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恋占い陰陽師  作者: 新島馨
秋・女神の恋煩い
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第八話

 千早は非常に困っていた。

「せーんぱいっ、何読んでるんですか?」

 花代子が回転椅子を滑らせて千早の後ろから手元を覗き込む。

「って、少女漫画じゃないですか。難しい顔してるから、てっきりミステリー系でも読んでるのかと思いましたよ」

「私にはヒーローとヒロインの思考回路がミステリー以上にミステリーなんだけど」

 げんなりとした表情で千早は漫画を机の上に放り投げる。千早が放り投げた漫画を、花代子が手に取って適当にパラパラとめくる。

「えー? 私もこれ読みましたけど、面白かったですよ?」

「俺も読みましたー」

 書類仕事に飽きた上野までもが寄ってくる。

「俺は7巻の文化祭の話が好きだったなぁ。あの付き合う前のなんとも言えない雰囲気がたまらん」 

「私は修学旅行かなぁ。班が離れ離れになって落ち込んでるヒロインに、ヒーローがネックレス買ってきてくれて、夜に渡してくれるとこ!」

 自分たちのお気に入りのシーンを話し合っている後輩をよそに、千早は険しい表情で顎に手を当てて考え込んでいる。

「何故ヒロインは幼馴染の良さに気づけないのか理解に苦しむ。どう考えても幼馴染の方が男前で将来有望でしょうに」

「だってヒーローの方がイケメンですし」

 千早の疑問にものすごい切れ味で答える花代子。

「……所詮世の中顔がすべてなのか」

 身も蓋もない花代子の言葉に、千早は呆然とつぶやいた。

 千早たちが漫画の内容を通じて恋愛について熱い議論を交わしていると、部屋の外から慌ただしい足音が近づいてくるのが聞こえた。

 ばん! と勢いよく扉が開かれ、受付嬢の由奈がぜいぜいと息を切らしながら部屋に入ってくる。

「たたたたたた大変です! 神様がお見えになりました!」

 突然の由奈の言葉に、全員ぽかんとした表情を浮かべる。

「神様ってお客様ってこと?」

 首を傾げながら花代子が問うと、由奈はブンブンと勢いよく頭を左右に振るが、一旦止まって考え込み、次は上下に頭を振る。

「そうですけど! そうじゃなくって! ガチの意味での神様です!」

 由奈の言葉に花代子と上野の顔からさっと血の気が引いた。

 このご時世、神様が人間社会で人間向けのサービスを利用することは多々あり、アルカナコーポレーションでも神様の顧客がいる。

 だが、占術課には神様の顧客は存在しない。全てを掌握する神には占術は不要だからだ。つまり、花代子と上野は神様に対応したことがないのだ。頼子なら卒なくこなしそうだが、生憎と頼子は出張で不在だ。

「ど、どどどどどどうしましょう……! 上野対神たいじん経験ある!?」

「ないないない! そんなもんあったらとっくに出世してるっての!」

 激しく狼狽える花代子と上野。部屋は一気に恐慌状態に陥った。

「お見えになる時間はもう決まってる?」

 狼狽えている後輩たちを置いて、千早が由奈に呑気な口調で問いかける。

「3時でお願いしたいとのことですが……」

「そう。他の支部から応援を呼ぶことは無理そうね」

 神様は人間の常識が通用しない。何が逆鱗に触れるか分からないことも多い。最悪の場合、災厄を撒き散らされることもある。

「私が対応します」

 3人は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべ、数拍置いて気を取り戻した。

「そうか! 千早先輩なら対神経験ありますよね……!」

 千早が以前所属していた調伏課は、戦闘職ということもあり神様に対応することもあった。今のメンバーで考えるなら千早が出向くのがベストだろう。

「対神経験はあるけど、荒御魂の調伏でよ?」

 一気に元気を取り戻した3人は千早の話を全く聞いておらず、お祭り騒ぎだ。3人でハイタッチをしており、千早は小さく息を吐いた。

「で、どこの神様なの」

「京都の深泥池の土地神様だそうで!」

 由奈の言葉に、お祭り騒ぎだった他の2人から再び血の気が引いていく。

 深泥池と言えば京都で有名な心霊スポットの一つだ。そういった曰く付きの場所の土地神というのは大体厄介な性分を抱えた方が多い。

 面倒臭そうな匂いのする案件を前に、千早は両頬を叩いて気合を入れた。

 とりあえず午後に予約を入れていた人たちに事情を説明して、今日の分の予約をキャンセルしてもらい、後日に予約を振り替えてもらった。事情が事情なので、全員たいして揉めることなく納得してくれたことが幸いだ。

 そして万全の体制で、第三支部の面々は深泥池土地神を迎え撃つ。

「千早さん」

 個室で依頼者に関する資料に目を通しながら待機していると扉が優しくノックされ、声が掛かる。千早は心なしか背筋を伸ばして声に応えた。

「どうぞ」

 千早が答えると、引き戸の扉が音も立てずに引かれ、1人の女性が部屋に足を踏み入れた。

 深泥池の土地神は千早の予想に反して美しく、若々しい姿をしていた。人の年頃でいうなら十代後半くらいだろう。

 全ての光を閉じ込めたような射干玉の黒髪は艶々と背中を流れており、ハーフアップにして結われている。陶磁器のように白く滑らかな肌はあまり血の気が感じられず、まるで人形のようだ。紺色のシンプルなワンピースに真っ白なショールという現代の装いをしているが、夜に会えばゾッとしてしまうだろう。

 だが、今は眉間に深いシワが刻まれており、浮世離れした容姿がほんの少し現世寄りになっている。

 千早からすれば表情がある方が親近感を感じるのだが、案内役の由奈はその迫力に気圧されて顔面蒼白だ。

 由奈と入れ替わりで、お茶と茶請けをお盆に載せた花代子が部屋に入って来る。

「土地神様、お初にお目もじ仕ります。担当させていただく陰陽師の高遠千早と申します」

 千早が名刺を渡すと、土地神は眉間にシワを寄せたまま、名刺と千早の顔を交互に眺める。

「『深泥池』の名前は嫌いなの。通称は深緒よ。そっちで呼んで頂戴」

「かしこまりました」

 警戒心の強い野生動物のようにチラチラと千早を伺いながら深緒が言う。

「なんだか狭っ苦しいところね。肩凝っちゃうわ」

「申し訳ございません。人の子は狭い所の方が安心するので……上野くん、来なくて良いから」

 部屋の外からガタガタと物音が聞こえてきたので、深緒と目を合わせたまま笑顔の千早が部屋の外に控えている上野に声を掛ける。

「さて、深緒様はどのようなことでお困りなのでしょうか?」

 千早が本題を切り出すと、深緒はそれまでの無表情を一変させ、熟れたトマトのように顔を真っ赤に染めて俯く。俯いたまま、うんともすんとも言わなくなる。

 だが、千早は辛抱強く深緒が話すのを待った。

 そしてひたすら待つこと5分。

「……ひ……ひと、ひとつき……」

 小さな膝小僧の上で力一杯握り締められたては震えており、千早の方にも均等が伝染しそうだ。 

 消えそうなか細い声に、千早は必死に耳を傾ける。

 息を吸っては吐いてを何度も何度も繰り返して、深緒は途切れながらも必死に言葉を紡ぐ。

「ひとつき、まえ……あった、おとこが……わすれられなくて……」

 先ほどまでの傍若無人っぷりは見る影も無い。

 たどたどしい深緒の話を要約すると、一月前、京都の繁華街で遊び疲れて道端でうずくまってうとうとしていたら、声をかけてくれた男がいたらしい。

 見た目はいたいけな少女だが、深緒は中身ウン千歳である。親切顔をしてすり寄って来る人間は、見目に惑わされた不埒者としか思えなかった。

 深緒は男のお節介を適当にあしらおうとしたが、男は引かなかった。

 そこで深緒は伝家の宝刀を抜くことにした。

「深泥池まで連れて行って」

 深泥池は京都でも有名な心霊スポットで、女がタクシーに乗って深泥池までと告げ、池に着いて後部座席を振り返ったら女の姿が忽然と消えていた、という話はあまりにも有名だ。

 真夜中の京都で深泥池に連れて行けと言われれば、大抵の人間は腰が引ける。

 だが、その男は引かなかった。タクシーを捕まえて、深泥池まで送ってくれたそうだ。

 池の外まで深緒を迎えにきていた式神に深緒を託すと、男は「もう夜更かししちゃダメだよ」と深緒の頭を撫でてあっさりとその場を後にした。

 その男のことを深緒は忘れられなかった。

 毎日毎日考えて、でもどうすれば良いのか分からなくて、男にもう一度会いたくて夜の街に繰り出したりもしたが、男に会うことはなかった。

 そんな時、この第三支部の噂を聞いたのだそうだ。いても立ってもいられず、噂を聞いた翌日には東京に飛んでいたらしい。

「私はあの男が欲しい」

 直接的でいかにも神様らしい言葉。

 ここからが千早の腕の見せ所だ。

「それはどういった意味で、とお伺いしても?」

 深緒にとっては想定外の答えだったようで、眉間のシワをより一層深くさせている。

「今回のご依頼は女性としてのご依頼でしょうか。それとも神様としてのご依頼でしょうか。前者なら私どもの領域ですが、もしも後者なら、それは神事課の領域となります」

 神として人を欲するのならば、存在を手にいれることはできても心を手にいれることは不可能だ、だが、女として男の心を欲するのならば、必ず手にできる保証はどこにもない。

「女として男を欲するのならば、手にいれる確証は致しかねます。それでも、彼を望みますか」

 自分の意思にそぐわぬことなど生まれてこのかた経験したことがないであろう神様に、恋愛での挫折はかなり酷であろう。それでも、男の全てを手にいれるために茨の道を進むのか。

「私は、女として、あの男が欲しい」

 未知の領域へ踏み出す不安と、ほんの少しの期待が入り混じった表情を浮かべる深緒。

 その表情を見た千早も、覚悟を決めた。

「承知いたしました」

 深緒にとっても千早にとっても、今回の依頼は難しいものになるかもしれない。

 それでも、挑むことしか選択肢は残されていない。


 最初のカウンセリングを終えて深緒を見送り、デスク部屋に戻ると、後輩3人が一気に詰め寄ってくる。

「千早先輩! さっきの話受けちゃって大丈夫なんですか!?」

「受けない方が無理な話でしょう。断れば何が起こるか分かったもんじゃないわよ」

 3人に詰め寄られた千早は、少し仰け反りながら答えた。

「恋愛は神様の性質とは真逆にあるものなんですよ? 神様には耐えられません! 万が一振られるようなことがあれば……!」

「まぁ、大なり小なり癇癪は起こすでしょうね」

 しれっと千早が言うと、3人はひぃっと情けない悲鳴を上げた。

「たとえ癇癪を起こしたとしても、治めれば良いのよ」

 平然と言ってのける千早に、3人は呆気に取られる。

 どんなに手を尽くしたところで、物事に絶対はありえない。気まぐれな神様を相手にするなら尚更だ。

「大丈夫よ。だって私は陰陽師だから」

 千早はにっこりと笑った。


 翌日出勤してきた依子に朝一番で深緒の一件に着いて報告、そして今後の計画を提案する。

「なるほどねぇ……で、相手の調査は?」

「こちらです」

 千早は昨日のうちにまとめておいた資料を頼子に差し出す。相手の男性に関することはアルカナの諜報部に依頼した。

 ざっと目を通した頼子は、資料から顔を上げて千早を見据えた。

「これ、どうするつもり?」

「どうにかするしかありません」

 頼子は小さく息を吐いて資料を千早に返した。

「それならあなたに任せるけど、助力が必要なら遠慮なく言いなさい」

「ありがとうございます。それならお願いしたいことがあるのですが」

「何かしら?」

「上野君を私の補佐につけていただけますか」

 千早の要望に、頼子はパチパチと目を瞬かせる。

「上野君を? でも彼は対神はやったことないのよ?」

「はい。主に恋愛方面でのアドバイスをお願いしようかと。異性の方が深緒さまも助言を受け入れやすいと思うので。あとは私の力があるうちに後進の育成を」

 可愛い子(外見の話ではない)には旅をさせよとはよく言ったものだ。自分の力が及ぶ間に後輩たちにはできるだけ多くの経験を積ませたい。

「ホークアイのお膝元で対神経験を積めるなんて羨ましい限りだわ。でも、くれぐれも無理は禁物よ。あなたも上野君も」

「はい」

 全く隙のない千早の様子に、頼子は少々不安そうな表情を浮かべた。

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