アシュレイ、恐ろしい子。
ちなみに、私が昨日入学したこの学園は、王立エイン学園といって13歳~18歳までの貴族の子供と、かなり裕福な平民の家の子供と特に優秀な平民の子供が通う学園だ。
この国、エレトリア王国の平民の子は12歳になると王国統一試験を受け、その試験で上位10位以内の者だけがこの学園に入ることができる。卒業時の成績で将来の職場が決まることもあり、統一試験で入学してきた子たちは、学園に入ってからも必死で勉強する。
貴族の子供たちにとっては、いきなり社交界にデビューすると老猾な大人にいいようにされてしまうので、同年代の中でデモンストレーションしてみましょう、ついでに人脈を作りましょう、というコンセプトの学園だ。今後の社交界での地位を確立するためにも、貴族の男の子たちも必死に勉強するのだけど。
入学2日目であり、昨日やらかしてしまった私は情報収集のため、早めに教室に来た。
まだ私しかいない静かな教室の空気を味わっていた私は、ふと中庭から笑い声が聞こえたので、窓に近づく……
そこで、私の婚約者様を含むハイスペックなイケメンたちが、一人の令嬢を囲んでいる光景を目にしてしまった。その瞬間、前世で呼んでいたネット小説の情報が頭に高速で流れてきた。
転生・・・悪役令嬢・・乙女ゲーム・・・ヒロイン・・・逆ハーレム・・・ざまぁ・・・
もう一度外を見る。
うん、詰んだ。
たぶんこれ乙女ゲームだ。
いや、乙女ゲームじゃないかもしれないけど、完全に逆ハーを完成されてしまった後だ。
そして、もしこの世界が、乙女ゲームにしろ、漫画にしろ、きっと私は婚約者を取られるのに、そのエピソードがストーリーに出てこないくらいのモブの配役だ。
ははっ。 ……笑えない。
ジーク様が私に興味がなくなったのは、そのプラチナピンクの髪のご令嬢に夢中だから。
プラ・・・いや、めんどくさい。これからはヒロインと呼ぼう。
学園に入学して2日目。
リングに上がる前にすでに試合終了、って感じかぁ。
ヒロインと戦う場すらなかったな…。
きっと、私なんて顔も出てこず、“ジークハルトはすでに婚約破棄済である。”とかなんとか20文字以内で説明されるかされないかみたいなポジションなんだろう…。泣ける。泣いていいかな。
…だめだ。今、考えるべきはそんなことじゃない。
「ねぇ?いまどんな気持ち?」
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
「は?」
「へ?」
突然、話しかけられて、私は思わず丁度考えてることを答えてしまった。
――って!そんなことじゃなくて、誰?
振り返ると、女の子以上に可愛い美少年が、少し驚いた顔で立っていた。
淡く光を放つふわふわのプラチナブロンドの髪にぱっちりとした新緑の瞳、びっしり生えたまつげは長く、すっと通った鼻梁、すべてのパーツが完璧な形で完璧な位置に配置されている。圧倒的な美、寸分の狂いもないその美貌はいっそ非現実的。
「…ふっ。 …くくっ」
美少年が笑った。ただでさえ神々しいくらい可愛いのに笑うと本当に…
「…天使みたい」
思わず、口から声がこぼれ出てしまい、しまったと手で口を押える。自分でも聞こえるか聞こえないかくらいの声だったので、聞こえていないことを祈るのみ。
美少年は横を向いてしばらく肩を震わせて笑っていた。
ひとしきり笑って落ち着いたのかこちらを向いて、
「失礼。天使ではないよ。僕は同じクラスのアシュレイ・スチュアート。ところで、先ほどの格言は君が考えたの?」
き、聞こえてたー!!てか、え、どうしよう。。
「…わたくしはアメリア・エデンですわ。これから5年間どうぞよろしくお願いいたします。え…っと、先ほどの格言は、お父様かお兄様が言っていたような…?申し訳ありません、詳しくは忘れてしまいましたわ」
「ふ~ん、そう?」
そういってアシュレイは天使のように微笑んだけど、先ほどの笑顔とは違って何か黒いものを感じた。
(うっ…これは、先ほど得た情報からすると、乙女ゲームの攻略対象者っぽい!しかも、ヒロインからすると年下のショタ属性で普段可愛いけど腹黒…設定。)
「まぁ、いいけど。昨日派手に振られてたみたいだけど、これからどうするの?」
え?なんでこんなにグイグイ来るの?でも、何か有無を言わせない彼の雰囲気が、私にごまかすとか言わないとかいう選択肢を与えない。
何てことなの。アシュレイ、恐ろしい子。
「も、もう一度振り向いてもらえるように頑張ってみるつもりですわっ」
「へぇ。それはそれはご愁傷さま。で?ずっとあの光景を見ていたようだけど、マゾなの?それともあのご令嬢の粗探し?」
「ううん。もう1度彼がどんな人間なのかっていうのを冷静に分析しようかと」
「ふふ。さっきの格言だね。それで敵…っていうのには、あのご令嬢はあたらないの?」
「う~ん。そう。…うん、あくまでも私が落とすべきはジークハルト様だし、私が彼女のまねをしたところで、いつか無理が生じると思う。(それに、何でも言う通りにしてると飽きて捨てられちゃうこともあるしね。)なにより、彼女のことを見たり考えたりするのは、私の、いえ、わたくしの精神衛生上よくない思いますので」
しまった!アシュレイがグイグイ来るからついうっかり素で話してしまっていた!
「そっか。君…変わってるね。それから、僕はただの子爵家の人間だし、クラスメイトなんだから、さっきみたいなしゃべり方の方がうれしいかな」
と、にこりとアシュレイが笑う。天使のような微笑みなのに何故かぞくっとした。……ん?というか、普通は話し方の許可を出すのは身分が上の私の方なのだけれど…なんというか、彼の雰囲気に反論やら不服やらの一切を封じられてしまう。くッ!美形は得ね!
「アシュレイ!」
タイミングよくアシュレイの友人が来てくれたようだ。早く彼を引き取ってくれ。私はちょっとこの子怖いんよ。
「それじゃ、また。 僕のことはアシュレイと呼んでよ」
「では、私のことは、アメリアと。では、また」
アシュレイは優雅に去って行き、私はほっとした。
うーん、この世界が乙女ゲームかどうかは知らないけど、アシュレイとは距離を置くべきなのかな?
いや、たぶん、私はモブだろうし、大丈夫!きっと公爵令嬢で王子様の婚約者とかの立場の人が大変なだけだろうから…。ビバ!モブ!平和が一番!…って、あら?平和じゃなかったわ。婚約破棄目前だった。失恋したてだった。




