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恋占い陰陽師  作者: 新島馨
夏・婚活女子の幸せ
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第二話

 枕元でアラームが鳴った瞬間、千早の意識は一気に覚醒した。朝から外の蝉たちはシャワシャワと元気いっぱいに鳴いている。鼻先を味噌のいい香りがくすぐってあたたかい気持ちになる。

 手早く仕事着のスーツに着替え、申し訳程度に化粧を施す。

 一ヶ月前に部署を異動してからスカート着用を言いつけられ、渋々スカートを着ているが未だにどうにも落ち着かない。

 支度を終えてリビングへ向かうと、人の姿をした若宮がいつものシャツに半パン姿にエプロンをつけて朝食の用意をしていた。

「はよ。メシできてるぞ」

「ありがと」

 食卓には白米に味噌汁、焼き鮭と卵焼きといった純日本の朝食が並んでいる。

「一ヶ月もしたら見慣れるかと思ったが、一向に慣れねぇな」

「スカートで何かが変わるとは思えないけどね」

「外見は大事だろ。お前のパンツスーツ姿はどう見ても戦闘準備前にしか見えん」

 軽口をたたき空いながら席に着いて二人同時に手を合わせる。

「こんな格好でなんかあった時に世の中の女性たちはどうしてるんだろう。いざという時走ったり回し蹴りとかしたらスリットが破れそう」

「世の中の女はお前の言ういざという時は自分でどうにかしようとしねぇよ。そういう時は可愛らしく助けを呼ぶもんだろ」

 色々愚痴を連ねているが、千早自身も今の自分に「いざという時」がやってこないことはよく分かっている。以前は危険と隣り合わせの部署だったが、一ヶ月前に配属された新しい部署では物騒なこととは無縁である。分かっていてもとりあえず愚痴を言いたいのだ。

「ま、お前の今の職場は今も昔もある意味戦場だが」

 湯気の立つ味噌汁をすすりながら若宮がしみじみと呟く。

「そうね……今も昔も恐ろしい所に身を置いてるもんだわ」

 今の千早の職場、それは恋する人に戦う術を授ける場所であった。


 朝食を終え、獣姿になった若宮を肩に乗せて出勤する。

 現在の千早の職場は表参道に面したビルの中にある。ビルは全面ガラス張りで、一階はカフェやショコラティエ、紅茶専門店などの飲食店が入っており、二階は美容院やマッサージ店、アロマテラピーなど、美容関連の店が入っている。

 そして三階のワンフロアを使用しているのが、千早の勤める陰陽師派遣会社『アルカナコーポレーション』の占術課第三支部である。

 第三支部は場所柄もあってか、占術課の中でも恋占いに特化しており、陰陽師も恋占いの方面に強い者が集中している。そのせいで『恋占い部』と呼ばれたりもしている。

 千早は一ヶ月前までは霞ヶ関のオフィス街にある調伏課第一支部に勤めていたが、任務中の事故で怪我を負い、占術課第三支部への異動が決まった、働き始めて一ヶ月経つが、未だにこの華やかな雰囲気に慣れない。

 街を行く人たちはすれ違いざまに千早の肩に止まった若宮を見て、ぎょっと目を見開く。

 霞ヶ関付近では要人警護を目的とした戦闘職の陰陽師が多くいたので、獣姿の式神を従えていても驚かれることはあまりないのだが、表参道では戦闘職の陰陽師を見かけることはほとんどなく、若宮の姿に驚く人も多い。

 千早は従業員出入り口の方からビルに入り、アルカナのフロアへエレベーターで上がる。

 三階に到着して店舗正面入り口から入ると、ホテルのフロントのような受付があり、相談用の個室部屋が数部屋、そして奥に社員のデスク部屋がある。

「おはようございます」

「おはよう」

 デスク部屋に入ると、部屋の最奥、陽光が降り注ぐガラス窓を背にした一際大きなデスクに、妙齢の美女が座って仕事をしていた。

 彼女こそが占術課第三支部を率いる、部長の吉田頼子である。実年齢は四十代後半だったはずだが、その美貌に翳りは全く見えない。

「相変わらず早いわね」

「いや、頼子部長ほどじゃありませんよ」

 頼子は目を通していた書類を一旦置いて、マグカップに入ったコーヒーに口をつけた。

「もう一ヶ月経つけど、ここには慣れた?」

 頼子の問いに、千早はぽりぽりと頬をかきながら曖昧な笑みを浮かべた。

「まぁ、ぼちぼちですかね」

「そぅ。くれぐれも無理はしないようにね。夏木くんが心配してたわよ?」

「おおぅ……心配かけないようにしないと、夏木部長の頭皮がそろそろ可哀想な事になっちゃいそうですよね」

 冗談ではなく本気で心配している声音の千早に、頼子が小さく吹き出した。

 夏木というのは、調伏課第一支部の部長で千早の元上司である。

「正直私もやっていけるか心配だったけど、案外上手くやってくれているようでほっとしたわ」

「まぁ、恋愛もある意味戦いですし。戦いと名がつけば、それは私の領域ですから」

 さらりと千早が言うと、頼子は笑みを浮かべた。

「畑違いでもあなたの能力を発揮してくれているようで良かったわ」

「そう言って頂けると、調伏課の諸先輩方にもちゃんと顔向けできそうです」

 千早はほっと息をついた。

 調伏課にいた頃、千早は『ホークアイ』の異名で度々呼ばれていた。陰陽師とは普通の人より第六感が優れているものだが、千早の第六感はずば抜けて優れていた。先を見通す力と、軽く小さい体を生かした機動力の高い動きをすること、そして従えている式神が鷹ということから、いつしか『ホークアイ』と呼ばれるようになった。

 占術と第六感では性質が全く異なるが、今までの経験を生かせていることに千早は安心した。

「全てを見通すその『目』で、前途多難な恋に悩める人の道を指し示してあげてね」

 生きていく場所が変わった。だが、やることは変わらない。

 千早が為すべきことは、誰かの為に己の能力を生かすことだ。

「私の力が及ぶ限り、全力を尽くします」

 千早がしっかりと頷く。

 その瞬間、ばんっ! と力任せに部屋の扉が開いた。

「ぶちょーう! せんぱーい! おはようございまぁす!」

 穏やかな朝の雰囲気を盛大にぶち壊しながら登場したのは、華やかなスーツ姿の若い女の子だった。

「年は私が上だけど、ここでは花代子ちゃんの方が先輩だからね」

「んもう! そんな行けず言わないでください!」

 彼女は関花代子。調伏課にいた千早を崇拝する女の子である。というのも、

「それより聞いてくださいよ! 秋に晴明様のスペシャルドラマを放送するらしいんです! 部長も先輩もちゃんと見てくださいね!」

 彼女が熱狂的な安倍晴明のファン、というか最早信者だからである。

 平安時代に活躍した伝説的な陰陽師、安倍晴明は占術はもちろんのこと、怨敵調伏で数々の逸話を残している。

 花代子は幼い頃から安倍晴明に憧れ、戦闘職の陰陽師になることを目標としてきたらしい。だが、運動神経が壊滅的だった為、泣く泣く戦闘職を諦めたと歓迎会の席で聞かされた。そういう経緯があって、花代子は戦闘職の陰陽師を、安倍晴明の次(その間には海よりも深く、山よりも高い差があるが)くらいに尊敬しているらしい。

「おっはよーございまーす」

 花代子が熱心に安倍晴明のドラマの宣伝をしていると、花代子に負けず劣らず朝からハイテンションな人物が出勤してきた。

 部屋に入ってきたのはこれまた容姿が恵まれた男だった。彼は花代子と同期の上野和希だ。広報にも積極的に応じる上野は、ちょっとしたアイドル扱いをされている。

 しかし、そんな自他共に認めるアイドルを見た花代子は、思いっきり顔をしかめた。

「ちょっと上野! 私が晴明様の素晴らしさを語ってた最中なんだから、空気読んで話が終わってから入りなさいよ!」

「いや、関ちゃん超理不尽じゃね!?」

「うるさい!」

 安倍晴明を語り出した彼女はある意味無敵状態だ。なんぴとたりとも彼女の邪魔をしてはならぬ。彼女にとっては身近なイケメンもそこらへんを散歩している犬くらいにしか思えないとのこと。

「はい、じゃあ全員揃ったことだし、ミーティング始めるわよ」

 ぱあん、と一気に騒がしくなった室内を裂くように頼子の柏手が一発響いた。それまでの騒々しさが一変して、全員がテキパキと動き始める。

 どれだけちゃらんぽらんでも、仕事ができる人間でなければここには居られない。

 千早は前の部署では部署の一員になれていた自信があった。だが、果たしてここで自分は一員になれるのか、千早は不安で仕方がなかった。

 体術や呪術の腕を磨くばかりに必死で、恋の一つもしてこなかった自分が、人の恋路を助けることができるのか、と。

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