フィルドンへの帰路③
この世界の食事事情についてのちょっとしたお話です。
3日後
《空間魔法》マイホーム付近〈牧草地〉
ヤマーダ、ネーコ(人化)、イズム、モフリン
表世界では《悠久の山脈》北側入口から登頂を始めて、既に3日が経過していた。
山脈に生息しているモンスターはそれなりに強く、経験が積みやすい。
そのため、ヤマーダパーティー(PT)のメンバーも《人化》分裂体PTへ積極的に随行している。
そんな中、《異空間》にいるヤマーダがいつもの日課を終えた頃、分裂体を通して《森の狩人》リーダーのセリアから相談を持ちかけられる。
「なぁイズム、相談て言ってたけど…セリアから詳しい内容って聞いてるの?」(ヤマーダ)
『いいえ、聞いてないっすね。セリアの姐さんが直に相談したいそうっすよ』(イズム)
何だろう、不安だなぁ
ヤマーダは日課に同行していたネーコに、セリアについて相談する。
「あのさぁネーコ、セリアから相談があるようなんだけど、一緒に聞いてもらいたいんだよ。少し時間いいかなぁ?」(ヤマーダ)
「えぇ、いいわよ。セリア達もアタシ達の大切な仲間なんだから、いちいち遠慮する必要なんてないわ」(ネーコ)
へぇ~、よく思うんだけど
ネーコって魔物のクセして
仲間を大切にするタイプだよなぁ
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午後
《空間魔法》円卓会議棟
ヤマーダ、ネーコ(人化)、リン、サリア、
ルル、ターニャ(人化)、イズム、エル(人化)、
モフリン、ユナース
《森の狩人》メンバー
《竜の守人》リーダーのタツヤ(人化)
《星の継承者》リーダーのユリア(人化)
「私達の為に、態々(わざわざ)時間を取ってもらってすみません」
緊張した面持ちのセリアが畏まった口調で話し出した。
「あんなぁセリア、なんかめっちゃ固いでぇ。仲間なんやし、そない気~することないんとちゃう」(サリア)
セリアの緊張を解すように、サリアが場を和ます。
「…先日、私達、食事会をしたんですよ」
セリアの話す速度が、やけに遅い。
へぇ~、意外!
「食事会かぁ、なんかカッコいいよね」(ヤマーダ)
「アタシは何か嫌な予感がするんだけど」(ネーコ)
「…わたしも」(リン)
二人にはマイナスな直感が働いていた。
「食事会と言っても大袈裟なモノではなくて、親しい友人とのちょっとした感じ集まりなんです、が」(セリア)
嫌なところで否定する「が」が入ったぞ
「益々、嫌な予感がするわ」(ネーコ)
「…わたしも」(リン)
「実は…そのぉ…親しい友人は…そのぉ…商人をしておりまして」
ドンドンと話す速度が遅くなる。
「へぇ~」(ヤマーダ)
「こりゃ、アカン!」(サリア)
「ビンビンするわ」(ネーコ)
「…ビンビン!」(リン)
「そのぉ…その親しくしている商人から私達の料理を味見したいと言われまして…」(セリア)
「なんや? その商人のおっちゃん、セリア達と相席しとったんか?」(サリア)
おいおい、サリアさん
商人がオッサンって決めつけるのか?
「そんなことないわよ!」(セリア)
「うむ、最初は離れておった」(ライド)
「まぁまぁ、サリアもあんまり攻めないの」(ヤマーダ)
「分かっちょるって」(サリア)
「…どうも、私達の生活が最近良くなったことを不思議に思っていたようで…そのぉ…前々から私達を監視していたようでして…」(セリア)
あっ、否定しないってことは
オッサンで合ってるのね
「ヒリヒリしてきた!」(ネーコ)
「…ビンビンのヒリヒリ!」(リン)
「ウチらのゴージャスランチがバレてしもうたんやな」(サリア)
「…そうなんです」(セリア)
「なんてこと!」(ネーコ)
「…ガッカリよ」(リン)
「しっかしせやったら、味見だけで終わらへんのとちゃうか?」
サリアの言葉で、セリアの言わんとしていることを皆、何となく察する。
「もしかして、食べさせちゃったの?」(ネーコ)
「…はい」(セリア)
「…ダメね」(リン)
「あーぁ」(ネーコ)
「こりゃ、アカンパターンやんか」(サリア)
「サリアの言う通りでして…この料理はどうやって調理しているんだとか、食材は何を使っているんだとか、調味料は何なのかと…根掘り葉掘り質問されてしまいまして…」(セリア)
「あのオッサン、とにかくしつこくてよぉ」(ジーン)
「そんなの黙っとけばいいじゃない」(ネーコ)
「ウチらのことを喋られへんのやから、上手いこと説明できへんかったんとちゃうのんか?」(サリア)
「そうなのよ……終いには…付きまとわれるようになってしまいまして」(セリア)
「なかなか諦めてくれなくてな」(ライド)
そんなヤツ、無視すればいいじゃん
「別に相手をしなければいいんじゃないの?」
ヤマーダの発言に、セリアは下を向く。
「とりあえず殴っときゃいいじゃん」(ルル)
「そうね」(ネーコ)
とりあえずって感じで殴るのは
どうかと思いますけどねぇ
「…ねぇセリア、もしかして、その商人…あなた達と仲が良いの?」(リン)
「…ハイ、リンさんが言われた通り、以前から良くしていただいている方でして…援助も…そのぉ…」(セリア)
「そらぁ、無下にもできんわな」(サリア)
うーん、だったらオレらのこと
教えちゃってもいいんじゃないの?
「だから、そんなヤツは一発殴っときゃいいんだよ」(ルル)
ちょっと黙ろうか、ルル
「それだったら、俺達のことを話してもいいんじゃないの? ネーコはどう思う?」(ヤマーダ)
「…難しいわね」(ネーコ)
「えっ!?」(ヤマーダ)
『無理っすよ、旦那』(イズム)
「なんでさ?」(ヤマーダ)
ネーコは渋い顔で返すが、ヤマーダには自分達を取り巻く事情をよく分かっていない。
「主、ワシらの生活水準はこの世界で言うと、どのくらいだと思っとるんじゃ?」(ターニャ)
「そうだなぁ…中の上っくらい?」(ヤマーダ)
ヤマーダの返答に皆からため息が漏れる。
「そんなわけあるかい! 最高やで! 最高! 他と比較にならへんよ」(サリア)
「…そう!」(リン)
「当たり前!」(ネーコ)
へぇ~、そうなんだ!
「よう考えてみい、この快適な住居を。安心無添加の農場、程好く管理されとる狩場があってな、終いには天災の脅威や敵からの侵略も全く心配せんでえぇんやで」(サリア)
『そうっす』(イズム)
「食事に至っては、料理スキルMAXのルルっち禁制やでぇ」(サリア)
禁制って…変なクスリじゃあるまいし
「…サリアちゃんの言う通り」(リン)
「…はい」(セリア)
「…ちなみに…ヤマーダがこの世界に来て…最初に食べたものは何?」
リンが諭すように質問してきた。
うーん、なんだっけなぁ…
もうずっと、ルル飯だからなぁ…
ヤマーダの頭の中にある記憶のタンスを引っくり返して漁りまくる。
…えーと、確か
最初に着いた町…
《アルト》だっけ…の宿屋…
《憩亭》だったか…
あっ! 思い出したよ!
カッチカチのパンと
めちゃくちゃ味の薄いスープだ!
「…固いパンとスープだったかな?」(ヤマーダ)
「…美味しかった?」(リン)
「いや、我慢すれば食べられたな」(ヤマーダ)
リンは「…はぁ」とため息をついた。
「…ヤマーダ。その食事はこの世界では…結構良い方なの。…パンですら、あまり食べられない人も多い」(リン)
えーっ!
あんなのか旨い飯なのか?
それに、
食べたくないじゃなくて、
食べられないってことか…
「確かにせやなぁ。ウチは貴族出身やから参考にならへんやろぅけど、そのウチからしても、ウチらん食事はえげつないほど上等、いや、最上級の飯、なんやでヤマーダはん」(サリア)
「そうね」(ネーコ)
「うむ」(ターニャ)
…へぇ…そうなんだ
「…それに…」
セリアが言いづらそうにしていると、
「サリアの言うた通り、ワシらの生活水準の高さは、なにも食事だけに限った話ではないんじゃ」(ターニャ)
「そうそう」(ネーコ)
「《空間魔法》や《魔法・スキルの共有》、主の《空気使い》にしてもそうじゃが、どれも表に出れば、世の中が引っくり返るほどの騒ぎになるぞ」(ターニャ)
「…そこなんですよね」(セリア)
「間違いないな」(ライド)
引っくり返るって、
そんなに大事なのか?
少しの沈黙。
「うーん…なら、やっぱり断るしかないんじゃないの?」(ヤマーダ)
「…ヤマーダ、セリア達には…それが難しいって言ってるのよ」(リン)
「あのぅ…」
北の里長ユナースが控え目に声を上げる。
「食事の質を下げたものを相手に教えてはいかがでしょうか?」(ユナース)
わざと不味くするってこと?
「どうなんだろうなぁ?」(ヤマーダ)
「美味しいことが問題でしたら、美味しくない物を提供すれば、穏便に解決できませんか?」(ユナース)
「なるほどねぇ…ネーコはどう思う?」(ヤマーダ)
「どのみち、こういうことは必ず起きるわ」(ネーコ)
「せやなぁ」(サリア)
「だったらいっそのこと、ニセモノの激マズ料理を食べさせちゃえばいいと思うのよ」(ネーコ)
「…良いと思う」(リン)
激マズって!?
「えーっ! 旨い物を態々(わざわざ)マズく作んのか?」(ヤマーダ)
「こうなったら、しょうがないでしょ。ユナース様とタツヤ達、ユリア達でフェイク用の激マズ料理や激マズ食材、激マズ調味料なんかを作ってもらえる?」(ネーコ)
…なんだろうね…やるせないよ
「私達、里の者はかまいません」(ユナース)
「オレ達も大丈夫だぞ」(タツヤ)
「わたし達もかまわないわ」(ユリア)
三人とも、ネーコの案を了承する。
納得できないけど、
どうやら話はまとまったな
「最終的にはどうしましょうか。マズい料理だけで騙し通しますか? それとも無理そうでしたら、私達のことを話しますか?」(セリア)
「…やっぱり…わたし達のことを外部に教えるのは…絶対駄目だと思うの」(リン)
「ダメよ!」(ネーコ)
「うん、確かにリン達の言うことにも一理あるんだよなぁ」(ヤマーダ)
…となると、
今後のためにも、
ニセモノ造りとオレ達の情報漏洩の
対策が早急に必要か
ヤマーダは一旦気持ちを切り替えて、
「ならさぁ、ネーコの考えた激マズ作戦を進めつつ、北国の《北の里》みたいな凄く遠い所から食材を手に入れたってことにしちゃってさぁ、商品の仕入れがメッチャ難しいって伝えればいいんじゃないか?」
我ながら Good idea !
「ですが…場所を教えてしまっても、大丈夫でしょうか?」(セリア)
「せやなぁ」(サリア)
「まぁ大丈夫でしょ。ほら、《嘆きの洞窟》を抜けないとならないしさ。…現地は既に勇者に破壊されちゃってて《北の里》はもう無くなってる訳じゃんか。最悪、そのオッサンが勝手に行けば、入手は無理って分かるんだろうしさぁ」(ヤマーダ)
「なるほど!」(セリア)
「うーん…」(サリア)
「そんなに上手くいくかしらねぇ?」(ネーコ)
「あと、手持ちの食材や調味料もその人に全部渡しちゃって、もう何も持って無いですよってアピールすればいいんじゃない? まぁ、今後は、もう少しだけ俺達の生活に気を配るようにすればいいんだしさぁ」(ヤマーダ)
「確かにそうですね!」(セリア)
「素寒貧はえぇやん!」(サリア)
素寒貧!?
「「「「「ヤマーダの意見に賛成」」」」」
ヤマーダの意見に皆、頷いた。
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夕食時
《空間魔法》マイホーム〈食堂〉
ヤマーダ達がルル渾身のハンバーグステーキを食べていると、セリア達《森の狩人》が商人との結果を知らせに来た。
結果発表
「…皆さんの言う通りに説明しましたら、少しは上手くいったんですが…」(セリア)
「もしかして、また何かあったの?」(ヤマーダ)
「ランドンさん、あぁその親しい商人がランドンさんと言うんですが、《北の里》に調味料だけでも仕入れに行くと言い出しまして、止めても全く聞かないんですよ」(セリア)
近しい知人を心配して表情も暗い。
「だから殴っちゃえよ」(ルル)
「そうね」(ネーコ)
この二人、面倒臭くなったろぅ
だから殴るって方向で
無理矢理片付けたな!
「ここまできたら、しょうがないよ。心配だったら《森の狩人》として護衛の依頼でも引き受けて、その人に同行したら?」(ヤマーダ)
「そうじゃな」(ターニャ)
「…で…ですが…私達は中央国の調査もございますし…」(セリア)
「ネーコ、この場合はしょうがないでしょ。ランドンさんだっけ? 俺達には親しい商人がいないしさ、次いでにお近づきになればいいじゃん」(ヤマーダ)
「うーん…」(ネーコ)
「難いやろ…」(サリア)
「…」(リン)
ネーコは少し思案し、ターニャ、サリア、リンと目配せした後、
「…しょうがないわね」(ネーコ)
「せやな」(サリア)
「…うん」(リン)
渋々、認める三人。
「ただし、念のためにイズムを護衛として連れていくのよ」(ネーコ)
「はい! ありがとうございます! …ネーコさん。あー、緊張してお腹が空きました。ルルさん、私達にも食事、いただけます?」
安心したセリア達は、ずっと気になっていたハンバーグステーキを注文する。
「うん、いいよ」
いつ追加されてもいいように、余分に作った料理を手際よくルルはテーブルに並べていく。
配膳が終わると食事の挨拶も忘れて、《森の狩人》達は間髪いれずに食べ始めた。
「旨ーーっ!」(セリア)
「これだよ、これ!」(ライド)
「この味ーキターっ!」(ジーン)
「あぁ、旨いです」(トニー)
カチャカチャと食器を鳴らしながら、貪り食う《森の狩人》メンバー。
「ねぇセリア、そっちにいる《蒼天》のジンにチャイルドパーティーになってくれるように当たりを付けといてね」(ネーコ)
「えっ? あっ! はい! それなら、任せて、んぐ…ください」(セリア)
「ん、んが、そうそう!」(ライド)
「おかわりーっ!」(ジーン)
「はぁ」(ネーコ)
食事に熱中している《森の狩人》に一抹の不安を感じるネーコだった。
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3日後
セリア達《森の狩人》は商人ランドンの護衛として《北の里》へと旅立つのだった。
フィルドンまで残り2回あります。




