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第三章「ソルティ・ドッグ」

異能の『巫女』として、バー「ヘルメティカ」の一員となった香。

今宵の客は、訪れるべくして訪れた宿命の存在。

「次はオリーブを一粒出して下さい。あ、そっちじゃなくて。そうです、それを……」

「…」

「開けて…… えっと、蓋のその金具をこう」

「……」

「………」

 どうも彼女、器用な方ではないらしい。むしろ対極にあたるようだ。

 研修中の新人店員となったかおる。店員というのはあくまで名目だが、折角なので雑用でもと思ったところ、思わぬ側面を見る次第となった。

(理知的で近づきがたい、なんて思ってた頃が滑稽になるな。

 そういえば本業の話をこの前やっと聞いたけど、何の仕事なんだろう。いや何なら務まるというんだろう、この不器用さで)

 普段とはまた違う仏頂面で、彼女はまだ瓶と格闘している。

「いらっしゃいませ」

 もう閉店間際だが、客が来たようだ。親父――(みつる)が応対してくれている間に、せめてメニューでも運んでいただくとしよう。香を伴って店内へ戻ると、カウンターに二人組が座るところだった。

 一人は金髪をトゲトゲに立て、パンクロックな装いの長身。もう一人は黒いジャケットにタイトスカート、長い黒髪に鮮やかなルージュが映えていた。

 黒髪の人物には特有の雰囲気があった。満も気付いた様子だった。香だけは、金髪の尖ったファッションに目を奪われていた。

「どうぞ」

 メニューを差し出した香を、二人はじっと見つめた。そして金髪が黒髪に目配せし、黒髪がゆっくりと頷くと、金髪は香をチョイチョイと手招きした。

「……? はい、何にいたしますか」

 訝りながらも寄ってきた香に、金髪はぐいと顔を寄せた。


「見つけた」


「はい……?」

 露骨に後退る香に、金髪はさらに寄る。

「あんた、『巫女』だろ」


 空気が、凍りついた。

(なんだって……!? なぜ、その単語を!?)

 巫女と酒精(スピリット)に関する話を、親父以外から聞いた事などもちろん無い。だからこそ只の作り話だと長年思っていたのだ。

(なぜ…… どこから知った、どこまで知ってる? そしてなぜ、香を名指しできた……!? あの夜の“雷”を見られていた、としても、どうやって……)

 言葉を返せない。心臓だけが五月蝿く騒ぎ立てる。香も同じように色を失い、ただ気圧されている。そこへ満がやんわりと割って入った。

「まあまあ、お人違いじゃございませんかね。こちらはうちの新人で」

「とぼけんなよ。特別な酒を呑むことで酒精(スピリット)を身に宿す、『酒精降(さかお)ろしの巫女』」

 さすがの満も二の句が継げなかった。

「嗅ぎつけたぜ、あの夜、酒精(スピリット)の匂いを。その匂いと宿縁に引かれて、この町の酒場を探し歩いた。そしてついに見つけたんだ。あんただ…… あんたからは、あの酒精(スピリット)の匂いがする」

 香はそっと、自分の手や髪の匂いを嗅いでは首を傾げている。酒臭いという意味ではないと思うんだが。

「……それで、わざわざお話をしにいらしたのは何故でしょう。彼女を警察に突き出せと? それとも、強請でもなさるおつもりで?」

 金髪は好戦的にニヤリと笑った。

「勝負しようぜ」

「「「……は?」」」

「知ってるだろう、酒精(スピリット)の力を。

 一体何のためにあんな力が? 戦うためにあるとしか思えない。

 一体何と? 普通の人間に太刀打ちできる筈がない。

 同類と、同じ『酒精(スピリット)』とに決まってる!」

(い、色々と飛躍が過ぎて、ついていけない……)

 先日からの超常の事態をなんとか受け入れようとしていた(すすぐ)だったが、あまりの急展開に頭がくらくらしてきた。

「やります」

「はっ!?」

 とんでもない返事が横から飛び出し、雪は耳を疑った。

「この力が、何の為のものなのか…… 私は知りたい。それは貴方がたの目的でもあるんでしょ」

 呆気に取られる雪と満を見やり、香は涼しい顔で答えた。

 一体何を考えているのか。そもそも人の申し出をすんなり受けるような人ではなかったはずだが。事態が現実を離れすぎて、どうかしてしまったのだろうか。

 しかし雪の目には、只の強がりではないように見えた。二度目の変身に挑んだあの日は、恐れを必死に隠していた。そのときの香とは、なにかが違う。

 事実、香にとっては本心だった。疑念より先に、興味が湧いてしまったのだ。あの力について知りたい、知らねばならない、自分が何者かを知るために。

「ははっ、そうこなくっちゃな! 気に入ったぜお嬢さん。じゃあ早速、そうだな、一週間後の23時、この場所で。どうだい」

 黒髪も穏やかな口調で添えた。

「呑んでから変身までの間に、人に見られては困ります。こちらのお店をお借りしてよろしければ、ここで互いにお酒を作り、同時に呑んで勝負する…… 如何でしょうか」

「いいですよ。ね」

 あれよあれよと話が進み、困惑する雪達を意にも介さず、香はすんなり承諾してしまった。

「何かあればこちらにご連絡を」

 黒髪が差し出したメモには、たおやかなカリグラフィ字で電話番号だけが書かれていた。


----


 「臨時休業」と札の掛かったドアを開け、約定の時刻きっかりにあの二人組はやって来た。黒髪の方はスーツとベストに身を包み、髪を結い上げ、クーラーバッグを提げていた。

「よう、お嬢さん。楽しみにしてたぜ」

「では早速失礼しますね」

 黒髪がカウンターの奥へ入ろうとすると、香は驚きを隠せない様子だった。

(巫女っていうから、女の人が呑む方かと思ってたけど…… 逆なのか。そういえば、バーテンダーの服装だ……)


 ヘルメティカのカウンターで、ふたつのカクテルが作られていく。黒髪は慣れた手つきで、どうやら服装通り同業者のようだった。

「ドライ・マティーニ、アンバースペシャルです。そちらは?」

「ソルティ・ドッグ・ノアツィー。……北の荒海、といった所でしょうか」

 スノースタイル(グラスの縁を濡らして塩を付着させる手法)の塩が随分と大粒なくらいで、見た目は普通のソルティ・ドッグだ。しかし微かに、慣れない香りがした。

 各々のカクテルを持ち、四人は屋上へ出た。

「じゃ、はじめようぜ。乾杯」

 金髪はグラスの塩を一舐めすると、ぐびぐびと喉を鳴らして一気に呑んでいく。香もこの前同様、ほぼ一息にマティーニをあおった。

「いい呑みっぷりじゃねえか」がり、と金髪は塩粒を齧りながら不敵に笑う。

 香は大きく息をついて、グラスを置いた。

「ふふ、いいぞ…… 来い、ソルティ・ドッグ!」

 金髪が手を高く掲げると、その全身が真白い光を放ち、夜の闇に眩しく煌めいた。変身が起こるタイミングを完全に把握しているようだった。

 光が鎮まると、現れたのは人の背丈を超える程の巨大な犬だった。ばさばさと逆立った毛並み、鋭い眼光、牙は大きく伸びている。雪達は思わず後退りした。

「な… あれも酒精(スピリット)だってのか!?」

 化け物じゃないか、と言いかけて、そこは似たようなものかと思い直した。

「!」

 遅れて香も黄金の光に包まれ、琥珀色の酒精(スピリット)へと変貌した。

「へえ、それがアンタの酒精(スピリット)か。どんなものか…… とくと見せてもらうぜッ!」

 言うが早いか、白き獣、ソルティドッグは地を蹴り猛然と駆け出した。あわや噛まれるという刹那、香は宙に舞い上がり、その牙を躱した。

「ふん、こっちもだ!」

 ソルティドッグも後を追って、巨大な躰を浮き上がらせる。

 香、マティーニは自在に空を舞い、襲い来る巨犬を懸命に躱すが、自分から打って出る様子は見られない。()()は撃たないのだろうか、そう考えて雪は嫌な予感がした。

(あの時、香の様子はおかしかった…… 香自身ではなく、酒精(スピリット)に乗っ取られたみたいに。

 覚えてすらいなかった。もしかして、自力では()()を出せないのか……!?)

 果たしてそれは図星であった。

(なんとなく受けちゃったけど、私…… どうすれば? この身体で何ができるんだろう? 何度か練習して、飛べることはわかったけど……)

「なんだ、てんで使い方を知らないのか。やっと他の『巫女』に会えたと思ったのに」

 ソルティドッグは溜息をつき、落胆したような表情をみせた。

「仕方ねえ、お手本を見せてやるか!」

 大きく裂けた獣の口が、更に裂け広がる獰猛な笑み。そして一声、大きく吠えたかと思うと、口から迸ったのは声ではなく激しい水流だった。それは真っ直ぐマティーニに襲い掛かり、マティーニは為す術もなく飲み込まれ、弄ばれ、弾き飛ばされ、甲高い悲鳴をあげて落下した。

「香!!」

 雪は慌てて駆け寄ったが一歩届かず、マティーニの身体は屋上に打ち付けられて僅かに跳ね返り、落ちたところで黄金の光に包まれた。そして光が消えると、香の姿に戻っていた。

「香、香! 大丈夫か!?」

 抱き起こされた腕の中で、香はうっすらと目を開けた。一見したところ外傷はない。しかし顔には生気が無く、唇まで蒼白になり震えていた。

「勝負あったな」

「……!」

 声の方を振り返った雪は、相当な形相をしていたらしい。金髪は元の姿でニヤニヤ笑っていた。

「おお怖い、そんなに睨むなよ」

「リョウ、やり過ぎじゃない」

「……悪かったよ」 リョウとやらは口を尖らせてそっぽを向いた。

「御免なさいね、私達、人と戦ったのは初めてで。こんな事になるのだとは…… お怪我はありません?」

「怪我、は無さそうですが…… 只事でも無さそうですな、これは」

 満は穏やかな語調の中にも、棘をはらんで彼等を見た。雪に睨まれても平然としていた金髪が、僅かに怯んだ。

「今宵はこれでお開きと致しましょう。どうぞお大事に」

「リベンジならいつでも受けて立つぜ」

「リョウったら」

「へいへい」

 香を介抱する雪達を置いて、二人組は帰っていった。


----


 雪達の自宅に運ばれた香は、丸二日眠り続けた。

 店を満に任せ、雪は看病をしていた。とはいえ香は昏昏と眠り続けるだけで、できる事は何もなかった。

(やっぱり病院に行くべきじゃ…… でも何て説明すれば? 何か疑われたりしたら……)

 考えあぐねて気休めに濡れタオルを用意し、部屋に戻った雪は足を止めた。

「………」

 香が布団の上に半身を起こし、ぼんやりと宙を見ていた。

「御坏さん! ……僕が、わかりますか?」

「……雪さん。ここは?」

 少々寝惚けてはいるが、目には光が、肌には血の気が宿っている。雪は心底安堵し、ほうと深い息をついた。そのまま膝から崩れそうになったが、はたと思い出し、両手をついて深々と頭を下げた。

「御坏さん、申し訳ありません。

 僕達が『巫女』として協力を頼んだことで、危険な目に遭わせてしまった。償えるものなら何なりと責任を取らせて下さい。勿論、これ以上協力して頂くわけには……」

「リベンジ、しましょう」

「は…… え!?」

 数秒の間を要して、雪はがばと顔を上げた。

「理由は自分でも分からないけど、やらなきゃいけない気がするんです」

 自分の価値を見極めたい、可能なものなら高めたい。そんなところなのだろうか、香自身、高揚感の正体は把握できずにいた。

「あれ…… えっ? 今日、月曜?」

「あっ、はい。御坏さん、丸二日寝てて」

「なんで先に言ってくれないんですかっ! 仕事がぁぁ」

 命に関わる戦いより、仕事の方が大事らしい。そんな様子に雪は平謝りしつつも、改めて胸を撫で下ろした。

第四章「ブラッディ・マリー」へ続く


酒精しゅせいとは一般的には食品添加物としてのエチルアルコールを意味します。本作品では読みを変え造語として扱っております。

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