あわれなピエロ。
「リア!!あなた昨日大丈夫だった?」
裕福な子爵家の長女でしっかり者のエリザベス・コートが私を見つけるなり、駆け寄ってきてくれる。背が高くすらっとした彼女は、ダークブラウンの髪にアイスブルーの瞳のかっこいい感じの美人で私の自慢の親友だ。彼女は意外とかわいいものが大好きで、私をべたべたに甘やかしてくれていた。
「エリー!!おはよっ。あのね…、私、昨日のことは記憶があやふやで、どうやって帰ったのか…」
そうだ。アシュレイにあんな風に絡まれたからには、私はきっと派手にやらかしてしまったのだろう。
「えっと、うん…落ち着いて聞いてね?入学式後にジークハルト様にお会いして、話しかけたでしょ?それで、まぁ…あんなことを言われて、リアは、そのまま走って寮に帰ってしまったの。廊下だったし、人もまぁまぁいたから、目撃者っていうか、話が聞こえてしまった人はそれなりにいると思う。今日は、まだいいかもしれないけど、明日には結構広まっていしまっているかも…」
と、シュンとした顔でエリーが報告してくれた。そっか…まぁ、そうだよね。
「私、皆の前で泣いたりはしなかった?」
「ぎりぎりね。すぐに顔を伏せて走り去ったから…」
なるほど。令嬢として走ってしまったことは、はしたなかったかもしれないけど、人前で泣きわめかなかっただけ良かった。最悪は回避できた。
その時、中庭の声が聞こえたのか、ふっと、エリーも中庭を見て、一瞬眉間にしわを寄せた。
「あの後、私もお兄様に言いに行ったの。どうして、ジークハルト様の様子を教えてくれなかったのかって。ごめんなさい…私知らなくて」
エリーには3つ上の兄のヴィンス様がいて、ジークハルト様と学年も同じで仲がいいそうだ。
「ううん…いいの、それよりも心配してくれてありがとう。すごく辛いけど、私、ジーク様にもう一度振り向いてもらえるように頑張ろうと思ってるの!」
「リア…」
「そろそろ、先生がみえるわ?席につきましょう?」
私はにこりと笑ってみせた。
*
入学二日目は、学園の案内だけで終わった。
さすが、王立だけあって敷地も広大で、学園の建物自体も国の重要文化財、学園の庭園も見事だ。今日見て回ったのも、普段使用する部分のみだったにもかかわらず、学園の案内が終わった時には歩き疲れてくたくただった。
今日はもう寮に帰ろうと思っていたところ、クラスの男の子に声をかけられた。
確か…アシュレイの友人…名前知らないや。
「エデン様、マグノリア様がお話ししたいことがあるそうで、廊下に来てほしいとのことです」
ドキッとした。ジークハルト様が来てくれたことが嬉しくて心臓が高鳴るし、自然と目が潤む。でも、今は…冷静にならなくては。
「…ありがとう。同じクラスメイトなんだし、アメリアと呼んで?それに堅苦しい話し方はやめてくれると嬉しいわ」
「じゃぁ、アメリアさんと呼ばせてもらうね。僕のことはルーデウスと呼んで」
「ふふっ。ルーデウス様、これからよろしくお願いしますね。では」
彼はルーデウスというのか…背が高く、偉丈夫と呼ぶべき好青年だったな。前世の私でいうと、是非結婚したいタイプの人だ。
さてと、現実逃避はここまでだ。
私は深呼吸をして、廊下へ向かって歩いてく。ここからが勝負だ。気分は戦地の最激戦区に投入される徴収されたばかりの農民のような気分だ。(恋愛的な)戦闘経験もなしにちょっとした修羅場に放り込まれる、あわれなピエロ…それが私。
廊下には、ジーク様がいた。成長期の少年らしく、1年ちょっと合わない間にぐんと身長が伸び、顔つきもすこし精悍になっている。少年と青年の間の今しかだせない、ちょっとした危うさのようなものが、ジーク様を妖しいくらい麗しく魅せている。
……やっぱりだめだなぁ。好きすぎる。心臓の高鳴りと緊張で目が潤む。
くーるになれ!!冷静になるんだ私!
「呼び出してしまって悪かったね。……昨日は、ごめん、人前でいうことじゃなかった。」
「……っ」
頭は冷静だけど、心は素直に喜んでしまう。
目頭が熱くなる……『やっぱり、私のことを気遣ってくれる!まだ大丈夫!』とか前世の知識を得る前だったら浮かれただろうけど、
でも、
だけど、
しかし!
今ならわかる!これは私のためじゃない、自分の評判のため!
人前で年下の女の子(婚約者)を泣かせた、ていう事実を軽くするため!
だから、廊下なんだよね。僕は謝りましたよ~ていうアピールね。
実は、彼が今日人前で謝りに来るであろうことは、朝から予想していた。だから、いつも通り、青い大きなリボンをつけてきたのだ。
「それじ「30秒だけお時間よろしいですか?ジークハルト様。」…うん」
30秒というのが、みそなのだ。少しお時間よろしいでしょうか?とか言うと今忙しいから。とか言われてしまう。…悲しきかな前世のダイジェスト版で大好きだった人に前世の私が言われていた。あのシーンは泣けた。それに生まれ変わっても同じような事が起こるとか泣ける。
ジーク様に向き合って自分のリボンを指でさす。
「このリボンについて何か思うことはありませんか?」
「…?子供のころからよく着けてたよね?お気に入り…なのかな?」
「…それだけですか?」
「…? 似合ってるよ?」
私は、できる限り、けなげにみえるよう、だけど隠しきれない悲しみがにじみ出るように微笑んでみせた。…高度なようだけど、実際の今の気持ちと一緒だから、たぶんうまくできたと思う。
「そうですか。貴重な時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いや。それじゃ、僕はこれで」
「はい。さようなら」
遠ざかっていく彼の後姿を見送ると、私はカチューシャのようにして頭のてっぺんで結んでいたリボンをほどいた。豊かに波打つ金髪がふわりと落ちる。
青いリボンを見つめる…彼のラピスラズリのような瞳の色と一緒のリボンを丁寧に折りたたみ、涙がこぼれないように深く息を吐いた。
「リア?鞄持ってきたよ?」
エリーが心配そうに声をかけてきた。
「ん…一緒にお買い物いかない?新しい髪飾りが欲しくて」
「もちろんよ。どこに行く?」
「ん~ちょっといいものを買いたいから、カーリーのところに行こうかしら…」
こうなる事は分かってたこと。だから、悲観なんてしちゃダメだ。
覚悟していても痛む胸は見て見ぬ振りして、私はエリーに笑いかける。
「今から行ってもいい?」
さあ、自分を磨こうじゃないか!
2018.3.22間違いを修正しました。