客寄せパンダさん。
(6日目土曜日)
ごきげんよう、アメリアです。今日はサロンの日です。
初日の今日は第1学年は教室でサロンのシステムの説明を聞く。
要約すると、通常の土曜は各々個人的に好きなメンバーでサロンを開く。招待されなくては、そのサロンに参加することはできない。主催者側は呼ぶ人を変えたり、美味しいお菓子、話題の音楽家や異国の商人、異国の珍しい動物を用意したりして、自分たちのサロンに入ればこれだけいいことがありますよーというのをアピールする。
しかし、月末の最終土曜は、呼ばれていなくても気になるサロンに行くことができる。つまり、月末のサロンの人の集まり具合で、そのサロンの学園での人気度、求心力を知ることができる。
サロンとは派閥作成だ。
テレビやインターネットの無いこの世界における、情報戦を制するための派閥。それがサロン。
私達には、まずサロンの主催者側になるのか、呼ばれる側になるのかという選択肢を与えられることになる。
当然だけど主催者側の方が難しい。求心力のある人間がいなければ話にならない。その点、王子様や公爵家の人間なんかはその権力に群がりたいものが多いので簡単にサロンを開ける。
呼ばれる人間になるためには、勉強や剣技で成績を出して将来出世する人間だから、今の内に知り合いになっておいた方がいいと周りに思わせなければならない。
女子ならば、話上手だったり、噂話に詳しかったり、綺麗だったりするとよく呼ばれる人になる。もちろん家柄はアドバンテージだ。
どちらも無理。そう思う人も多いし、そういう人は普段は小さく仲良しでお茶して、月末のサロンで人気のサロンに参加し、権力者と顔つなぎ出来るように努力している。――家のために皆必死なのだ。
半年に1回、それぞれのサロンの集客人数と全校生徒アンケートによる呼びたい人ランキング上位50名が社交界に発表されるそうだ。
説明が終わったので、4人でお茶をしつつ、今後の打ち合わせをすることになった。
「リア、ちゃんとさっきのサロンの話理解できた?」
エリーが心配そうに私の顔を覗き込む。
「たぶん大丈夫だよ?要は派閥を形成するって事だよね?」
「リア…本当に急成長しすぎて、なんだか別人みたい」
「えへへ。――まぁ、今までが酷すぎたとも言えなくもないんだけどね?でも、私たちのサロンに人って来てくれるかな…」
私が呟くと、アシュレイが微笑んで答えてくれる。
「その点は大丈夫だよ。ここに最高の客寄せパンダさんがいるからね」
……天使の微笑みなのに黒いオーラが見える気がするその笑みはなに?てか、
「え、待ってもしかしてパンダって私のこと?」
「ははっ。他に誰がいるんだよ。サロンで歌ってくれたら人も結構集まると思うぜ?そういう意味で言えばカナリアか?」
「ルドまでなにいってるの?!無理無理!!恥ずかしいし、そんなので人が来るとは思えないよ!」
えーっ。勘弁してよぅ。人前で歌うとかほんっと恥ずかしいんだからね?
この前だってこっそり足とか震えてたんだからね?
「大丈夫。この前のリアすごく素敵だったし、皆魅了されてたわ!」
エリーはふんす!と拳を握りながら力説してくれる。可愛い。エリーは美人なのに性格もよくてパーフェクトだね。友達でいてくれてありがとう。
でも、エリーは友達の欲目だろう。昔から私に甘いから。
ちらり、とアシュレイを見ると、微笑んでるのに無言の圧を私にかけてくる。これは……断れないやつだ。くすん。
「ふふっ。大丈夫だよ。まぁ、僕もパンダとまではいかないまでも、ある程度人を呼べる見た目ではあるし。さて、問題は誰を呼ぶかだね」
神妙な顔でエリーとルドがうなづく。
――ん?
一人置いてきぼりの私に、ため息をつきながらアシュレイが説明する。
「本気のサロンを自宅で開くときは、今をときめく領主や外交官、機知に富んだ女性や誰もが見たがるような絶世の美人を呼んだりして刺激的な場を作り上げ、そのサロンが楽しく、かつ、有意義なものであり、来る価値があることを示す必要がある。僕らも呼ぶ人をきちんと選んで、是非、あのサロンに加わりたい。と思わせなければならないんだよ」
わかった?と、にこりとアシュレイが笑うので、私は、ぺこり、と殊勝に頭を下げる。
「ご高説痛み入ります、アシュレイ様。――でも、誰を呼んだらいいのかな?」
「その点は、リアには期待してないから大丈夫だよ。僕ら3人はそういうの得意だから」
そ、そっか、ごめんね、できなくて。今まで周りを見てこなかったからしょうがない、自業自得だ。……でも、自分のふがいなさに落ち込む。
「ふふっ。今は期待してないだけだよ。僕たちのを見て、徐々に覚えていけばいい」
アシュレイが頭をポンポンとしてくれる。う、美少年にされると口元が綻んでしまうよ。なんか調教されてる感じもするけども。
「ああ、天使たちが戯れてる…かわいい…癒される…そうかここが楽園か」
エリー、心の声が漏れてるよ?
でも、私もいつまでも、頼ってばかりじゃ駄目だもんね。
「じゃあ、皆を頼らせてもらうね。私も頑張って覚えていきたいと思うけど、しばらくはよろしくお願いします」
そのあと、私以外の皆で、誰を呼ぶかを議論して、今日は帰ることになった。
寮までの帰り道、4人で歩いていると、メアリーがジーク様の腕にしなだれかかりながら2人で楽しそうに歩いているのが前方に見えた。
一瞬目の前が真っ黒になり、ぐしゃり、と自分の心が潰れる音が聞こえた気がした。
アシュレイが「あっちから帰ろう」と私の腕をぐいっと引いて歩きだした。
くらくらして、よくわからなくなっていたので、心のどこか遠いところでありがと、と呟いた。
『ずっと一緒にいようね』と遠い日に言ってくれたことを思い出してしまう。
心の中で、やめてやめて私の婚約者なのに!!と叫ぶ。
なんで、どうして、私何かした?何も悪いことしてないじゃない…っ!と心が叫ぶ。
やめて、お願い離れて…心が泣き叫ぶ。
今までも一緒にいるのを何回か見てきたけど、2人きりのところは初めてだった。
「大丈夫?」エリーが泣きそうな顔で聞いてくる、私はきゅっと口を結び、口角を上げてうなずく。
喉の奥が熱い、浅く吐く息が震えている。今、口を開いたら泣いてしまう。
でも、誰の目があるか分からないようなところで泣くわけにはいかない。
「乗って」再びアシュレイが強く腕を引く、意外と力つよいんだな、と場違いなことを頭の片隅で思った。
どうやら、先ほどの場所は馬車乗り場のすぐ近くだったようで、すぐに馬車が動き出した。
「よく耐えたね」
天使のように澄んだ少年の声が優しくふってきた。
その声につられて、ゆるゆると視線を上げる。
きらめく木漏れ日のようなエメラルドの瞳と目があう。
アシュレイが優しく微笑んでいた。ひゅっと自分から息が漏れる。
「やさしくしないで」
今、優しくされたら泣いてしまう。思ったより、突き放すような声が出てしまったけど、アシュレイは変わらず穏やかな優しい声でふわりと言う。
「もう泣いていいって言ってるんだよ」
そこが限界だった。
ダムが堰を切ったようにぽろぽろと目から涙が溢れる。隣に座るエリーが抱き寄せてくれたので、その後はすがるようにして泣いてしまった。
しばらく泣いて落ち着いたら、急に恥ずかしくなってしまった。穴があったら入りたい。
おずおずと、周りを見る。エリーは心配そうにしているし、ルドは優しい目で見守ってくれてるし、アシュレイは珍しく無表情だ……何考えてるかよくわからない。
「あの…ありがとう?」
「気にすんな。忘れてやるから」
ルドがにやりと笑ってくれたので、気分が軽くなる。
「ふふっ。泣いたら少しおなかすいちゃった」
「さすがアシュレイだな。今、アシュレイお薦めのパティシエのお店に向かってるんだ」
「お子様とおバカ様は、泣くとお腹がすくと相場が決まってるからね」
アシュレイの通常運転っぷりに、今はほっとする。……私はエムではないけども。
「サロンのためのお菓子の発注ついでに試食をしよう。僕は、あのパティシエのタルトが好きなんだ。バターをしっかり使ったザクザクした土台に、パティシエによって厳選された季節のフルーツがたっぷり乗せてあってね。クリームの口当たりは軽くて、フルーツの酸味と相まってすぐに口から消えてしまう」
私とエリーの反応を楽しむように、アシュレイが説明する。悔しいけど、2人の喉が同時にごくり、と鳴る。いや、ルドの喉も鳴った。
「ふふっ。まぁ、タルト以外もとても美味しいから、期待しておくといいよ」
アシュレイのお薦めのお店は、本当に美味しかった。お土産もたくさん買って、帰りにはエリーと一緒にほくほくとした気持ちになっていた。
すっかりアシュレイに転がされているけど、何だかんだアシュレイは優しいし、少し黒いところが怖かったけど、すっかり心を許してしまってもいいのかもしれない。
寝る前になると、今日のジーク様たちを思い出してまた泣いてしまった。2人きりの姿を見たのは今日が初めてだったけど、想像以上に辛いものがあった。
幸せな思い出がこんなに胸を締め付けるなんて知らなかった。約束を思い出しては「うそつき」と言いたくなってしまう自分にイヤになる。
――ジーク様を取り戻すことなんて本当にできるのかな?
不安で胸が苦しくなる。
――だめだ。足掻くと決めたんだから。
フられたことを、心移りされてしまったことを、悲しんで泣いてる暇はない。
飽きられてしまった原因を、心移りされてしまった理由を、足掻く可能性へと変えていかなきゃ。
せっかく前世を思い出したんだから。
ぐしっと目を拭って、今日あった楽しいことだけを思い浮かべて眠りについた。




