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裏返しのシャツ

 結婚式は、無事に終わった。

 2時間という長い披露宴は退屈なだけで、出された料理の味も……メニューすらよく思い出せなかった。

 だがまぁ親友の結婚式だ。このくらいはガマンガマンと思い、最後まで営業スマイルを絶やさずに新郎の顔を立ててやったつもりだ。

 二次会は場所を変え、船上での立食形式のパーティーだ。披露宴には参加しなかった仲間たちともここで合流することになる。

 僕は披露宴に参加した他の仲間たちと、移動をはじめた。

 披露宴が行われたホテルのすぐ脇に桟橋があり、ここに船が停泊している。桟橋を渡りながら、僕らは雑談に花を咲かせていた。

「船を貸し切りにして結婚式の二次会なんて金がかかってるよな」

「相当気合い、入れてるぜ」

 そんなことを話しながらも、船の奥へと進んでいく。僕も船内の、メイン会場を目指して歩いていた。

 会場にたどり着くと、既に大勢の招待客が集まっていた。

 見知った顔もちらほらと目についた。二次会ではカジュアルな格好もOKと言われていたせいか、皆めいめいに好き勝手な格好をしている。もちろん、はみ出しすぎない程度の格好ではあったが。

「よお、松岡、久しぶり」

 僕は名を呼ばれて振り返る。

 そこには大学時代の友人、照山武郎が立っていた。

「ああ、照山、久しぶりだな!」

 そして僕は武郎の格好を見て笑った。

「なんだよ、カジュアルでいいって言われていたのに、何をそんなにめかしこんでいるんだよ?」

 武郎は季節ものの明るいカジュアルスーツにYシャツ、そして洒落たネクタイを締めていた。おそらく今日の為に新調したのだろう。どこか……そう、これからシティホテルでデートでもしようか、それともバーにでも行って一杯飲もう……と、そんな感じの格好だった。

武郎は僕を諭すように言った。

「バカだな、知らないのか? 結婚式と言ったら出会いのチャンスの場なんだぞ? チャンスってのはな、掴める時に掴んどかなきゃ意味がないだろ?」

 僕はハイハイとうなずきながら言った。

「変わってねぇな、そういうトコ」

 すると武郎は、僕の肩をポンと叩いて言った。

「スーツ、似合うじゃないか、お前だって男前だ」

 そして武郎は、ちらりと向かいの一つ隔てたテーブルを見た。

「今坂の嫁さん、女子大出だってな。あの子たち嫁さん側の友人一同じゃないかな?」

 見ると7、8人の女の子たちがカクテル片手に何やら話をしている。そしてこっちに気付いたようで、僕らをちらちら見ていた。

 武郎は言った。

「あの、左から3番目の子。あの子いいな」

 僕は武郎が目をつけた女の子を探した。ああ、武郎はああいう子が好みか。そういえば、以前付き合ってた子もああいうタイプだったよな……と、僕はそんなことをぼんやりと考えた。

 と……その時だった。

 女の子の一人が吹き出した。

 そして彼女たちは、何やらひそひそ話をし、そしてめいめいに笑いはじめた。

 明らかに、僕らを見て笑っている。

「オイ、なんかあの子たち、僕らを見て笑ってないか?」

 すると武郎は言った。

「そんなハズはないだろ? なんでこんなイケメン見て笑うんだよ?」

 お前、そりゃ言い過ぎだよ、と僕は突っ込みを入れようとした。そしてなにげに武郎の方を向いた。

 僕の目線はなぜか武郎のジャケットの下に目がいった。

 そこではじめて気がついた。

 武郎は……Yシャツを裏返しに来ていたのだ。

 僕も思わず吹き出しそうになった。

 いや、笑っちゃいけない、笑っちゃ……こんな席で笑うなんてと思い、そしてやっと自分を押さえた。

 次の瞬間、僕はある疑惑を持った。

 イヤ、待てよ。

 もしかしたら、武郎のことだ。これはタチの悪いジョークかもしれない。

 僕は武郎に声をかけるのをためらってしまった。もしかするとジョークでも何でもなく、彼なりのファッションかも……。だがそんなことがありうるのか? やはり間違ってYシャツを逆さに着てしまったんじゃないだろうか?

 どうしよう?

 こっそり言って、彼を救ってやるべきだろうか?

 そんなことを悶々と考えているうちに時間だけが過ぎていき、そして……

『え。ええー』

 突然マイクが入った。

『ただいまより結婚式の二次会を行います。それでは新郎新婦の入場です』

 大ボリュームで明るいポップス調のBGMが流れだし、華やかに着飾った新郎新婦があらわれた。

 部屋中から拍手がわき上がり、皆の視線は今日の主役に注がれる。

 しばらくは誰も武郎のシャツには気付かないだろうと僕は少しホッとしたが、Yシャツのことを言う機会は逸してしまった。もう少し様子を見ながら機会を待つしかない。

 そしてゆるゆると二次会のプログラムが進む。新郎新婦のなれそめのビデオが流れたり、2人への質問コーナーがあったりした。だがその間も僕は武郎のシャツのことが気になって気になってしょうがなかった。他のことなど、何も考えられなかった。

 そしてやっと、フリータイムがやって来た。

 新郎新婦が一緒に壇上から降りてきて、来客たちに挨拶回りをはじめている。

 今だ。

 今こそ、シャツのことを言う時だ!

 僕はこっそり武郎に声をかけた。

「あのな、照山……」

 その時だった。

 つかつかとこちらにやって来る女性の姿があった。それはあの、先程僕らを見て笑っていた女の子の一人だ。それも、まさに武郎が「好みだ」と言っていた、あの子だった。

 彼女は真っ直ぐ武郎目指して歩いてくる。

 そして武郎に声をかけた。

「あのう……」

 そして彼女は武郎に、小さな声で言った。

「シャツ、裏返しに着てますよ」

 その瞬間、武郎の顔は真っ赤になった。

 そして「一目散」という言葉がぴったりな程の早足で、会場を去っていく。

 心配になった僕も、武郎の後をついて会場を後にした。

 そしてトイレの前。

 僕はしばらく武郎が出て来るのを待っていた。だが、武郎はいつまで経っても出てこない。

 よっぽどショックだったのだろう。

 僕はかなり落ちこんだ。

 何故すぐに言ってやらなかったのだろう?

 もっと早くに知らせるべきだった。迷ってないで、さっさと最初の段階で、言ってやれば良かった……。

 あまりに遅いので、僕は声をかけてみようと思い、トイレの中に入った。

 そして「オイ、照山、大丈夫か?」と声をかける。すると「よう」と言って、武郎が出てきた。

 僕は即座にあやまった。

「スマン。本当は気付いてたんだ。もっと早くに言っていれば……」

「イヤ、いいんだ」武郎は僕に言う。

「それじゃあ、戻ろう。みんな待ってる」

 僕らは再び会場に戻ってきた。すると武郎はそのまま真っ直ぐ、あの新婦の友人達がいるテーブルへと向かっていった。

 何をする気だ?

 そう思った僕は、武郎の後に続き、彼女たちの前まできた。

 すると武郎は先程Yシャツの注意をうながした、あの女の子に近づいていき、言った。

「ああ、さっきはありがとう」

 女の子は突然武郎が声をかけてきたのに少し驚いている様子だったが、すぐに返事を返した。

「ええ、私こそ、ちょっと不躾な言い方をしてしまいましたね」

「いいえ、いいんです。助かりました。あのまま気付かずにいたら、もっと大恥をかいていたかもしれない。そうだ、お礼と言ってはなんですが……」武郎は最後にこう付け加えた。

「今度一緒に食事でもどうですか?」

 武郎からの突然の誘いに、女の子は少し驚いているようだった。が、しばらく考えたあと、

「ええ、いいですよ」と答えた。

 僕はその、一部始終を見てしまい……そして、あっけにとられていた。


 あれから半年が経つ。

 僕のもとには一通の手紙が届いた。

 差出人は、照山武郎、小川未智子。

 そして封を切ると、中から結婚式の招待状があらわれた。 

 武郎の彼女はもちろん、結婚式の二次会で裏返しのシャツを指摘した、あの子だ。

 こんなことがあってから、僕は時々思うのだ。もし今日、あるいは明日、シャツを裏返しに着て出かけたら……。

 だが結局のところ、僕はいつものように、普通にシャツを着る。

 そして鏡を見ながら、普通にネクタイを締めるのだ。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。この度は拙作をお読み頂き、ありがとうございました。御礼と言っては何ですが、本作を読ませて頂きました。 面白い。Yシャツの着方一つでここまでストーリーを作る事に感心しました。主人…
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