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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢を迎えに行く

作者: はるまりん

夕暮れを迎え、街はイルミネーションで輝いている。

新しく建て替えられた駅の周りは道やビルも様変わりしている。普段は車で移動しているため、駅に来るのは久しぶりだった。案内板に従い、駅から少し離れた駐車場に車を止めた。

「着いたよー」

後ろを振り返り声をかける。にっこりと子供は笑う。

「わかったよ!おりよ!」

4歳になったばかりの息子はチャイルドシートを外せと催促する。抱き上げて車から降ろすと、キョロキョロと辺りを見渡し、首を傾げる。

「どこー?」

初めて来たところだと理解しているらしい。

「新幹線の駅だよ。パパ迎えに行こ?」

「しんかんしぇん!」

嬉しそうに声を上げる息子の手を引き歩きだす。駅の建物まで5、60メートルくらいだろうか。今日は、出張に出かけた夫を迎えに来たついでに子供に電車を見せようと思ったのだ。

スマホがチリンとなり、夫から『もうすぐ着くよ』とメッセージが来た。電車が到着するらしい。

「ママ!おほしさま!」

子供が空を指差す。真っ暗になった空を指差した先にはオレンジ色の流星が見えた。

「え!?」

あまりにも大きすぎる。

「きれいだねー」

無邪気に言う子供の声に重ねて、ゴォーと空気が震える音がした。見上げるとオレンジ色のライトに囲まれた真っ黒な物体が浮いていた。

反射的に子供を抱え走り出す。

走りながら頭の片隅で、物体の形が爆弾であると認識していた。戦争を体験したことはないが知識として知っている。

何がどうなっているのかわからない。

駅の中に行かなくては行けない。夫が待っている。夫に会いたい、せめて一目会いたい。

会いたい…!

強く思った瞬間、後ろで何かが弾ける音がし、目の前が白く輝き何も見えなくなった。



その後のことは覚えていない。



チリチリチリ。

スマホの目覚ましが鳴り、もう起きなければと体を起こす。隣に寝ている息子はよく寝ている。寝起きの悪い子だから、起こすのに苦労する。

あどけない顔は夫にそっくりだ。自分に似ていると言われたことがない。かろうじて似ているのは二重の目と髪質だ。

夫は寝室にいない。というかもうこの世にいない。

戸籍には死亡となっていた。見ず知らずの名前だけど。

気づいたときには、自分の名前も子供の名前も違うものになっていた。仕事も住むところも。世界すらも。

自分には2つの記憶がある。この世界で生きてきた記憶と、あの日駅に向かう途中で真白な光に包まれたまでの記憶と。

この世界では母子家庭として子供を育てていた。記憶を取り戻し、慌てて夫や自分の実家、夫の実家に電話しても繋がらなかった。家を訪ねようとは思わなかった。自分が知っている街や道ではなかったからだ。


「さっちゃん、起きて」

息子を揺すぶって声をかける。この世界とは違う名前だが、幼いためか「ぼく、さっちゃん?」と息子は名前を受け入れた。

「さっちゃん起きてー。ご飯食べるよー」

ようやく起きたが、ぐずる子供を宥めて食事をさせ、出勤する。

会社は託児所がありありがたい。息子と離れずにいられる。

保育士に子供を任せデスクに着く。前の仕事とは違うが得意なパソコン入力の仕事だったため、違和感なく受け入れた。


キーボードを打ちながら、頭の片隅で考え続ける。

一体何が自分と子供の身に起きたのか。

あの日見た爆弾のようなもの、あれが弾けたなら私達は生きているはずがない。

駅にいた人も、建物も無事であるはずがない。

夫のことを考える。

夫とは10年付き合い結婚した。子供ができるまでは毎日いちゃついていたが、子供が生まれ一気に倦怠期に突入した。

子供中心の生活になり、夫とキスどころか手を繋ぐこともなくなった。

しかしお互いに愛情はあったと思う。パパとママになってしまって以前のような恋人のような関係がわからなくなったのだと思う。


定時になり、子供を迎えに行き会社を出る。向かうのは駅だ。

あの日辿り着けなかった駅が、会社のビルの側にある。


ある日の仕事帰り息子が言ったのだ。

「ママーぁ。パパむかえにいくんでしょ?」

「パパ?」

「そ!パパはどこにいるの?」 

この世界での息子の父親は、1歳頃に死んでいるようなので、息子の記憶には無い筈。私も知らない。

託児所でパパという概念を覚えたのか。

「パパを覚えてる?」

息子に尋ねると、

「うーん。おっきい!」とニコニコと答える。

夫は背の高い人だった。鼻がつんと痛くなった。

「なら、パパを迎えに行こうか?」

「うん!」


息子と手を繋ぎ駅まで歩く。駅の構内にスーツ姿の背の高い痩せ型の男の人が立っている。

「パパー!」

私の手を振りほどき息子がその人に向かって走り出し飛びつく。

「さっちゃん!元気か」

ニコニコと息子を抱き上げ菅田さんはこちらを見る。

「菅田さん、すみません。さっちゃん、パパじゃないのよ」

「えー。パパだもん!」

息子は頬を脹らませる。

「いいよ。パパで。こんなに俺達そっくりだし。ねー?」

「ねー」

菅田さんは、息子と顔を合わせ一緒に笑う。

本当に二人はよく似ている。




息子に「パパは?」と聞かれた日、駅に夫を探しに行った。爆弾が弾けたなら壊れているはずの駅がこの世界にあり、私がこの世界で知っている唯一のものだから。


駅の柱の側に立ち、多くの人が行き過ぎるのを眺めていた。

息子は駅のコンビニで買ったおもちゃで嬉しそうに遊んでいる。

行き交う人の中に求める顔は見つからない。


どれくらい時間が経ったのか、息子もおもちゃに飽き「おなかすいた」と言い始めた。

「帰ろうか」

息子に声を掛けると、「いや!パパ!パパといたいの!」と駄々をこねる。

「パパいないんだって!」

気持ちが辛くなって声が大きくなる。子供は怒られたと思ったのか、ふえ〜んと泣き出す。抱き上げて「ごめんね」と息子をあやす。

少し泣き止んだ息子が、あっと声を上げる。

「パパ!」

足をジタバタさせ、私から降り息子が走り出す。慌てて後ろを追いかける。迷子になったら大変だ。

息子は背の高い男の人にぶつかり、

「パパ!おかえり!」

と言う。

言われた男は、「はあ!?どこの子?」と困っていた。

追いついた私は、すみませんと謝り男の顔を見た。

男に眉をしかめて睨まれたが、次第に困惑した表情に変わる。

「え?なに?どうしました?」

返事はできなかった。涙が溢れて嗚咽で声が出なくなった。

「ママいたいの?だいじょうぶ?」

息子が心配して顔を覗いてくる。

「あーもう!」

男が面倒くさそうに吐き捨て、私の手を握った。引っ張って連れて行かれたのは構内のコーヒーショップ。私と息子を席に座らせ、しばらくして飲み物とクッキーをテーブルに置いて私達に勧めてくれた。

息子はりんごジュース、私にはカフェオレ、自分はホットコーヒー。

「で、なんなの?」

めちゃくちゃ嫌そうに男に言われた。急に目の前で女に泣かれ、衆目に晒されたのだ。男に取っては修羅場だろう。私達を置いて立ち去ってもおかしくないのに、話を聞いてくれるようだ。

すみません、と謝り身分証明書を見せ怪しい者でないと説明した。夫が亡くなり、子供が父親がいないことを理解していないこと、なぜかあなたを父親だと勘違いしたことを説明する。説明し、もう一度「申し訳ありません」と頭を下げる。

息子はその間ニコニコとクッキーをかじりながら、「パパ、おしごと?おちゅかれしゃまー。ちゅかれた?」と男に話しかけたりしていた。

男は私の話を聞きながらまじまじと息子の顔を見ていた。息子の口を紙で拭いたりもしてくれる。もともと子供好きなのかもしれない。

男と息子は、よく似ている。

「なんか、小さい俺を見てる感じ」

 男は不思議そうに呟く。

「旦那さん、俺と似てたの?」

「いいえ。あまり似てません」

ふーん、と男は言い、コーヒーを口に運んだ。

そう、男は私の夫ではない。

しかし、私は一つの疑問に確信を抱いていた。


「なら」

と立ち上がろうとした男の手を捕まえる。

「また会ってください。一緒に食事をしませんか?」

男に問いかける。

「えー?」

「付き合ってる人や奥様がいないのであればですけど」

「今はフリーだけど」

「ならいいですよね。おごります」

強引に男とメアドと電話番号を交換した。


男は菅田と言う名前だった。夫とは違う名前。

菅田さんと連絡を取り合うようになり、2ヶ月程で付き合うようになった。子供がいると嫌がられそうだったが、「あまりにも自分に似ていてかわいい」とナルシストな発言を頂いた。

息子もパパ、パパと懐いている。


一緒に食事に行き、菅田さんの家でソファに2人で寄りかかる。息子はテレビの前でおもちゃで遊んでいる。その様子を見ながら、

「一緒に暮らす?」

と言われた。

「え?」

「結婚もできればしたいかも」

照れながら菅田さんに言われた。

「いいの?」

嬉しいけど戸惑いがちに答えた。

「綾子がいいなら、なんだけど。まー、さっちゃんはパパと一緒にいたいよね?」

と菅田さんは息子に聞いている。息子は多分よく分かっていないが、「うん!」と返事している。

どう?と菅田さんが口を曲げる。平気そうな振りをして、内心緊張している彼の癖だ。

「嬉しい。ありがとう。一緒にずっといたいな」

そう言って彼に抱きつく。抱きついた私を見て息子が、

「ママだめー。ぼくがだっこしてほしいのー」

と私を押しのけて菅田さんに抱っこをせがむ。菅田さんは息子を抱き上げ、高い高いと持ち上げる。

笑う2人を見て私も笑う。涙が溢れたけど。


息子を寝かせつけた後、菅田さんに抱きしめられる。久しぶり過ぎてドキドキしてあっという間に何も考えられなくなった。今までに感じたことがないくらいに気持ちが良かった。

菅田さんの腕の中で囁かれる。

「ほんと、不思議。泣かれたときはどうしようかと思った。こんなことになると思わなかった」

駅での出会いを言われる。

「でも裕人に会えて良かった」

「俺も」

おやすみと、キスをされて眠りにつく。


本当に会えて良かった。

この世界であの日のことを思い出してから私は色々と考えた。

よく似た異世界かパラレルワールドに子供と迷い込んだのか、それともあの日死んでしまって、これは死んだ後見ている不幸な夢なのか。でも夢にしては現実感が溢れている。

そして可能性として多分この世界は何かの実験なのでは、と思った。


息子が2歳のときに足に火傷をさせてしまい、痕が薄く残ってしまったのがきれいに消えているのだ。その他にも、転んで残ってしまった傷も消えている。

もちろん私にもあるはずの傷が消えている。帝王切開の傷だ。

それで、きっとこの体は、組織から培養されたクローンなのでは、と考えた。

確信が持てずにいたが、菅田さんに会って確信することができた。

眠りについた菅田さんの顔を指でなぞる。夫の顔は端正だったが若い頃の不摂生が祟り、また事故に合ったせいで全体的に歪みがあった。夫が健康的に成長すればこうなっただろう顔が菅田さんだ。

顎の裏にある特徴的な痣。生まれつき夫にあった痣と同じものが菅田さんにもあった。

あの日、駅で菅田さんに会い、夫とは違う顔なのに痣を見つけ、この人は夫だと確信した。背の高い夫。私が見上げると常に目にしていた痣を見間違うことはない。


あの日、きっと爆弾で私達は死に、まあ何かがあったのだろう。

有名な映画でクローンが偽の記憶を与えられて生活していたり、世界は仮想現実だったり、何かそういうようなことが現実に起きたのだろう、と。

そしてなぜか私は記憶が戻った。このことすら、何かの実験なのかもしれないが。


あの日、駅に走る途中で必死に願った。


会いたい、家族一緒にいたい、と。死ぬのなら、もう一度夫にキスをして抱きしめたかったと。


願いは叶った。私は今とても幸せだ。きっとこの先の未来は絶望が待っているかもしれなくても。


明日急にゾンビが現れたり、隕石が落ちてきたとしても、恐れずにそれを受け入れよう。








という夢を見ました。


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