8-3 お尋ね者
ピンポーン、と聞き慣れたインターホンが鳴った。
昼前まで寝過ごして、今日は何をしようかと考えていたユートは何も考えずに玄関へ向かおうとしたユートだったが、銃の手入れをしていた稔さんに止められた。
「どうしたんですか?」
「よく考えろ。こんなところまでやってきて、しかもインターホンの使い方を理解している奴だ。コッチの人間なのか、相当頭のいい奴かおかしい奴か・・・・かと言ってアイツがわざわざここまで来るとは考えられんしな・・・」
確かに。少なくとも用心に越したことはないということか。異世界は大変だ。
「仕方がないからゼフィーが行ってくるよ」と立ち上がり部屋から出ていき、暫くして連れてきたのは、シューミルくらいの背丈の軍服を纏った少女だった。
「こんにちは。教祖デイトナ様から直々に派遣されました、《極紅の真神教》軍部司令官、シトリスと申します。ユート殿の戦闘稽古をつけるよう申し付けられました」
どうやらユートに用があったらしい。名刺を渡された。明らかにプリントされたものであるとわかる。
「軍部だと!?」と稔さんが立ち上がったが、それを意にも介さない様子で、
「それではユート殿、早速向かいましょう。物資は現地で調達可能なため、支度などは必要ありません」
と手を引いていこうとする。確かに昨日の定例報告会で訓練の為に人を派遣すると言っていたが、まさか翌日とは思っていなかった。
仕方ない。少し時間をもらって、〈身体収納〉で荷物を詰め込んでから出発しよう。そう思ったが・・・・
「待てよ」
シトリスのこめかみに銃を突きつける稔さん。動きは全く見えなかった。
「・・・・・はい、何でしょう」
手を挙げるでもなく、そもそも驚いた様子すらなく、落ち着いた声で返す。
「俺たちが全力をもってその戦闘稽古とやらを阻止すると言ったらどうする?」
「無論、実力行使という形になります」
「勝てるとでも?」
「ええ。それに、ここには中途半端が一人、凡人が一人いることですしね」
「チッ・・・・」
心底腹立たしそうに銃を下す。
「悠斗、おめーは強くなんてならなくていいからな。あと、これ受け取っとけ。発信機とお守りだ」
螺子ほどの大きさの機械と、一丁の銃を渡される。シトリスは制止しなかった。
「あっ、じゃあゼフィーからもプレゼント! はい!」
「私からも渡しておこうかしら。抜け出してもいいからとっとと帰ってくるのよ」
ゼフィーと夏芽さんからそれぞれ魔石と短剣を渡される。早く帰れるといいが・・・
「・・・・これ以上波風を立てるのも面倒と判断しました。部屋に武器を取りに行く程度なら許可します。五分待ちましょう」
ユートは許可をもらい部屋に戻り、剣や軽防具、その他携行品など、旅をしていたころに持っていた物を片っ端から〈身体収納〉で装備していった。温い訓練ではないだろう。物資は有れば有る方が良さそうだ。
「はい、準備しました」
「それでは出発致しましょう」
「ま、待ってください・・・・」
おずおずと手を挙げたのは、さっきまで黙っていたシューミルだった。
「あ、あの! 私も訓練に参加させていただけませんか!」
無表情を保っていたシトリスが、初めて顔をゆがめた。
心底楽しそうな、嗜虐の笑みに。
「・・・・死にたいのですか?」
圧倒的なそのオーラに、シューミルが気圧される。
けど、シューミルは、そのまま黙り込んでしまったりはしなかった。
「私も強くなりたいんです。叶わないことかもしれないけど、ご主人様に追いつきたい。私なんてなんでもないただの奴隷で、ご主人様とはスタートもゴールも違うけど、一歩でも近づけるなら、私はその道を歩きたいです・・・・・だから、お願いします!」
シトリスは呆れた、と言わんばかりに肩をすくめる。
が、続く言葉は意外だった。
「良いでしょう。ただ、ギブアップは禁止、終わるまではユート殿とは別訓練をしてもらいましょう。私は凡人の調教など経験がありませんから、心を壊してしまうかもしれません。それでもいいですか?」
楽しみながら、試すようなまなざしを向ける。ユートは止めようとしたが、それよりも早く、
「ありがとうございます」と、シューミルが返事してしまった。ふっ、とシトリスが嗤う。
「ご主人様。勝手に話を進めてしまって、申し訳ありません! 罰ならなんでも受けるので、どうか許可してください!!」
「あ、えーと・・・・・」
言葉に詰まるユートに、「大変失礼なようですが、ユート殿は奴隷の躾も出来ないのですか?」とシトリスが追い打ちをかける。
どうしていいのかもわからないまま、なし崩し的にシューミルも訓練に参加することになってしまったのだった。




