婚約者様とヒロイン様とそれからわたし。
(5月22日 水曜日:52日目)
法学の教室への移動中に、メアリーとそのハーレム軍団とすれ違う。
ちなみにまだ作戦は決行中。・・ただ、もう『ざまぁ』したいとは思わない。フラれただけでざまぁしたいとか、ちょっと前の私は病みすぎだった。
いつものようにあなたに興味ありませんという演技をしながら、いつものようにすれ違おうとすると、ハーレム軍団のうち足を止める人がいた。
ジーク様だ。
胸がドキドキする。ついに来たか。
予想通りだけど、嬉しくて泣きそうだ。
そう、いつかの女子会で話した通り、今から来るのは、私の心の所在確認なのだ。
「この前、そっけなかったけど、まだ僕のだよね?」ていう。
ジーク様はもちろん、そんな風には考えていない。たぶん潜在意識とか本能的なものだと思う。
この心の所在確認に嬉しそうに答えたら、せっかく私に向けられた興味が一瞬でなくなる。はやる心を抑えて、再び深夜のやる気のないコンビニ店員の仮面を被る。私は女優、私は女優・・・。私は千の仮面をもつ少女…。頭に再び副音声を流す。
「エデン嬢。」
(タバコ12番。)
名前を呼ばれたのでゆっくりと見上げて目を合わせる。冷たくも熱くもない無味無臭の目を。
「・・はい、マグノリア様。」
(・・ハイ、12番ですね。)
無味無臭の声色で答える。
「あー・・・最近どう?」
(あと・・・唐揚げ。)
「充実した日々を過ごしております。」
(お会計合計620円です。)
「…そうか。…いや、呼び止めてすまなかった。」
(…はい。…あ、お箸もお願い。)
「いいえ、それでは、授業がありますのでこれで。」
(かしこまりました。おしぼりもお付けしますね。)
「ああ。」
私は淑女の礼を完璧に決めた。
決まったあああああーーーー!!
気分はオリンピックの体操の選手をテレビ越しで応援していて着地まで綺麗に決まった時のようだ。
自分で自分によくやったと褒めてあげたい。意志の力を総動員させて、ジーク様への好きという思いをねじ伏せたのだ。
ジーク様も私がまたこのやる気のないコンビニ店員モードで返してくるとは思わなかったのだろう、瞳が少し驚きに揺れていた。してやったりだ。
いつもの3人は終始無表情でいてくれたようだ。助かる。こういう時、私が感情を押し殺しても外野から伝わっては全ての苦労が水の泡だ。
エリーが目くばせで「おつかれ」と合図してくれる。
ふふ、いつかの女子会で話した通りになったね!
*************
法学の授業後、メアリーがやってきた。メアリー襲来自体はいつもの事だけど・・・。
「アズレ、お疲れ様。ところで、隣の女の子はお友達?」
「ええ、まあ。」
アシュレイが無愛想に答える。
ついに来てしまった!女同士の争いとか苦手なんだけど、どうしよう!!さっきのジーク様との絡みで私の存在に気づかれたんだろうな。
「ふうん?可愛い子だね~。」
〈でも、私の方が可愛いけどね〉って言う副音声が聞こえてしまうのは、私がひねくれたせいだろうか?
「初めまして、私はメアリー・スティントンっていいます。貴女は?」
「私は、ア…アナリア・エデンと申します。」
なるほど。前のアシュレイはこういう気持ちだったのか。
お母様とお父様からつけて頂いた大切な名前をこの人には呼ばれたくない。
「アナリアさんね。よろしくね!
・・・あのね、・・あの・・私はジークととっても仲がいいから・・こんなこと言うのもすごく気が引けるんだけど・・・ジークの為にもあなたから婚約破棄してくれない…かな?」
はい?
え、なになに?!何でそんなことをメアリーから上目遣いでもじもじされながら言われなきゃいけないの?
美少女は好きだけど、今はこの可愛らしい感じがかえってむかつく。
「ジークはさ・・アナリアのこと、もう妹にしか見えない・・・って言ってたよ?ジークは優しいから自分からは切り出せないと思うの。でも結婚生活でお互い両想いになれないなんて・・・すごく辛いと思うの。あ、ごめんね!・・・本当は私もこんなこと言いたくないんだけど・・・。でも、アナリアの為にも、わたし、言ってあげなくちゃ。って。」
メアリーが、いかにも健気そうに瞳をウルウルさせて言う。
ぐ。自分でも妹に見られてるかも、とか思ってたけど、人から言われるとかなり心にくるものがある。ましてや、恋敵に言われるとか泣きたい。しかも、両思いになれないと断言された。恋敵に。
お、おちつけ!こういう時こそ冷静に。起きてる事象はただ一つ。1人の女が意図してか意図せずにか心無いことを私に言ってる。EQが高い、と私は前に判断した訳だから、意図して言ってるのだろう。だとしたら
…よし、なるほど。私の事煽ってるのか~。私が怒りのあまり怒鳴るか、手まで上げてくれたら最高なんだけど・・みたいな?意外と稚拙な作戦だよねぇ。…失敗しても、デメリットはあまりないからやってみて、うまく嵌ればラッキーというところなんだろう。
でも、演技力は流石です。きっとその演技力で成功率を大幅に上げているに違いない。ぶりっ子が鼻につきすぎてやばい。見て、エリーがルドに口と手を抑えられてるよ?そういう私も一瞬、貴女に言われたくない!とか言いそうになりましたよ?
ふふ。受けてたとうじゃないかこの喧嘩!!
私はすぐに怒りを涙にかえ、今にも泣きださんばかりの顔をする。目に涙も浮かんできた、よし、準備は整った!!
「ど「見るに堪えないな。」」
―――え?
どこまでも美しい天上の声のようなボーイズソプラノが私の声を遮る。
横を見るとアシュレイが恐ろしく整った顔を無表情にして告げる。冷たい翠の目が無機質なガラス玉のようだった。
「メアリー・スティントン、酷くつまらなくて醜悪だ。」
朗らかな声、囁くようでありながら、狂気を孕んだ、信じられないような美しい声。
まるで無慈悲で残虐な神の声のように聞こえる。
「二度と僕達に関わるないでくれるかな?・・・分かるね?」
アシュレイが嗤う。天使の微笑みなのにひたすらに獰猛で。
「あ・・・ぅ・・・。」
直接向けられたメアリーは真っ青だ。
「わかってると思うけど、君の取り巻きの人たちに泣きついても無駄だからね?これだけの衆目がある。それに…」
最後にアシュレイが何事かをメアリーに囁く。
「…さようなら。」
アシュレイが微笑むけど、屍のように空虚な目のせいで微笑みとは全く別の異様なナニカだ。
「あ・・ごめ・・・なさ・・。」
「目の前から消えてください、先輩。」
メアリーが机にぶつかりガタガタと音を立てる、よろけながら、転びそうになりながら、震える足で走り去る。
オレンジの人の元ではなく教室の外へ出て行った。オレンジの人が不思議そうな顔でこちらを見つめている。
こくり、と自分の喉が鳴る。
いやな汗が背中をつたっている。直接向けられたわけじゃないのに、恐ろしさと緊張とで汗がびっしょりだ。
後に残された緊張した空気。
・・これナニ?
複雑に考えることが苦手な私は思考を放棄した。
まだ緊張しているので深く息を吐く。
「ありがとう、アシュレイ。」
結局のところ、言いたいことはこれだけだ。溜飲も下げれたし。振り上げたこぶしが格好つかなくて、ちょっと恥ずかしいくらいだ。
アシュレイが笑む。・・・いつもの笑みに安心する。
「どういたしまして。アナリアさん。」
だけど、私はアシュレイだけは怒らせるまい、と心に誓った。




