《鑑定》できません”
“《封印の呪い》によって封印されています”
ヤマーダはネーコの《鑑定》に失敗する。
やっぱりか…でも、これで
あの妖狐、ネーコで間違いない!
それにしても、
《封印の呪い》は魔法とスキルだけのはず
なんで、力ずくで逃げ出さないんだ?
ネーコの首には見知らぬ首輪が付いていた。
“鑑定”
隷従の首輪・
任意の相手に装着させると、首輪の所有者は相手の能力を意のままに規制できる。
ただし、相手の根源までは束縛できない。
隷従の首輪!
《隷従》だと!?
サリアの《隷従の呪い》と同じ言葉か!
…もしかして、魔族絡みなのか!?
空いている窓を締めようと、フラウは窓辺に近づいてくる。
「“今なら、簡単に殺せるよ”」
「“ちょっと待ってくれ。あの首輪の出所を知りたい。イズム、頼む”」
『任せるっす』
フラウが窓を締める前に、分裂体が室内に潜入した。
『ヤマーダ、いるの(キュウ)?』
イズムズを見て、ヤマーダの存在に気付く。
「どうしたの、ナンシー?」
ネーコの鳴き声に、フラウも反応する。
勝手にナンシーなんて名前、付けんなよ!
『ヤマーダ、コイツはヤバい女よ、気をつけて(キュウ、キュキュキュウ)!』
「ナンシーは寂しがり屋さんねぇ」
嫌がるネーコの首根っこを掴んで、無理やり抱っこした。
「聞いてよ、ナンシー。今日、奴隷が捨て場から無くなったて、ホフマンが騒いじゃって大変だったのよ」
『また、始まったわ(キュウ)』
ここから、フラウの愚痴が止まらない。
「奴隷が無くなったら、町も綺麗になって良い事だと思わない? それなのにホフマンのヤツ、原因を調べるって言って聞かないのよ!」
ヤマーダが昼に起こした騒動の話をしているようだ。
「いつかアイツも奴隷にしてやるわ!」
へぇー
ホフマンってヤツ、奴隷じゃないのか…
ヤマーダ達は、少しのタイムラグがあるものの、イズムズを経由して会話を盗み聞きしていた。
「でさぁ、ナンシー。いつになったら私に懐いてくれるのよ?」
ネーコは会話の最中、ずっとソッポを向いていた。
『痛っ(キュウ)!』
フラウは笑みを浮かべながら、ネーコの体に爪を立てる。
「ごめんなさいね、ナンシー。あなたには、もっと素直になって欲しいのよ。分かるでしょう?」
更に爪を立て、ネーコの身体から薄らと流血する。
よく見ると、ネーコの身体には至る所に引っ掻き傷があった。
「あらあら、ごめんなさいね、ナンシー」
『“姐さん、もう少しの辛抱っす”』
イズムズはジェスチャーで励ます。
「そろそろ食事の時間かしら? ナンシーも一緒に来る?」
『行くわけないでしょ、うぐーーっ(キュウ、ギューーゥ)!』
ネーコがソッポを向いた瞬間にフラウはサッカーボールキックを見舞い、ネーコを壁に蹴り飛ばした。
「ダメでしょう、ナンシー。ちゃんと反省するのよ!」
フラウはそう言い残すと、部屋を出ていった。
イズムズを使い早速、窓を開け、ヤマーダ達は室内に侵入する。
「“ネーコ、大丈夫だったか?”」
急いでネーコの身体に《神水》を振りかけ、口に含ませる。
ネーコの身体は鈍く光り、《封印の呪い》が解除された。
“鑑定”
不気味な首輪・
形状がとても不気味だが、特に何の力も宿っていない首輪。
よし、隷従の首輪の効力も消滅したな
「ヤマーダ、会いたかったらわーーーっ!」
即座に《人化》したネーコが、涙を浮かべながら抱き付く。
「“遅くなってゴメンな、ネーコ。でさ、バレないように小声で頼むよ”」
ヤマーダも優しく抱き締めて、ネーコが落ち着くのを待った。
落ち着いたところで、
「“どうやって殺す?”」
「“館ごと跡形もなく消滅させるわ”」
ルルとネーコ、フラウ抹殺確定!?
この二人は混ぜるな危険だ!
「“とりあえず、《マイホーム》へ戻ろう。イズム、いつもの替玉を頼む”」
『分かったっす』
分裂体はネーコに《変化》し、壁際で先程の体制を再現する。
「“ほらほら、隷従の首輪の入手経路も調べたいし、一度に帰るよ”」
ヤマーダは、ネーコとルルを優しく抱き締めると、《マイホーム》へ帰っていった。
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夕食後
《空間魔法》マイホーム〈リビング〉
ヤマーダ、モフリン、テルメ、キタロウ、
リリー
現在、ヤマーダとチビッ子を除いたメンバーは、《円卓会議棟》で今後の対応を検討していだ。
未だにヤマーダは、お堅い会議棟が馴染めない。
もっと気楽にしようとヤマーダがチョコッと提案するなり、いきなり会議から締め出されてしまったのだ。
「なぁ、モフリン。俺、リーダーなのに締め出されちゃったよ、ハハ…」
ヤマーダの乾いた笑いが虚しく響く。
実際、魔族の襲撃から今まで、ヤマーダが仲間達の舵をしっかり取って来たのだ。
しかし、今のヤマーダはハブられ、疎外感に満ちている。
そしてヤマーダは、仲間外れにされた不安を、モフることで紛らわしていた。
オレはモフる
徹底的にモフる
モフり倒してやる
そんな傷心のヤマーダに、
『アンタさぁ、人には得意不得意があるんだし…』
久々にモフられて、ご満悦のモフリン。
声質がいつになく柔らかい。
『別にアンタをハブってるって訳じゃないのよ。言っとくけど、皆アンタ中心で物事を決めてんだからね』
「そ…そうなのかなぁ」
オレの居ない所で勝手に決めてるよ?
『アタシもそうだし、このテルメだってそうなのよ』
「ヤマたん、元気出し(ち)て」
テルメの顔も心配している。
仲間の救出を達成したから、
やる事ロスでもしたのか、オレ
燃え尽き症候群?
とりあえず、
クリボー伯爵にでも会って来ようかな
何(な~ん)か頼みたいみたいだし…
“ヤマーダさん、聞こえますか?”
えっ!?
誰っ!?
“こちらは、天界のアヤです。至急! 勇者オーウェンさんを助けてあげてください!”
仲間との再会の余韻に浸る間もなく、天界からの依頼が舞い込んだ。
第三部 完




